AWC ファースト・ステップ 1   名古山珠代


        
#3427/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:19  (200)
ファースト・ステップ 1   名古山珠代
★内容
プロローグ.藤井恵津子の場合

 選考会の日の夜。ひどく冷静な声で、その言葉を伝えられたとき、すぐには
信じられなかった。
 F&M文庫の発売日。文庫の挟み込みで、自分の落選を確認したとき、現実
を認めざる得なかった。
 そして、雑誌『アウスレーゼ』の発売日。掲載された選評を読んだとき……。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
決定! 第二回F&M賞
 229編の応募をいただいた第二回F&M(ファンタジー&ミステリー)賞
は、以下の六作品を最終候補作として選出しました。

 「  占  術  師  」 神林大葉 (かんばやし おおは)
 「  水 晶 の 柩  」 篠木陸  (ささき りく)
 「 風にのせたメモリー 」 手塚美久 (てづか みく)
 「 白 の 六 騎 士 」 堂本浩一 (どうもと こういち)
 「僕はこの星で殺された」 新崎彩香 (にいさき あやか)
 「  夢 幻 物 語  」 藤井恵津子(ふじい えつこ)

 九月十五日、亜藤すずな、甲賀明日夫、桜井美優、杠葉純涼、蒲生克吉の各
氏による選考会が開かれました。その結果、以下の四作品を選出しました。

大賞
 「  占  術  師  」 神林大葉(かんばやし おおは)
 「僕はこの星で殺された」 新崎彩香(にいざき あやか)

佳作
 「  水 晶 の 柩  」 篠木陸 (ささき りく)
 「 白 の 六 騎 士 」 堂本浩一(どうもと こういち)


 選考の詳しい模様については、次ページから掲載しています。
 また、受賞作四編については、当文庫から順次、刊行していく予定ですので、
お楽しみに。
 引き続き、第三回も募集しています。締め切りは1996年の六月三十日。
楽しいお話、恐いお話、哀しいお話等など、自信作を待ってまーす!


亜藤すずな
<(前略)……
 藤井さんの「夢幻物語」は、正統派ファンタジー。応援したくなる主人公の
青年は、性格設定の勝利です。西欧中世風と中国中世風を融合しようとした努
力が垣間みられ、これも興味深かったです。ただ、単なるいいとこ取りに終わ
っている観がなきにしもあらずで、より自然な形で二つの世界をつなげられる
と、もっとよかったのではないでしょうか。
                            ……(後略)>

甲賀明日夫
<(前略)……
 「夢幻物語」。純粋なファンタジー物の本作は、それなりにまとまっている。
青年剣士が愛する人を救うため、冒険の旅に出る。このありがちなストーリー
を読ませる腕は、新人とは思えないほどだ。しかし、ファンタジーとミステリ
ーのボーダー上にある作品が多かった中では、不利であった。何か特色を打ち
出すか、捻りを加えると、格段によくなる。
                            ……(後略)>

桜井美優
<(前略)……
 読んでいる間、ずっと引き込まれていたのが「夢幻物語」。読み終わった直
後、確かに満足して原稿を置いた。にもかかわらず、時間が経って、冷静にな
って考えてみると引っかかり始めた。難点はないのだが、これ!という突出し
た特色もないのでは、新人としてはマイナスイメージ。既成作家にない何かを
掴んだとき、この人は大化けするに違いない。エールと思ってほしい。
                            ……(後略)>

杠葉純涼
<(前略)……
 「夢幻物語」の藤井さんの文章力は、新崎さんのそれに匹敵する。こと、話
の運びぶりと女性の書き分けに関しては、藤井さんは新人離れしてると言えま
す。当然、話も面白く読めました。が、それっきり。本作の舞台その他が今ま
で書かれすぎているせいか、どこかで読んだような物語という印象だけが残っ
てしまった。新人らしい目新しさを身につければ、鬼に金棒でしょう。
                            ……(後略)>

蒲生克吉
<(前略)……
 いかにも本誌読者が気に入りそうなのは、「夢幻物語」。充分に水準に到達
しており、そのまま本にできそう。でも、それは、既成作家が書いたなら、と
いう条件付きなのです。もちろん、作者の意図はともかく、群雄割拠のフィー
ルドで勝負した心意気は買いますよ。でも、素人からプロとして飛び出すには、
ちょっとパンチが足りない。書ける人だと思いますから、もっと斬新な作品を
期待。
                            ……(後略)>
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 しばし、じっと誌面を見つめる。やがて、自然に、溜め息が出た。少し、鼓
動が早くなったような気がする。左手を胸元にやり、気持ちを落ち着かせる。
 一読しただけでは納得できなかったし、全てを飲み込めたとも言い難い。
 “藤井恵津子”は、『アウスレーゼ』十一月号を丸めるように掴むと、急ぎ
足でレジへ向かった。


