AWC 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (04/17)  悠歩


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#33/598 ●長編    *** コメント #32 ***
★タイトル (RAD     )  01/12/15  20:13  (161)
【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (04/17)  悠歩
★内容



 すでに残暑を感じさせる日射しも、もう記憶の彼方へと消えつつある。むしろ
頬を撫でてゆく涼しげな風は秋の盛りを思わせるものから、間近へと迫った冬の
気配を垣間見せるものとなっていた。
 白く佇む朝の街や黒一色に染まり全ての人々が寝静まった夜の街より、優一郎
はこの時間の街を寂しいと思う。
 逢魔が時………遠き昔の人が、そう呼んだ時間。
 夕餉の支度にあわただしい主婦たち、早い帰宅のサラリーマンたち、コンビニ
の前に座り込んで雑談をする学生たち。これから来る夜を前に、まだまだ街の至
る所に人々が待機する時間帯。それなのに、優一郎はこの時間をもっとも寂しい
と感じる。どれほど周りに、人が溢れていようとも。
 すれ違ったOL風の女性が、足早に通り過ぎていく。相手の性別、おおよその
風体は分かるのに、その表情は見て取ることが出来なかった。
 見えているのに分からない………そんな時間帯。闇であれば全てが見えず、光
であれば全てが見える。しかしその狭間では、全てが中途半端なのだ。存在は見
せながら、心は隠す。それが優一郎を寂しくさせ、いにしえの人々を怯えさせた
のかも知れない。
 逢魔が時………それは現在(いま)でも、もっとも事故の起きやすい時間であ
ると言う。
 

