AWC ホテル・カリフォルニア 4     つきかげ


        
#347/598 ●長編    *** コメント #346 ***
★タイトル (CWM     )  09/08/11  01:37  (478)
ホテル・カリフォルニア 4     つきかげ
★内容
僕と水無元さんが広間に入ったとき。
黒衣の女が全裸のおんなを抱きかええて、その首筋へ口づけをしているところだった。
それを見た水無元さんが、悲鳴をあげる。
広間の空気に亀裂を打ち込むような。
そんな悲鳴だった。
黒い男や女たちは。
一斉に僕等のほうを見る。
慌てて僕は、水無元さんの口元を手で押さえたのだけれど、手遅れだった。
僕らは広間じゅうの注目を浴びている。
魔物のように口の両端をつりあげて笑う。
初老の男が僕たちを見て一礼をする。
「これは、ようこそ。ホテル・カリフォルニアへ」
黒い男や女が。
僕たちのほうへ近づいてくる。
獲物を見つけた肉食獣が、包囲の輪を閉ざそうとするかのように。
僕は水無元さんの前に立って、庇おうとするけれど。
それにほとんど意味が無いことは、判っていた。
彼らはひとではない。
恐怖。
それは黒く闇そのもののような恐怖であり。
僕の心臓を凍った手で握りつぶしてゆく。
ああ、ここでも。僕は自分の世界が外に漏れ出していくのを見ることになるなんて。
黒豹が獲物を襲うように、優雅なそして獰猛な動きで。黒い男が僕等の前に跳躍する。
僕は。
自分の首が喰いちぎられ、血を迸らせるのを見るはずだった。
けれども。
その瞬間響きわたったのは、神が震う鉄槌のような轟音。
そう、エレファントキラーの銃声だった。
僕の前には、君がいる。
純白の巨大な拳銃をかまえた。
思った以上に華奢な(いや、僕と同じ体格なんだろうけれど)、少女のように儚げな。
君、プロトワンがいた。
黒い男は顔面の半分を吹き飛ばされ。
血と脳漿を撒き散らしながらも。さらに平然と飛びかかってくる。
君は撃つ。さらに撃つ。
僕に向かって伸ばされた手が吹き飛んだ。そして、その胸に銃弾は穴を穿ってゆく。
黒い男は身体を分断され地に堕ちる。
ああ。
恐怖と陶酔と快楽が交互に僕へ襲いかかり。
僕の足はがくがくと震えていた。
瞬時に銃身を折って君は、375ホーランド&ホーランドマグナムを装填する。
黒い女が。男が。次々に襲いかかってくるのを。
見えない壁があるみたいに。
君は正確に撃ち殺してゆく。頭を撃ち抜き、腕を足を吹き飛ばし、胴を引きちぎり。
黒い男や女は、半分に身体を千切られてもさらに、牙を剥き出して。
咆哮する。
叫ぶ。
呪いの歌を。夜の歌を。闇の歌を。
君の撃つ銃弾は、その歌を切り裂き破壊し、真っ赤な血に染め上げてゆく。
僕等の足元の床は、真紅のカーペットを敷いたように赤い海に沈んでいた。
「危ない!」
水無元さんが、叫ぶ。
君の背後から忍びよった黒い女が飛びかかる。
君の右手は、正面からくる黒い男女に向けて撃たれていたので、背後へ向けることは
できない。
女の赤い唇は少女のように薔薇色に染まった君の頬にせまる。
けれども。
黒い女は、巨大な鉄槌で吹き飛ばされたように、後ろに倒れる。
君は左手に。
もう一丁の白い拳銃を抜いていた。
硝煙を吐き出すその拳銃は。
さらに銃弾を女に向かって吐き出す。
女が真紅の挽肉になるまで。
君は二丁の拳銃を前に向けた。
立て続けに撃ちまくる。
そして。
銃身が反動の力で宙にあるうちに、片手で銃身を折り畳みスピードロッダーを使って
銃弾を片手で装填する。
まるで、拳銃が自らの意思で中空に留まっているような。
僕はジャグリングを見ているみたいだった。
エレファントキラーは死と破壊を吐き出しつづける。
双頭の白い龍みたいな拳銃は、運命の咆哮を振り絞りつづけた。
金色の空きカートリッジが雨のように真紅に濡れた床へ降り注いでゆき。
黒い男や女は死の舞踏を踊りつづける。
彼らは逃れるなど考えることもなく。
闇色の怒りを滲まして飛びかかってくる。
エレファントキラーは自身の反動で宙を舞い。
君は。
少女のように嫋やかな手でその凶暴な力の奔流を操る。
僕は、君の口が動いているのを見た。
君の。
薔薇色の唇は、そっと囁いていた。
それは。
恐怖を。
「怖い。
 怖い。
  怖い。
 怖い。       怖い。
 怖い。       怖い。
  怖い。     怖い。
 怖い。     怖い。      怖い。
  怖い。     怖い。      怖い。
   怖い。     怖い。      怖い。
  怖い。     怖い。      怖い。
  怖い。     怖い。      怖い。
   怖い。     怖い。      怖い。
  怖い。     怖い。      怖い。
   怖い。    怖い。     怖い。  怖い。
    怖い。     怖い。   怖い。  怖い。
   怖い。     怖い。   怖い。  怖い。
  怖い。     怖い。    怖い。  怖い。
  怖い。 怖い。 怖い。   怖い。  怖い。
  怖い。 怖い。 怖い。   怖い。  怖い。
 怖い。 怖い。 怖い。  怖い。 怖い。 怖い。
 怖い。怖い。  怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

