#328/598 ●長編 *** コメント #327 ***
★タイトル (AZA ) 08/08/01 00:00 (363)
十二等分の幸運 2 永山
★内容
元々の日本家屋に洋館を建て増した格好だから、外観は一部、ちぐはぐなと
ころもあるけれど、それを帳消しにして尚余るくらいの広大さは、最早威厳を
伴っていると言える。詳しくは教えてもらえないが、防犯設備も様々な物が取
り付けてあるらしい。話だけ聞くと、何と大げさなと思っても、実際にお屋敷
を目の当たりにすれば、大いにうなずける。
「これは……予想以上の大富豪って感じだな」
さしもの名探偵も圧倒されたかのように、ウィンドウ越しに建物を見上げな
がら言った。私はインターフォンで来意を告げ、カメラに姿形を確認してもら
って、門が開かれるのを待つ。
「手土産が食い物に酒だけで、本当にいいのかね」
「らしくないわねー。名探偵なら、こういう屋敷に招かれるってことも、多々
あるんじゃないの?」
ささやかな逆襲のつもりで私が言うと、龍ちゃんは首を横に振った。
「ここまで大きなところは初めてだ。一度、お上品な良家に出向いたときは、
調子が合わなくて苦労させられたしねえ」
「美幸ちゃん家は変わっていないから、身構えずに、安心していいわよ。それ
にこの連休中、ご家族は旅行に発たれて不在だそうだし」
「そんなことまで、気にしちゃいないさ。自分達が結婚の申し入れに来た訳じ
ゃないんだから」
「ということは、もし仮に美幸ちゃんと結婚することになって、ご両親に許し
を得に出向いたとしたら、緊張するんだ?」
「飛躍が過ぎるぞ。ほら、門扉が開いた」
私はよそ見をやめ、車を敷地内に進み入れた。
通い慣れたとまでは言えないにしても、幾度か来たことがあるので、あとは
勝手知ったるもの。来客用の駐車スペースの一角を借り、この屋敷には不釣り
合いな黄色の車を、我ながら遠慮がちに停めた。
「どの建物に向かえばいいんだ? いや、そもそもどこから出入りすればいい
のやら」
土産の品を持った龍ちゃんは、広大さに呆れているようだった。私は、ほぼ
真ん中に建つ洋風建築を指差した。
「あそこが結婚後の住まいになるんだって。今の内から二人で暮らしてみて、
不都合の有無をチェックしてるとか何とか」
そして、そちらへ向かって歩き始める。私のあとを来ながら、龍ちゃんが言
った。
「特に手を加えずとも、既に三世代住宅の完成って訳だ。こうなってくると、
執事や家政婦がいることを期待してしまうね」
「執事はいなかったと思うけれど、家政婦さんは何人いたはず。ただ、美幸ち
ゃん達は今の段階では、家政婦さんに頼らないつもりみたい」
「いつまでその決心が続くか、楽しみだな」
「今日はお祝いの席なんだから、そういう皮肉はほどほどにね」
注意しつつ、昔を思い出し、私は密かに微苦笑を浮かべていた。後ろの彼に
は見られなかっただろうけど、そうでなかったなら何と言われたことか。
「今回、僕らをもてなすのは、川野達二人だけなのかい?」
「どうなのかしら。そこまで聞いてない。ていうか、龍ちゃんこそ、何をそこ
まで気にしてるの?」
「さっき答えたのと同じ理由さ。万一、事件が起きたとき、迅速に対処できる
よう、人物を把握しておきたい」
「あんまり不吉なこと言わないで。二人の前では、絶対に」
半ば呆れながら、私は重ねて注意しておいた。
それから数歩も進まない内に、玄関ドアが開いて、美幸ちゃん本人が顔を覗
かせるのが見えた。私達に気付くとすぐに全身を現し、こちらに駆けてくる。
「車が来たって聞いたから」
正面に立ち、わずかに息を切らせ、彼女が笑顔を振りまく。こちらも笑みを
返した。
「主役がわざわざ出て来なくても」
「招待主だもの。お客様を歓迎するのは、当然のことよ」
そうして美幸ちゃんは視線を移した。
「久しぶり、龍君。元気そうね」
