AWC けせん(4)   道路掃除人


        
#3061/5495 長編    *** コメント #3060 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:26  (189)
けせん(4)   道路掃除人
★内容
「ボゲ、、、いや、その、ものわすれひどがったの、なおったのすか?」
「年とっての物忘れァ治るものでァね。なしてそたごど訊ぐ?」
「なしてって……」
加寿子が割ってはいる、「ちょこっと心配ァスたのす。ばァちゃン、よなが一人で
歩ぐごどァねがったもな。あ、あのどぎァ、それァたすかったども……」
「歩ってだんでァねェ。ふぁみこんスてだんだ」
「ばァちゃン、ファミコンでぎるのすか!?」加寿子より少し前に夫がそれを見て
いたがそれまでは世界中でだれも知らなかったことだ。
「ああ、ひっこ(ひ孫)ァしょっちゅうやんの見でれば覚ェる。どったげおもしェ
もんだがやってみだくて、ちょこっとやってみだ」
加寿子にたいしては(ほれみろ)と思うものの、樺太郎はしかしなにか納得がいか
ない「スィかスィなにも、よながに……ひとさわか゚せな」
「おどがスたのァ悪ィがった。人に見らるっど、ンまぐね(#〜おっと)、、、お
しょすぃがら、こそろにやってだんだか゚」
「まぁ、とにかぐばァちゃン無事でえがった、なァ」理由はわからないが、姑は突
然ボケが治ったらしい。「遅ェがら、もう寝んべァ、な、とォさン」
「……んだな」
「さ、でんきァけすよ、ええな、ばァちゃン」
「ああ、おやすみ」
 部屋を出ようとする樺太郎の暗い背にカヤの声がかかる。
「樺太郎、しっこもらスたごどァ内緒にスとぐがらな」
「あ、ああ、頼むじゃ」うろたえて、襖を閉めるとき指をはさんでしまう「いでっ!」
 座敷童はカヤのからだから抜け出して思いきり笑う。
 カヤのボケが治った、結局そういうことになってしまった……。鼈は池の中でひ
っくり返って笑っている。
「笑いごどでねァ。ばァちゃンのボゲなおった、つて、連中、喜んでスィまって…
吾ァすィばらぐカヤになってねァねじゃ」座敷婆がぼそぼそ言う。
(%〜ほんとァおもしェか゚ってらくせスて)
「まぁな。カヤでいればふぁみこんでぎるスィ」
(%〜ふぁみこんづのそったおもしェば吾もやってみでな)
「そのうぢ汝さもさせっからよ」
(%〜きっとだぞ!)
 白く粉をふいた暗紫色の山ぶどうを盛った竹籠がテーブルにある。それを買い物
から帰った美津子が目にとめる、「あら、山ぶどう? どうしたの、これ」
 冷蔵庫に頭をつっこんだまま花菜がこたえる。
「ひいばあちゃん。ファミコン貸してもらうお返しだって。ねえ、牛乳ないよ」
「あら、また忘れちゃった。お金やるから買ってきてくれない?」
「え〜」買い物に出て下校時刻の同級生に会ったらいやだな。
「あ、トマトジュース買ってきたんだ。飲む?」
「ンもう……じゃあそれでいい」
 袋の中身をテーブルの上に取り出しながら美津子が、「おばあちゃんが、どうし
て山ぶどうなんか?」
「友だちにもらったんだって」
「友だちって?」
「『やまおどご』だって」
「やまおどご!?」
「うん。『それだれ?』ってきいたら『山さすんでる山男だ』って」
 菊の手入れをしていた樺太郎が入ってくる。
「お、山ぶどうが、なつかスィな」
「あ、おとうさん」
「どごがら出スた」
「おばあちゃんが……」
「山男にもらったんだって」
「山男? ははは……まだなつかスィな」
「なつかしいって、おとうさん……」
「昔、ばァちゃン山さ行って山ぶどうだのうえっこ(しめじ)だの、うんっと採っ
てきてな、どごで採ったが教ェろたって、『山男がらもらった』て教えねんだ。
『うそだ。山男なんかいねァ』ても『うそでねァ』。ンでァど、『スたら、山男さ
その場所きいでけろ』づど『教えでけるってが。山の宝の在り処は親兄弟さも教え
るもんでねぇど。それァそだべァ、われで見つけだもんでねどァ大事にさねもんだ
おな』、そったふだった」
 加寿子も顔をだす、
「ばァちゃンの山男出だって?」
「ヘンなの。『ばァちゃンの山男出だ』だって」
「ははは、たスかにおがスィ言い方だった。ンでも、なつかスィごどやぁ、山ぶど
う。泰元や晴久生まれだどぎにァ、ばァちゃン、山のよァにとってきてけだったっ
けか゚」
「山ぶどうって妊婦にはとってもいいんだってね、おかあさん」
「ンだンだ。酸っぺもん欲しぐなるどぎだスィな。産後にもいんだ」