                      怖い」
突然。
黒いナイトドレスの女が。
僕と水無元さんの前に立つ。
ああ、それは。
なんて美しく、なんて哀しい。真夜中に飛び立つ漆黒のワイルドスワンのように。
目を見開いて。
そして、水無元さんも目を見開いて。
言葉を無くして立ち尽くしていた。
黒い、男や女もナイトドレスの女には近寄らなかったので。
その空間はまるで。
嵐の中に一瞬訪れた静寂みたいに、時を凍り付かせた。

わたしは。
その少年と少女が広間に入ってきた瞬間から、目がくぎづけになった。
正しくはその少女に。
いいえ。
少女ではなく。
わたし。
わたしであり、あなたである。
わたしは、あなたの視点からわたしを見ることができた。
あなたの恐れと。
微かに混ざった陶酔の感覚を。
まるで身体の秘めやかで繊細な部分に触れるように、感じ取ることができた。
あなたの目から見たわたしは。
美しく哀しく、しかし戦慄的なまでに獰猛であり、野生の生き物みたいに凶暴であっ
た。
でも。
その中に。
あなたと同じ、わたしと同じの。
繊細で優しく感受性に溢れた、野に潜む兎みたいに跳びはねてゆくしなやかさを持っ
たこころがあることが判る。
そして。
あなたがわたしの奥深くに触れるのを感じる。
成熟したおんなとしての、充実した肉体を持つことを。
その奥深くに秘められた欲望の疼きと官能の呼び声さえもあなたは感じ取り。
戸惑いながらも受け入れてゆく。
わたしとあなた。あなたとわたし。
ふたりであり、ひとりである。
わたしはあなたの瞳を通じてわたしを見て。
あなたはわたしの瞳を通じてあなたを見て。
それは。
無限にループする合わせ鏡のようで、世界にはもう、あなたとわたししか居ないのに
、そのふたりが増殖して世界に満ち溢れてゆくようで。
ああ。なんてこと。
無限に繰り返され上昇していくカノンのように。
陶酔に包まれながらわたしたちはふたりだけの世界を駆け昇って無限に飛翔し、同時
に無限に墜落する。
そして。
その無限に巡り続けるループは。
一発の凶悪な銃声に撃ち殺された。

