AWC リレー>そして一つになる・5   担当:永山


        
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★タイトル (AZA     )  00/ 3/ 6   2: 5  (200)
リレー>そして一つになる・5   担当:永山
★内容
 郷野は全身に冷たいものを感じていた。ガラルームに戻ってからもそれは続
いている。
(冷静になれ。整理しなければ)
 己に言い聞かせる。ソファに収まり、人を遠ざけることで、徐々に落ち着き
を取り戻していった。
 蒜野とかいう新聞記者の口から内村友美の名が出たとき、動揺を隠しきれな
かった自分に対して、焦りと後悔を覚えた。そこへ追い打ちをかけられる形で、
瀬戸山と竜崎の死を知らされ、困惑は極限に達したのだ。
 瀬戸山達二人の様子を見に行くことを先延ばしにし、冷静になろうと努めて、
今ようやく立ち直れた。だが、のんびりと構えている事態ではない。
(あの蒜野がどこまで知っているのか、どういうつもりで聞いてきたのかはま
だ分からないが……私と友美の関係が公になると、人は皆、疑いの目を私に向
けるだろう。友美の死の原因が良香達三人にあるとは、誰も知らないはずだが、
だからと言って安心はできない。私が逆恨みをして良香を殺害したと邪推する
輩が出て来るかもしれない。疑いを向けられるのは、避けねばならない)
 郷野は真犯人探しの必要性を、今しかと認識した。復讐者として己の手を血
で汚すことも厭わず、この別荘へ乗り込んできた自分が、まさか探偵役を務め
る羽目になろうとは、何という皮肉。
(蒜野とはいずれ話をしなければならないだろう。こちらから接触するか、向
こうが動くのを待つか、迷うところだが……現時点では、それよりも大きな問
題がある)
 改めて身震いを感じた。
 瀬戸山と竜崎の死はそれだけ郷野に衝撃をもたらし、今も余波を与えている。
(殺意が勝手に現実化していく? 馬鹿な!)
 しかし、立て続けに三人が死んだ。否定しきれない心情が、どこかに引っか
かっている。だが、郷野は必死に否定を試みた。ソファに身体をうずめ、こめ
かみを両サイドから押さえる。
(そんな便利な能力が身に付いたのなら、今自分が最も望んでいることが叶わ
ないのは、どうしてだ? 考えが現実になるのなら、友美がこの世に生き返る
はずだ。今、すぐ、この瞬間にも生き返って、前と変わらぬ笑顔を見せてくれ
るはずだ! だが、残念ながら、そんなことは起きていない。つまり、思考が
現実化するなんて夢物語に過ぎぬ、ということさ)
 結論を出してから、自嘲の笑みを浮かべた郷野。こんな当たり前のことを確
認するために、随分と持って回った思考を辿ったものだ!
 心中で吐き捨て、空白の数秒間が流れて――郷野は薄ら寒さを覚えた。
(何者かが、私の心を覗き見したとは考えられないか? そうして、理由は分
からないが、私の殺したい相手を代わりに殺して回っている……)
 非現実極まりない。読心術の使える超能力者を想定しなければいけない。
 一笑に付そうとした郷野だが、ふっと嫌な思い付きをしてしまった。
(まさか、私がどこかで喋ったのだろうか? 胸の内に秘めた殺意を、何かの
拍子にぽろっと……そんなはずは)
 否定しきる自信が、今の郷野にはなかった。内村友美の死を知って、郷野は
一時的に酒に溺れた。酒の力を借りないと眠れない夜が続いた。加えて、外で
もよく気が滅入り、紛らわすために酒を呷った。
(家の中ならまだしも、外で飲んだときに――いや、家の中でも盗聴されてい
たら、同じことだな。ともかく、酔った勢いで、千葉良香達を殺してやる!と
でも口走ったろうか? そんな愚行を犯した自覚は家の外だろうが中だろうが、
一切ないのだが……。今日この場にいる誰かが、たまたま私の醜態の上での発
言を聞き及び、殺害を実行している? 筋はどうにか通るが、そんなことをす
る理由が分からないではないか)
 混迷は深まるばかりである。手掛かりらしい手掛かりがないまま、空想に妄
想を積み重ねても砂の城さえ築けまい。
 しかし、突然、いかずちのごとく閃いた。頭に、一人の人物が浮かぶ。思わ
ず、声に出してその名を小さく口走る。
「もしや木幡」
 あとは唇を閉ざして、思い付きを吟味にかかる。
(ひいき目を抜きにして、彼女は私に心酔している。正確を期せば、郷野弘幸
の音楽に、だが……。これは動機になるかもしれない。三人を殺すことは、最
適のの音楽環境を私にもたらすことにつながる。さらに、資金援助の問題があ
る。良香の死により私と千葉家のつながりも薄くなる、資金援助の話は立ち消
えになり、私は企業Lとの結び付きに頼らざるを得なくなる……こんな計算を
したのではないか?)