「ビタミンや鉄分が豊富だから……貧血にもいいのよ、花菜」
「ふうん」
「それでだえっか、おばあちゃん花菜にくれたの。花菜、低血圧でときどき貧血お
こすの知ってて」
「がも知ェねな。ンでも、誰がらもらったんだべァ……」
「ばァちゃン訪ねで来ったら、日頃市の長作さが越喜来の新右衛門さが……」
「世田米の杢造さだばよぐ山菜だのなんだの持ってきてけだったか゚……」
「杢造さ、死んだべァ。去年三回忌やったっけじゃ」
「ンだえん? スたら誰だべァ」
「ばァちゃンさ訊いでみンべァ」
「わたし訊いたけど、『山男だでば。今朝早ェぐ山おりできたんだ』ってゆずらな
いのよ。『山尾・ドゴ』って名前かしらん」
樺太郎たち、三人とも吹き出してしまう。
「そった名前の人ァいねァ。……スかスィ、花菜、ばァちゃンの口真似うめェな」
「そう?」
「そっくりよ」
「『花菜、ファミコン貸スてけろ』」
「はっはっは、似でる、似でる。真似ッコ、練習したのが?」
「べつにぃ」
「花菜ァばァちゃン似だもな、そのせいだがねァ?」
「うそッ!」
「いや、ほんとだ。小せェどぎのばァちゃン知らねども、だんだん似でくるよァだ」
「やだ〜、よろこべないなぁ、わるいけど……」
「そったごどァね、ばァちゃン、若ェどぎァ町の男衆のあごか゚れの的だったづよ」
「ほんとにィ〜?」ちょっと驚きだがまんざらでもない。
「ああ。ばァちゃン自分で言ったんだどもな」
「なぁんだ」
「ンでも、美スィ人だったじゃな、とォさン」
「ああ、せか゚れどスてはちょっと自慢だったな」
「へっへっへ、すまんね、かあさん」あごを突きだし、人差し指を立てて鼻の頭を
はじく。
「なに言ってんの。まだわかんないわよ、これからとうさんに似てくるかもね」
美津子はおとなになるにつれて顔だちが父親に似てきた。
「いやだ〜そんなのぉ〜」と言いながら声ははしゃいでいる。
「いづれにスても、花菜ァこれがらだ、すべでに於いで、な」
樺太郎が真顔で花菜に向いて言う。言葉にこめられた励ましが花菜にはすっぱく感
じられる。
  数日あたたかな日が続いたと思うと急に冷えこんで霜が降りる。(%〜吾のごど
忘れでるんでねが)いらついて、池に落ちた枯れ枝をがちがち噛む。
 勝手口から出てきたカヤをみとめて(%〜や。やっとお出まスだじゃ。やいやい、
わらスどの……)。カヤは鼈に近寄りながら草木染めの前掛けの前で揉み手して(#
〜いやいや、すまね、すまね)(%〜ふぁみこんさすっつゥ約束忘れでんでァねべ
な)(#〜いやいや、忘れでもいねばほったらがスてだんでもありァせん。こごず
っと樺太郎ァ日か゚な菊の手入れスていだもんで、つなき゚つける機会ながったのァ
だ。あ!)「あ!」思わず声になる。(%〜?なぞした)(#〜いぎなり菊のにお
い鼻さついで……カヤ起ぎだ)
 池のまわりには“鬱蒼”と言いたくなるほど小菊が茂っていて、今が盛りの花が
とりどりに色を競っている。カヤは花がとても好きで、椿で垣根をつくり、季節季
節にたくさん花を庭で育てた。これらの小菊もカヤが植え丹精していたものだ。家
督の樺太郎は母の花好きをも継いだらしく、今では鉢植えや盆栽のほかに庭の花も
手入れしている。その小菊の香に刺激され眠っていたカヤの意識の一部が目覚めた
らしい。(%〜めんどうになりそうだが?)(#〜いや、におい感ズィでるだげだ。
あらか゚う気ァねよァだ)むしろいい気持ちがしている。このかぐわしさを淵のわ
らしとも分けあいたくなって小菊を一輪摘み取り池に投げる。鼈はそれをちょっと
噛んでみて(%〜ふん……藻に添えで食ェばながながよさそうだな)(#〜ほ。ンだ
が?)あったかい心地になる。
 (#〜さで、なじょスて汝ァ家さ入れンべァ)(%〜なにめんどうァある。屋根の
下のくらか゚りさいればえがべ)(#〜今ァ電気づもンつィで、むがスィのよァでね
んだ)(%〜屋根裏の物置ァや?)(#〜樺太郎の仕事場になってら。奥座敷はあ
るども……ンだ、汝、花になれ)(%〜花菜さ憑げてが? そェづァぺァっこ、むづ
がスィ)(#〜違ァ、違ァ、菊の花になれづのよ。花瓶さ水入れで、な、汝ァひそ
むのよ。それさ菊活げで奥座敷さ置げば、誰も疑わねべァ?)(%〜忍法花か゚ぐれ
が)(#〜ンだンだ。さっそぐ花瓶持って来がら、待ってろ)。なんだかおもしろく
なってきた、鼈はからだを隠しておくために水底の朽葉を掘りながら思う。葉です
っかりからだを覆ったころ、座敷のわらしが戻ってきて池の中に呼びかける(#〜