ナイトドレスの女は、銃弾によって顔面を粉砕され倒れる。
同時に、水無元さんも悲鳴をあげて崩れ落ちた。僕は彼女を辛うじて受け止める。
銃を撃ったのは。
グレーのジャケットを着た女。
その女は精悍な顔をして、銃を構えたまま倒れたナイトドレスの女へと近づく。
そして、まるで黒い疾風が巻き起こるように顔面を深紅に粉砕された女が跳ね起きる。
グレーのジャケットを着た女に、漆黒の猛禽のように掴みかかろうとするのを銃声が
跳ね返す。
女の撃ったS&WのリボルバーM500が火を噴き、ダブルオーバック9粒の散弾が
発射され心臓を貫く。
広間には。
ようやく静けさが戻ってきた。
動くものは誰もいない。
黒い男女は全て殺され、客たちはいつの間にか逃げ去ったらしく姿が見えない。
君は。
プロトワンは。
足元に黒いひとの残骸を積み上げ、純白の拳銃を構えている。
君は。
ふっと、薔薇色の唇から溜息をもらすと白い拳銃をくるりと回転させ腰のホルスター
へ収める。
グレーのジャケットを着た女は。
黒のナイトドレスに開いた深紅の穴へ、手を突き入れる。
そこから取り出したのは、闇色の蝙蝠みたいな生き物。蝙蝠のような羽を持っている
が大きな違いは、脳が巨大であることだ。
女は、口を歪めて笑う。
「寄生型生物兵器ネメシス。見事な作品だよ、ドクター・キョン」
初老の男は。
凍りついたようなその虐殺の舞台となった広間で、ただひとり動き続ける物体となっ
たようで。
魔物の笑みを頬に貼付けたまま女の前にたつ。
「ご苦労様です。今回はCIAと契約されましたか? アリス・クォータームーン」

アリス・クォータームーンと呼ばれた女は、S&WM500を構えたままで応えた。
「まあ、そんなところさ。ドクター・キョン。でも皮肉なものだな」
アリスは口を歪める。ドクター・キョンは問い掛けるように、片方の眉を上げた。
アリスはドクター・キョンの足元へその巨大な脳を持った蝙蝠をほうり投げる。
「N2シリーズの後継として造り上げたはずのバイオソルジャーとネメシスの組み合
わせが、あっさりとN2シリーズのプロトワンに全滅させられたのだからね」
ドクター・キョンはゆっくりと首を振る。
「あなたも判っていらっしゃるでしょう。兵器というものが単純にその攻撃力や破壊
力から量られるものではなく。操作性、耐久性においても優れたものでなくてはなら
ないということを」
アリスは皮肉な笑みを浮かべたまま、頷く。
「そうだな。N2シリーズは耐久性に問題があるわけだ」
ドクター・キョンは。
哀しくげに頷く。
「ええ。N2シリーズは恐怖を武器にしました。恐怖が脳内のリミッターを外してし
まい、通常の人間では扱えないようなパワーやスピード、テクニックを実現しました
。けれどもリミッターを外したままでは」
「ひとは長く生きられない。当たり前だ」
アリスは昏く吊り上がった瞳で、ドクター・キョンを見る。
「あんたは使い捨ての人間兵器、量産型N2シリーズを造ったがそれはコストがでか
すぎる」
「ええ」
ドクター・キョンは溜息をつく。
「だからわたくしは、T.ウィルスを開発しました。まあ、それだけでは役に立たな
かった」
「T.ウィルスに感染したひとは不死身の身体を手に入れるが、知性が消滅する。だ
から寄生生物ネメシスを造りあげた」
アリスは。
僕が支えている、水無元さんを見る。
「そこの少女のDNAを組み込んだ、知性を持った寄生生物を」
ドクター・キョンは。
静かに頷く。邪悪な笑みを浮かべて。
僕は驚いて、ドクター・キョンを見る。
「寄生生物ネメシスをT.ウィルスに感染したひとに埋め込みました。そうしてネメ
シスは脊髄の神経を乗っ取って、ゾンビたちをコントロール可能にしました。でも彼
等の破壊衝動、血を見ることへの飢えを消滅させることまでは、できなかった」
ふん、とアリスは鼻で笑う。
「結局あんたの言い方をまねれば、操作性を満足できなかった訳だな」
僕は。
震えた。
ではきっと水無元さんは僕がN2シリーズと意識を夢の中で共有していたように。
あの黒い男女やナイトドレスの女と意識が繋がっていたということなんだろうか。
この。
妖精みたいに可憐な。
僕の手の中で意識を失い、その柔らかで華奢な身体を僕に預けているおんなの子が。
黒い獣みたいに闇の欲望に焦がれている生物兵器と意識が繋がっていたなんて。
それは、残酷で。哀しくて。赦しがたいことのように僕には思えた。
そして。
おそらくアリスも同じように感じているらしかった。
「わたくしを」
ドクター・キョンは魔物の笑みを浮かべ、アリスとそして僕と水無元さんを見る。
「どうされますか」
アリスは自嘲しているように、見えた。
「わたしが受けたオファーは単なる情報収集で、介入することではなかった。でも」
アリスは、あきらめたように薄く微笑む。
「ドクター・キョンあなたを殺さなくてはここから出ることはできなさそうだ。そう
だろう」
ドクター・キョンは頷く。
「ええ。わたしの生体反応が途切れることがあれば、自動的にこの閉鎖空間の出口が
開きます。では、殺すのですね。わたしを」
アリスは、肩を竦めた。
「残念だが」
「お願いがあります」
ドクター・キョンの言葉に、アリスは片方の眉毛を上げる。
「できれば、プロトワンの手で殺されたいのです」
僕らは。
プロトワンを。
君を。
見る。
君は、分厚いゴーグルの奥からドクター・キョンを見つめていた。
そして。
囁くように。
薔薇色の唇を震わせて。しかし、はっきりと。話始めた。
「あなたは、僕等の神なのですね」
魔神のような男は、哀しげに頷く。
「そうです」
「でも、僕を失敗作だと思っている?」
「いいえ」
初老の男は疲れたように、首を振る。
「君達も。死んでいったネメシスたちもみな。とても愛おしく思っています」
「僕等は不安と恐怖の中で生き、それでも必死で戦いながら堪え難い生を生き抜きま
す。全ての神経と体組織をストレスで朽ち果てさせて死にます。そんな僕等でも愛し
ていると」
「もちろん」
初老の男は魔物の笑みを浮かべたまま。
頷く。
君は。
エレファントキラーを抜いた。
「答えてくださって、ありがとうございます」
「君は」
ドクター・キョンは、慌ただしく言った。
「ホテル・カリフォルニアに来られて満足したのですか?」
君は、ゆっくり首を横に振る。

