#1143/1158 ●連載 *** コメント #1142 ***
★タイトル (sab ) 22/09/23 12:25 ( 69)
ニューハーフ殺人事件7 朝霧三郎
★内容 22/09/25 15:22 修正 第2版
副題:何で殉職したいんだろう。
水戸光男はその晩当直だった。
夜勤明けの九時半頃、署の庇から出てくると
東のお天道様に向かってあー〜っとのびをした。
池袋駅から埼京線に乗り、赤羽で京浜東北線に乗り換える。
電車はすぐに荒川橋を渡りだした。
レールのつなぎ目の音がコツンコツンと鉄橋に響いていた。
電車が徐行すると、車窓から緑地で野球をしている人達が見えた。
窓の上半分が開放されていて、晩秋の冷気をともなった風が入ってきていた。
何時も光男はここで妄想を開始する。
突然、連結部のシルバーシートのあたりに、高橋啓子巡査が浮き出てきたのだ。
窓から、緑地のグラウンドの方が見ている。
陽の光受けた啓子の横顔は、ローマのコインに彫刻してもいいぐらいの美形だった。
日差しに目を少し細めていて、髪の毛が窓の上半分から入ってくる風になびいていた。
電車は徐行していて、トラス構造の鉄橋の斜材の日影が
啓子にカシャカシャと差していた。
突然連結部のドアが勢いよく開くと、な、なんと悪役商会、丹古母鬼馬二と
八名信夫が乱入してきた。
丹古母が勢いをつけて啓子の隣に座り込む。
そして、匂いでもかぐように顔を近づけて、目をぎょろぎょろさせながら迫っていく。
啓子は体を小さくした。
つり革にぶら下がっている八名が言う。
「よぉ姉ちゃん、真っ直ぐ帰ったってつまんねーだろう、
これから俺たちとどっか行こうじゃねえか、
カラオケでも行こうじゃねえか、よお」
そして丹古母は考えられる限りの下品な笑い方で笑うと、
首筋あたりをめがけて、べろべろべろと舌を出す。
電車ががくんと揺れた。
八名が、「おっーっと」と言って身を翻すとそのまま
啓子の膝の上に座ってしまう。
「電車が揺れたんだからしょうがねえや」
「やめろーッ」叫ぶとミツは敢然と立ち上がった。
二人は、一瞬あっ気に取られた様にこっちを向く。
なーんだオッサンか、という感じで、
啓子を放置すると肩をいからせてこっちに迫ってきた。
「なんだこのオッサンが。スポーツでもするか」
言いつつ八名がこっちの襟を掴みにくる。
すかさずミツは手で払った。
おっ、猪口才な、みたいな顔をして更に手を突っ込んでくる。
それを又払う。
ネオ対エージェント・スミス、みたいな組み手をしばらくやるのだが、
丹古母が、遠巻きにミツの背後に回ると、懐からドスを抜いた。
そして卑怯にも背後からドスでミツの背中を袈裟切りに切り付ける。
白いワイシャツが裂けて背中の肉もざっくりと切れる。
「キャーッ」と悲鳴を上げて啓子が顔を覆う。
しかしミツはがっばっと丹古母の方に向き直ると、
超人ハルク並のパワーを発揮して、
まるで紙袋でも丸める様にぐしゃぐしゃにすると放り投げてしまう。
今度は八名に向き直ると、「ちょっと待ってくれ。話せば分かる」
などと泣きを入れてくるのを無視して、同様にぐしゃぐしゃにして放り投げる。
……電車が反対方向の電車とすれ違って、窓ガラスが風圧でバーンと鳴った。
妄想から覚めた。
電車が行ってしまって静かになっても、もう妄想の続きはなく、
啓子巡査は現れない。
なんとなく背中に手を回したがシャツが切れているわけもない。
(あのまま妄想が続いていたら、俺は殉職していただろう。
シャツが切れて肉もさけて、そっから出血して出血死する。
啓子巡査が覆いかぶさる。
「死なないで、死なないでー」
しかし俺は息を吹き返す事はなかった。
…萌える。
自分の死に萌える。
何でだろう。
何で俺は殉職したいんだろう。
岩清水弘もこういう気持ちだったのだろうか)
「京浜東北線の南浦和行きです。次の停車駅は川口です」
という車内アナウンスで目が覚めた。
しかし、何故殉死したいのかという謎はしばらく脳内を駆け巡っていた。