#326/598 ●長編 *** コメント #325 ***
★タイトル (AZA ) 08/07/01 00:02 (421)
火のあるところ4 永山
★内容
「できることなら、助手殺しのアリバイを知りたかったんだが、そこまではう
まく追い込めなかったな」
地元に戻る前に、僕ら三人はY大学に行方教授を訪ねることにした。元々、
そう約束しており、待ち合わせ場所はキャンパス内の喫茶だ。ただ、行方教授
は都合で遅れるとの連絡が、三鷹さんの携帯電話に入ったため、今は三人で話
している。
「『そこまでは』っていうよりも、全然うまく行かなかった気がするんですが」
異を唱える僕。名探偵は怪訝な顔をした。
「何故だい? 予想の範疇だろう」
「だって、三鷹さんの面通しが空振りだったことで、全てが振り出しに……」
「勘違いしてはいけないよ、百田君。僕はね、そのことで自分の推理が当たっ
ているのだと、異を強くした」
「どうしてそうなるのか、さっぱり分かりません」
「春休みの講座のとき、三鷹君が目撃した人影は、遠藤ではなく、恐らく、浪
野茂彦なんだよ」
「浪野って……ああ、死んだ助手の」
「先に確認しておこう。三鷹君、君はこのロボット講座より以前から、浪野と
面識があったんだろうか?」
「いいえ。そもそも、笠置教授からご紹介されないままでしたから、知り合い
ようがありません」
「結構。三月の事件は、浪野が一人で起こしたと仮定しよう。だが、彼の体格
では、茶運び人形ロボットの内部に潜むのは難しい。五月の盗難事件は、浪野
とは別人がやった。僕は、そいつこそが遠藤だと睨んでいる」
十文字先輩の解釈なら、面通しの空振りは瑕疵ではなくなる。でも。
「でも、今度は、三鷹さんに警告を出し続けた意味が分からなくなります。目
撃されたのが浪野なら、遠藤は警告なんて出さないでしょう。浪野にしたって、
三月の事件のみを起こしたのなら、ずっと警告し続ける理由がない」
「遠藤と浪野が共犯だったと考えればいい」
「え? でも、二人には接点がない……あ、いや、ロボット講座で接点はあっ
たのかもしれませんけど、共犯関係を結ぶような強いつながりができるとは、
とても」
僕が疑問を一気に喋ると、それの終わりを待ち受けたかの如く、三鷹さんが
口を挟んだ。
「三月の事件で逃走した浪野助手を、遠藤さんが目撃し、半ば脅迫するように
して、共犯関係を結んだというのは、どうでしょうか?」
「おやおや。一つの事件に何人も探偵役がいると、困るね。先を越されてしま
った」
いつも以上に芝居がかった反応をした十文字先輩。言葉にするのが遅れただ
けとはいえ、後塵を拝す悔しさを、誤魔化したのかもしれない。
それはともかく、三鷹さんの披露した推理なら、さっきの僕の疑問も解消す
る。加えて、浪野が共犯なら、ロボット盗難は楽々行えたに決まっている。
「じゃあ、浪野が死んだのは、仲間割れが原因かもしれませんね」
「きっとそうだ。ただし、殺意が最初からあったか否かは、微妙だね。浪野の
死に様から考えると、炎に驚いて転倒し、後頭部を打って死亡したようだから」
「春休みのとき、浪野助手は何をしようとしていたんでしょう?」
今度は三鷹さんが疑問を呈する。彼女は続けた。
「火を放つつもりだったようですけれど、ロボットを盗むためとは思えません。
自らが所属する研究室の名を落とすようなことをしても、デメリットにしかな
らないはず」
「一概には云えまい。笠置教授の評価に不満があって、困らせてやろうと、間
違った方向に走ったのかもしれない。何か笠置教室独自の技術があって、それ
を盗み出してよそに渡せば、金になるのかもしれない」
「いくら弱味を掴まれたとはいえ、浪野助手が高校生の遠藤さんに、唯々諾々
と従ったのが、不思議です。狙いが何にしても、春休みの浪野助手の犯行は未
遂に終わったのだから」
「『自分の目的が達成できたら、そちらの目的達成に協力する』とでも、遠藤
