#912/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FXG ) 88/ 3/13 22:25 ( 55)
『秋本骨つぎ堂の逆襲』(変わる川崎)88・3・13
★内容
そういうわけで、わたしが今もなお川崎に住んでいる秋本です。
思えば、わたしの川崎遷都は三元奇門遁甲による帝都の霊的改造計画による精密かつ
大胆な実行であったわけです。この秘密を知る者は誰もいない。(川崎帝都物語より)
当たれ当たれ宝くじの憂歌団の曲にのってやってきた首都近郊都市川崎。
競馬、競輪、ソープランド。ありとあらゆる怨念と快楽の街川崎。
その川崎に突発的変化が訪れようとしているのです。他人事ではありません。
3月11日、ルフロン(うん?テフロン?忘れた。何かシャレた名だった)の誕生
です。丸井と西武のあの銀座マリオン的双子百貨店川崎バージョン。
川崎に地下街(アゼリア)ができたのが一昨年の秋でしたか。東京駅に次ぐ大きさと
いう鳴り物入りの地下改造計画だったのです。これで川崎は競馬新聞にぎりしめるオ
ッチャン達の灰色の街から、若者あふるるCOLORの街に生まれ変わるのだ。とい
う主旨のポスターが街角の至るところ、東京、横浜まで出張した一代キャンペーンを
実施してできあがったのに、その結果は地下街を歩くのは買い物カゴのオバチャン達
でその上を歩くのはあいかわらず競馬新聞をにぎりしめたオッチャン達だったという
笑うに笑えない上下二重構造を造り出しただけの金の無駄遣いに終わりました。
若者は川崎には住んでいないんだ。わたしはそう確信したものです。
ところが、ところがなんです。2日前の11日。川崎は見事な変貌をとげるにいた
ったのでありました。
今日、風邪をひいているにも係わらず出掛けた秋本さんの目の前に展開した異様とも
思える様がわり。なんと川崎に若者が歩いている!
一人や二人ではないのです。若者が打ち止めのパチンコ玉のようにあふれかえってい
るのです。ああああ。思わず足を止めて口をあんぐりと開けた秋本さんでした。
これは、もしかしたら丸井西武の・・そうだったんです。駅前に近づくにつれて真夏
の湘南海岸を思わせるような人混みになっていく。つまりその先に敢然とそびえたっ
ていたのがルフロン(丸井西武)であったのです。
秋本さんはジャンパーにサンダル履きのいつものスタイルでありました。鼻水が出
るので、ポケットには右と左に使用前、使用後のティッシュを膨らませた実用スタイ
ル。今までだったら、これで充分だったんです。街が要求していた服装といえたであ
りましょう。ところが、目の前の若者達の服装。赤、青、抹茶、ゆず、桜。色また色
の爽やかパステル。い、いかん。そ・ぐ・わ・な・い。でも、そう気づいた時にはす
でに川の流れに乗っていた秋本さん、人、人、人に押されてルフロンへ。
丸井でも行こうかと出てきたのに川の流れは西武の方へ。身動きがとれません。
あれよあれよと揉まれて押されて、エスカレーターへ。そのまま2階へ。そして、そ
のまま3階へ。これではいかん、屋上には行きたくない!心の叫びは恩愁の彼方。そ
のまま4階。ここで何とか力を振り絞って、流れを抜けたと思ったら、隣の流れにま
たしても吸収合併されて、ズリズリズリズリ。何処いくんだろう。
あっ、まさか!目の前にはミッションが。そうです。ウムを云わさぬ下りエスカレー
ター。いやだ!降りたくない!心の叫びは恩愁の彼方。そのまま3階へ。そのまま2
階へ。そして、一階は正面玄関。「どうもありがとうございました」深々とお辞儀を
なさる帽子をかぶった綺麗なおねえさん二人に見守られての退場となりました。
何だったんだあれは。やっとたどりついた、いつもの喫茶店に腰をおろし、ふと考
えた秋本さんでした。そうなんです。川崎は変わったのです。
最早、地下と地上の二重構造でもありません。確かに、夜と昼の時間差攻撃はあるで
しょう。でもエイズの力は夜の川崎をひ弱なものに変えました。昼の川崎、若者の街
川崎。鼻水を垂らしながらアイスコーヒーを飲む秋本さんの心の中に一抹の寂しさが
去来したことは否定できない事実です。
ほら、オッチャンが店のテレビのチャンネルを競馬放送に切り換えました。
コーヒー飲みにくるんじゃなく競馬を観に喫茶店に入るお客の街川崎。
でも、この喫茶店の真ん中あたりの席を占領しているのは今やビニールのどでかい
ロゴ入りの袋を肩から下げて入ってきた若い女性の一団なんです。
わたしはポケットから取り出したコウ上尚史氏のエッセイ「コウ上夕日堂の逆上」
を読みながら、また一筋の鼻水を垂らしました。そして、その時くわえていた煙草の
火がジュッと音をたてて消えたのは単なる偶然の出来事だったのでありましょうか。
女の子の一人がコーヒーフロートを注文して、「今切らしてます」なんて云われて
います。そんなもん、川崎にあるわけないだろうが! (おわります)