#357/598 ●長編 *** コメント #356 ***
★タイトル (AZA ) 10/04/29 23:59 (427)
士の嗜み 2 永山
★内容 10/04/30 11:13 修正 第2版
郷野美千留
「もー、限界よ、限界!」
郷野が自ら追跡者(女)の前に姿を現した。その理由を聞いてみる。
郷野美千留
「いつものお化粧や服をやめて、男に――それこそ昔の私みたいに男らしい男
になりすまして、男の集団に紛れ込む作戦だったの。そう、ホテルのショーに
出るミニサーカスの一団が、うってつけだった。思惑通りに運んでいたわ。だ
けどね、ほんと久しぶりも久しぶりに、男の集団の中にいたら、汗と男臭さと
フェロモンとに当てられて、酔ってしまって。ううん、誤解ないよう言ってお
くと、男が嫌いってことじゃあ決してないの。あまりにも強烈だったから、ず
っとここにいると、めろめろになって頭の回転が鈍る。ひょっとしたら、この
あと戦えなくなるかも!?って恐怖心が湧いてきて、だから“自首”したのよ。
戦略的撤退と言えるかしら」
ラストの三十分間は、目立った動きは見られなかった。テレビ番組的にはあ
まりよろしくないが、やらせを排除しているため、仕方がない。
とはいえ、番組製作サイドが一つぐらい罠を仕掛けることは、許されよう。
残り十分を切ったところで、火災発生と避難を知らせる館内放送を流したのだ。
ミステリマニアでなくても初歩的な「火事だ!」トリックだが、ホテル側の
協力もあり、可能な限り本物らしく行われたと言える。煙に似せたドライアイ
スを炊いたし、サイレンを鳴らしもした。手の空いている従業員は実際に外に
出て、いかにも騒然とした雰囲気を作った。
しかし、この大掛かりな嘘に引っ掛かった名探偵候補者はゼロ。製作サイド
からすれば、骨折り損に終わった。
午後六時になり、三名の携帯電話に、この課題の勝ち残りを認めるメールが
届く。それでもすぐには姿を見せなかったのは、最前の偽火事騒動のおかげで、
必要以上に警戒心を強くしていたために違いない。
やがて現れた三人は、それぞれ個性的な化け方をしていた。
村園輝は大方の予想通り、女性従業員に扮していた。郷野美千留とは逆のパ
ターンである。黒いロングヘアのウィッグを被り、軽く白粉をはたいて、借り
物の制服を纏った姿は、どこから見ても女らしい女だった(元から女性ではあ
るが)。
見る者を一番驚かせたのは、天海誠だろう。事前に漏らしていたように、自
身の特技を存分に活用し、まるで別人になっていた。
天海誠
「逡巡はありましたが、最初の課題で無得点でしたからね。なりふり構ってい
られなかった、ということにしておきます」
一流マジシャンは、その全ての種を割ることは拒んだが、ほんの少しだけ明
かしてくれた。
天海誠
「背の高さを変えるのは、作り物の頭部を用意することで可能になります。髪
の毛や服の早変わりは、温度によって色の変化する繊維でできたウィッグや衣
服を使います。風船を服の下に入れて、太ったように見せ掛けられますし。あ、
私の説明を鵜呑みにしないでください。マジシャンの仕事は基本的に人を騙す
ことですから……」
11点を獲得し、合計20点でトップに立った更衣京四郎は、別の意味で皆
をあっと言わせた。肌の露出した部分や服が、薄汚れていたのだ。二枚目で外
見を気にする質の彼にしては、これもまた思い切った変装と言える。
更衣京四郎
「わざとじゃない。人のいない場所いない場所を求め、隠れていたら、自然と
こうなったまでさ。汚れた格好に化けるなら、よりうまくやる自信がある。ま
あ、井筒さんのルール説明を聞いていて、あの注意っていうのが頭の片隅に引
っ掛かったんだ。もし見付かった場合に即反撃できる態勢でいるのが望ましい