「だって、怖いじゃあないですか」

轟音。
落雷のように容赦のない凶暴な銃声が。
死体の折り重なる広間に響き渡った。
無数に重なる死体の山に。
もうひとつ死体が、積み重ねられた。

僕は。
このホテルの出口が開くのであれば、きっと空が割れたり海が消滅するみたいな大変
動が起こるに違いないと思っていたのだけれど。
ドクター・キョンの死は、何も引き起こさなかった。
死体の折り重なる広間に、もうひとつ死体が追加されただけで。
あたりは静寂につつまれたまま、夜明けを迎えようとしていた。
僕は。
アリスに尋ねる。
「ねえ、何処に出口が開いてるわけ?」
「いや。多分エマージェンシーシステムが作動する条件が満たされていない。ドクタ
ー・キョンは死んだけれど、おそらくメインシステムが生きておりエマージェンシー
システムの作動を抑止している」
君は。
僕の傍らに膝をつくと、水無元さんの身体を僕から受け取った。
水無元さんは君の腕の中に納まり、そして君は口を開く。
「ねえ。オリジナルの僕。君がここのメインシステムを停止するべきだよ」
なんと。
僕の出番がきたとおっしゃいますか。
「なんで?」
「ここのメインシステムが、それを望んでいるから。それと、君自身が」
君は。
ゴーグルの奥から僕をじっと見つめる。
「失った大切なものを取り戻さなくちゃあ」
なんだって?
「僕が失ったもの?」
君は。
静かに頷く。
「そうだよ。君はまるでマンガの中に生きてるようだったのだろう?」
僕は頷く。
「君の現実。君の戦い。そして君の恐怖。それらが失われている。いや、それはオリ
ジナルの君からとりあげられて、僕たちコピーに配布されたと言っていい」
なるほど。君はゴーグルの奥から小鹿のようにつぶらな瞳で僕を見ている。
「だから君は。最後の扉を開くのだよ。この閉ざされた場所を、再び世界へと解放す
るために」
僕は。
立ち上がった。
「で、どこに行けばいいの?」
君は。
静寂に包まれた、広間の奥深く。ドクター・キョンとナイトドレスの女が登場してき
た扉を指差す。
「あそこから、地下の兵器工場へと降りていける。そして最も深いところにメインシ
ステムがいてる」
「判った」
歩きだそうとする僕に、アリスが声をかける。
「これを持っていきなさい」
アリスは拳銃を僕に差し出す。N2シリーズが使うエレファントキラーほどではない
にしても、それはとても大きな銃だった。
S&W M500。
僕はそれを受け取る。
そして僕は歩きはじめた。