 転校生に対して、同情の必要はなかった。いまのところは。
 あれから休み時間の度、クラスの男子たちが大挙して移動をしていた。しかも
その中には同じ顔ぶれが毎回のように含まれていたのだ。どうやら転校生は期待
に応えるものだったらしい。少なくとも容姿においては。
 アフリカの大平原のヌーたちを思わせる大移動は、放課後になっても続けられ
ていた。転校生の見物に赴くのは何も優一郎のクラスの者たちだけではない。一
年生から三年生までの各クラス、数名ずつが合流していくのだ。その数は相当な
ものになる。物珍しさが先に立っているとはいえ、あるいはその転校生とやらは
皆が期待していた以上の美人なのかも知れない。
 少しばかり興味の出てきた優一郎ではあったが、クラスメイトらとともに物見
遊山の旅に参加する気にはなれない。慌てずとも同じ学校にいるのなら、いずれ
顔を見る機会もあるだろう。それよりも本日発売の雑誌が気になる優一郎は、
早々に学校を後にしていた。
 しかし噂の転校生と顔を会わせる機会は、思いの外早く訪れることになる。
 書店、銀行と寄り道をしただけで、自宅であるマンションに着いた頃にはもう
すっかりと日が暮れようとしていた。途中銀行へ寄ったのは、朧月家の姉妹の捜
索を探偵に依頼しよう決意したからである。どの程度の費用が必要か見当もつか
ず、とりあえず三十万円という、高校生にとっては大金である額を下ろして来た。
 玄関フロアの前で、優一郎は足を止めた。訪れようとする闇に抗い、煌々とし
た明かりで武装されたホールに目がくらむ。鋭い刃物にも似た光から逃れようと、
優一郎は視線を上げた。すると強い白色光に代わり、柔らかな蛍光の群れが優一
郎の視界へと飛び込んで来る。マンションの各部屋に灯された明かりたち。それ
ぞれの営む暮らしの目印がそこにあった。
 その淡い光が群れなす中、生え代わりが始まった子どもの歯のように、所々暗
いままの部屋が残されている。まだ勤めから帰らない一人暮らしの者、共働きの
者たちの部屋だ。そこには、優一郎の部屋も含まれていた。
 まだ陽のあるうちに帰宅する分には、それほど感じはしない。けれど他の部屋
に明かりが灯される時間帯、たった一人暗い部屋に帰るのはやはり寂しい。俺は
もう、親を恋しがるような稚児ではないのだ。そう自分に言い聞かせ、わずかに
笑みを浮かべる優一郎だったが、その心の穴は埋めきることが出来ない。
 しかし優一郎がそんな一人想いに耽っていた時間は、さほど長くはなかった。
ただ、想いを中断したのは、自らの意志によるものではなかった。
「みつけた!」
 そんな嬉々とした声が耳に響いたかと思うと。
 どん。
 衝撃が優一郎の背中を襲った。
 通常であれば、充分に受けきれる程度の力だった。が、自分の想いにとらわれ
周囲への注意が疎かになっていた優一郎は、その衝撃に耐えきることが出来ない。
 二歩三歩、と、よろめいた足は優一郎の意志に反し、身体を前方へ進める。玄
関ホールのガラスまであと二十センチ足らずにまで迫り、ようやく足は慣性によ
る動きを止めることが出来た。
 安堵の息をつく間もなく、優一郎は振り返った。自身の表情が険しいものに変
わるのを、顔の筋肉の動きで感じながら。
 咄嗟に優一郎の頭に浮かんだのは、夏のあの夜の記憶であった。アメリカ製の
SFXを駆使した映画よろしく、怪物と化した田邊と対峙したあの夜を。
 が、緊張した顔の筋肉は、その状態を三秒と継続することはなかった。優一郎
を襲った衝撃が、決して敵意に満ちたものではあり得ないと知ったからだ。
 そこにいたのは、優一郎より遙かに低い位置に頭のある少女だった。赤いラン
ドセルを背負った小さな身体では、全力を以ってしても優一郎にダメージを与え
るのは難しいだろう。なにより親愛の気持ちを形にしたその笑顔は、どれほど穿
った目で見ても敵意を感じ取ることは不可能である。
「えっと………あ、真月、ちゃん?」
 優一郎の口が、少女の名を呼ぶ。ニュースで知った火事のあと、どれだけ探し
てもみつけることの出来なかった従姉妹の名前を。
「おにい、ちゃん」
 優一郎が名を呼んだ途端、少女の笑顔が崩れ始めた。潤んだ大きな瞳が、より
一層大きくなったように見えたのは、少女が優一郎の胸へと飛び込んで来たから
だ。
「ねぇちゃ………し、じゃって………う……たの。うっ……って、たから……う
っ、うわああん」
 嗚咽混じりに話す真月の言葉は、まるで理解することが出来ない。ただあの夏
の数日間に、少女の身に降りかかった事件。力を持った変質者となり果てた田邊
にさらわれ、そのショックも癒えぬうちに火災に遭遇し姉を失った。小さな身体
で受け止めるには、あまりにも大きな不幸。真月の負った心の傷はどれほどのも
のか、察するにも余りある。
「………」
 掛けてやる言葉も見つけられない。優一郎は泣きじゃくる少女の頭を撫でるこ
としか出来なかった。