「一目見て分かるとは、たいした名探偵だ」
「え?」
戸惑う彼女に、私は説明した。彼は現在、探偵をやっているのだと。
「ふうん。探偵って儲からないイメージあるけれど、立派ななりをしているわ
ね。一張羅?」
美幸ちゃんは裕福な家庭に育ったせいか、お金に関することを割とストレー
トに口にする。
「いやいや。人並み程度の収入はある。どうして儲からないイメージを持たれ
るんだろ?」
「洋画に出て来る探偵は、たいていは安いお酒しか飲めないし、普段は暇そう
にしているじゃない。警察を出し抜くような探偵にしたって、いつ、どれだけ
の依頼料を受け取ったのかがちっとも分からないし」
〜 〜 〜
若島リオは口元を手で覆うことなしに、欠伸を盛大にした。今、彼女はあて
がわれた部屋に一人きりなので、気にする必要はない。カメラやマイクの類は、
一切仕掛けられていない。
「かったるいな〜」
取り組んでいた犯人当てのテキストを放り出し、若島はベッドに寝転がった。
ゲームで六番目の運のよさを獲得した彼女への問題は、視聴者にVTRで示さ
れるものとほぼ同等。他の参加者と違い、視聴者と直に比べられる立場だが、
その事実を彼女は知らされていない。余計なプレッシャーを与えては、不公平
になるためだ。
問題を読むのを中断した若島であるが、表情に焦りはない。時間的にもまだ
余裕はあるし、直感ではあるがすでに当たりを付けてさえいる。
「これで決まりの気がするんだけど〜」
他人の耳目はなくとも、呟く声は飽くまでアイドルらしく。
(わざとつまらなくして、読むスピードを落とさせようという罠かしら、これ)
犯人当てが分からなくて投げ出したのではなく、内容に退屈して投げ出した
のであった。
彼女は見た目によらず(?)読書家である。移動時間や待ち時間の多くを、
読書に当てている。ここ数年は、役柄のためもあって、推理小説を好んで読ん
できた。だから、犯人当てミステリの基本も押さえているつもりだ。
(湯上谷龍の名前がまともに出てきたの、最初しかないのよね。作中作になっ
てからは、“龍ちゃん探偵”とか“彼”とか、とにかくフルネームで書かれて
ない。それどころか、名字すら登場しない。これって、龍ちゃん探偵と湯上谷
龍は別人の可能性ありってことじゃない?)
頭の中、文章としては疑問形で表したものの、真相を射抜いている手応えを
早々と感じていた。裏の裏を掻くことも考えられなくはない。だが、第二関門
の時点で、そこまで捻った出題をするだろうか。さらに――。
(テーマは運。犯人当てを解くことがメインじゃないんだし)
気になるのはむしろ、相談禁止のルール。参加者同士の相談を禁じるなんて、
今度のテーマなら当然。各自に与えられる手掛かりに差があると分かっていて、
相談なんかしたら、出し抜かれる可能性が高い。それも第一ステージとは段違
いに高い。
(なのに、わざわざ明文化……気になる)
相談禁止のルールがなければ、絶対に相談しないかというと、そうとも言い
切れないのは確かである。たとえば、驚異になりそうなライバルを早めに落と
すため、複数名が同盟を組むケースが考えられる。
(だけど、まだ一回しか戦ってないんだから、みんなの実力って言ってもほと
んど分かんない。ま、私が一番甘く見られているとは思うけど。気軽に組んで、
仲間意識を持って油断したら、裏切られる恐れもあるし)
よって、現時点で組もうと考える参加者がいるとは考えられないのだ。
若島は足をばたつかせ、上体を起こした。
(運の見直しがあると言っていたし、裏がある気がするのよね。犯人当てが解
けるかどうかより、そっちの方でいらいらするっ)
第一関門のことを思うと、その疑念は尤もであった。
(他にもっと重要なことが、はっきりしていなかったのも気になる)
髪をかきむしる格好――格好だけ――をした若島。もうしばらく気がかりを