が約束したんじゃないかな。そう考えると、仲間割れにつながる流れも、自ず
と浮かんでくる」
約束を果たさない遠藤に対し、浪野が詰め寄る。遠藤は得意の?火を使い、
浪野を驚かすつもりが、効果がありすぎて死に至らしめてしまった……こんな
具合だったのだろうか。
十文字先輩達の推理が当たっているとしても、証拠がない。警察の捜査で、
茶運び人形内部から、遠藤の髪の毛一本でも見付かれば、大きく進展しそうだ
が、現時点ではそんなニュースは耳に届いていなかった。
僕がそのことを指摘すると、先輩は問題ないと、首を左右に振った。
「推理に沿って、現場や遺留品等を調べれば、裏付けとなる証拠が必ず出て来
るさ」
何となく、一ノ瀬メイさんとは逆のことを云ってるような。まあ、それぞれ
得意とするやり方はあるものだ。
「――ああ、来ましたわ。伯父の行方です」
大きなガラス窓の向こうを見やりながら、三鷹さんが云った。
いいタイミングだ。オーダーした飲み物もほぼ干して、ぼちぼち間が持たな
くなるかなという頃合いだった。
それにしても……僕は気になった。行方教授は、ナイスミドル然とした外貌
に似合わず、全力疾走でこの店に向かって来る。約束の時刻に遅れたのを、気
にしているのか。
僕のそんな想像が的外れであったことを、行方教授は教えてくれた。風を巻
き起こす勢いでドアを開けた彼は、こう云ったのだ。
「――大変だ。笠置教授が亡くなった」
笠置教授は息子を亡くして以降、受け持つ授業の休講を続けていた。Y大学
へも状況の報告と経過を伝えに、二度ばかり来ただけで、仕事としては全く遠
離っていたそうだ。テレビ出演の件にしたって、ストップしてもらっていたと
いう。
今日――僕らが遠藤と対面を果たした――は日曜ということもあり、大学に
来る予定は元からなかったと聞いている。後日、自宅を訪ねるつもりだったが、
まさか死んでしまうとは……。
「当然、一連のものと考えるべきだな」
笠置教授がどのような死に方をしたのか分からない内に、十文字先輩は断言
した。笠置教授は自宅で亡くなっていたそうなのだが、面識がなく、事件での
関係者でもない高校生に現場を見せてもらえるはずもない。唯一、面識のある
三鷹さんは行方教授が連れて帰ってしまった。
動きようのない現在、五代先輩からの情報待ちという有様。
そんな訳で、僕は今、十文字先輩宅にお邪魔している。というか、連れて来
られた。普段なら距離の問題もあって足を運ばないのだけれど、今日はタクシ
ーという足があったせいだ。
ニュースにチャンネルを合わせ、音をやや絞ったテレビを前に、居間で雑談
を始める。
「ところで……先輩の家族は? 挨拶ぐらいはしておいた方が」
「両親なら二人とも仕事のはずだから、いなくて当然だよ」
「日曜なのに?」
「実は両親は探偵事務所を営んでいる。故に土日も祝日もない」
「へえ、そうなんですか」
だから名探偵を目指しているのかな、なんて合点していると。
「今のは嘘」
先輩、何でそんな嘘を……。
「意味はない。強いて云えば、君の信じ込む度合いを測ってみた」
「で、本当は何をされているんですか、ご両親は?」
「この家を見て、ストレートに想像すればいい。平凡なサラリーマンとパート
タイマーさ」
確かに、この二階建ての家は、広すぎず狭すぎず、極々平均的な一家を想像
させる。
「って、サラリーマンが休日出勤ですか」
「固定観念に囚われていては、いつまで経ってもワトソン役だぞ。日曜日に出
勤するサラリーマンなんて、ざらにいるだろう。まあ、父の職場は、フレキシ
ブルな勤務体制を敷いているらしいがね」
そう答えてから、先輩はやおら立ち上がった。
「いやに家族を気にするなと思ったが、もしや、お茶の催促かな? インスタ
ントでかまわないなら、コーヒーぐらい出そう」
「あ、いえ、そんなつもりは全然」
「遠慮することはない、百田君。ちょうど僕も飲みたくなった。ブラックは頭
