#3/1165 ●連載
★タイトル (GVB ) 02/01/06 18:53 ( 66)
新種のあひる 〜初代佐野祭の生涯〜 8 佐野祭
★内容
快調に書きとばしていた手を止めて、祭は冷や汗を流していた。
「このツキノワグマの話、前にも書いたことあるかも知れない……」
同じ話を二度書くのはお間抜けだ。しかし、どうも確かに書いたという記憶が
ない。書いたかも知れないし、書かなかったかも知れない。
とりあえず自分のサイトを見て書いてあるかどうか確かめようとした。しかし、
書いたかどうか思い出せないのにどこに書いたか思い出せるわけがない。このと
きばかりは自分文書の量を呪った。
「こ、これは探す仕掛けを作らないと無理だ」
「よお祭。また妙なものを作ったんだって」
大門がやってきた。
「これは便利だぜ。名付けて検索エンジン」
大門は狐につままれたような顔をした。といっても私も猫にひっかかれたこと
はあっても狐につままれたことはないのでそれがどういう顔だかよくわからない
のだが、昔見たことがある人がいるらしい。狐に化かされた人ならそりゃもしか
するといるかもしれないなあとは思うが、狐が摘むというのはどういうことかよ
くわからない。狐の手がものを摘むのに適した形になっているのかというとそう
でもない気もするし、狐が人間を摘んでなにか狐にとってメリットがあるかと言
えば別にないような気もするが、とにかくなんのことやらわからないでいる表情
のことを狐につままれた顔というのである。
余談ついでに、も一つ話をそらすとこの連載を書くときには明治時代の話なの
で、極力外来語は特にセリフ部分では使わないようにしている。とはいえ文明開
化と騒いだ時代から既に三十年以上たっている。第一回にも書いたとおり、ライ
ト兄弟は既に飛行機を発明していた。自動車はあちこちに走っている。エンジン
という言葉は一般的であった。
しかし、大門が反応したのは別の言葉だった。
「検索ってなによ」
そう、今のように情報が乱れ飛んでいる社会ではないのだ。
検索という言葉は今では一般的に使われるが、事実上情報処理用語である。こ
の場合の情報処理はコンピュータとイコールではない。図書館が電子化する前に
あった検索カード、あれだって情報処理である。
そもそも索引の付いた本自体まだろくすっぽなかった時代である。検索という
言葉を知っている人はほとんどいなかった。
「例えばだ。検温と言えば体温を測ることだろう」
「ふむふむ」
「検視と言えば視力を測ることだ」
「まあそうだ」
「つまり、検索と言えば言葉を探し出すことだ」
「わかんねえよそれじゃ。索麺を測ることじゃねえのかよ」
「そうめんの『そう』は『素』じゃないのか」
「どっちも書くんだよ」
「まあ、だから、そうめんでいえば白い麺の中に一本赤い麺が混じってたりする
わけだ。そいつを探し出すようなものだ」
「ますますわかんねえよ」
「まあ、やってみればわかる」
祭は画面に「ツキノワグマ」と入力した。
初期の検索エンジンは手動だった、などと書くつもりはない。それは既に「サ
ーチエンジン8823(はやぶさ)」という傑作があるのでいまさらやってもダ
メなのである。検索エンジンは当初から自動だった。
ツキノワグマの分布、ツキノワグマとヒグマの違い、ツキノワグマのお産、ツ
キノワグマの子育て……たちまち画面には幾多のツキノワグマという言葉を含ん
だサイトの紹介が表示されたのである。
「とまあ、こういうわけだ」
大門は感心した面もちで画面を見つめていた。
「ほう……すごいな。これ全部お前が書いたのか」
「だからそうじゃないって。あちこちのサイトから探し出してきたんだ」
「そんなはずないだろ」
「え?」
「お前は日本最初のウェブ作家だぞ。サイトから探すったって、まだお前のサイ
トしかないだろ」
「そう……だねえ」
「じゃあこれ……」
「どこから検索してきたん……だろうねえ」
かように、初期の検索エンジンはあまりに時代を先取りしすぎていたのである。
続く