AWC  「な・み・だ・が・・・」            COLOR


        
#697/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (BMD     )  88/ 1/19   0:43  (141)
 「な・み・だ・が・・・」            COLOR
★内容
よ、よていが全然狂ってしまった!!
 でもお久しぶりの読みきりです。本当にブランクが長かったためにどうにも自信が持
てません。スランプだぁぁぁぁぁ(スランプになる程の腕ではありませんが・・・)
 是非、感想&お叱りの言葉をお待ちしております。
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 別に好きだったんじゃないのに・・・あいつは行ってしまった。
なんでそんなに気楽にいられるのか、そして2度と返っては来ない思い出を手荷物にあ
いつは行ってしまった。


 昨年の夏の日の事であった。わたしは両親の都合でこの「弐竹高校」へと転校させら
れてきた。もちろん好んでの転校じゃない。でも向こうの学校で少し騒ぎを起して上下
左右から目を着けられていたわたしにとっては渡りに船であった。
 なに、騒ぎったってそうな大袈裟なものじゃない。ちょっと手首に傷をいれたかった
だけの話だ。残念なことに途中で邪魔が入りいまだ手首に巻いてある白に緑のラインの
入ったサポーターの下にはその記念がくっきりと残っている。けっこう見たいという好
奇心旺盛な憶病者たちが多いけど、わたしは誰の目にも見せない、これは完遂するまで
の大切な記念品なのだから。

「どうも、転校生の松原 陽子です」
 転校の挨拶、あまり気分のいいものではない。これだけの言葉を吐くにもわたしにと
ってはとてもつらい。この弐竹高は前と同じ位のレベルの進学校で、前と同じように共
学校。

 うちの両親はやっぱりわたしの意思を考えずにこの高校を選んだのだ!

 そういう思いが胸のそこから涌きあがる。だけどももう涙なんかはとっくに出ない。
そしてその涙が出ない分だけわたしは強くなっていく。そしてそれはわたしが見付け出
した自分が自分である為の証明へと走り出す勇気となっている。

「松原君、君の席は・・・あそこ、右から2列目の3番目の席が空いてるだろ? あそ
この席へ座ってくれ。ほらあの馬鹿者がいる隣の席だ」
 教室に笑いが起る。しかし馬鹿者と呼ばれた青年は身じろぎひとつせずに先生の目の
あたりに焦点を合せていた。そう見ていたというよりは焦点を合せていたという感じの
方が相応しいほどのその青年の目であった。

「どうも、よろしく」
心にもない言葉をその『青年』にいう。
「こちらこそ、僕の名前は『篠塚 富軌』、以後よろしくたのむよ」

 わたしには篠塚くんの変化に驚いていた。これが先程担任に「馬鹿者」と呼ばれても
表情ひとつ変えずにいた人間とはとても思えない。今わたしの前で話している篠塚くん
は喜怒哀楽を交えながら様々とこの学校の説明をしてくれた。その話術は言葉でありな
がら言葉に表現出来ないほと素晴らしいものであるのはわたしでもわかる。おかげてい
つのまにかこの学校の歴史についても記憶の角に置かれていた。

 さらに驚いたことに彼は担任のいう「馬鹿者」などではなく、非常に頭の良い人間だ
ということだった。何しろ学年ベスト3である。なんでそんな彼が「馬鹿者」なのだろ
うか?

わたしがそれを彼に尋ねると彼はちょっと目をあげて言った。
「俺が馬鹿者って呼ばれる意味? たいしたことじゃないよ」
彼はそれ以上話そうとはしなかった。


 一応有名進学校の弐竹高校の3年生はこの時期になると急に慌ただしくなる。
わたしも親の決めた大学を受けることになるだろう。
 そんな時であった。わたしが篠塚くんの進学指導が行われていない。つまり進学しな
いのでは?という噂を聞いたのは。

「あれ? もう聞いちゃったの? そ、俺は進学しないんだ」
篠塚くんは軽く言ってのけた。
「な、なんで? なんでそんなこと・・・」
「なんでって言われても困るなぁ・・・でも大学に行くよりは少しでも夢に近付きたい
からね」
「夢? 篠塚くんて将来の夢があるの?」
 わたしは驚いた。このわたしと同じ年齢の人間が自分の将来の夢という「物」を持っ
ているということに。そして篠塚くんが何故か急に大人びて見えて・・・