検討しようか、それともテキストに戻ろうか。彼女の迷いを、ドアをノックす
る音が棚上げにした。
誰何する。テレビ局のディレクターだった。コメントを収録しに来たという。
たとえタレントでも、録ったコメントを番組で使うかどうかは未定。面白けれ
ば採用される約束になっている。
「第一関門の途中でコメント出すときは、プロデューサーさんまで来てくれた
のに、これから段々、扱いが悪くなって行くのかなあ?」
意地悪を言うと、相手は笑みを浮かべたまま平身低頭した。ちょっとだけ優
越感を味わい、すぐに許す。気晴らしみたいなものだ。
「じゃあ、現在の心境や犯人当ての手応えなんかを、話してちょうだい、リオ
ちゃん」
盛り上げるような調子で言い、万歳のポーズをするディレクター。大げさな
動作のおかげで、眼鏡が若干ずれた。
応じようとした若島だが、ふと気が変わった。
「あ、まだ回してないでしょ? これ、NGかもしれないから、先に言っとき
ますね。OKなら、あとでもう一回ってことで」
「え、何?」
レンズの奥で、瞬きが激しくなったディレクター。戸惑いが露わな彼は放っ
ておいて、若島はさっさと喋り始める。
「今の内に正解出して、かまわないのかな?」
「え? っと、それは……」
一緒に入ってきたカメラマンを振り返るディレクター。カメラマンと相談し
ても、結論の出る問題ではないだろうに。
「他の人から、同じ疑問、出てないですか? 私達参加者が解答する際、どう
すればいいのか全然指定されてないの、変だって。今更気付いたって遅いかも
しれないけど」
「いや、だから、それは早い者勝ちで……」
今回のルールを思い起こしたか、ディレクターは眼鏡を直しながら答えた。
ただ、明らかに歯切れが悪い。
「じゃあ、運の見直しをする話は? 見直しの前に正解しちゃっても、いいの
かなっていうか、どうなるのかなっていうか」
若島が畳み掛けると、ディレクターはいよいよ困った風に、眉間にしわを作
った。喋っていいものか、判断しかねているようだ。
「実は……」
そう切り出したものの、まだ言い淀んでいる。どうやら、決定権を有しては
いるが、彼自身に話すのを渋る理由がある――若島はそんな推測をした。が、
思考とは裏腹に、首を傾げて、“リオ、何にも分かんな〜い”を体現する。も
ちろん、首を傾ける角度と表情は、計算し尽くされた完成形だ。
「実を言うと、運の見直しをするよりも前に解答し、正解にたどり着いた人は、
そのまま勝ち抜け。そういうのも運だから。でも、リオちゃんに早々と抜けら
れちゃあ、絵的にちょっと、ね」
「うまいこと言われたら、ぐらついちゃうな」
得心しつつ、最上級の笑みを浮かべる若島。
「真相を見抜いてる自信なくはないんだけど、解答するの、今はやめようかし
らって」
「うん。ぜひ、そうして――」
「でも、早く正解した人ほど、評価が高くなるからなあ。だったら、やっぱり、
勝つこと優先しないと」
「こちらの気持ちを知っといて、それはないよ」
「でもでも、私がこのステージでもしも敗退したら? そっちの方が番組的に、
ダメージ大と思うんですけど」
「う。まあ、そりゃ、理屈はそうなるんだけど。毎回、ほどほどのところまで
映って、勝ち残ってくれるのがベストな訳で」
「やらせで、最後の四人ぐらいまでは無条件で残れるくらいのこと、してくれ
るんなら、考えなくもないかなあ」
タレントの台詞を真に受けたか、ディレクターは考え込む様子を見せる。
若島は急いで言い足した。
「本気にした? やだな、今の、冗談。私、キャラ作り関係なしに、ほんとに
ミステリとか推理小説とか好きなんですからね」
「なんだ。てっきり、問題発言かと思ったよ」
ディレクターの顔が、気抜けした苦笑いをなす。
「他にいました? すでに正解を抱いて勝ち抜けちゃった人は」
「いや。それはない」