とかどうとか。あれはルールではなかったから、守る必要はないと思った。見
付からなければ、反撃の必要もない」
二番目の課題を終えて、各人の得点と順位は次のようになった。※名前の直
後の数字はこの課題での得点、括弧内は合計点
更衣11(20) 村園11(17) 郷野7(17)
天海11(11) 若島0(11) 野呂3(10)
美月5(10) 沢津1(9) 八重谷6(6)
小野塚4(4) 堀田2(2)
午後六時から七時までは夕食に当てられた。しかしスケジュールが詰まって
おり、全員が食べ終わる頃には、第三の課題の説明が始められた。
井筒がマントを羽織った大仰な格好で現れ、にこにこと嬉しげに演説をぶつ。
「くつろぎたいところにおじゃまをして、いささか心苦しいが、この長丁場自
体も試練と捉え、チャレンジ精神を維持してもらいたい。最後になる課題は、
依頼者との付き合い方だ」
「依頼者との付き合い方? これはまた漠然としたテーマだ」
更衣が呟く。トップに立って、機嫌のよさが窺える。
「まあ、依頼人との接し方、扱い方や対処その他諸々を見たい。このテーマ、
単純に競争して機械的に採点するのは、かなり難しいと考えられるため、審査
員による判定を導入する」
「いよいよ審査員のお出ましか」
相変わらずご機嫌な更衣。揉み手をしている。他の十名が静聴する姿とは、
好対照をなす。
「先に審査員を紹介するとしよう。いや、紹介そのものは第一ステージを始め
る前にしていたのだから、今からするのはご対面ということになるな。では、
入って来てもらうとしよう。――どうぞ!」
音楽が流れ出すと共に、名探偵候補者達の席から見て右手にスポットライト
が当てられ、そこから審査員が順次現れる。
まずはパズル作家の剣杏樹。ショートカットの髪に赤系統の縁をした眼鏡、
背は平均よりは高い方だが、小さな頭と細身のおかげで存在感は薄い。公に顔
姿を出すことが少ないため、一般の知名度は高くないが、業界内ではよく知ら
れた存在だ。若いが巧妙なプロボーサーであり、高名なソルバーでもある。
「初めまして。よろしくお願いします」
短く挨拶をして、席に着いた。十一人の参加者と向き合う形だ。
次に登場したのは土井垣龍彦。ベテラン推理作家にしてミステリ評論家で、
元々はマニアにしか知られていなかったが、近年は二時間ドラマの原作者とし
て有名になった。第二ステージでは出題に携わり、番組にも登場済みだ。
「よろしく。最初に釘を刺しておくと、お世辞を言っても審査には影響しない
ので、そのつもりで。だが、悪口は審査に影響を与えるだろうな」
冗談交じりに言い、剣の隣に腰を下ろす。
最後に、神宮寺利亜が颯爽と歩み出る。長い黒髪、目鼻立ちのはっきりした
整った顔立ちは、西洋人の血が混じっているのではないかと思わせる。背は人
並みだが今はヒールの高いブーツを履いており、ファッションモデル並みに見
える。彼女の父、神宮寺実は名探偵として大いに活躍した。その死から数年が
経ち、彼を惜しみ彼のような存在を求める声が、この番組の企画「プロジェク
トQ.E.D.」の端緒となった。利亜自身は現在大学生で、探偵業に就くか
どうかはまだ決めていないという。
「皆さん、初めまして。父の後継者としてだけでなく、新しい名探偵の誕生を
楽しみにしています」
如才ない笑顔を振りまき、用意された椅子に座る利亜。優雅な動きに不自然
さは微塵も見当たらない。名探偵候補者達も笑顔になったのは、相手が神宮司
実の娘という理由だけではあるまい。
井筒と新滝は、審査員三名と順番に握手をしていき、改めて向き直った。
「それでは、ルールを説明する」
井筒が声を響かせた。
「君達を名探偵と見込んで、今夜九時から十二時間の内に、何らかの形で依頼
が行く。無論、本物の依頼ではなく、あくまでゲーム上の話だ。だが、真剣に