 チイイイイイィン。
 余韻を長く響かせ、澄みきった鐘が鳴る。白い糸のような煙を真っ直ぐに立ち
上らせた線香の香りが鼻腔へと届く。橙色に灯された線香の奥には、黒い額に納
められた小さな写真があった。優しく、けれどどこか悲しげな微笑みの女性、麗
花の写真が。
 麗花が好んだという淡色の花々と秋の果物と線香の香りに包まれ、優一郎はも
う二度と触れることの出来ない微笑みへと手を合わせた。
「ありがとう、優一郎。お姉(ねえ)も喜ぶよ」
 仏壇代わりのタンスを背にし、振り返った優一郎を迎えたのは長い髪を後ろで
束ねた少女の笑み。手を伸ばせば実際に触れることの適う笑みだった。
「探したんだぜ、家が火事なったって聞いてさ」
「わたし、言ったんだよ。優一郎お兄ちゃんにも知らせようって」
 応えたのは真月であった。
 優一郎の横で真月は、卓の上に茶碗を並べていた。
「せめて麗花さんにお線香ぐらい上げようと思って、お寺にも行ったんだぜ。で
も住職に訊いたら最近朧月のお墓に入れられた人はいないって言うし」
「ん、ごめん………いろいろあってさ、連絡が遅れちゃって。お姉さ、朧月のお
墓には入りたくないって思ってたはずだから」
 初めて会ったときの生意気さも元気の良さも影を潜めている。ポニーテールの
少女、美鳥は静かな声で言った。
「だけどさ………」
 さらに問いつめようとした優一郎だったが、その先の言葉は出ない。ただ黙っ
て、夕食を並べてゆく美鳥の手元を見つめるばかりだった。
 麗花を失った悲しみは、優一郎より美鳥たち姉妹のほうが遙かに大きいはずだ。
血の繋がった従姉妹とはいえ、たった一度、探偵から紹介されたときを入れても
二度しか会っていない優一郎とは比べようもないだろう。
「驚いたよ。まさか噂の子が美鳥だったなんてさあ」
 開いた口が続けるための言葉を探し、優一郎は部屋の中を見回した。そして目
に飛び込んできたものを見ながらそう言っていた。
 壁に吊されたハンガー。そこに掛けられた制服。美鳥のセーラー服である。た
だし以前朧月の家で見たときに、美鳥が着ていたものとは違う。優一郎が通う高
校の制服であった。
 ぶっ。
 品のない音が、優一郎の口より漏れる。
 いま校内の噂を一身に集めていた転校生は、よりにもよってこの美鳥だったの
だ。従姉妹ということで多少過小評価してしまうことも否めないが、それにして
も優一郎の目から見れば、とても美鳥を美少女とは呼べない。あまりにも大げさ
な噂の真実を知り、つい吹き出してしまったのだ。
「うわっ、汚いなあ!」
 寸前までの沈んだ空気は、一瞬にして消え失せてしまった。盆から下ろされ掛
けていた鯖の煮付けが、美鳥の手によって再度空を舞う。
「あ、悪い悪い。それにしても良かったよ。噂に惑わされて、うっかり評判の転
校生を見に行かなくてさ」
「なによ、うっかりってさ………そんなこと言うんなら、晩ごはん、ご馳走なん
かしてあげない」
 笑っている優一郎に対して、美鳥は頬を膨らませて怒っている。優一郎の横で
は、話の分からない真月が不思議そうに首を傾げていた。そんな二人の従姉妹が
可笑しくて、優一郎はまた笑ってしまう。
「本当に、いらないんだね」
 どうやら美鳥は冗談で気分を損ねた真似をしていたのではなかったようだ。優
一郎の前に並べられていた食事を、お盆の上に戻し始めてしまったのだ。 
「ああ、ごめん、悪かった。俺が悪かった、謝るよ」
「ほんとに? まあ反省してるんなら今回だけは特別に許してあげる」
 いささか芝居じみた優一郎の詫びに、怪訝な目を向けながらも湯気の立つみそ
汁は帰ってきた。
「お姉ちゃん、音風お姉ちゃん、ごはんできたよ」
 二人の三文芝居が終わるのを待っていたかのように、立ち上がった真月はもう
一人の姉を呼ぶ。音風は転校初日の緊張感からか、昨晩より体調を崩し寝込んで
いるそうだ。
「優一郎、だいたいあなたはいくら従姉妹だからって言ってね、少しは………」
 まだ何やら説教をする美鳥の言葉を聞き流しながら、優一郎は感じていた。久
しぶりに心底リラックスしている自分を。そして安心した。まだ麗花を亡くした
悲しみは深く三人姉妹の心に刻まれているだろう。けれど例え真似だけだとして
も、明るい表情を見せてくれた姉妹たちに。
 隣の部屋から音風が姿を現したことで、美鳥の説教も止められた。まだ自分を
拒んでいるような音風の様子が気にはなったが、優一郎は温かい食事に舌鼓を打
つことにした。




元文書 #32 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (03/17)  悠歩
 続き #34 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (05/17)  悠歩
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