をすっきりさせる」
「しかし」
どうにも落ち着かないので手伝おうと、僕も腰を浮かした。
と、その瞬間、テレビが、僕らの待ち望んでいたニュースを伝え始めた。僕
は動きを止め、先輩もキッチンの方から戻って来た。普段は閑静そうな住宅街
が映し出される。息を飲んで画面を見つめた。
「――また爆発火災か! 何、自殺や事故の可能性も? 莫迦なっ。無駄な回
り道だ」
アナウンサーの言葉にいちいち反応する名探偵。情報に餓えていたのは分か
るけど、落ち着きをなくすのはらしくない。
他にも重要な事柄が、報道によって分かった。
まず、笠置教授宅で爆発火災の起きた時刻が、午後二時三十前後で、ちょう
ど僕らが遠藤と会っていた時間帯に重なる。
火災の規模は大きくなかった。浴室に封じ込められる形になっていた熱風を
一気に浴び、かつ吸い込んで気道を焼かれたことが、死につながった。同じく
在宅していた夫人は、重傷を負ったらしい。
「すぐに手当てを受ければ、助かったと思う。恐らく、爆風で吹き飛ばされ、
壁か家具に頭を打ち付けた結果、意識を失ったんじゃないかな……」
とは、十文字先輩の見解。笠置優也の死因から連想したのかもしれない。
ニュースは、笠置教授の息子が殺された件に触れ、次の項目に移った。
「遠藤が犯人なら、笠置優也のときと同じ方法を使ったんでしょうか」
「まず間違いない。新たなロボットが必要なら、盗まなくても、教授の家にあ
ったはずだ」
「問題は方法ですね。遠隔操作の方法が分からない」
「うむ。ロボットに囚われすぎているのかもしれない。もっとシンプルなやり
方があると思うんだよ、僕は」
「ですけど、仮に遠隔操作できる範囲内にいたとしても、室内の様子が分から
ないのに、爆発を起こしたり、火を出したりできるのか」
「それなら見当は付いた。助手殺しが参考になったよ。揮発したガソリンに、
小さな種火一つで点火。空気よりも重いため、床に溜まり易い。ガソリンの量
次第で、大きな爆発になる」
「そんなもんなんですか」
「実際に試したことはないがね。ガソリンの臭気を誤魔化せれば、成功率は高
いだろう。模型作りで接着剤を頻繁に使っていたら、ガソリンの臭いが気にな
らなくなることもあるかもしれない」
なるほど。犯人は、被害者の趣味の模型作りを逆手に取ったか。だとすると、
犯人は被害者の趣味を知っていなければならず、遠藤は見事に該当する。
「――電話だ」
先輩が急に云って、ズボンのポケットに手を入れる。携帯電話、マナーモー
ドにしたままだったらしい。
「三鷹君か。――ああ。うむ、大丈夫。いやいや、何ら失礼ではないよ。これ
から? 家にずっといる。今、百田君とも一緒だ。来るのなら勿論、大歓迎さ。
新たな情報も知りたいしね。道は? ああ、それなら。じゃあ」
通話終わり。先輩はメールで何か送った。会話の断片をつなぎ合わせると、
どうやら三鷹さんが今からやって来るらしい。メールは、ここの住所を知らせ
るためか。
「お邪魔なら、この辺で僕は帰りましょうか」
「邪魔だなんて、とんでもない。事件録を頼むよ。それに、コーヒーをまだ出
してないしねえ」
難しい顔をしていたのが、少し柔和になっている。新情報を得られることが、
余程嬉しいらしい。
やがて三鷹さんが到着したとき、電話から三十分ぐらいが経っていた。
「笠置優也さんの事件、現場写真を見ることができました」
彼女の開口一番の発言に、僕は反射的に「え、どうやって」と聞き返した。
「笠置教授ご自身が、写真に収めていたんです。それを伯父が前から受け取っ
ていたのですが、今日まで見せてくれなかった。探偵をして嗅ぎ回るのもほど
ほどにと、手綱を引きたかったのだとか」
極めて常識的な感覚だ。姪っ子が脅しや警告の電話を受けていなければ、つ
まり全くの第三者的立場で事件に関わろうとしたならば、行方教授は写真を絶
対に見せなかっただろう。