対応してもらうことも、また言うまでもあるまい。実際にこのような依頼を受
けたとしたら、自分はどう応じるか。番組のことを念頭から追い払って、行動
することだ。依頼は配布した携帯電話への電話やメールで始まることもあれば、
いきなり依頼者が訪問してくることもある。また、一度とは限らない。十二時
間の内に二度三度と依頼が入るかもしれないことを、心に留め置くように。
審査は明日の朝午前九時から十時の間に行い、結果を発表するが、必要があ
れば君達に質問する場を設けることもあり得る。それでも遅くとも、十一時ま
でには発表できよう。一位から十一位まで、順に十一点、十点……と一点刻み
で点数を与える。
何か聞いておきたいことは?」
「依頼の中身は、全員同じなのかの?」
堀田が積極的に挙手した。低迷が焦りにつながりそうなものだが、そこは年
の功、落ち着いた雰囲気を纏っている。声ものんびりとした調子だ。
「つまり、依頼の内容だけでなく、依頼が行われる時間帯やその他の条件も同
じなのかどうか、ということであるが……」
「答はノー。各自ばらばらの依頼が、ばらばらの時間に行われる。付言すると、
誰にどんな依頼がいつ行くかは、抽選で決まる」
「不公平は生じないんでしょうねえ」
野呂が聞いた。
「抽選なら、俺には三つも四つも依頼が来たのに、リオちゃんには一件も来な
かった、なんて場合も起こり得るんでは?」
「そうはならないように調整する。依頼数と依頼内容の双方を考慮し、バラン
スを取る。時間帯だけは、何とも言えないがね」
「オーケー。信じるとしますよ」
「審査基準について、今明かせるものはございます?」
代わって質問したのは、小野塚。編み物道具がなくて、手持ちぶさたの様子
だ。
「――どうでしょうか?」
井筒が審査員達を振り返った。ちなみに、井筒や新滝も審査員を務めるのだ
が、主役はやはり新たに登場した三人なのだ。
最初に土井垣が口を開いた。
「うーん。要不要の判断、重要かそうでないかの判断、優先順位の判断を見て
いきたいと思っている」
次に神宮寺利亜。柳眉を寄せて、悩ましげに答える。
「私は、悲嘆に暮れる依頼者への接し方に、特に注目します。そのような場面・
状況があればの話ですが」
残る剣は、「三番目は答える項目が残っていないかもと思ったけど」と苦笑
をまじえて前置きをした。
「パズル作家の立場から、依頼に嘘があれば見抜けるかどうか、なんてところ
が気になりますね」
「――こんな感じでよろしいかな?」
井筒の確認に、小野塚ははっきり頷いた。そのすぐあと、今度は郷野が口を
開く。
「他の人達と協力してもいいのかしら?」
「基本的に一人で対処してもらいたい。でも、必要性を感じたなら、たとえば
自分一人では手に負えない依頼と判断したなら、他者に協力を要請するのもあ
りだろう」
「うん、分かった。ありがと」
「他に質問は? ないな。よろしい。では、午後九時からの半日を楽しみたま
え。それまでは自由行動だ」
そうして他の審査員らを送り出した井筒だったが、はたと思い出したように、
名探偵候補者十一名に顔を向けた。
「おっと、九時以降も基本的には自由だよ。依頼に対して、どんな行動を取る
かは、君達次第だ」
十一人の候補者の中で、最初に依頼が飛び込んだのは若島リオだった。尤も、
彼女自身はそんな順番なんて分かりっこなかったが。
午後九時半ちょうどに、若島が寝泊まりするホテルの部屋のドアがノックさ
れた。若島は「はいはーい」とまだ見ぬ相手に返事しながら、戸口まで急ぐ。
「待ってましたーって言いたいところだけど、まだ依頼者なのか分からないの
よね」
独りごちながら扉を開ける。普段なら覗き窓から確認するところだが、退屈
していたせいもあって、その辺は省略してしまった。
