#3064/5495 長編 *** コメント #3063 ***
★タイトル (QWG ) 95/ 5/ 2 17:37 (187)
けせん(7) 道路掃除人
★内容
夜、花菜は早く床につくが、今日の山彦のことと明日の山男のことを考えてなか
なか眠りに入れない。しかし体をよく動かした疲れがやがて熟睡をもたらし、翌朝、
低血圧はどこへやら、カヤに一回起こされただけで床をぬけだす。
朝霧が深く立ちこめる中、淵のわらしはすでにブーメラン池のほとりで待ってい
る。太陽は半時ほど前に水平線をはなれ、霧はゆっくりと昇天しはじめている。夜
具を盛り上げているような屋敷のシルエットを背に人影がやってくる。(%〜座敷
の。山男ァづィぎ……)言葉を呑みこんだのはその影が座敷童ではなく花菜だと気
づいたからだ。霧に包まれてあらわれたとき、母のおさがりの半胴(綿入れ半纏)
を着た花菜は、雰囲気が座敷わらしそっくりだったのだ。
「おはよう、わらし」花菜があいさつする。
「お、あ、ん。は、花菜」
へどもどするわらしに花菜は吹き出してしまう。
「どしたの? いま起きたとこ?」
まだ目が覚めてないのかと思ったのだ。
「あ、ん。ざスィ、、、カヤはや?」
「いまくる。おばあちゃん、寝間着で外出ようとするんだもん。なにか上にはおっ
てくるように言ったの。……山男は?」
「もうそのあだりさ来てらべァ。霧動ぎだスたがらな。裏山のほう見でろ」
「うん」振り向いたとき家から出てくる人影を見る「あ、おばあ……」
「ほう、山男ぉ!」わらしが手を振る。
カヤが振り向く。霧に浮かび上がる巨大な人影、その膝より下に家の屋根がある。
「わ。ちょこべー」その影を見上げて花菜がつぶやく。
「ちょこべーったらや?」半胴の袖を引っぱってわらしが訊く。
花菜は呆然として答えない。
「よう……」わらしは答をうながす。
花菜はなかば呆然としたまま、袖をはなしたわらしの手をとらえて握りしめ、
「……晴久おじさんに教わったの、ピーカンの日に地面の影しばらくじっと見つめ
てから空見上げると影法師が立ち上がってどんどん大きくなっていくように見える
の。それがちょこべー……。あんな、感じの……」
霧が動いて山男のからだがゆれる。花菜はかすかな山鳴りを聞く「……なに、あ
の音?」
(#〜山男ァ吾達ど違ァくて言葉でァ話さねんだ。ンだども心澄ませでれば語ってる
ごど聞けでくるぞ。花菜だれば聞けるはずだ)
はじめは霧の流れる音よりもひそやかな声だった。そしてしだいに聞こえてくる、
せせらぎにのせた山男のうた。
日はのぼったか゚ 同胞(ハラガラ)よ 遅ぇ日の出だ
吾か゚からだ 涌ぐも流るも 今ンぢに
スィばれで 霜にまだ氷(スカ゚)に
大地(ツヅィ)ど添い寝の 冬ァ来(ク)っつォ
吾か゚背中で木枯らスィァ雪こォゆぎ来ど呼ばってら
晩に吹ぶげば朝方にァ山ァ雪こにおおわれで
杉の枝葉ァ凍みついで
鹿(スィスィ)だの猪(スィスィ)だの羚羊(スィスィ)だの猿(マスィラ)
窪だの根方 岩陰に 寒さスィのいで
雪払ェのげで餌さか゚スィ
同胞よ 辛ェがんべか゚
大地もまだ寝ねァねんだ
新スィ命の庭どなるために 今は
雪こかぶって夢たぐワえで
吾もまだ霜どなり氷どなり
大地ど添い寝す 冬ど添い寝す
せば あンばぇ
雪山さ 光ァ跳ねる
狸に兎に狐に狢
氷柱(タロスィ)おぺしょって穴がら出る仔
その氷柱ごそ吾ぞ 日に光る
日ィあるかき゚り春ァ来る
水流れ 木草(キクサ)芽ふいで
大地ともに目覚める春にまだ行ぎ会ンべァ
そら なこ゚り月ァ山さ沈むよ
なこ゚り惜スィさば海さ沈めで いっとぎの暇乞い
ヒタガミの膝こぞ枕に夏の踊りの夢でも見ンべが
せば あンばぇ まだ会ンべァ
さようなら、ごきげんよう、山男。
霧がすっかり上がると、太陽はすでに湾に突きでた長崎山の上空にかかっていて、
西の方、山男の頭があったあたりに晒したような月が浮かんでいる。その月に向か
って手をふりながら、「さようなら、山男!」、花菜がさけぶ。
(%〜吾も淵さ帰ンねばな、霜だのスカ゚だのはらねうぢに)
「え、帰っちゃうの、河童」
(%〜ああ。もっと寒ぐなっと、動ぐの大儀に……なに!? 花菜、吾のごど河童
だって覚ェでだのが?)