「そうさ、俺の夢は劇団に入って世界中に演技を見せることなんだ」
「演劇?」
 どうも篠塚くんとイメージが重ならない。
「そう、俺はここを卒業したら・・・アメリカに渡るんだ。何ていっても演劇はアメリ
カだからね。その為にいままでバイトしてきたんだ。だから大学なんて行っている隙な
んかないんだ。………へへへ、実はテレビとかのニュースで俺と同い年くらいの奴がい
い演技するとあせるんだよな。もう遅すぎたんじゃないかって・・・」


 篠塚くんの決意はわたしが口を挟めるものではなかった。考えてみればわたしが口を
挟む必要な無い筈なのに
 ………これは多分嫉妬じゃない? とわたしは思う。もちろん篠塚くんをアメリカに
取られることではない。明確な夢を持ち続けている篠塚くんがあたしはうらやましいの
だ。それを考えると自分がとても惨めに思えてくる。


 そして卒業式は何事もなく終った。わたしは親の決めた適当な大学に進学することに
なった。それも今となってはどうでもいい。………今日は篠塚くんの出発の日だ。

 ささやかな「お別れ会」が彼の友達から提案され彼は快くそれを受けていた。
わたしも誘いをうけ制服のまま喫茶店・来夢館に向かった。来夢館には既に6人の知り
合いが集まっておりあたしもその輪の中へ入った。

 カラオケ大会、闇飲み会(手に取った飲み物は必ず飲まなくてはならない)と寂しさ
を紛らわせるように盛り上がっていく。そして「お別れ会」の最後のブログラムがやっ
てきた。闇飲み会でアルコールが入っている司会者が言った。
「さてここで主役の篠塚くんに今後の抱負などをひとつ・・・」
 僅か7人とは思えないほどの拍手が響きわたる。

 彼は照れ隠しか「えへん」と軽いせき払いをしてから一気に話を始めた。

「え〜、自分がアメリカへ行きたいと思ったのは確か中学2年の時だったと思います。
知っている人も多いと思うけど俺、中学生の時にちょっと荒れたんだ。全ての人間が敵
に見えてとても怖かったんだろうな。自殺まで思いついたこともあった。当然、友達と
呼べるような人はひとりもいなかった。家でテレビを見ることが唯一の楽しみだったん
だ。そんな時にある洋画なんだけど素晴らしい人がいてね………俺、感動して涙が止ま
らなかった。演技している人がどれだけ人間らしく見えたか………そしてそいつはセリ
フでこう言ったんだ。
『大きな不幸があるから小さな幸せが心地良い』
ってね。それで俺はやっと気付いたんだ。俺は今まで自分が不幸だと思い込んでいた。
そして小さな喜びや幸せまで拒否しているってことに。俺は人を感動させる彼がうらや
ましかった。その後は皆知っての通りさ。演技をしたいためにがむしゃらに英語の勉強
をした。何故か嫌じゃなかった。目的を持ってたからかな?
 ………そして今日という日が来た。俺は人を感動させる演技がしたい。たった一人で
も俺が味わった感動をわけてあげたいんだ。そしていつか必ずここへ帰ってきて『馬鹿
者』の演技を観せたいんだ」
 彼は自信に満ちた声で言った。
 一言一言が胸に刺さる。
 彼は口にすることで自分の決意を固めているのかもしれない。


 そして篠塚くんはついに旅立っていった。空港への見送りは篠塚くんが遠慮したため
中止となったが来夢館から出ていく篠塚くんの後ろ姿はすでに忘れることの出来ない構
図となっている。この構図を思い出す度にわたしは空を見上げるだろう。そして自分を
取り戻す努力をするだろう。



 彼は一人でも感動させたいと言っていたがここに涙を流している少女がいる。
 その涙が何のための涙であるかは本人すらもわからない。
 ただ言えることは少女は以前に流した涙すらも憶えていないほど泣いていなかった。
 そしてその涙は少女の壁を溶かしつつある。
 少女がなにか目覚めつつある。

 篠塚富軌………彼はこの地で再び少女を感動させることが出来るのかもしれない。

         <お・わ・り>       1988/1/18・COLOR
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うぅむ・・・久しぶりの「・・・」ですが随分と毛色が変ってしまいました。
ちょっとブランクが長かったようですね。感想をお待ちしております。

                         BMD66811/COLOR




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