一.障害物

 さっきからしつこいぐらいに呼ばれ続けたせいで、不本意ながらも、優美は
振り返る意を決した。
「片山さん、何かご用でしょうか?」
 全く柔らかさのないその声に、呼びかけていた桃代の表情が変わる。笑顔が
固まり、一拍ほど置いてから、泣き出しそうな感じで口をつぐむ。
 その間に、優美は廊下を今までと逆方向へ歩き、相手との距離を詰めた。
「用があるのでしたら、早くしていただきたいんですけど」
「……どうして、そんな喋り方するのぉ?」
 両手を拳にし、胸に当てる桃代。そしてその手を、顔に持って行く。今度は
泣き真似か。
「いっつも、『モモ』とか『桃代』って呼んでくれるのにぃ」
 対して、優美は、答える前に、ふーっと大きく息をはいた。次に相手をじっ
と見つめると、小さな子を諭す調子で始める。
「……あのね、モモちゃん。あんたがね、私のこと、『ミドリ』って呼ぶの、
やめないからよ。私の名字は『へりかわ』。『みどりかわ』じゃないんだから」
「何だぁ。……ごめん」
 ぴょこんと音がしそうな、かくかくとした動作で、桃代は頭を下げた。栗色
っぽい艶を持つ髪が波立つ。
「分かればいいの。それで? どうかしたの?」
 往来−−廊下−−で立ち話も迷惑だと考え、窓側の壁に寄った優美。
 呼応するように壁にもたれた桃代は、小さな声で何やら言っている。
「モモとミドリなら、バランスがいいんだけどな」
「何か言った?」
「別に。ねえ、何て呼べばいいの? 前の、『ゆうみん』じゃ嫌なんでしょ?」
 優美の表情が、わずかにしかめっ面になった。質問をはぐらかされたと感じ
ているのだ。
 しかし、つまるところ、相手に調子を合わせる気になった。とりあえず、意
思表示しておく。
「嫌。歌手の方が有名すぎて」
「自分も有名になる気でいたらいいのに」
「他人事だと思って……。モモは知らないのよ。中学のとき、ゆうみんって呼
ばれてたの、私。凄く、恥ずかしかったんだから。外で、友達に呼ばれる度に、
みんなが振り返ってさ。あれ、ユーミンを探してたのよ」
「そこまで言うなら、これはぽいしてと……。『へりちゃん』もだめだっけ?」
「ヘリコプターじゃあるまいし。だいたい、何かが減っていくみたいで、感じ
悪い」
「それじゃあ」
「本名でいいから。それより用を早く言う。今日はさっさと学校を出たいのよ」
 優美は右手首を返すと、赤革の時計で時間を確かめる。それからおもむろに、
そして強引に、話を元に戻す。
「えっと、文化祭の話」
「ああ」
 自分の顔が、しまったという感じになるのが分かった。勢い、返事の方も曖
昧になる。
「そろそろ、ね?」
「助っ人する暇はない」
 言うや否や、すたすたと歩いて行こうとした優美だが、桃代にしっかと左腕
を掴まれてしまった。普段はかわいいかわいいしている桃代も、こういうとき
に出す力は、かなりのもの。
「行かないで! 約束したじゃない、体育祭のときに」
「う」
 言われなくても、優美には分かっていた。この場を去ろうとしたのは、思い
出したくなかっただけなのだ。
 体育祭では、生徒は団体競技の他、何か一つ、個人競技に出なければならな
い。百メートル走を筆頭とする距離別徒競走、何の関連があるのか意味不明の
国名を関した各種リレー、障害物走、むかで競走、先端を地面に固定したバッ
トのグリップに自分の額を押し当て十回転、その後に競走開始となる四次元レ
ース等々、多種多様な種目の中から選ぶのだ。
 まともに走るのがあまり得意でない、つまり足が速くない優美は、いくらか
迷いを見せたものの、結局、去年と同じ障害物走を選んだ。去年は、飴玉を探
すのに往生したが、それでも一位を取っていた。まあ、客観的に見ても、無難
な選択だろう。
 ところが、桃代も障害物走への出場が決まってから、話がおかしくなる。各
レースの枠組みが決まってから、桃代が言い出したのだ。
「同じ組だ」
「うん」
「ね、どっちが早いか、何か賭けない?」
「うーん……」
「自信ないのお? 一年のとき、一着だったのにぃ」
「何だと。じゃ、乗った! 何を賭けるのよ?」
 思い返せば、このとき、優美は相手の口車に乗せられた。自分の意志で賭け
に乗ったつもりが、乗せられていたのだ……。
「さて。こんなの、どう?」
 にやにや笑う桃代。まるでチェシャ猫。
「あたしが勝ったら、文化祭で、我が部の手伝いをして」
「我が部って、モモ、何をしていたんだっけ? 忘れた」
「がくっ」
 大げさにこける桃代。無論、わざとなのだろう。
「忘れたのぉ? もう、美術部だよー」
「忘れたってのは冗談だけどさ。私だって、文化祭の準備、忙しくなると思う
んだ。図書部、人が少ないから」
「ああ、そうだっけね。確か三人だけ」
 ずけずけとした桃代の物言いに、優美はいささか傷ついたらしい。
「そーゆー弱小部の一員を引っぱり出そうとするなんて、あこぎと思わない?」
「こっちも、苦しいのが実状だからねぇ」
「だいたい、絵なんか描けないって」
 優美は、顔の前で手を振った。
「誰もそんなこと、期待しとらん。はっきり言って、雑用」
「なるほど」
「感心してないで、どうするの?」
「さて」
 口真似をしてから、考える様子の優美。
「いっそさあ、あたしが勝ったら優美が美術部を手伝う、優美が勝ったらあた
しが図書部を手伝うってのは?」
「うーん。問題あり、なのよねえ」
「勝てばいいじゃない。さっき、あれだけ自信ある様子だったのに」
「それはそうだけど」
 渋る態度を見せていた優美だが、最終的に、桃代に押し切られてしまった。
 とにかく、賭けは成立した。
 結果? 示すまでもない。今、桃代が言っている通り。
 ただ一つ、優美のために言い訳しておくと、彼女の走ったコースだけ、前日
の雨でぬかるんでいた、この点である。泥に足を取られて転んだのでは、勝て
るはずもない。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE