AWC ベルリンは交錯の雨(2) ひすい岳舟


        
#946/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/ 3/29   9:47  ( 93)
ベルリンは交錯の雨(2)                ひすい岳舟
★内容
  クワイトフスは女が用意した服に着替えた。なんでも、大戦前に死んだ父の物だとい
う。父親はここで成功し、今の3倍の農場をもっていたらしい。死んだ際にいろいろと
出入りがあって今はこの家の周辺のみになった。もっとも彼女一人には十分過ぎるほど
の広さである。
  彼女の名前を知ったのはその時であった。サブリナという名前だった。クワイトフス
は自分をクワイトとしか言わなかった。SSでならしていた頃、名前が一時通った事が
あった。民間人が知るわけもないだろうが、用心の為であった。
  サブリナは一段落すると朝食を出してきた。朝食と言っても固いパン1つのみである
。これでも彼女にとっては無理をしているのだろう。しかし、不自由なく暮らし続けて
きたクワイトフスを満たすものではない。
  「服が裂けていますねぇ………昨日は見付からなかったのに………」サブリナは軍服
を洗おうとして発見した。「乾いたら縫うようね。」
「ここへ来るときの鉄線でひっかけたのだ。」クワイトフスはすぐに返答した。「実際
私もそんなに裂けているとは思わなかったよ。雨で服が張り付いていたからかもしれな
い。」
  サブリナはふんふんと肯いてまた部屋を出て行った。
  クワイトフスはふぅーと溜息した。嘘をつき始めるとどんどん大きくなっていって、
自分ではどうしようもなくなってしまうものだと、よく教えられたものだ。嘘が大きく
なる前にはここを出なければならないだろうな。万が一、ばれてみろ。ただでは済まさ
れないだろう。
  外の雨は一向にやむ気配は無かった。

  雨は確かに彼を守ってくれていた。近所に家がないから雨が降ることによって人がや
ってくるということはまずない。そして彼女が出てゆくこともはばんでいた。しかし、
逆に退屈という、被害を与えていたのも雨であった。
  彼はこの家ではまったくやることはなかった。窓辺に座って外を眺めるか、サブリナ
がずっと続けている糸つむぎを眺めるかであった。この仕事はなかなかやれないものら
しく、彼女は懇意の人間からようやく入れてもらったという。葡萄畑では食べていけな
いそうだ。だいたい9割近くを国が2足3文の金で接収してしまうためだ。
  彼女昼になるまでまったくその手のスピードを落とすことはなかった。
  昼になって彼女は出来た糸を麻袋に入れて出来た物を届けにいってくると言い出した
。クワイトフスには止める理由などない。帰ってそんなことをしたらばれてしまうだろ
う。彼は結局、彼女が黒いあまがっぱをきて雨の中を袋を背負って歩いていくのを眺め
るだけしかできないのである。

  しかしこれは彼を退屈という2文字から解放するきっかけとなった。なにしろ、この
家に彼しかいないのだから、おおっぴらに行動が出来る。なんとなく、やましい気もし
たが、それは彼の好奇心がどこかへ噴き飛ばしてしまった。サブリナは彼にとってまっ
たくといっていいほど、謎に包まれていた。これまで彼には公私ともに、謎というもの
は存在しなかった。知らないものは彼の領域内のものではないため、これは謎とは違う
ものであるのだ。しかし、今、SSで国防軍視察官であった彼にさえ分からぬものがあ
ったのだ。彼はそれを調査することになんのためらいを感じることがあろうか、と復唱
していた。
  彼は最初に、寝室に向かった。極めて狭い。しかも窓がない。ベットは簡素で敷いて
いるものは長年の使用からか、ペチャンコになっている。ベットの横には小さな引きだ
しがあり、その上に笠の壊れたスタンドがあった。スイッチを入れてみるとついた。し
かしこれはあまり使うことはないだろう。なぜなら、電球というものは一般レベルで考
えて高価なものであるからである。
  引きだしを開ける。たいしたものは入ってないが、日記を発見した。これは何か分か
るかもしれないと開いてみる。筆まめな人間らしい。一日にあったことを克明に書いて
いる。その中にはSSやナチスに対する愚痴も混じっていた。と、いっても反政府的な
ものではない。たんなる経済的なものである。この点、クワイトフスを安心させるもの
があった。ああ、優しくされてはどこまでが本当のところか疑念が湧いてくる。
  日記にはその他、金銭のことなどが書いてあった。懇意の人というのはファイリンと
いう男ということも分かった。何故か、彼はこの男がどんな男であるか、興味を持った
。日誌には“ファイリンさんに糸何巻を届け、いくらもらった”とこの程度しか書いて
ないのだ。他の人間ならば克明に書いている内容−−−たとえば、会話など−−−は、
一切かかれていない。しかも、男と接触のある日は日誌が1ページにもみたないのであ
る。これは単なる偶然とは考えにくかった。
  さらに彼を考えさせる内容のものがあった。日記は、おとといから跡切れていたので
ある。つまり、クワイトフスのことは書かれていないばかりか、この2日間は日誌上か
らすると“空白”なのである。何を意味するかは分からなかった。
  彼は日誌を元に戻し、寝室を出た。他の部屋をそれから見回ったが対したものは無か
った。探検を終了し、元に戻ろうと考えた時、彼はふとまだ探検していないところがあ
るのに気がついた。−−−屋根裏である。
  彼は窓辺に行って人影がないのを確認すると、玄関に走り、階段をかけ登った。
  ドアを開けると、天窓のある明るい空間があった。しかしほこりっぽい。ほこりが体
につくような感覚を覚えた。
  屋根裏部屋は案外広かった。下の部屋3つに股がっているぐらいか。しかし天井がす
ぐ上であるため、非常にきつい。小柄な方であるクワイトフスさえ腰を折るようである
。さらにいろいろな物があるため、そうやすやすとは動けなかった。
  とりあえず、奥までいった。奥には不気味なふくろうの剥製があった。かなり大きな
ものできちんとしておけば、価値のあるものであったろう。ただし今は、ほこりをかぶ
り、異臭を放っているが。その剥製が置かれた机の真上に、天窓とは別の10cm四方
のガラス戸があった。ただし開けるものではない。手を当ててみると、ガラスに何やら
傷で文が彫ってあるらしい。おそらく、晴れたときに下の机に影として写るのだろう。
  「と、いうことは………」
  あきらかにここに机をセッテングしたわけである。と、するとこのふくろうは関係が
あるものなのだろうか。そう考えると、ケースに入っているふくろうが今にも飛びかか
ってきそうな感じを受けた。
  とりあえず彼は引きだしを開けた。すると、一番下の引きだしから5枚のセットにな
ったさらが出てきた。青色で草とも模様ともつかぬ不思議な絵が画かれている皿だ。彼
はその一枚をとって、窓に透かして見た。なんともないが、これが何か関係があるのだ
ろうか。
  しばらく考えたのち結論を出すのを諦め、元に戻した。そして他の物を探索すること
にした。壊れたミシン、水槽、枝きりはさみ、梯子、ロープ、古着………そして彼が発
見したもの−−−アルバムである。
  さすがの彼の好奇心もこれにはちょっとちゅうちょした。はたしてこれまで見てしま
っていいものだろうか。あの女の過去などに触れてしまっていいものだろうか、と。し
かし理性で止められぬものは世の中いくらでもある。彼の手はすでにアルバムを開こう
と爪をたてていた。
  しかし、かれは知らなかった。畑に人影が現れたことを。
.




前のメッセージ 次のメッセージ 
「CFM「空中分解」」一覧 ひすい岳舟の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE