AWC U.L. 〜 the upper limit 〜  12.くしゃみ   永山


        
#4/1165 ●連載
★タイトル (AZA     )  02/01/07  23:46  (200)
U.L. 〜 the upper limit 〜  12.くしゃみ   永山
★内容
 心中のつぶやきに倣うかのように、コルテツはにやりと笑んだ。右手のマッ
チ棒を覗けたことを悟られぬため、腐心する。表情を作るのが辛いくらいだ。
それと同時に、右手に対する警戒は怠らない。すり替え等の奸計がなされない
とはまだ言い切れないのだから。
「私も決めた」
 コルテツは紙に4と書き付け、悠然とした態度で宣言した。
(これで私もカシアスも的中で、ともに0ポイント。合計すると、私が1ポイ
ント差で逃げ切りだ!)
 立会人が紙を受け取り、予想値の申告が締め切られる。握ったマッチ棒の本
数変更は認められない。コルテツはほくそ笑んだ。
(今、すり替えようとしても、絶対に見逃さん! もしもすり替えるつもりな
ら、いかさまを告発してやるからな、カシアス!)
 コルテツは胸の内で叫びながら、相手の手の平が開かれるのを待った。
「では、右手を開いてもらおう」
 立会人が促すと、肩の高さに持ち上げられたカシアスの右拳が、ゆっくりと
開かれた。
「何?」
 コルテツの眼が一杯に見開かれ、そのままの視線が手の平のマッチ棒から、
カシアスへ移される。人差し指を突きつけるや、激しい口調でまくし立てる。
「貴様! たばかったな! 何だこれは?」
「わめく理由が分からないな、コルテツさん」
 指差されても怒鳴られても、意に介した様子はカシアスになく、とぼけた態
度で肩をすくめ、首を水平方向に振る。
「俺がやったのは、マッチ棒を折った、ただそれだけだぜ」
 そうであった。カシアスの右の手の平には、真っ二つに折られたマッチ棒が
二本、載っていた。頭が二つに尻が二つ。束ねれば四本に見える。
「くしゃみした拍子に、手の力が緩んで、隙間からちょいと覗いたかもしれな
いが、それは偶発事故。四本に見間違った人がいても、俺が責任を取る必要は
全くないよね?」
 カシアスの飄々とした物言いに、目つきに、態度に、コルテツはあっさりあ
きらめた。確かに、いかさまでも何でもない。
(責めるとしたら、それは私自身の迂闊さだ。あのとき見えたマッチ棒を、鵜
呑みにした愚かさだ。カシアスは強者。その強者が、大事な勝負の場面でマッ
チ棒を見せるなんてミスを犯すはずがない。あれは引っかけだと気付くべきだ
ったのだ。いや、一度はその可能性を私も疑ったのだが……少ない本数を多く
見せかける手を思い付かなかった)
 コルテツが勝負を振り返る間に、立会人が双方の紙の予想を確認し、勝敗が
宣せられた。
「コルテツは4、カシアスは2とある。実際の本数は0本と二本で、合わせる
と2だ。よって今回の差はそれぞれ2と0である。それぞれを前回までのポイ
ントに加えると、コルテツ14、カシアス13。この賭けは第四戦を持って実
質的に終了するが、両者、ここで打ち切ることに異存はないな?」
 カシアスもコルテツも肯定の返事をした。立会人は小さくうなずくと、「で
はこの勝負、カシアス=フレイムの勝利と見なす」と告げた。

   四回目迄 賭け数 予想(ポイント) 合計ポイント 残り本数
   カシアス  2   2 ( 0)    13     2
   コルテツ  0   4 ( 2)    14     0

 コルテツは立会人に促される前に、エッジコインを懐から取り出した。
「私の負けだ。いい勝負だった。それに、見事な作戦だった」
「そりゃどうも。誉められても大して嬉しくないけどさ。俺の方は人生かかっ
てる。否応なしに必死にならざるを得ない」
 コインを受け取り、素気なく言うと、カシアスは早く観戦を認めるよう、頼
んできた。コルテツはその台詞を遮ると、逆に話し掛けた。
「もちろん認めるが、その前に一つだけ、いや、二つ、答えてくれ。おまえ、
くしゃみをしたのはわざとだな?」
「あ? ああ、もちろんそうだぜ」
「ふん。マッチ棒を折る音を聞かれないようにするためか?」
 コルテツの問い掛けに、カシアスは黙って微苦笑を返した。
 カシアス=フレイム、五万四千六百九十三枚。

 やっとのことでグレアンの勝負を見物可能となった。
 コルテツの丁重な案内により、カシアスは特等席――と言っても単に見やす
いだけだが――に収まることができた。グレアンの相手は、レオス=バートな
る長髪の男だと分かる。
 そいつを一目見て、カシアスは顔をしかめた。
 バートは蛇の鱗模様のような刺青を持っていたのである。顔、それも両眼の
下に、赤い涙を流しているかのような真っ直ぐな入れ墨が、顎まで達している。
耳やうなじ、手の甲にも何やら彫られていることから恐らく服の下も模様で埋
め尽くされている可能性大。
(……虚仮威しって訳じゃなさそうだな。どこかよその国で刑に服して、刺青
を刻まれたのかもしれない)
 迫力を肌で感じた。カシアスは相対するグレアンの様子を窺う。
 音が聞こえそうなほど歯をむき出しにしてすり合わせ、汗を垂らしていた。
旗色はすこぶる悪そうだ。
 何枚コインを残しているのかと気になったが、途中から見始めたカシアスに
は分からない。周りの連中に尋ねるのも億劫だ。会話に耳を澄ませる。
「どうしちまったんだ。五分五分だったのに、急に差が着いたぜ」
「そうだな。バートっていう方が、カードを自分で選び出した途端、勝率が上
がった気がするが……」
「自分で選んだからって、思い通りのカードを引ける訳がない」
 カシアスは怪訝に思った。自分で選ぶとはどういう意味だ。カードの山の好
きなところから、必要な枚数だけ引き抜くということだろうか。
 確かめるべく、戦いの場を観察する。グレアンがカード交換を終え、ちょう
どバートが交換するところらしい。
 立会人がカードの山をテーブルに置き、扇形に広げると、バートの右手が伸
びた。爪を除く指一本一本にまで、蛇らしき図柄が施されている。獲物を狙う
かのごとく、カードに触れるか触れないかの位置で物色する。
 バートは表情を変えることもなく、やがてカードを選び取った。場に捨てて
あるのは一枚だから、当然、一枚だけを抜く。
「これがスペードなら、私はフラッシュの完成だ」
 バートの声が初めてはっきりと聞こえた。低く、冷たい感じがするのは、そ
の蛇の入れ墨の印象だけではあるまい。
「もう驚きやしない」
 グレアンが自棄のように吐く。
「確率はおよそ四分の一だからな。あんたならそれくらい、できるだろうよ」
 まずいな、と口の中でつぶやくカシアス。
(グレアンの奴、捨て鉢になってるんじゃないか? 勝負を投げたような言い
種だ。これが作戦ならいいんだが……)
 カシアスの希望的観測は次の瞬間、粉微塵に砕かれた。バートが交換したカ
ードを裏返すと、それはスペードのエースであり、残る四枚もスペードだった。
対するグレアンは、自らの手札を公開しようともせず、敗北を認めるのみ。
「まただ! また必要なカードを引き当てやがった!」
 どよめきが一帯を包み込む。面倒な奴が現れたもんだ、あいつとは当たりた
くないね……そんな空気が広がり、奇妙な静けさが作られる。
(この場にいる奴等の反応から判断して、バートという男も新顔なのは間違い
ない。にも関わらず、あんな奇術みたいなカードを選びができるってことは、
外の世界で相当にやり込んだ賭博師だ。いかさまの臭いがぷんぷんするぜ)
 自身の感じた驚愕をごまかすべく、カシアスは心中で唱えた。だが、彼の息
の乱れが、衝撃の大きさを如実に物語っていた。
 必要なカードを自在に選べる! そんなことができるのなら、ポーカーで百
戦百勝も夢ではない。
(普通はあり得ない。いかさまだ。だが……どうやって?)
 カシアスは無意識の内に歯ぎしりをしていた。グレアンの憔悴ぶりが、手に
取るように分かる。自分がゲットマンとの対戦中にヒントをくれたグレアンは、
恩人だ。あとで見返りを求められるかもしれないが、そんなことは関係ない。
今、危機に陥った彼を助けてやりたいと心底思う。
(カードの表に、何らかの印を付けたんじゃないか?)
 真っ先に浮かんだのが、この単純な方法である。カードの表に小さな印を付
けることで、種類を判別する。ある程度ゲームを消化し、ほぼ全てのカードを
少なくとも一度は手にすれば、可能であろう。あとは記憶力の問題だ。
(いや……バートはカードの表を仔細に見て選んだ訳じゃない)
 最前のバートがカードを選ぶシーンを思い起こし、心中で否定せざるを得な
い。バートはカードの山に手を近付け、しばらく経過した後に一枚を選んだ。
山を軽く崩して広げる行為は見られたが、表の模様をじっくり観察するような
素振りは全くなかった。
 次の勝負が始まった。バートが先に交換する番だが、何故か今度は一枚を好
きなところから抜き取ることはしない。三枚を場に捨てて、ディーラーから三
枚を受け取る。不審な様子はない、極普通のカード交換だ。
