AWC Mergeing!Mergeing!!(3)ひすい岳舟


        
#982/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/ 4/30  20:52  ( 99)
Mergeing!Mergeing!!(3)ひすい岳舟
★内容
  インクリボンを買ってから少々ふらつき、再び御苑に行った。
  3時ともなると皆さん帰り仕度を始める。もっともこれからくる人だっている。しか
しこの“二人”みたいに2度来る人はいまい。
  「ねぇ、あたし考えたんだけどさぁ」彼女の性格で、何事もある程度のところでは納
得出来ないらしい。一度は諦めたものの、諦めきれないのだ。この時代にはそんな性分
かもしれない。「どうも、しっくりこないのよ。テレパシーとかだったら、なんとら飛
躍させて信じることは出来るのだけれども、魂が飛び出て、合体するというのは……」
“私だって信じられないさ。しかし、どうもそのようなのだ。私は自分の体を動かせな
いし、(感覚だってない)その反対にあなたの見るものがちゃんと見える。こういう状
態から考えるとどうもそうなのだ。”
「う〜ん……でもさ、こっちの感情からするとネ」
“分かるよ。………本当に悪いなぁ………”彼はショゲた。
「しょうがないわよ。それよりも、何か手懸りはないかしらん」
“ちょっと質問なのだけれども”
「なに?」
“原因なんかが分かったとして、どうするつもりなのかな?”
  中村は一寸考えた。そうだ、分かったとしてもこの状況が変わるのだろうか?もし橋
本君が本人の体に戻れるのなら(もし彼の言っている通りだったら)本人にとってもそ
れにこしたことはないはずだ。しかし、まったく違う状況だったらどうするのだ。戻れ
ないとしたらどうするのだ。逆にキツクなるのではあるまいか………
  “どうしたの?”橋本が心配して尋ねた。
中村は首を振り、腿をパン!と叩いて飛びあがった。
「私は真実を知りたいのよ!その後のことは後での私に任せればいいじゃないの!!」

  彼の自宅は埼玉県にあった。病院などは分からないから、自宅へ尋ねようというもの
である。彼女は映画を見るためにしかお金を持ってきていなかったのであるが、取り合
えず行くだけ行こうということで、帰りの分も考えずに電車に乗ったのである。もっと
も、南部の方であったから、東京からかなり近いため、それほど心配なことでもなかっ
たが。
  夕方にはちょっと早かったがすでに人の流れが生じており、彼らは満員電車に堪えな
ければならなかった。
  “あなた、いい身分ねぇ”
“そうですか?”
“もぅ、あたしは死にそうよ。こんなきゅうきゅうで!!むかしっからじっとしてられ
ないたちなのよねぇ”
“………”
“どうしたの?”
“いえ。………ちょっとふと浮かんだ疑問がありまして……”
“何よ?”
“一体、あの事故から何日たったのであろうか、と”
“それが何か、これと関係あるの?”
“条件としてはかなり有力なものではありませんか?”
“まぁ………”
“中村さん、貴方、ちかごろ怪我とか病気とかしたことありませんか?”
“ふぅーむ”彼女は一寸考えた。“あるけれど、ちょっと……”
“ちょっと、なんなのです?”
“期間が離れ過ぎていると思うわ”
“え?”彼の神経に不安が過った。もっとも彼自身はハードを彼女から間借りしている
のであるので、彼女から借りている神経、とすべきかもしれない。“ど、どのくらい”
“2週間前”おかしいことに彼女は震えた。“テニス部の部活でぶったおれちゃったの
。でも、可笑しいわ、期間が長過ぎるもの”
“……いや、あながち……”
“だって!!”中村には橋本の考えていることが判った。
“期間が長い短いなどということは関係ないのかもしれない。それは勝手につくり上げ
られたものなのなのだから。”
“………”
“私はうまーく、貴方に結合した。問題なのは、私の持っていたハードウェアだ。あの
ような事故にあってから−−−貴方はしるよしもないが、大惨事だったのだよ−−−す
でに2週間。その間、私はきっとハードとは隔離していたに違いない。ということは、
通常の世界だったら、人はどう見るだろうか?”
  中村孝子というハードウェアに沈黙がおきた。その物体の中でめまぐるしく思考に苦
しんでいる2つのソフトウェアのことは、きっと神さえもしらないことだろう。

  複雑な昔からの住宅街特有の道を縫ってようやく着いた。
彼の家は大工であった。材木がたけかけられ、カンナの削りかすが散乱している。庭に
はドラム缶があり、そこからは黒々とした煙が弱々しく上っていた。その煙につられて
視線を上に向けると、2階のベランダに大きな体格の男がぬっと現れるのが見えた。
  男はそこの窓から階下の庭に束ねたものを落としている作業をしているらしかったが
庭に見慣れない人間がいるのにびっくりし、ベランダに束をひとまず降ろした。
  「何かようかね?」男は太い声だった。
“誰?”彼女は思考を間借り人に転送した。
“………親父だ………”
  「あのう………」
「あぁ?聞こえないな。取り合えずなんだから、玄関に上がってくれい。」
「は、はい?」
  2人はちゅうちょしながら、玄関に入った。当たり前の事ではあるが、彼には見覚え
があった。ここから2週間前の夕暮れ時に、出て行って…………
  「さぁ、どうぞ。」男は座布団をもって現れ、ボンと落とした。彼らは玄関に腰かけ
た。「で、何のようかね?」
「あのう」中村の思考が解放されて、橋本にも受諾できるようになった。「私、中村孝
子という者なのですが、中学の時一緒だったのですクラスが。橋本君と。で、その後、
私が引っ越しまして」
「………」
「友達から聞いたので、遅れてしまったのです。橋本君の事故のことは、びっくりしま
した。聞いたら見舞いに行こうかと思ったのですが、病院が判らなく………で、こちら
にお邪魔したのです。」
「あ、そう」男は寂しげに笑った。「智樹も喜んでいるだろう。あいつは2週間前だっ
たかな、馴染みの古本屋に行く途中、車に体を引き千切られたんだ。ごめんよ、あいつ
はもういないんだ。」
  “私が………死んだ”
“気を………確かに!!”
“私の………戻るべきところはもはやない、のか”
「本当にすまないねぇ。位牌でもみてやってくれ。」
  その時、怒涛のごとく涙が流れた。どちらの人間の涙であるかはこのさい、重用な事
ではなかった。
  彼、橋本智樹は中村孝子の体にのって、父なる男に続いて自らの位牌を見るため、仏
間に向かった。

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