「残念ながら、写真そのものは渡してもらえませんでした。でも、現場に何が
残されていたのか、現場がどんな様子だったのか、細かい点をチェックできた
のは収穫ですよね」
「具体的に、新たな発見はあったのかい? 犯人の物らしき遺留品とか」
興味津々という風情で、十文字先輩。器に半分ほど残るコーヒーは、減るこ
となしに冷えつつある。
「被害者は一人暮らしでしたから、遺留品の内、何が不審物なのかは判定しづ
らいそうです。ただ、明らかに不釣り合いな物が、平たいガラスの容器。ばら
ばらに砕けていたのを集めて復元すると、大きめのノートパソコンサイズにな
ったそうです。優也さんの物だとしたら、何に使っていたのか分からない。部
屋の壁や床、他の遺留品と比べ、付着したガソリン濃度が高かったとか」
「なるほど。確かに怪しい」
「あと、これは警察の方から教えられたのですが、優也さんの携帯電話の損傷
度合いが異常であると。枕元に置くか、ポケットに入れていたにしては、壊れ
方が激しすぎるんだそうです」
「――何か見えてきた気がする」
十文字先輩が呟くと、三鷹さんも「はい」と呼応した。彼女はコーヒーに少
しだけ口を付けて、話を続ける。
「いかにして、現場に近付くことなく、火を放てたのか。こんな方法が思い浮
かびました。
まず、優也さんを意識不明に陥らせる必要があります。これは風邪薬とアル
コールの併用で、充分なレベルに達し得たと思います。部屋の主は深い眠りに
就いたら、準備開始。
ガソリンで満たした平らな容器に、蓋を被せておく。蓋の縁には小さな穴を
穿ち、テグスのような丈夫な糸を通し、ロボット本体と結ぶ。なお、蓋には燃
えやすい材質の物を使う。
ロボットは、蓋を外せる方向に進むプログラミングをしたあと、タイヤでも
車軸でもモーターでも電力部でも、とにかく駆動部分に障害となる物を噛ませ、
すぐには動き出さないようにする。噛ませた物――便宜上、フックと呼びまし
ょう――フックには、優也さんの携帯電話を連動させ、マナーモードによる振
動で、簡単に外れるように調節しておく。
以上のセッティングをした物を、優也さんのベッド下に隠す。
その後、都合のよい時間に、優也さんの携帯電話に掛ける。証拠を残さない
ためには、公衆電話からがよいのでしょうが、容疑者の遠藤さんは梶谷さんの
ご家族と一緒でしたから、恐らく、携帯電話を用いたと思います。もしかする
と、自身の、もしくは梶谷さんの携帯電話を使ったかもしれません。だとした
ら、記録が残っているはずですから、傍証の一つに数えてかまわないでしょう。
その携帯電話自体が、着信によって火種になる細工は、大げさな知識がなく
ても簡単にできると思います。仮にできなくても、線香のようなゆっくり燃え
る物を火種とすれば、アリバイは作れる」
「ふむ……付け足すことはない」
十文字先輩が呻くように云った。再び、先を越された格好である。
「敢えて指摘すると、より強力な証拠だね。三鷹さんの推理が正しければ、犯
人は事前に、結構な荷物を携え、被害者宅を訪れたことになる。マンションに
は防犯カメラがあるのかな? あるのなら、警察は防犯カメラの映像を改めて
チェックすべきだ」
「事件当夜の人の出入りは、チェックしているはずですよね。でも、ずっと以
前から少しずつ準備を進めていたとしたら、当日、犯人がやることは……被害
者の携帯電話を密かに奪い、セットするだけ。手ぶらで来られます。目立ちま
せん。仮にあの遠藤さんが犯人だとしても、ちょっと変装されては、正体不明
の人物が映像に残るだけで、逮捕に結び付くかどうか」
語尾を濁し、髪を手でいじる三鷹さん。意外とミステリ好きなのかもしれな
い、と思った。じゃなければ、推理することや論理的思考自体を楽しむタイプ
かも。きっと後者だ、うん。
「それよりも、気になることがあります。誰が犯人であろうと、ロボットを使
う犯行に拘泥した理由が、分かりません」
