AWC 吉外信報77 $フィン


        
#7515/7701 連載
★タイトル (XVB     )  01/03/27  23:07  (157)
吉外信報77 $フィン
★内容
体験を日常的にしていたかも知れないな。そんなとき人は山の霊気のようなも
のに触れたと感じていただろうね。でも森を出て村に戻り、自分の妻や子に会
えばそうした神秘的啓示とは別の世俗的な心配事に忙殺されたのでは? もと
もと人間は『個』を捨てられると思う? DoruはDoruでしょ?
Doru 個は捨てられないね
Zin 人間には『個』を捨てることは難しい。自分の死を循環のなかの鎖とし
てつきはなして考えることができる?
Doru できない。自分が一番可愛い
Zin 普通の人はそうだ。だからこそ禅のようなものが求められるんだと思う
。あるいは老子の思想もそうかも知れない。じつは福岡正信の考え方というの
は禅に近いようだ。禅としての自然農法……。
Doru わたしも最初福岡正信の関係のサイトをみたとき禅を連想したわ。
Zin そのあたりは以下のURLに詳しく研究されている。実はぼくもそこから
今回の話のヒントを拾ってきたんだけどね。
http://www.netwave.or.jp/~n-keizo/fukuoka1.htm
Doru うーん。一生かかってもわからない禅の悟り
Zin 老子はどう?
Doru もっとわからん。
Zin 混沌の話は知っている? たぶん学校の授業でやったのではないかな?
 混沌に目鼻をうがったら混沌は死んでしまったというやつ。
Doru うん、それなら知っている。つまり自然に人が手を加えたら自然はいつ
か死ぬってこと?
Zin それはぼくにはわからない。もしそうなら人間には未来はないだろうね
。ただ、ぼくが言いたいのは人間は自分だけでなく自然も『個』として見るっ
てことさ。だからそこにある生物種をそれぞれ分類し知識として理解しようと
する。つぎにはそれらを人間の役にたてようとする。そして商品化する。そう
した欲望を押さえて『全』である森をそのまま受け入れようとすると、たぶん
人間にとってそれは渾然一体となった認識以前の混沌としか見えないんじゃな
いかな?
Doru 老子の思想ってそういうことなのね?
Zin たぶん違うと思う。
Doru 何それ?
Zin 老子の思想って本来もっと広くて捉え難いところがあるみたいだけどね
。でもぼくらにとっての今日性はそんなとこにあると思う。それを個々の対象
に分解して理解しようとすると全体としての『何か』は失われてしまう。 自
然に手を加えるという以前に、自然に踏み込んでそれらを理解してしまうと全
としての自然は失われてしまう、のではないかな?
Doru つまりシシ神にとって『個』はないのね?
Zin シシ神は生と死をむすびつけるものだったでしょ?
Doru シシ神は『全』そのものなのね。
Zin 森全体が『全』でありおのおのの動物や植物の運命は壮大な循環の一部
でしかない。『わが一族は個にして全、全にして個。時空を超えて心を伝えゆ
くのだから』……これはマンガ版のナウシカに登場する王蟲の言葉だったね。
Doru 死は終わりではなく変化にすぎない。だから別に死を怖れることはない
?
Zin それがたぶん生命の本来のあり方なんだろうな。でも人間にとってはそ
うではない。『個』の死は絶対的な終焉でしかない。だから人間は不老不死を
もとめる。シシ神のなかに不老不死の秘密を予感しながら、それをただ『個』
として捕らえようとした。シシ神の森を『個』の集まりとしてとらえ、それを
管理しようとした。そう人間が欲望するとき『全』としての自然は失われてし
まう。それらは見なれない恐ろしい森……『荒ぶる神』であることをやめて、
見なれた森『和ぶる神』になってしまう。
Doru 最後に森の精霊がいたでしょ。あれは自然の復活? それとも別の自然
の復活?
Zin 映画の最後で森は復活するけれど、それはもうシシ神の森ではないんだ
。宮崎駿は『日本人はシシ神を殺すことで人間として一番核になる部分を殺し
た』と語っている。
Doru シシ神のそれとは違う森の復活か
Zin ぼくはシシ神をうやまい恐れることは『全』として自然を見、混沌とし
た生命活動の全体性を恐れる心ではないかと思うんだ。個々の木や動物は所有
したり利用したりできるけれど、森全体の生態系の複雑なありかたを所有した
り利用することは人間にはできないだろう?
Doru まさに混沌だよね
Zin そうした自分を超えたとらえ難いものを怖れ敬う気持ちが、ダイダラボ
ッチ伝説やシシ神の神話を産み出したんじゃないかな? シシ神を殺すことで
日本人が失ったのはその『全体』を『全体』として理解できないながらもその
まま素直に受け入れようとする心なのでは?
Doru もし人間が滅んで森だけになったらシシ神は復活するのかな?
Zin 人間なんて本来の自然にとって大した存在じゃない。地上から人間がす
べていなくなって千年もたてば森は昔どおり復活するだろう。でもシシ神は自
然を怖れうやまう人の心のなかにこそあるんだ。一方で人が見ていない自然は
何者でもないだろう。それは無だろうな。
Doru つまりシシ神は自然そのものというより人と自然の好ましい在り方を象
徴する存在なのね?
Zin 混沌のままで自然を受け入れる心を持った人間にだけ見ることができる
神だね。
Doru でも自然を混沌のままほっておいたら自然科学はなりたたないでしょ?