「ご依頼ですか? ――」
来訪者を見て、思わずドアを閉めそうになった。が、思い止まる。
いわゆるオタク系の男性が立っていた。それも、絵に描いたような。やや肥
満気味で、髭剃りあとが青っぽく、髪はぼさぼさ。背にはナップサック、左手
の紙袋からは、ポスターかカレンダーと思しき丸まった紙筒が覗く。シャツに
は若島リオの上半身が大きくプリントされていた。
「何でしょう?」
内心では、「これ、絶対に抽選してないよ! あたしにこのタイプをぶつけ
るのって、ありがちすぎ!」等とぶつくさ文句を言っていたが、表面上は最高
のスマイルを取り繕った若島。なあに、本業でも慣れている。
「リオちゃんのファンです」
「……ご依頼では?」
タレントか名探偵候補か、どちらの顔を使うべきか迷う。
「依頼したことがなくはないのですが……どうしようかなあと」
割と早口なのに、いらいらさせられる喋りだ。
「たとえばの話、料金の問題とかありまして」
「えっと、依頼内容にもよりますが、一日につき八千円で、プラス必要経費。
あとは成功報酬を」
適当に思い付いた料金設定を答える。ひょっとすると、彼女が出演した探偵
物のドラマに、似たような料金設定があったかもしれないが。
「それなら、一日だけだから大丈夫か。あのう、とりあえず入れてほしいです」
「――」
判断を迫られていると受け取った。この手の人が依頼に来ることだって、そ
りゃああるに決まってる。だけど、こんな出で立ちや持ち物満載で来るものか
しら。紙袋に入っている紙筒は、持って来なくていいんじゃない? よく見る
と値札着いたまま。つまり買ったばかり。少なくとも、深刻な依頼ではない。
「冷やかしでしたら、お帰りくださいね。もしも中に入ったあと、取って付け
たような依頼を述べられたなら、不法侵入扱いにして、警察に連絡します。そ
れでもよろしければ、どうぞお入りください」
「――あれ、財布、どこに行ったかな。どうやら忘れてきたみたいなので、出
直してきます。さいならっ」
男は見た目からは想像しがたいスピードで走り去った。
若島はドアを閉め、ロックした。
若島リオ
「いきなりああいうので、面食らっちゃった。タレントとしてなら、絶対にむ
げに扱えないけれど、探偵としてならね、追い返したのは正解だと思う……ん
だけれど、もしかすると、追い返し方がまずかったかな。減点されるかも。ま
あ、この課題の感じは掴めた気がするよっ」
若島が面食らっていた間に、他の候補者の部屋にも、依頼者が訪れたり、電
話やメールをしてきたりと、にぎやかになりつつあった。
八重谷さくらの部屋を訪れたのは、八重谷自身を投影したかのような性格の
中年婦人。依頼人と言っても、無名俳優が演じている訳だが、演技の実力はな
かなかのものである。非常に希少価値の高い飼い猫が逃げたので捜し出しても
らいたいという依頼を、嫌味をまぶした自慢話を交えながら、それでも時折、
八重谷の自尊心をくすぐるような言葉を入れて、話していく。たまに飛び出し
たお世辞に気をよくしたのか、もしくは早く依頼を受けるだけ受けて追い返そ
うと考えたか、女流推理作家の注意力はかなり鈍化していた。依頼人は、逃げ
た猫を描写して曰く、「雄の三毛猫で、同じく私の飼っているレイちゃんとの
間に、子猫ができた」と述べていた。
雄の三毛猫というだけでも珍しいが、生殖能力を有しているとなると、これ
は大きなニュースになるレベル。その点を深くつっこむどころか、触れもしな
いで漫然と依頼を受けた八重谷の態度は、大きなマイナスとなろう。
占い師の村園の携帯電話には、依頼と呼んでいいのかどうか、変わったメー
ルが着信した。まともに読める箇所は冒頭の数行のみで、「次の暗号を解読し
てください。お礼はします」という依頼に、志茂田ケイなる名前、そして住所