両拳をぎゅっと握り締める三鷹さん。工学畑の彼女にとって、犯人の手口は
許せない行為であるに違いない。
「なるほど。確かに、ロボットを――笠置教授のロボットを使わなくてもでき
る。探せば、市販の玩具の中に、代用が利く物がありそうだ。だが、これはま
あ、笠置親子に対する恨みがなせる業だと思うんだ。むしろ、火と遠隔殺人に
拘っている、とも云えるんじゃないかね」
「火は、遠藤さんが犯人なら、説明が付きますよね。遠隔殺人は……?」
「アリバイ確保のため、では弱いか」
「アリバイを確保したいのでしたら、わざわざ梶谷さん一家を証人に選ぶ理由
という謎が、新たに加わりませんか」
「うーん、そうなってしまうな……」
「浪野助手や笠置教授のときは、ロボットを使わなかったのかな? 報道では
触れてないけれど」
気付いたことを口にしてみた。先輩が応じる。
「少なくとも、助手殺しでは使っていないようだ。僕の推理では、遠隔殺人で
はない。殺意すらなかったかもしれない。笠置教授に対しては、殺意があった
のは間違いないが、爆発が浴室で起きているのが引っ掛かる。浴室はロボット
を動かすのに適当な空間だろうか、三鷹君?」
「質問が明瞭でありません。水上や水中を動くロボットもありますから」
「ごめんごめん。笠置優也殺害に用いたようなロボットを、だ」
「それなら答は当然、ノーですね。適しているとはとても云えません」
「矢張りそうか。完全に想像になるが、遠藤は昨日、笠置教授宅に行ったんじ
ゃないかな。教授から連絡があって、僕らと今日、会うように云われたんだか
ら、きっかけは充分。亡くなった笠置優也に焼香をあげに来たと云えば、自然
に出向けるだろう。その際に隙を見て、気化したガソリンが浴室に溜まるよう
な仕掛けを施した。携帯電話も浴室内に置いておく。マナーモードではなく、
通常モードにしてね。そして今日、僕らと会っているときに、携帯電話を鳴ら
し続ければ、在宅中の教授は何事かと調べ、浴室のドアを開ける。そのとき、
何かの火が引火した……たとえば、浴室が昼でも暗いなら、明かりを灯すだろ
う。電球に細工をしておけば、ほとんど開けると同時に爆発だ」
「昨日の夜、教授が風呂に入ろうとしていたら?」
僕の素朴な疑問に、先輩は即答する。
「そのときはそのときさ。ガソリンの溜まり具合が不充分で、爆発は小規に模
なるだろうが、無傷では済むまい。ともかく、笠置教授の事件は、ロボットな
しでも行えたとしていいんじゃないか。息子の事件で、ロボットが現場にあっ
たと分かっている。今日の事件で、ロボットが現場にあれば、隠すことなくす
ぐに報じているはずだ」
「結局……笠置優也さんのときだけ、ロボットを用いて遠隔殺人を計画したの
は何故か、という謎に集約されますね」
「梶谷通の代わりに復讐することが動機であるという前提に立てば、梶谷の自
殺未遂騒動に、鍵がありそうなんだが……関係者が口を閉ざしている」
真実がどうあれ、表面的には自殺未遂であり、警察の捜査も浅いまま停滞も
しくは終了していると思われる。五代先輩ルートの情報に期待できないという
ことだ。
「――あ、ちょっと失礼。電話が」
僕は断りを入れ、携帯電話を取り出し、部屋の外に出た。廊下の黄色いライ
トの下で、相手の番号を確認する。
「誰だっけ……。もしもし?」
「百田君だな? 私だ」
「えっと、メイさんですか?」
記憶にある声だが、電話を通すと、少しばかり一ノ瀬和葉のそれに似ている
から困る。
「そう。この前云ってた事件、まだ終わってないね?」
「え、ええ。目星は付いているみたいなんですが、決定的な証拠がないのと、
心理的に解釈しづらい行動が――」
「細かいことはいい。私はね、今日の事件を知って、犯人が誰であろうと、笠
置一家の皆殺しを目論んでいるんじゃないかと思ったんだよ、最初は。だから、
笠置瑤子(ようこ)の」
「誰ですか、それ」
「笠置教授の妻。三人家族唯一の生き残りとも云える。彼女の身の安全を確保
