AWC 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (17/17)  悠歩


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#46/598 ●長編    *** コメント #45 ***
★タイトル (RAD     )  01/12/15  20:21  (133)
【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (17/17)  悠歩
★内容

 異形との戦いを数知れず経験して来た美鳥。その美鳥さえ、男の存在に気づく
のが遅れた。まして不完全な形でしか力の覚醒を迎えていない優一郎である。さ
らに突然の訪問者に気を取られている中、階下の異形の存在を察知出来るであろ
うか。不安もある。
 しかし自力で状況を打破する手段を見出せない以上、【日龍】の能力者として
の優一郎に期待を掛けるしかなかった。
『優一郎………お願い………』
「無駄だと思いますよ」
 本当に、男には人の心を読む力があるのかも知れない。美鳥が心の中で優一郎
の名を呼ぶのと同時に、男は同情を込めた声で言ったのだ。
「待ち人来たらず。陽野優一郎くんは、いまそれどころじゃないはずですから」
「それじゃ、あの女!」
 美鳥は男を刺激しないようにと、抑えていた声をつい、荒げてしまう。男の言
葉から、優一郎を訪ねて来た女も異形なのだと理解したためである。
 そう言えば、あの女にどこかで会ったことがある。そうだ、田邊の部屋にいた
女たちの一人だ。
 突如、美鳥の心中を絶望感が支配する。
 目の前の男も音風の顔も、歪み、霞んで見えた。
 異形たちは、仲間意識というものに乏しい。だからこそ、麗花を含めた三人の
朧の力で対応しきれていたのだ。異形よりも遥かに強大な力を持つ完全体も、単
独であればまだ万に一つの望みもあっただろう。もし完全体たる異形が、連係を
して来たのならば優一郎が覚醒を果たしたとしても勝ち目は極めて低いものにな
る。
 身体の力も抜け、その場に崩れそうになった美鳥だったが、虚ろな視界の中に
迫り来るものを捉え、踏みとどまった。瞬間的な意識の集中により、視界の霞み
を振り払う。音風が見えた。
 慌てて広げた腕の中に、か細い身体が飛び込んで来る。
「音風」
 何が起きたのか分からなかったが、再び男に奪われぬよう、美鳥はしっかりと
妹の身体を抱きしめた。肩に掛かる息、少し熱いくらいに感じられる体温から、
美鳥は妹の無事を知る。
 果たして男が音風を解放したのか。あるいは音風が男の束縛を振り解いたのか。
 前者であれば、男は再び音風を奪おうとするかも知れない。後者であれば、次
は真月を狙っているとも考えられる。
判断のつかない美鳥は視線を男に釘づけたまま、音風を自分の背中に回そうとし
た。音風の腰へ手を遣り、やや強めに押して背後に移動するように促す。だが、
音風を動かそうとした美鳥の手は、思いがけず強い抵抗を感じた。
 音風の両足は、美鳥の導く方向へとは身体を運ばない。それだけの力を残して
いなかったのだ。ただ身体を支えていることさえ適わず、膝を床へ落としてしま
う。見掛けによらず、姉妹の中でも特に肝の据わった音風にしては珍しいことで
あったが、いまは深く考えていられない。生きたまま心臓を抜き取られるという、
世にも稀な経験をした後では仕方のないこと。美鳥は動けない妹に代わり、自ら
が前に進み出た。
「そう、身構えないでくださいな。ほらほら、そんなに怖い顔をしたらせっかく
の美人が台無しですよ」
 男は大袈裟なアクションで肩を竦めて見せた。特に音風を追う様子もない。ど
うやら男自身の意思によって、音風は解放されたらしい。
 だが、男には美鳥の想像したもう一つの行動を執る意思もなかった。
「では、そろそろ私はお暇しましょうか」
「えっ?」
 全く予想外であった。もし男が狡猾な意図を持っていたならば、この瞬間に美
鳥ばかりでなく三姉妹もろとも命を奪われていたかも知れない。美鳥にはそれほ
どまでの隙が出来ていた。
 しかし男は策略を以って、その言葉を発したのではなかった。自らの言葉に即
した行動をしたのだ。 
「私の用事は済みましたからね。こんな時間、女性ばかりのお宅にいつまでもお
邪魔していては失礼でしょう」
 右手を胸にし、男は深々と礼をする。あくまでも紳士的に、だが最後まで狂気