が付してあった。そのあとには、アルファベットや記号が並んだ、いかにも暗
号っぽいデータが十行ほど。
村園は当初、書く物を用意し、暗号に取り組もうとした。が、すぐさま手を
止めた。
「これは、依頼者と会うべき……いや、少なくとも、身元を確認してからでも
遅くないでしょう」
独りごちると、部屋を出て、ホテル内のインターネット設備の整ったフロア
を目指した。メールに記された住所を手掛かりに、だめもとで電話番号を探る。
すると、あっさり判明した。固定電話を引いており、かつ、電話帳に番号を載
せている家庭らしい。
夜十時前と若干遅めだが、掴んだばかりの番号に電話してみる。
村園輝
「まさか、住所はでたらめで、この番組とは全然無関係な人の家につながるん
じゃないか……そんな不安も頭の片隅にはありました。でも、杞憂に終わって
ほっとしましたよ」
電話はつながった。穏やかな女性の声で「志茂田ですが」という応答があっ
た。この時点で字面は不明だったが、メールの依頼分にあった名前と同じ読み
の姓だ。村園は確信を高め、まずは名前と職業を伝えると、これこれこういう
メールが届いたが、そちらにケイさんはおられませんかと尋ねた。
「ケイではありませんが、景子なら娘におります。お友達からはケイと呼ばれ
ているみたいで」
「電話口に出していただけませんでしょうか。差し支えがあれば、時間を改め
ますが」
「いいえ、かまいませんが、あの、ご迷惑をお掛けしているようですし、私の
方から叱っておいても……」
「それは待ってください。とりあえず、メールの内容について確認をしたいの
です」
村園の要望は受け入れられた。しばらく待っていると、やけに子供っぽい声
が受話口から流れてきた。
「えへへ、もう突き止められちゃった? 凄い」
「景子さん? 初めまして、私、あなた名義のメールを受け取った村園輝とい
う者ですけれど、心当たりは――あるみたいね。歳はいくつ?」
男装の麗人としてならす村園だが、相手が子供と知って、声に女らしさを若
干加味する。
「十二だよ。あ、何かお母さんが恐い顔し出したから、先に謝っちゃうね。あ
の暗号はでたらめで、解読しても何の意味もない。はい、いたずらです。ごめ
んなさい」
「ちょ、ちょっと待って」
切られそうな空気を察し、急いで呼び止める。
「いたずらなのは分かった。怒るのも後回しにする。どういういきさつで私を
知って、どういう理由でこんなメールを送ったのかだけ、教えて」
「村園さんの名前は雑誌の占いコーナーで知ったんだ。かなりよく当たるって、
クラスでも評判。あと、名探偵の素質もある、みたいなことも聞いた。それで、
こんな凄い占い師の人だったら、でたらめの暗号をメールで送ったら、どのぐ
らいで気付くだろうって試してみたくなって。ほんと、ごめんなさい。謝りま
す」
「……分かった。いたずらで依頼を出すなんて真似、二度としないように。今
は、他に何もなかったから大丈夫だったけれど、もしも私が何か大きな仕事を
抱えていて、そこへいたずらメールが来たら、大変なことになっちゃうから。
いい?」
「うん、分かった。あのね、お母さんが代わりたがってるんだけど、どうしよ
う?」
村園は少しだけ迷って、代わってもらった。そして、好奇心を持つのは決し
て悪いことではないし、娘さんをあまり叱らないようにとお願いした。
村園輝
「疲れましたね。こういう課題なのかって。色々なスキルが求められる上に、
考え方も問われている気がして。電話を終えて、大きく息をつきましたよ」
依頼が重なるというパターンは、美月安佐奈の身に降り懸かった。
テレビ局から電話で、番組の一コーナーに出演してくれないかと持ち掛けら
れ、保険調査員の経験を活かして専門的な話をしてもらうだの、ギャラはこれ