すべきと思い、和葉に入院場所を探させた。で、行ってみたら、警護の付いて
いる様子じゃないんだな。見張りの気配もないから、容疑者扱いしていないっ
てことになる」
「動ける容態ではないってことじゃないですか」
「それもあるだろうな。私は考え直してみた。誰が爆発火災を仕掛け得たのか。
息子の死以来、笠置家の周辺は慌ただしかったに違いない。葬儀もある。人の
出入りは激しいが、だからって、こっそり風呂場に入り、ごそごそやるのは目
立ちすぎる。ましてや、その慌ただしさが一段落した昨日今日の段階で、仕掛
けをセットするなんて、外の人間には無理だろう」
「あ」
僕は最前、先輩が披露した推理を思い出し、電話口の向こうに伝えた。する
と、さもありなんという相槌が返って来る。
「そういう仕掛けならうまく行くかもしれない。だが、遠藤には無理だ。家人
に気付かれ、怪しまれる。一人暮らしの友達相手なら、どうにかなるだろうけ
どね」
「だったら、仕掛けは誰が」
「配管工やガス工事といった業者が出入りしたのでなければ、家の者がやった
に決まっている」
「ええ?」
「笠置夫妻のどちらかだ。調べた限り、笠置瑤子は機械メーカーの偉いさんの
次女にしては、科学に無縁で、知識も乏しい。ガソリンと灯油の区別も付くか
どうか、あやふや。爆発火災の仕掛けなんて、思い付きそうにない」
「じゃ、じゃあ、死んだ笠置教授がってことに、なっちゃうじゃないですか」
「それで何の不都合がある?」
信じられない。僕は恐らく、変な薄笑いを浮かべていただろう。メイさんの
話が冗談に聞こえたのだ。いや、冗談だと思おうとしたのかも。
「で、ですが、笠置教授は、その爆発火災で死んだんですよ? 自殺ですか?」
「自殺もないとは云い切れないが、私は事故だと思うね。仕掛けているとき、
不注意から点火してしまった」
「な、何のために、自宅にそんな物騒な仕掛けをする必要が」
「聞くところによると、笠置教授は瑤子夫人に頭が上がらなかったらしいじゃ
ないの。最近になって、ロボピック優勝で知名度を上げ、盛り返してきた。そ
んなとき、息子を殺され、勢いを止められかけた。だが、これを逆用すること
を思い付いたんじゃないか? 盗難及び爆殺犯の仕業に見せ掛け、妻を葬ろう
と計画した」
荒唐無稽に聞こえた推理だったのに、今や何となく納得させられていた。証
拠がないのは、十文字先輩の推理と変わりないが。
「理屈は飲み込めました。でも、証拠もないのにそんなこと云うのは、メイさ
んらしくないというか」
「他に爆発火災の仕掛けをできる人物がいない。それだけも充分だと思うね。
ついでに、警察が夫人を警護も見張りもしていない事実がある。警察だって莫
迦じゃないよ。根拠があって、夫人を容疑者から外し、身の危険はないと判断
したはずなんだ。恐らく、笠置教授が爆発火災の仕掛けをしたこと、あるいは
それを計画していたことの物証を掴んでいる。今は最後の詰めをして、発表の
タイミングを計っているんだ」
「そんな証拠があるなら、すぐに発表すれば済む話でしょう」
「笠置教授は著名人で、息子を殺されたばかりという意味でも、世間の注目の
的。おいそれと犯罪者扱いにはできないよ。それが警察ってもの」
「……」
筋道は通っている。まだいくつかの疑問は残るが、メイさんの口調から急い
でいる雰囲気が伝わってきた。切り上げるとしよう。
「分かりました。とりあえず、先輩に伝えてみます」
「それがいいね。じゃ――ああ、待った。その先輩って、十文字って子?」
一瞬、遠ざかった声が、元の音量に戻る。
「そうですけど」
「五代って子に伝えて、確認を取った方が早いよ」
その後、五代先輩からの電話で、メイさんの推理が正しかったと証明された。
「今回は不本意極まりない。一ノ瀬君の親戚や三鷹君に、やられっ放しだ」
火曜の学校。昼休みに学食で待ち合わせをし、礼を述べに来た三鷹さんに、