を隠さずに。
 男は静かに後ずさりする。後ろ手に窓を開けると、バルコニーへと出た。
「いずれまたお会いすることもあるでしょう。それでは………ああ、そちらの眠
っているお嬢ちゃん、真月ちゃんにもよろしくお伝えください」
 この言葉を最後に男は消えた。文字通り、霧か霞の如く、夜の闇に溶けて消え
たのだ。
 助かった………
 死への脅威が去ったことで、より恐怖が実感される。
 張り詰めていた糸が切れ、美鳥の両足もまた己の身体を支えるための力を失う。
フローリングの板につけた尻がひどく冷たく、思わず悲鳴を上げた。
 そこで初めて、美鳥は己の全身がずぶ濡れであることに気がついた。男と対峙
していたわずかな間に、夥しい量の冷汗をかいていたのだ。髪が顔に張り付き、
下着が尻から温もりを奪い、とても気持ちが悪い。見れば、衣服が吸収し切れな
かった汗が、床に小さな染みを作っている。
「くしょん!」
 まるでテレビアニメの台詞であるかのようだった。暢気とも聞こえるくしゃみ
が一つ、聞こえた。
「さむうーい。なんで、窓が開いてるの」
 男がいる間、あれほど緊迫した空気の中でも目を覚ますことのなかった真月が、
緩慢な動きで半身を起こす。いくら朧の能力に才覚がないとはいえ、あの騒ぎに
全く気づくことのないまま眠り続けていた真月。さすがに美鳥も呆れ、口元が緩
む。
「ごめん。ちょっとね、部屋の空気を入れ替えたの」
 しかしそれが幸いした。
 真月に優しく応えた美鳥は、自分の身体に抜けていた力が戻っていることに気
がつく。下着は濡れたままであったが、汗もすっかりと引いていた。
「あれ、優一郎お兄ちゃん、部屋に帰っちゃったの?」
「あっ」
 唐突に真月の口から出た名前。美鳥は忘れかけていたもう一つの危機を思い出
した。
「そ、そうだ………私、優一郎に用事があったんだっけ。真月、悪いけれど、音
風とする番してて!」
 妹たちを部屋に残して行くことに、些かの不安はあった。が、先刻の男がまた
すぐに戻って来ることもないだろう。と、美鳥は判断をした。
 美鳥は真月に何かを気取られぬよう、駆け出したい気持ちを抑えながら、部屋
を出ようとする。
「私も行く」 「だめ、大事な話しなんだから。音風、真月をしっかり見ててね」
 立ち上がろうとする真月に、右手をかざして美鳥はこれを制する。果たしてそ
の仕草に効果があったか否か、確認する時間を惜しんで玄関へと向かった。真月
のことは、音風が何とかしてくれるだろうと信じつつ。
「あれっ、どうしたの?」
 音風からの返事はなく、聞こえてきたのは真月の声であった。思わず美鳥は足
を止め、振り返る。
 音風は、蹲ったままだった。まだ男に受けた行為に対する恐怖から立ち直って
いないのだろうか。
「お姉ちゃん………音風お姉ちゃん!」
 その横で膝をつき、心配そうに真月は顔を覗き込んでいる。その声が次第に叫
びと変わって行く。どうやらただ事ではない。
「どうしたの、音風。まだ気分が悪いの?」
 美鳥は踵を返し、音風のもとへと歩み寄る。その背中が小刻みに震えているの
が見えた。
「音風!」
 慌てて抱き上げた音風の顔は、蒼白で死人のようだった。息も荒い。
「……………」
「えっ、なに、?」
 何かを言おうとしてか。音風の唇が、力なく微かに動く。しかし動きの弱々し
さに等しく、唇から漏れる息は儚く、音声とはならない。
「音風お姉ちゃん、ねえ、どうしたの。お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん
………」
 耳元で聞こえている、真月の叫び。
 静かにして、音風の声が聞こえない。
 そう言おうとした美鳥だったが、それより先に真月の声が小さくなった。と、
同時に音風の唇の動きも止まる。
「おとか………」
 妹たちの名を呼び掛けた美鳥だったが、突然、息苦しくなってそれが出来ない。
何やら酷い悪臭がしている。
『何、この臭いは………どうして急に……』
 急ではなかったかも知れない。マンションに帰って来てから、ずっとしていた
ようにも思えた。それではなぜいままで気がつかなかったのだろう。いや、それ
は思い違いで、やはりいま急にして来た臭いだったろうか。
 ぐるぐると回る美鳥の思考。
 その答えの出ないうちに、美鳥は意識を失った。

【OBORO】 =第4幕・異形胎動=(完)




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