淵の−−)(%〜おう)からだを抜け出して浮かび上がる。(#〜いま水汲むがら
こン中さ入れ)(%〜こら。そェづァ花瓶だってが? 土鍋だべィや)(#〜寒ィが
らすっぽん鍋で温まンべァ)(%〜吾で吾食て吾温めるのが? ふざげでねンで、早
ぐ花瓶持ってこ)(#〜ははは、もぺァっこ待ってろ)
 ひとかかえほどの菊の束が『わらし様の間』に活けられた。
 花菜はこのところ台所で勉強している。いつか国語でわからない問題があって母
に尋ねにきてそのままそこで勉強したのがきっかけだった。それが気にいってCD
ラジカセを持ち込んでCDやFM放送を聞きながら勉強する。母や祖母が家事をし
ていたり祖父が水を飲みにきたりするが、うるさいどころか、部屋でひとり机に向
かっているよりも集中できた。今日は母も祖父母も出かけてひとりで台所のテーブ
ルに向かっている。なにかいつもとちがう。教材のページに薄紙をかさねているか
のように文字が読みづらい。そんなはずはないのだが、文章の意味をつかむのにと
ても苦労する。ようするに集中できないのだ。CDの曲が尽きて、その理由に気づ
く。物音がしない。人気がなくてしずかすぎる。FMにきり替えてみるがすでに勉
強する気は失せてしまっている。気分なおしにかこつけてファミコンしようと思っ
たところへカヤがあらわれる。
「おばあちゃん、ファミコンしようか」
「いぃよ。その前に奥座敷の花の水取っ替ェでけねが? 俺、今日ァなんだが腰痛
くてさ」
「いいよ」
「水道の水ァわがねぞ。露地の流れで汲んでこ」
「わかった」
 ふだん使われていない奥座敷に足を踏み入れたことが何度あったろうか。姉とい
っしょに何度か。それに友だちといっしょに何度か。それも幼いころのことで、遊
んでいるのを曾祖母に見つかるときつく叱られたものだった。だから、『わらし様
の間』という呼び方は曾祖父母の世代以降次第にすたれていって花菜などは一度も
聞いたことがなくても、そこが<聖域>なのだという感覚は自然に育っていた。久
しぶりに踏み入る<聖域>……そこはかとなく暗い畏怖が立ちあがってくるのを感
じながら縁側から奥座敷へ入ると、そこにはカヤが選りわけて摘んできた菊の花の
冴えた香気が満ちていた。部屋がゆらいでいる(いつものめまいだ)障子の桟につ
かまって目をつむる。ゆっくりと目をあける(おさまった)薄暗い部屋の中で床の
間だけが妙に明るい。花瓶と菊の塊が光を発してゆれている(風のせいだ、戸を開
けたから)。縁側から斜めに差しこむ光にたくさんの花の色が映えて(なんてきれ
いなんだろう)しばらく見とれてしまう。陶製の重たい花瓶をかかえて持ち上げる
とすがすがしい薫りが顔を包みこむ。花に歓迎されているようだ「いま水かえてあ
げるからね」思わず話しかけてしまう花菜。
 縁側から露地へおりて流れのほとりに立つ。地面に花瓶をおろし花束を抜き取っ
て庭石の上にそっとおく。水辺に植えられた満天星の根元に古い水をあけ、流れか
ら新しい水を水撒き用の柄杓で花瓶にすくい入れる。一度すすいで水をあけまた流
れに柄杓を入れる。柄をにぎる手に伝わる水の流れ、波に踊る陽ざしのまばゆさ。
流れから花瓶へ。流れから花瓶へ。静かにその動作をくりかえすうち不思議に充実
感がみちてくる。菊の花をていねいに持ちあげて花瓶に戻す。一歩はなれて眺めて
みて色と形の均衡を整え(こんなもんかな)おもむろに抱えあげる。すがすがしい
ってこういう気分だろう。花瓶の重さも苦にならなくなっている。それが油断にな
った−−花束にさえぎられて前がよく見えないのに足元への注意を欠いて何かに蹴
つまずく「あ!」花瓶から手が離れ(ああ、縁側にぶつかる)にわかに意気阻喪す
るのを感じながら倒れていく。
「あぶね!」
とうとつに甲高い声がする。花菜は打ちつけた膝の痛みを覚えるより早く声の方を
向いて唖然とする。頭上に花瓶をささげて、見たことのない子どもが立っている。
花瓶を縁側にゆっくりとおろし、
「ぶっかさねンでけろや」
おかしな声、京劇俳優のような、鼓膜を突き抜けて脳にじかに響くような。
「そそっかスィどごまでカヤさ似ねだっていぃのに」
「え?」(なに、この子?)まじまじと見る。



元文書 #3060 けせん(3)   道路掃除人
 続き #3062 けせん(5)   道路掃除人
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