十文字先輩は苦い表情で語った。
「依頼を受けた立場がない」
「そんなことありません。笠置優也さんと浪野助手を殺したのは、遠藤だった
のですから」
三鷹さんが食事の手を止め、気遣うように云った。
彼女の今の言葉通り、最初に二件の殺人は、遠藤の仕業であった。ただし、
逮捕のきっかけは、証拠に依るものではなかった。笠置瑤子の病室に潜り込も
うとしたところを、刑事に職務質問され、逃走を図るも取り押さえられたのだ。
刑事が見張りに付いたのは、メイさんの進言を聞き入れて動いたらしい。メイ
さんに警察の知り合いが――全国各地に――いることは、このとき初めて知っ
た。
「遠藤を捕らえられたのも、一ノ瀬メイさんのおかげだからな」
「そんなことないよん」
一ノ瀬――勿論、和葉の方――が云った。三鷹さんと違って、食べるのをや
めないまま、話も続ける。
「十文字さんが追い詰めたからこそ、犯人は焦って、最後の一人を早く始末し
ようと、準備不足のまま、行動を起こした。だから逮捕できた」
「うう、一歩間違っていたら最悪の事態を迎えていたかもしれないのだが、ま
あ、一ノ瀬君の云うような考え方も、できなくはないか。弁明するなら、遠藤
は多分に運がよかった。笠置教授の死亡が、我々と同席していた時間帯と偶々
重なったことに加え、教授が配偶者を殺そうと決意したのも、確率としては決
して高くない」
笠置教授は、訪ねてきた遠藤からそれとなく仄めかされた結果、息子が殺さ
れた事件でのトリックに想像が付いたらしい。そして、教授は手口を似せて妻
を殺そうと考えた。前者までなら遠藤の思惑通りに進んだとしても、取り立て
て不思議ではないが、後者も含むとなると、矢張り幸運だったと云わねばなる
まい。
ただ、先輩だって途中で、自分は運がよかったと発言してるんだけれどね。
忘れてあげよう。
「三鷹君の依頼に満足に応えられず、申し訳ない」
「もういいんですよ。何度も云わせないでください、十文字さん。ロボットを
用いた理由も、一応、分かりましたし」
遠藤の犯行動機に関しては、先輩達の推理が的中していた。梶谷通の無念を
晴らすためだ。
火に拘ったのは、梶谷が味わったのと同じ苦しみを与えるため。
笠置優也殺しにおいて、遠隔殺人のトリックを用いたのは、梶谷自身に携帯
電話の発信ボタンを押させて、復讐を果たしてるため(無論、遠藤が手を添え
てやったに違いない)。
そして、笠置教授のロボットを用いたのは、優也を育てた責任がある(と遠
藤が信じている)ためだった。笠置夫人の命まで狙ったのは、優也殺害後にテ
レビのワイドショーで、夫婦揃って放任主義だったと伝えていたのを見て、教
授だけを標的にするのは理にかなっていない、と考えたらしい。
「僕はまだ不満だ。肝心の、梶谷が自殺を選ぼうとした背景について、遠藤は
全く語ろうとしないそうだ。喋ることで梶谷を傷付けかねない、だから口を噤
んでいるんだろうが」
「梶谷さんの遺書、というか書き置きに、主観的事実が記してあるのでしょう。
それを見れば分かるはずですが、自分はそこまで求めません。知っても、いい
感じはしない気がします」
三鷹さんのこの発言で、十文字先輩も執着を引っ込めた。名探偵として事件
の全貌を掴みたい気持ちは理解できるし、僕も記録者としてなら全部知りたい。
でも、今度ばかりは三鷹さんと同意見だ。知れば嫌な思いを味わう、そんな予
感がしてならない。
「さて。今回のていたらく、物語上なら、名探偵は姿を消して修行に出なけれ
ばならないところだが、実際にはそうも行かない。とりあえず、今この場の代
金は僕が持つとしよう」
気前よく、先輩が云った。学食だから、高額とまでは呼べないが、結構な出
費だろうに。それよりも、ここは先払いシステムだ。今更、現金を受け取りに
くい。
「そうと分かってたら、一番高い料理を選んでたのににゃー」
一ノ瀬が空気を読まずに云った。
――終