AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(2)コスモパンダ


        
#920/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/21  16:58  (112)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(2)コスモパンダ
★内容
               (2) ドーナツ

「一昨日の深夜に起こった殺人事件は、市警察本部の発表によりますと、一年前から起
こっている一連の殺人事件と同一犯人による可能性が高くなりました。これは、ME、
即ちミッドナイト・マンイーターと呼ばれる凶悪犯の仕業です。このMEは、通り魔殺
人犯であり、その殺人手口の残虐性は筆舌に尽くし難いものがあります。今まで発見さ
れた被害者は全身を苛まれ、腹や胸を裂かれ、内臓を引きずり出されています。今回の
被害者もいかなる手段で行ったのか、下半身を引き千切られており、下半身は地下水道
の捜索でも、まだ発見されておりません。メイソン氏の遺体発見者の男女二人は、その
氏名、素性を市警察本部では公表しておりませんので、この二人の発見者にインタビュ
ーすることができません。もし、発見者の方がこの放送をご覧になっておられましたら
、当EBCまで御連絡ください。秘密は厳守します。また」
 僕はソファに座ってビューパネル(平面ディスプレイテレビ)でネットワークニュー
スを見ていたが、スイッチを切った。
 マスコミなんていい加減なもんだ。
 被害者の身内が見ていることを考えていないのかな。死体の様子なんか放送する必要
があるのか。スプラッタ映画じゃないんだぞ。
 それに路上にあった肉塊の一件は全く報道されなかった。
 僕は不愉快だった。
 昨夜の酒はあのメイソンの目を忘れるために飲んだが、結局は忘れるどころか、目が
冴えて明け方まで飲み明かした。

「あ〜ら、カズ。げんき〜〜ー?」
 頭蓋骨にキリキリと減り込むような甲高い、頭のてっぺんから出したような声が事務
所に入って来た。
 僕はソファに座ったまま、振り向いた。
 リンだ。
 彼女は夕方の五時を少し過ぎる頃、このノバァ・モリス探偵事務所に現れる。
「リン、もう大丈夫なのか。事件のショックから立ち直ったのかい?」
「もう、バッチリ。元気、元気」
 リンは明るく答える。普通、あんな目に会うと暫くはショックで生活のリズムも狂う
。夜も、うなされて眠れない。だのに・・・。呑気と言うかなんと言うか。
「えへへへ。御陰で、ヤクの販売ルートなんかより、もっとすっごいネタにぶつかった
もんね。やっぱ、この事務所に日参すべきなのよね」
「お前なぁ、少しは自分の立場分かってんのか? あの事件で、これからいろんな奴か
ら狙われるぞ」
「だから、ここに来てんのよ。いっちばん安全でしょ。探偵事務所なんだから」
「あのなぁ、探偵はボディガードと違うの」
「ピストル持ってるじゃん」
「あれは護身用。警察と違って犯人を追い詰めるもんじゃないの」
「そんなこといいからさ、ドーナツ買って来たの。一緒に食べようよ」
 ノバァと同じく、脳天気はリンも同じだ。
「リン、そんなに甘い物ばっかり食ってるとウェストラインが崩れるぞ」
「えへへへ、それが大丈夫なんだな。わたしの身体は特別性なの。ウェイトコントロー
ルはスーパーコンピュータ並みに正確なのよ。どうぞ御心配なく」
 楽天家でもある。
 また恐ろしく甘いドーナツばかり買ってきたもんだ。パウダーシュガーがたっぷり掛
かってカスタードクリームが詰まった奴。チョコレートのお化け、小麦粉じゃなく全部
苺クリームでできたドーナツ。想像しただけで、気持ち悪くなる。
 僕は比較的、甘味の少ない奴をほうばった。慌てて、リンが入れてくれたブラックコ
ーヒーをがぶ飲みした。やっぱり甘い。死ぬかと思った。リンに文句を言おうとした途
端。
「カズ、相談があるの。これ、再生できるかな。わたしのリーダじゃだめなの」
 リンは、キラキラ光るメモリ・プレートを左手の親指と人指し指で摘んでいた。
 それを受け取って掌に乗せた。所々、薄汚れている。なるほど、これじゃメモリ・リ
ーダに掛からないかもしれない。