だけ出すだのという話を、相手の捲し立てる口ぶりに圧倒されつつ聞いている
と、ドアをノックする音が。
電話を切れずに、覗き窓から廊下側を見通すと、うなだれ、打ちのめされた
様子の女性の姿が捉えられた。顔はよく見えないが、格好から判断すれば、歳
の頃は二十代半ばぐらいか。
美月安佐奈
「手一杯で、気分的には大わらわだったけれど、少し冷静になったら、判断は
至極簡単だった。かえって、こんな簡単な答でいいのか、罠じゃないのかって
疑問に思ってしまったわ」
美月は、来客があったので折り返し電話するとの意を伝えたが、先方は「今、
イエスかノーの決断をしてくれないと困る。時間がないので、この電話を切れ
ば、もう次の人にお願いする」等と言い出した。しかし、深刻そうな女性がド
ア一枚を挟んで立っている。自分の応答を待っているのだと思うと、テレビ出
演の話など、取るに足りない。――これが課題でないとしても、探偵ならそう
すべきだろう。美月はそれでかまわないとして、電話を切った。
依頼人の女性は、部屋に入ると、ドアが締まりきるのも待たずに、「自分を
捨てた男を殺してしまった」というとんでもない告白をした。知り合いに弁護
士がいないので、代わりに自首に付き添ってほしいという。
(自首は確か、有力な容疑者として特定されない内に、できれば弁護士などに
付き添ってもらって出頭することが必要だったはず)
美月は咄嗟にそんなことを思い返したという。現実に、弁護士の知り合いも
いる。だが、その知り合いに連絡を取る前に、彼女は依頼人に詳しく話を聞い
た。水を飲ませて落ち着かせ、相手の名前や年齢、住所などを聞き出していく。
頃合いを見計らうと、ストレートに尋ねた。
「それで、どんな経緯で、元の彼氏を死なせてしまったの? 分からないと、
こちらとしても手を打てないから」
「どんなって、それは、これです」
依頼者は、持っていたハンドバッグから、人形を取り出した。古風とさえ言
える藁人形を。この中に相手男性の髪の毛を入れ、伝統というか迷信というか、
とにかく言い伝えの通りのやり方に則って、相手の男を呪い殺したのだと訴え
た。
「相手の人は、死んだの?」
「さっきから言ってるでしょっ」
「藁人形に釘を打ち込んで呪ったら、相手も胸を押さえて苦しんだ?」
「そうじゃないけれど……呪った三日後に、駅の階段を踏み外して、頭を打っ
て……」
これはまったくの不能犯だ。そうと分かれば一安心……のはずだったが、こ
のあと美月は依頼者を納得させるのに、思いの外時間を取られる羽目になった。
所用中に依頼されたのは、堀田老人だった。日中、あちこち動き回らされた
せいで、肉体的に疲れていた。汗はさほどかかないが、身体の節々が痛い。こ
の分だと、明日は一歩歩くだけで、筋肉痛に悩まされそうだ。そんな予感を抱
く反面、依頼に備えて入浴は先延ばしにしていたが、日付が代わるともう我慢
できなくなった。そこを狙ったかのように――実際、番組は各人の動きをチェ
ックしており、明らかに狙ってやったのだが――、携帯電話が鳴った。耳が遠
いわけではないが、浴室にいると、すぐ外に置いた携帯電話の呼び出しも、聞
き取りづらくなる。気付くのに少々遅れてしまった。さらに手先や上半身をバ
スタオルでざっと拭い、湯冷め対策をしつつ、機械の操作を試みたのだが、年
配の者にとってこれは意外ときつい。さらに手間取った挙げ句、電話に出たが、
ちょうど切れてしまった。
堀田礼治
「嫌がらせかと思ったよ。いたずら電話という意味ではなく、番組からわしに
対する嫌がらせ。何も年寄りに、こんな“過酷な”依頼を宛がうこともあるま
いに。発作でも起こして倒れたら、どう責任を取るつもりなんだと」
事後にコメントする堀田の顔は、にやりと笑っている。番組への参加が決ま