 現代文明も生まれなかった。
Zin 科学は自然を『個』に切り分けるんだね。そしてそれは西洋の個人主義
の伝統にも通じるんじゃないかな? あるいはそれがヒューマニズムと言って
もいいかも知れない。前に楢山節考の話をしたでしょ?
Doru うん
Zin シシ神の視点に立つなら死も生も同じ循環のなかの一部。だから老いた
自分の母親を山に捨てたとしても悲しむべきことではない。でもヒューマニズ
ムの立場に立つならそれはとても辛いことだよね?
Doru つらいね。現在の感覚ではできないね。……いや、できるかな? 親を
養老院に入れたままぜんぜん面会にこないってのもよくある話かも。でもまあ
、常識的にはなんて非道徳なやつなんだということになるかな。
Zin タタラ場のえぼし御前はつねにヒューマニズムの立場にたっていた。だ
からシシ神の森がなくなればこの国はもっと住みやすい国になると言うわけだ
。
Doru それと反対にいるのがシシ神ね。
Zin シシ神はヒューマニズムと相容れない原理じゃないかな。そもそもそれ
は人間に関心がないもの。
Doru するともののけ姫は何になるのかな?
Zin サンは山の神であると同時にプナン族のような狩猟採集民族だとぼくは
思う。縄文的文化にある人々はそうした神の存在を感知すると同時に自分たち
の生活と文化が森の神々との共存のなかでしか成り立たないことを知っていた
ろう。彼らも生活のために山や森から『個』としての物を算奪はしていたけれ
ど、それの代価を森に返す知恵を持っていたんだ。だから人間は日本列島に数
万年も前から住んでいたけれど森が破壊されたり失われたりすることはなかっ
た。それらが失われはじめたのは『もののけ姫』の時代、つまり室町時代以降
なんだね。
Doru でもそれを押し進めたエボシ御前はヒューマニストだった?
Zin そうだよ。人は何も森を破壊しようと望んだわけではない。ただより良
い生活を求めただけだ。
Doru 難しい問題ね。そもそも『個』とか『全』とかわけようとしているのが
違うのかな
Zin 禅はそれを乗り超えようとするもののようだけどね。でもぼくら凡人に
は禅は難しすぎる。ヒューマニズムと自然科学の理屈のほうがはるかにわかり
やすいな。
Doru そうだね。
Zin ぼくは禅が世界を指導する原理になりうるとは思えないよ。だって言葉
で説明できない悟りでは車やカラーテレビやクーラーを望んでいる大衆に『多
くを望むな!』と納得せさることはできっこないもの。
Doru わたしだって夏場にクーラーを手放すのは嫌じゃ。
Zin まあ自分たちは我慢するとしても老いた両親の部屋には入れてあげたい
とか、せめて子供たちの世代には自動車やファミレスの便利な生活を与えてや
りたいと願うのは人間として自然な心だからね。
Doru 現代の便利な生活は確かに病人や障害者やお年寄りにはありがたいわね
。わたしたちだっていつそうなるかわからないのだし。
Zin もののけ姫のテーマは決して人間のやってきたことを一方的に否定する
ものじゃない。人間が人間らしく生きていこうとするとどうしても自然を破壊
してしまう。欲望に肥大してではなく、身のまわりの者を幸せにしようとつつ
ましく努力するだけでシシ神を殺してしまう。それは人間の業とすら言える宿
命なんだろうね。
Doru 答えはないのかな?
Zin この問題は人間の存在そのものにかかわるものだから小手先のごまかし
でどうこうできるものではないだろうな。それでも今まではまだ自然の側にも
余裕があって人間の自分勝手な活動を許しておいてくれた。『もののけ姫』の
突きつけている深刻な問いが本当に先延ばしできないぎりぎりのものになって
人間自身に返ってくるのはたぶんこれからの百年の間だろうね。
Doru うう。あんまり長生きしたくなくなっちゃったな。
Zin でも一方で『生きよ。そなたは美しい』とアシタカは言う。それは人間
というどうしようもない存在のなかに、それでも『美しい』部分……かつての
縄文人たちのように自然と調和する知恵を生み出したような素敵な部分……を
探さなきゃいけない、というメーセージに聞こえるな。
Doru 『わたしは人間たちを決して許さない』と言いつつサンは『でもアシタ
カのことは好き』だと言うのね。
Zin しょせん人間は人間を愛することしかできないんだね。それ以外の方法
でこの問題を解決することはできないと思う。以前作家のC.W.ニコル氏がTV
で(黒姫の)森を守るために猟銃を持ってそれを破壊する人を撃ち殺したくな
ると言っていた。その気持ちはよーくわかるよね。本当に山林に産廃を不法投
棄する業者なんて撃ち殺してやりたい。
Doru グリーンピースなんて捕鯨船に突進したり漁網を切ったりしてかなりそ
の線に近いものねえ。この先環境問題がもっと切羽詰まってきたらさらに過激
なグループが出てくる可能性はあるわよね。
Zin でも環境のためにそうしたテロルに走るのはあきらかに本末が転倒して
いる。サンのようなやり方をしても事態は改善はしない。敵意は敵意を生むだ
けだ。
Doru でもヒューマニズムもまた自然を破壊してしまう原因になるのでしょ?
Zin それこそがこの問題に容易に答えが出せない理由だよ。でも森の草木と
同じく人間だって自然が産み出した存在なんだからね。たぶんぼくらが思って
いる以上に強かでフレキシブルなものを持っているのじゃないかな? ぼくら
の抱いている人間のイメージだって人間が造り出したものにすぎないわけだか
ら。
Doru そうよね。本当にそうだといいけど。




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