(毎回、カードを選ぶんじゃない? だとしたら何故だ? 望むカードを常に
選び出せる訳じゃないのか……)
 疑問が渦巻く。周りの誰かを掴まえてでも聞いてみたいが、それ以上に只今
は勝負の行方を見守るのが大事だ。そこに謎解きの糸口が隠れているかもしれ
ないのだから。
(この回、バートが負ければカード選びをしなかったためと言えるが、バート
が勝つと厄介だな。たまたま買ったのか、カード選びをしなくても勝てるのか、
判断しづらい)
 グレアンも交換を終えて、エッジコインのベットがなされる。ともに大した
枚数ではない。強くない手でもはったりを効かせて勝ちを狙う、逆に強い手を
弱く見せて相手を大勝負に誘い込むという戦法は、どちらも取っていないよう
だ。
(残りコインが少ないグレアンがはったりに行けないのは分かるが、バートが
無策なのは納得できねえな)
 勝負は淡々と進み、手札が開かれた。グレアンが2のワンペア、バートは最
高がキングのノーペア。グレアンがわずかながら取り返したことになる。
「入れ墨野郎が、温情なんか見せてんなよ! さっさと叩き潰せ!」
 観客からあまり品のよくない野次が飛ぶ。叩き潰す云々は抜きにして、疑問
はもっともだ。
(グレアンに下り続けられることを避けるために、ときどき負けてやるのだろ
うか。しかし、好きなカードを選んだとき、必ず勝てるのだとしたら、効果は
同じじゃないか。そのときだけグレアンは下りればいいことになるのだから)
 合点が行かない。答を見つけられないまま、勝負は次の回へ。
 バートはほとんど考える様子もなく、前回と同じく三枚のカードを場に放っ
た。今度はディーラーから受け取らず、自ら選ぶという。
 ディーラーが卓上に置いたカードの山に、バートの刺青だらけの手が触れる。
ここでも異変が見られた。バートはカードの山を一切広げず、それこそ適当と
いう風に一枚ずつ三回、抜き取ったのである。
(さっき一枚だけを選んだときと、やり方が違うな。どんなやり方でも望むま
まなのか……?)
 カシアスはバートの反応を窺った。すると、満足そうに口元が笑むのが分か
った。言葉には出さないが、これで勝ったと言っているのも同然だ。
 対するグレアンは惰性のように四枚交換を所望し、ディーラーから受け取っ
た。ポーカーで四枚を交換するというのは通常ない。あるとすれば、ノーペア
の状態からエースかキングを一枚だけ残して交換するケースぐらいだろう。
 カシアスはグレアンの顔を見て、手はよくないらしいと確信した。無論、カ
ードのよしあしがそのまま表情に出るとは限らないのがポーカーだが、現在の
グレアンはひどく意気消沈しており、ブラフをかます余裕が感じられない。
(敵が好きなカードを選べるとしても、絶対に負けるとは限らないんだ。それ
以上の手を作ればいいのだから。だが、今のグレアンは半ば勝負を捨てている。
気概がまるでない)
 声援を飛ばして奮い立たせてやりたいのは山々だが、あとのことを考えると
二の足を踏んでしまう。首尾よくバートのやり口を見破ったとき、グレアンに
そのことを教えてやるには、カシアスがグレアンとつるんでいるとは思わせな
いようにした方が賢明だからだ。
(どうにかして見破らねえと! しかし、本当にいかさまなのか?)
 ともすれば揺らぎそうになる自信だが、カシアスはあきらめずに踏みとどま
った。この回の勝負は、バートが徐々に上乗せの枚数を増やした結果、グレア
ンが下りた。
(グレアン、勝負に行かないとだめだ! 下りたら、バートの手札がどんな物
だったのか、分からずじまいになるんだから! 犠牲を払うなら、相手から何
らかの情報を引き出さないと、まさに無駄死にだぜ)
「グレアン!」
 歯ぎしりする思いから、短く叫んでしまった。幸か不幸か、バートの勝利で
歓声が大きくなっていたおかげで、第三者には気付かれなかったらしい。
 だが、グレアン本人の耳には届いた。カシアスの入る方へ顔を向け、力ない
笑みを見せた。歯の抜けた様に以前のユーモラスさは微塵もなく、みすぼらし
いだけだ。
 カシアスは、あきらめるな!という形に口を動かした。しかしグレアンは鷹
揚に手を振り、分かった分かったとうなずくばかり。
 再度、歯がみしたカシアスは、後方からふっと聞こえてきた会話に耳を留め
た。囚人達の間に、ようやくバートの履歴が回ってきたらしいのだ。
「バートっての、相当頭のいい奴らしい」
「理大のエリートが、何でまた刑務所に」
「そもそもだな、あの入れ墨は何だよ。あれはエリートっちゅう感じじゃねえ
し、大学の方だって入学を断るぜ」
「入れ墨は偽物だっていう話だ」
 カシアスは「え!」と声を漏らした。あの見事な入れ墨が偽物?

――続く





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