る前に、健康診断を受け、年齢相応に健康であることを保証されているのだ。
リダイヤルすべきかどうかを思案していると、程なくして、同じ番号から電
話が掛かってきた。堀田は愛想よく応じた。
「先ほどは電話に出られず、どうも申し訳ない。ちょうど、一つの仕事が片付
いて、たった今、依頼者の方をお送りしたところでしての」
堀田礼治
「嘘も方便と言うじゃろ。相手はわしを信頼して、依頼しようと考えた。それ
を損なってはいかん」
電話の主は女性、依頼内容はありふれたもので、夫の浮気を疑っているので
調査をお願いしたいというもの。堀田が、直接会って詳しい話を聞きたいと申
し出ると、土日は夫の目があるから難しい、五日後の午前中でどうかと提案さ
れ、受けることにした。
野呂勝平はイレギュラーな依頼を回された。しかも、盗撮や盗聴といったボ
ーダーライン上の行為でなく、あからさまな犯罪、盗みである。
依頼人は三十過ぎの男で、臆面もなく計画を披露した。金に困っており、実
家から壺やら刀やらの骨董品を持ち出して、売り払いたい。人手が足りないの
で力になってくれ。依頼料は、骨董品を処分した代金の四十パーセント分を出
す。
野呂は表情を変えないように努めながら、相手を問い質した。
「仲間にするのに、どうして俺を選んだ?」
「そりゃあ、あんたが何でも引き受けるって噂に聞いたからさ。事実、週刊誌
ネタのスクープをものにしたこともあるんだろう、隠し撮りで?」
「隠し撮りは犯罪じゃない」
「盗撮と似たようなもんだろ。それよりも、な、悪い話じゃないはずだ」
「いざというときに、俺を盗人に仕立てて、自分は逃げるつもりじゃないのか」
「そんなこと、全然考えていない。疑うのなら、前金をいくらか払ってもいい。
あんまり出せないが」
「いつやるつもりだ?」
「明後日の深夜」
「……困ったなあ」
野呂勝平
「本当に困っていたんだぜ。課題じゃなけりゃ、依頼を受けたふりをして警察
に通報し、現場を押さえるという算段も選択肢に入れたんだが。そもそも、法
律が変わってなけりゃ、親族相盗例の規定で、親族間の盗みは罪に問われない
のが原則だ。まともに請け合うと、俺だけが貧乏くじを引く。こいつは端っか
ら俺を騙すつもりの悪党だ」
野呂は腕っ節に自信がない訳ではないが、目の前の男の体格は野呂を上回っ
ており、仮にやり合ったとして制する見込みは五分五分か。連絡先を聞き出そ
うとしても、男はこちらから電話するの一本槍。
こいつをここに足止めしたまま、怪しまれずに通報する手段はないかと頭を
捻る。じきに閃いた。
「もっとじっくり話をしたい。ルームサービスでコーヒー、いや酒でも頼むか」
野呂勝平
「ルームサービスにメモを渡し、通報してもらい、警察を呼ぶ。ちょっと手間
取ったが、まあ、結果オーライじゃないかね? 俺が将来、探偵事務所を構え
たら、応接室とは別に、一旦引っ込めるスペースを絶対に作ることに決めたよ。
沢津さんに連絡するのは考えたかって? ああ、そうか。すっかり忘れていた。
考えてみりゃ、警察との付き合い方、情報の引き出し方なら、俺や沢津さんが
有利になるのにな」
その沢津は、ほぼ同時刻に、暴力団を抜けてきた(という設定の)鈴木なる
男の訪問を受けていた。鈴木が言うには、自分のやっているバーで、違法品取
り引きの話を小耳に挟んだ。教えたいが、警察に直接出向くのはぞっとしない、
元刑事の沢津なら信用できるという。
「信用してくれるのはありがたいが、そういう話には関わらない主義だ。俺は
捜査一課だったんで、縄張りも違う。鈴木さんとやら、前科があるのかどうか
知らんがあんたも足を洗ったのなら、正面切って出向きゃいい」
そう促すと、鈴木は難色を示す。沢津が説得、鈴木が拒むの繰り返しが続い
たあと、相手は情けない表情になって打ち明けた。
――続く