「やっぱり、淵のわらしって河童だったの。じゃあ、座敷わらしって……」
「そん方でば、こっツィだ。さ、お出ンスてけろ、わらス様」
そう言ってカヤは胸の前に両手をくむ。
(%〜このカヤァ、ほンに座敷のわらスだが……もスィが……いやスィかスィ……)
花菜は何事がおきるのかと動かないカヤを見まもっている。カヤのからだが左右
にゆれる。いや上下左右に。いや輪郭ぜんたいがゆらいでおぼろになっているのだ。
月が地球の食から離れていくように、ゆっくりと、座敷わらしが人の肉体を抜け出
ていく。ふたりをつないでいた緒が左手の指先から離れてついに身ふたつとなり、
カヤはよろめいて倒れそうになる。座敷わらしと花菜がとっさに馳せよって両わき
からカヤを支える。
「だいじょぶが、カヤ」
「だいじょうぶ、おばあちゃん」
同時に言ったふたりが顔を見あわせる。
「え?、え、な、ええっっっ!?」
花菜が言葉にならない叫びをあげる。自分が、目の前に!
「こ、こ、、、え?え? わ、わた、わたし? これ、わたし!? なに?なに?
どうしちゃったのぉ!?」パニクりまくる。
「ええ、やがまスィじゃ、この! 落ぢつィでよぐ見ろ。おめか゚わらスィで、吾が゚
わだスィだ」
わだスィ(私)だと言う相手を見る。臙脂のスリム・パンツ、オフ・ホワイトのと
っくりセーター、モス・グリーンのブルゾンを身につけている。みんな花菜の服だ。
自分を見る。母のおさがりの半胴を着ている。淵のわらしが目をぱちくりしばたい
ている。同類の彼でさえ取りちがえそうになるのだ、花菜が自分を座敷わらしと思
いこみかけてもむりはない。カヤが半胴の下に手を差し入れて花菜の乳首をつねる。
「いたっ!」
「おめさんか゚花菜だ。わらスィ様だば乳ァながンべァ」
花菜は痛む乳首を服の上からさすりながら、「……そうなの?」
「あだりめェさ、乳やって子育でんのでァねんだぉん」
「……そうか。じゃ、爬虫類?鳥類?」二人のわらしを見て、「ちがうよね」
「さぁで……何でござりあすべなェ、わらス様」
(#〜んだなぁ、そうスた分げ方でァれば、、、なんだべァ、淵の)
(%〜人おどがすがら、)
(#〜『ぎょ!類』)
(%〜『ぎょ!類』)いっしょに言って笑いあう。ひょうきん族なコンビだ。
(%〜まあ、両生類だべな)
「ええっ!? 蛙とかの仲間なのぉ!?」
(%〜んでね。両生類は両生類でも、自然界ど)
(#〜超自然界どの)
(%〜両方で生ぎでるのだ)
(#〜両方で生ぎでるのだ)
「そんな両性類って……どうしたの、おばあちゃん!?」
カヤが大きく身ぶるいして前かがみになる。
「憑ぎもの落ぢだけァ、急に慄ェきて……」
「だいじょうぶ?」
(#〜悪がったな、カヤ……)
「家入ろう?」
「いや、わらス様、お頼みスィあんす、もいっぺん俺さ憑ィでくれなんスィ」
(#〜なに!? なスィてまだ…)
「むがァし、亭主生ぎでらったどぎ、昼よぐ自転車こいで浜さいって弁当食たった
のす。もいっぺんやってみでぇなあど思ってなんす。もォはとってもひとりでァ自
転車さ乗れねども、わらス様いっしょでばでぎァんすべ。んだがら」
(#〜ふーん……)カヤの垂れさがったまぶたの奥の瞳をのぞきこむ。(#〜わが
った。ンでァ)カヤの手をとりそのからだの中に入っていく。
「とんでもねえ!」樺太郎と加寿子が同時に言う。
「自転車なんど、ばァちゃん何十年乗ってねってや。やめでけろ。歩ぐたってヨロ
ヨロってでがら」
老母を気づかう樺太郎の気持ちをわからないカヤではない。が……
「俺の最後の頼みだど思ってけろ、な、樺太郎。乗れるが乗れねが、下の公園でや
って見せっからす」
最後の頼みと言われてはむげに断れない。公園でテストしてみるくらいはよかろ