きっぱりと断言すると、ディレクターは時間を気にし出した。
「とにかく、コメントを録らせてよ」
促され、取り澄ます若島。カメラ用の笑顔を作り直した。
午前三時。こんな時間帯にも拘わらず、ホテルのロビーはにわかに賑やかに
なった。参加者全員に招集が掛けられたのだ。
叩き起こされた面々の中には、あからさまに不機嫌な者もいる。いや、眠り
に就いていなくとも、推理の組み立てを邪魔されたとすれば、気分を害すもの
だろう。
「これ、サプライズ? こういうのって番組上の演出で、出演者には予め、知
らされているんだと思っていたわ」
律木春香が化粧気のない顔で言った。元々、薄化粧の彼女は、目の周りを除
けばどうにか見られる。尤も、その腫れぼったい瞼のせいで、台無しの感があ
った。
「名探偵を目指す人間が、深夜に起こされた第一声がそれじゃあ、だめだな。
まるでなってない」
スーツ姿の更衣京四郎が、小馬鹿にしたように言う。いやに元気だ。声には
張りがあり、目が輝いている。身振り手振りも絶好調である。
「あん? 何のこと……ああ」
律木は欠伸をかみ殺したような仕種をした。他人の目をさほど気にする様子
もなく、ふんふんと頷き、更衣に返す。
「『何か事件が起きたのですか?』とでも言えばいい訳ね」
「その通り。番組外で事件が起こる可能性はゼロじゃない」
「確かに解せぬところはある」
堀田老人が口を挟んだ。言葉はしっかりしているが、動作がぎくしゃくして
いる。まだ油が回っていないようだ。
「スタッフは数人いるようだが、カメラやマイク、照明の類が見当たらぬのは、
番組なのか否か、判断に迷うの。ご婦人方に気を遣って、カメラを回していな
いだけかもしれぬ。一方、事実、事件が発生したが、わしらは飽くまでも名探
偵候補、頼りにされとらんだけかもしれん」
「司会者達もいないから、これは番組ではない……と推理すること自体、罠に
嵌まっているのかもしれませんね。疑い始めるときりがない」
穿った見方を披露した村園輝。深夜のハプニング(?)には、占いでもまま
ならないようだ。
「皆さん、あちらのモニターに注目してください」
前置きなしに、若い男のAD(アシスタントディレクター)が指示を出した。
彼の上司らは、今頃ベッドで高いびきか、酒盛りか。
正面玄関を入ってすぐの位置に、大きな薄型テレビのような物が運び込まれ
ていた。オーロラビジョンらしい。今は電源は入っているものの、画面は青一
色で、無音である。
「一応、断っておきますと、これから流れる映像はVTRです。生ではありま
せん。この言葉に嘘はありません。ですので、現れた人物に話し掛けないでく
ださい」
ADが言い終わるのに合わせて、別の男が機械を操作し、映像が流れ始めた。
スタジオでの収録と思しき、一見豪華なセットを背景に立つのは、司会の井
筒隆康。最初、彼の上半身のアップだったのが、徐々に引いていくと、参加者
達のどよめきを呼んだ。装いがそれまでの背広姿でなく、探偵活劇に登場しそ
うな怪盗の格好をしていたためである。派手な装飾の襟元、はだけ気味の胸、
肩から足下へと垂れるマントは、表が光沢のある黒で、裏地は深紅。これでシ
ルクハットを被り、モノクルをし、どじょう髭を生やしでもしていたら見事に
はまるが、さすがにそこまで凝ってはいなかった。
画面の中の井筒は、名優らしからぬ大げさな調子で始めた。
『名探偵候補の諸君、おやすみのところを失礼する。あるいは、頭を痛めてい
たかな?』
司会進行時とは明白に違う井筒の声色に、参加者達は呆気に取られたり、唇
の端で笑ったり、困惑したように眉根を寄せたりと、様々な反応を示した。
『集まってもらったのは、他でもない。私、五十二面相から諸君へ、真夜中の
プレゼントを渡すためだ』
「五十二面相?」
この単語には、吹き出す者が多くいた。名探偵を志すからには、敵役として