 普通の家庭用メモリ・リーダじゃだめだろうが、事務所のメモリ・スキャナーを使え
ば、データをビットイメージで読み出し、データ欠損部分を補正しながら、元のデータ
を再生する能力がある。
 と、こんな説明、リンにしたとこで無駄。猫に小判だ。
「あっ、映った映った」
 僕の操作するスキャナーを覗き込んだリンが騒ぐ。
 げーっ、何だこれっ。スプラッタ映画か。
 血がどばーっ。男の内臓が空中を乱舞し、その血みどろの中で小さな黒い人影がダン
スをしている。
 メモリ・スキャナーの中のスクリーンに映った映像に、今食べたばっかりのドーナツ
達が胃の中で反乱を起こし始めた。
「リン、これなんの映画だ。最近になく激しいけど・・・」
 リンは握り締めた両の拳を喉に当てている。
 やばい。青ざめた顔。握り締めた拳が血の気を失って真っ白。今にも吐きそうだ。
「こ、こ、こらっ。こんなとこで、吐くな! 絨毯汚すとノバァに怒られるんだぞ」
 僕は慌ててリンを洗面所に連れて行った。
 やっと洗面所に着いた所で、急いだせいか気分が悪くなってきた。胃の中のドーナツ
達が活発な動きをしていた。
 げーっ、なんのことはない。洗面ユニットの中に先に吐いたのは僕の方だった。二日
酔いに、極甘のドーナッツ、おまけにスプラッタ映画。食当たりだ。食い合わせだ〜。
「ねぇ、大丈夫?」
 リンはかいがいしく、僕の背中をさすってくれた。どうなってんだ。主従逆転だ。
 胃の中が空っぽになって漸く落ち着いた。全身から力が抜けた。僕はリンの肩を借り
て、ソファに辿り着くと、どさっと腰を降ろした。
「カズ、大丈夫? 顔が真っ青よ」 リンが呑気な声で言う。
「あら、あら、ぼくちゃん。お口の周りが汚れて。お顔、きれい、きれいしましょうね
。はい、こっち向いて」
 リンは濡れたタオルで僕の口を拭いてくれた。リンって、結構優しいとこ、あるんだ
なぁ、と僕は関心してしまった。好きになりそう。
「ったく、だらしないなぁ。あれくらいの映画でさ」
「映画だって? あれ、リンが録画したのか?」
「ううん、わたし知らないわよ。あれっ、そうか、そいじゃぁ、誰が録画したんだろう
。変だなぁ」
「あのメモリ・プレートはどっから手に入れたんだい」
「あれは、この前の事件で壊れたレコーダに入ってたの。レコードボタンを押して・・
・。ということは、ひょっとしてあれはナマ。モ・ノ・ホ・ン! キャーッ」
 今度はリンが口を押さえて、洗面所に走る羽目になった。ゲロゲロという音が聞こえ
てくるが、彼女もレディだ。無様なとこを見るのは礼儀に反すると思ってソファに座っ
たままでいると。
「重役出勤かい、カズ。いい身分じゃない」
 我が女探偵事務所長の登場だ。
「あらっ、モリスさん、おかえんなさい」
 口許をハンカチで押さえたリンが洗面所から帰って来た。
「リン、来てたのかい。おや? どうしたんだい?」
 リンのハンカチに気付いたノバァ。
「ええ、ちょっと。ううっ」と、リンはまたもや洗面所に直行。嗚咽が聞こえる。
「やるじゃない、カズ。ついにリンとやったのかい。できたんだね?」
「ち、違うよ。そんなんじゃない。僕じゃないよ」
 僕は頭を張り飛ばされて、床にひっくり返った。
「男は責任取らないとだめだよ。あんたも親父になったんだから、しっかり仕事に励ま
なきゃだめだよ」
「違うって、そんなんじゃないって。リン、ノバァに何とか言ってくれーっ」
 そんな僕の声も洗面所で忙しいリンには聞こえていないようだった。

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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