 郷野に成り代わって三人を殺す動機が、木幡にはありそうに思える。どこに
も隙がない。確かめようのないことであるが、彼女の務めるLの系列を利用す
れば、毒物だって入手可能かもしれない。
 だが、疑問はまだ残る。木幡が犯人だとしても、いかにすれば郷野の殺意を
知り得るのか。
(私が友美の死に、計り知れないショックを受けていたことは、誰の目にも明
らかだったとしよう。しかし、友美を死に追いやった元凶が奴らにあるとは、
そう簡単に調べが着くものでない。私だって、己を殺して良香に接近し、時間
をかけてようやく掴めたのだから。そうなると……やはり、私自身がどこかで
喋ったのだろうか?)
 思い当たる節が全くない。友美が死んでから今日までの記憶を手繰ってみる
も、木幡と酒を酌み交わしたこともなければ、鉄道や飛行機などで席を隣り合
わせた覚えもない。
(私は慎重を期して、殺人計画はおろか、殺意をも隠し通してきた。万万が一、
口走るとしたら、酔ったときか寝言しか考えられないのだが、彼女の前でそん
な機会はなかった)
 確信した郷野は、木幡への疑惑を取り下げるべきと思った。その矢先、虚を
つくような形で、話し掛けられた。
「郷野様。大変お疲れのようにお見受けいたしますが」
 松倉だった。執事然とした彼が、今は手に鉛筆とメモ帳らしき物を構えて、
直立している。
「いずれご夕飯の時間が参りますが、肉と魚、どちらがお好みに合いますでし
ょう?」
「……その前に……他の皆さんは、この状況で食欲があるのだろうか。また、
仮に食欲があるにとしても、瀬戸山君と竜崎君、二人の死が毒によるものと見
られるというのに、安心して口にできるのかな?」
 郷野の問い掛けに、松倉はごもっともという風情で、かすかに首肯した。メ
モ帳を閉じ、両手をズボンの縫い目に沿えて、姿勢を正す。
「ほとんどのお客様は、ここからの解放をお望みですが、それが叶わぬ今、お
腹も空かれていますでしょうし、用意されれば召し上がるご意向のようです。
安全性につきましては、私どもを信頼していただくほかありません。私は、お
出しする食事は安全であると信じております」
「……と言うことは」
「お客様方のためなら、毒味役をお引き受けする所存です」
 誇りを感じさせる松倉の態度に、郷野は感心の息をついた。
「そうだな。ホスト役である千葉さんが少々取り乱し気味であるこの事態に、
あなたがそのように振る舞われるのは大変立派だと思う。感服するよ」
「お言葉、痛み入ります」
 松倉は無表情を装いつつも、端々に満足の気配をにじませた。自尊心が満た
されたようだ。
 退がる松倉から視線を外した郷野は、安全ならばぜひ食事を摂っておきたい
と考えた。この緊急事態がいつまで続くか分からぬ以上、腹ごしらえは必要だ。
警察が来られない上に、個人があれやこれやと推理をしても、誰が犯人なのか、
決定的な確証は得られそうにない。もしかすると、自分自身が狙われる危険性
もあるかもしれない。
(その点、もしも木幡が犯人であるなら、私を殺す道理はない訳か……)
 その思考を、突如浮かんだ別の考えが破壊した。
(あの男――松倉)
 横目で再び松倉の姿を追う。しかし、執事はガラホールをすでに出ていた。
(毒味をするなどと宣言していったが、あれは、安全性を充分に確保できるか
ら吐ける言葉ではないか? つまり、彼自身が犯人だとしたら、毒の混入は自
由自在)
 途端に、この線が最有力とさえ思えてくる。郷野は真剣に検討した。
(あの年齢から言って、松倉は千葉家に長年仕えているのだろう。千葉家の内
情に詳しくなったに違いない。毒も、千葉家の医療ルートから容易に入手でき
るよな立場を得たのではないか)
 疑惑が膨らむ。木幡に抱いた疑惑と同程度の大きさになりつつあった。
(では、動機は? 良香のわがままさに堪忍袋の緒が切れたか? そんな理由
で殺しはしないだろう。それに、良香の友達まで殺すことはない。先ほど思い
付いた、松倉が良香に手を出していたというのも、現実味がない。双方にメリ
ットがあるようには見えないからな)
 郷野は立ち上がった。頭の中で推測を広げていても、際限がなく、収拾がつ
かなくなるばかりだ。行動を起こし、よりどころとなる裏付けを取らねば無意
味である。
 郷野は松倉を探しに、部屋の外へ出た。瀬戸山と竜崎の遺体を見る前に、松
倉か千葉貴恵に断りを入れるのが筋だと思ったからだ。

(一人で見に行けるとはな)
 簡単に了承を得られた。千葉貴恵も松倉も、郷野を心底信用しているものと
見受けられる。
(こんなことなら、本当に私が良香達を殺していたとしても、容易く偽装工作
を施せていたに違いない)
 抱き続けたほの暗い殺意は、ターゲットを失った今もまだくすぶっていた。
友美の無念をこの手で晴らそうとしたにも関わらず、何者かの横槍によってそ
れが叶わなかったせいかもしれない。
(犯人を見つけたら、そいつを手に掛けてしまう恐れがある)
 自分の手を見つめる郷野。我がことながら、どうなるか分からない。
 かぶりを振って、一旦吹っ切ると、面を起こして教えられた部屋を目指す。
「郷野さん」背後から女の声がした。
 はっとして向き直る。声に驚いたのではない。手の平を凝視していた姿を不
審がられたのではないか?