う、まさか乗れはしまい。樺太郎が承知して、自転車が公園に持ちこまれる。
(わらス様、良がんすか)(#〜任せどげ、カヤ)心身の統一がととのったカヤは
身のこなしも軽くサドルにまたがってすいすい自転車を乗りこなす。
「すごい! おばあちゃん」花菜が拍手する。
居ならぶ樺太郎と加寿子と美津子、あっけにとられて見ている。
「……乗れるのァわがった。ンだども、道路さば車ひっきりなスィに通るんだがらな」
どうしても心配な樺太郎が言う。
「だいじょうぶよ、おじいちゃん。わたし、おばあちゃんのこと気をつけてるから」
花菜が言いはる。
「おめにどったな責任とれる!」
孫を叱りつける樺太郎に、
「樺太郎、いづまで花菜ァ子どもあつけェすっ気だ! ほんに孫思うんだれば責任
もだすごどだ。自由にさすごどだ。それでぎねンで何が大人だ!」
カヤが厳しい口調で一喝してどうにか家族を説き伏せる。
美津子に弁当をこしらえてもらい、昼すぎに出発する。花菜は自分の自転車、カ
ヤは恵美の自転車、年寄りの足に合わせてペダルを踏み20分ほどで浜につく。
この日の空ときたら、海と色をきそって空が「勝ったな」と言ったほど、すごい
青だ。勝ち誇る空にそ知らぬふうに白波をそよがせる海はおだやかだ。季節のうち
でもっとも気候の安定する時季であり、波風の立とうはずもない。自転車をおりる
と耳に残る風の音がやさしい潮騒と海猫の鳴き声に消されていく。ふたりは乾いた
丸い浜石のうえにじかに腰をおろす。
花菜がからだいっぱいで伸びをする、「ああ〜、いい気持ち。……淵のわらしも
くればよかったのにねえ」
「ほンにさ。『昨日ァ山登り今日ァ浜だど? かんべんスてけろや』て淵さ帰って
スィまェあんスたおな。昨日ァぜんぶお世話かげあんスたがら、いづれお礼さ出が
げンべスィ。……それにスても、まンず、は、気持づィこええごど」
「ほンに、気持づィこええやぁ〜」言って、ちょろっと舌を出す花菜。
「まンだ人の真似こスて」カヤは拳をふりあげて叩く真似をするが、にこにこ笑って
いる。二人はほんとうによく似ている。
「おかっぱ頭にスたらば、まって、わらス様ど見分げつかねべな」
「わたし? うん、びっくりした。でも、わたしおばあちゃんの若いころとそっく
りなんだって? てことは、そのころはおばあちゃん、じゃないな、カヤお嬢さん
がわらしそっくりだったのかな……そのころわらしと会ったことあるの?」
「……忘れだ、は。んでも、、、ああ、せンば、俺ァ女学校までおかっぱ頭だったっ
た。花菜の年こ゚ろさなっつど皆んな髷にするもんだったども、俺ァ厭んたくてな、
雑誌の写真のモガ真似で、こう、後ろァ耳たンぶの上あだりで揃えで。仲良がったト
ミってのど俺ど、二人だげァ……」息をのんで話をやめてしまう。顔から血の気が
ひいていく。
「どうしたの?」とたずねても、まなざしを宙にさまよわせてみじろぎもしない。
「疲れたの?」ときかれてようやく、
「いや。そンでァね。さ、弁当食べンべ」と言って包みをほどきはじめる。
「あ、うん」
春からほとんど登校していない花菜に久々の弁当は格別の味がする。カニクリー
ムコロッケ。ひじきの煮つけ。アスパラガスにハムにプチトマト。花菜のすきなも
の。いつでも花菜に持たせてやれるよう美津子がふだんに用意しているのがこうし
て思いがけないところで役だつ。ピーマンの炒めもの。花菜のきらいなものを一つ
入れてよこすのもいつもと同じだ。花菜は涙がでそうになって弁当を膝におろす。
「何スた。疲れだが?」
「ちがうの」
「お茶のむが」
「うん」
カヤがついでよこした熱い茶でくちびるをやけどしそうになる。「あちっ!」。気
つけろよ、ってももうおせェな、ふふふとカヤが笑う。