の怪人物に理解がない訳ではないだろうが、ネーミングセンスの古さについて
いけなかったのかもしれない。
そういった雰囲気を知らぬまま、VTRの井筒は続ける。
『プレゼントと言っても、具体的な品物ではなく、喜ばれるものですらない。
君達を窮地に陥れるためのルール適用。そう、運の見直しを只今から行う』
空気に緊張感が走った。表情を引き締める者、姿勢を正す者、自らの頬を叩
く者、「そうきたか」と呟く者等々、参加者達は目が完全に覚めたようだった。
『運の見直しとは、言ってしまえば、他人との運の交換だ。このあと諸君らは
簡単なゲームをし、その結果に問答無用で従わねばならない。ゲームの敗者に
は、犯人当て問題の交換や追加があり得る』
「ちょっと。私、もう解き明かして、あとは名推理を名文に起こすだけだった
のよ」
八重谷が抗議口調で言った。しかし、彼女の態度はその物腰ほどには、焦っ
ていない。こうなることを半ば、予期していたかのように。
女流推理作家の真意はさておき、“既に解いていた”という言い分に反応し
て、更衣や律木らが、「自分も解けていた」と即座に主張した。負けず嫌いの
一面が出ていた。
「お静かに願います。VTR、まだ続くんで……」
ADの遠慮がちな声に、皆、意外なほど早く口を閉ざした。
『とうに名推理で解決したという方もいよう。恐らく複数名。が、それらは全
てチャラだ。解決したことを表明する機会について、具体的な説明がなかった
不自然さに気付き、スタッフにそのことを指摘するも、はぐらかされた方もま
たいたと思うが、どうかご容赦願いたい。運というテーマと探偵としての能力
を総合的に、しかも手っ取り早く評価するには、こうするより他にないと思う』
「まあ、そうね。ただ単に運で決めるんだったら、くじ引きで一人、落伍者を
選べば済む話なんだから」
郷野美千留がひそひそとした仕種で、しかし聞こえよがしに呟いた。
『納得してもらったものとして、次に進める。もとより、抗議は受け付けない
がね』
VTRの井筒が、なかなか勘のいい間を取りながら、話し続ける。
『前半で決めた幸運度の順位を覚えているだろうか? あの順位に従って、一
位と最下位、二位と十一位という具合に組み合わせを作り、一対一でゲームを
してもらう。幸運度の高い者が勝てば、そのまま運の入れ換えはなし。逆に負
ければ、運を入れ換える。当然、解くべき犯人当て問題も交換することになる。
対戦の順番は、一位と最下位の組み合わせを最初とし、以下二位と十一位、
三位と十位という風に続く。対戦を終えた者から、犯人当ての解答権を得られ
る。同一対戦の中では、勝者が敗者に優先して解答できるものとする。大まか
なルール説明は、以上だ』
VTRの井筒は最後に締めの言葉を口にしそうだったが、画面は唐突に青一
色に切り替わった。スタッフの男が停止ボタンを押したようだ。いそいそと片
付け始めるところを見ると、早く休みたいのかもしれない。番組構成上は、あ
とで井筒の締めの言葉をくっつけて流せばいい訳だから、大きな問題ではない
のだろう。
モニターなどが片付けられる様子を眺めつつ、次いで行われるであろうゲー
ムの説明を待つ参加者各人。と、その中で、マジシャンの天海が若島リオを小
声で呼んだ。
「リオさん、お願いがあるんですが」
「ん? ゲームで手心を加えてほしいというのは……って、天海さんは私の対
戦相手じゃないじゃないですか」
若島の早とちりに、天海はくすりとした。
「実は、あることに気が付きましてね。自分でスタッフの皆さんに言ってもい
いんですが、番組の段取りをぶち壊しかねないことだけに、迷っているんです。
参加者の総意ということにして、どなたかに代弁してもらおうと考え、リオさ
んが適役と判断しました」
「どういうこと? 意味が分かんない〜」