「私も同行してよろしいですか……」
 蒜野が身を固くして立ち止まっていた。郷野に気圧され、恐がるみたいに身
を引き、胸を反らせている。
「亡くなった学生の部屋に向かわれたと聞いたので……。写真、撮っておく方
がいいだろうし……」
「かまわない」
 低く答えると、郷野はきびすを返し、気持ち前のめりになって歩き始めた。
ゼロコンマ数秒遅れで、後方に蒜野の足音が続く。
「あの、誰がこんなことをしたとお思いですか?」
 遠慮がちな質問が届く。郷野は再び振り返ることはなしに、早口で応じた。
「分からない。私はバイオリニストに過ぎないからね」
「で、では、どうして遺体を見に行くようなことをなさるんです?」
「――警察が来られないのなら、我が目に少しでも状況を焼き付けておきたい。
それが後々、役立つかもしれない。違うかね?」
 蒜野の次の質問の前に、瀬戸山の部屋に到着した。隣りが竜崎の部屋だ。
 念のためにハンカチを取り出すと、郷野はノブをハンカチで包むようにして
掴んだ。閉ざされたドアを、静かに開ける。
 瀬戸山は床に跪き、ベッドに上半身を投げ出すようにして死んでいた。表情
に苦悶が見られず、瞼が閉じてあるのは、松倉が直したのだろうか。
「君、毒物が何か、分からないか?」
 だめで元々とばかり、蒜野に尋ねた郷野。新聞記者なら、毒殺体に関する知
識を有しているかもしれないと思ったのだ。
 しかし、蒜野は首を横に振った。
「ただ、青酸毒なら、アーモンド臭がすると言いますね」
「嗅いでみてくれないか」
「私がですか?」
「男である私が嗅ぐのは、死んだ彼女に失礼ではないかと思ってね」
「わ、分かりました。すみませんが、カメラを持っていていただけますか」
 郷野が無言でうなずくと、蒜野はカメラを手放してベッドに一歩ずつ近付き、
それからしばらく立ち尽くした。と、思い切った風にしゃがみ、渋々、遺体の
口元に鼻を寄せた。鼻をすするような音がした。
「――よく分かりません。よほどかすかな匂いなんでしょうか。この子、オレ
ンジジュースか何かを飲んだのかな、そっちの匂いが強くて」
「仕方がない。それよりも、オレンジジュースね……」
 郷野は室内を見渡した。奥にある机の右隅に、厚手のガラスのコップが、緑
色に光っていた。足早に接近し、真上から覗き込む。ほとんど空だったが、黄
色っぽい液体が底に残っている。
「それと同じコップで、私ももらいました。中身はホットミルクでしたけど」
 蒜野が指差しながら言った。目を輝かせ、続けざまに述べる。
「つまり、これも千葉家が出した飲み物で、そこに毒物が混入されていた?」
「まだ断定はできまい。毒は錠剤か何かの形をしており、それを飲むためにジ
ュースで流し込んだだけという可能性もある」
「なるほど、そうですね。錠剤や粉薬、ううん、食べ物でもいい訳か。そんな
ことまで考え出したら、ますます犯人、絞り込めなくなりそう」
「新聞記者さん、あなたは何か具体的に推理を組み立てていたのかな」
 気取った調子だが、真剣に聞いた郷野。他人の見方を知って、自分の考えを
客観的に見直したいと考えたのである。
「いいえっ、特には」激しく首を振った蒜野は、慌てた風に付け足した。
「でも、毒が食べ物に入っていたとしたら、現時点でこの別荘に残ってなくて
も、殺人は実行できたんじゃないかと思い付いたから……」
「それは道理だが、現実には誰もこの別荘を逃げ出してはいまい?」
「私、見たんですよ。タクシーでここに来る途中、猛スピードで脇をすり抜け
ていった車を。あっという間で、運転手の顔も何も分かりませんでしたけれど」
「本当かね?」
 誰の車か、松倉にでも聞かなければならない。郷野は心中にメモをした。

――続く




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