「あなたなら、テレビ局の人達と元々親しいでしょうし、かわいらしさ故に角
が立たないんじゃないか、とね」
「……急いだ方がよさそうですね。引き受けます」
そして天海の話を聞いた若島は、大きく頷くと、素早くし、しかしタイミン
グをちゃんと見計らって挙手した。
「代表して、質問があるんですけど」
ADらスタッフ間に、若干の緊張と戸惑いが走る。想定外の質問に加え、ア
イドルにどう対処すべきか慣れていない……。この時間帯の撮影が、地位の高
くない者ばかりで行われている証と言えた。
「仰ってください」
牽制し合いの末、ADの男が唇を尖らせ、仕方なさそうに応じた。
「思うんですけど、参加者の皆さんは名探偵候補で、優れた推理能力を持って
いる人ばかり。多分、犯人当ての問題は全員がとっくに解いてる。仮にそうだ
として、これからするゲームで運が上の人が悉く勝つよう、八百長すれば、私
達、とっても楽なんですよね」
「それは……確かにそのようです」
ADが困惑を深めたように眉間にしわを作った。若島リオは様子を探りつつ
も、続けた。
「でしょ? ルールの穴はまだあると思うんです。解答の順番で、おかしなこ
とが起きちゃう。一位の人の次は十二位の人が解答できて、五位と六位の人が
最後に回るなんて、理不尽じゃないですか?」
「うーん……なるほど」
唸るだけになってしまったAD。この場の他のスタッフに視線を移しても、
同じような具合だ。もしかして、セカンドステージは企画失敗?――そんな空
気が、参加者間に流れ始めた。
と、そのとき。
「やれやれ。これは謝らないといけないな。皆さんを甘く見ていたようです」
男の声がした。しかし、声の主が誰なのかを理解したのは、ほんの数人だっ
た。
「土井垣先生? いるの?」
八重谷さくらが真っ先に反応した。推理作家の彼女は、土井垣龍彦の声を同
業故に知っていたのだ。
「いるよ。ここに」
スタッフの中でも特に目立たない、隅にいた小太りの男が進み出る。スタッ
フジャンパーを羽織り、赤いキャップを目深に被っている。そのキャップを取
ると、本の著者近影で見覚えのある土井垣龍彦の顔が現れた。皺や白髪が、六
十四歳という年齢を感じさせるが、その両目はいたずらげに輝いているかのよ
うだ。
「どうして土井垣先生が、ここにいらっしゃるの? 変装までされて……」
番組収録中は高慢さを隠そうともせずに来た八重谷が、今ばかりは先達に気
を遣っているようだ。
「出題者として、近くで見守りたかったというのもある」
土井垣は八重谷だけでなく、全参加者に話し掛けた。
「それ以上に、こうなることを恐れ、待機していたというのが正直なところか
もしれん。このステージの問題自体に欠陥があると見抜かれるのをね」
「つまり」
土井垣と面識のない名探偵候補者の中で、いち早く口を開いたのは、更衣だ
った。髪を手串でいじりながら、いささか気取った調子で言う。
「前回と同じように、問題そのものに仕掛けがあるパターンだったという訳で
すか」
「君の言う通りだ。だが、今回は仕掛けがあることを見破った者が即、合格と
はならない。諸君らが欠陥に気付かなかったら、あるいは気付いても誰も指摘
しないようであれば、それまでのこと。そのまま進めてもかまわない作りにし
てあるからねえ」
「でも、私達は気付き、指摘した」
不機嫌な声で言ったのは天海。マジシャンとして、翻弄されることを極端に
嫌う節が垣間見られた。
「こうなった場合、一体どんな関門が別に用意されているのか、非常に関心が
ありますね」
「だろうね。そのことについては、僕の口から説明をする。秘密主義を徹底す
るため、井筒さんのVTRも用意されていないんだよ」
土井垣は対照的に、愉快そうに口元で笑みをなす。
「ということで、これから正式な出題をする。真夜中の開演もミステリらしく
てよいだろう?」
――続く