僕は大きな拳銃を手に提げたまま、地下への階段を下ってゆく。
その階段は、闇につつまれていた。
冥界へ繋がって行くかのようなその階段を、僕は降りてゆく。
降りてゆく? いや。
奇妙なことに。
ああ、本当に奇妙なことにいつのまにか階段は昇りとなっていた。
この世界の中心を超えて重力が裏返ったかのように。
僕は闇に沈んでいるその階段を一歩一歩、踏みしめて上っていく。
長い。
とても長い階段を昇りつめて。
扉の前についた。
僕は扉を開き、外に出る。
蒼い。
哀しいまでに蒼く美しい空が、目に飛び込んできた。
僕は一歩踏み出す。
そこは砂浜だ。
そして、空には。彼がはりついていた。
青い猫型ロボット。
そのロボットは、腹のところで空にはりついている。
丸い頭がくるりと動くと、顔が僕のほうを向いた。
(遅かったね。随分待ったよ)
僕は頷く。
「これでも、頑張ったつもりなんだけれどね」
(君と別れてから、ずっと君のことを、そして君たちのことを考えていた)
へぇ、でもね。
「うん。でも僕はずっと君のことを忘れていたよ」
(残念だね。とても残念だ)
ロボットは笑っていた。いや、ロボットが笑うなんてできるのか僕には判らないのだ
けれど。
とても、哀しげに。
笑っていた。
(君たちはね。ひとつにならないといけないんだよ)
僕たち? N2シリーズを言ってるのだろうか。
「どういうことなの」
(君に渡すものがあるんだ)
僕は。
全く無防備だった。油断していたと言ってもいいし、まあそんなことが起きるなんて
予想してなかったから。
ロボットの瞳が輝いて、光が僕の額へと走る。
レーザー光線?
凄まじい激痛が額に打ち込まれる。ドリルを額に突き立てられてようだ。
「がああぁぁぁっ」
僕は悲鳴というよりは、咆哮をあげて砂浜をのたうちまわる。
血で顔が真っ赤に染まっているのが判った。
畜生、畜生、畜生。
痛い、痛い、痛い。
ボンと、破裂音がする。ロボットの頭が爆発したようだ。
多分、ロボットの頭部はレーザー光線の発射に耐えられなかったのだ。
どん。
と、突然幻覚のような。
いや、それ以上の何か凄いものが僕の頭の中に到来して。
僕は苦痛を忘れた。
強引に頭の中に巨大な世界が押し込まれたような。
どくん。どくん、と。
自分の頭が果てしなく膨張し、無数の光が流れ込んできているようだ。
景色が見える。
たくさん、たくさん、たくさん。
ああ、これはきっと。
世界中に散らばったN2シリーズの見ている景色なんだろうなあと思う。
銃火が交差し、死体が重なり、炎に包まれる都市や。
極彩色の鳥たちやむせかえるように濃厚な香りを放つ花や緑につつまれたジャングル。
無数の宝石をぶちまけたような、満点の星空の下に広がる真白き砂漠の海。
無造作に死体が放置された貧民窟で麻薬に溺らされるおんなたち。
雪原に覆われた高い山岳地を容赦なく吹き荒れる暴虐の巨人みたいな吹雪。
僕は。
恐怖し。
手にしているのは白いエレファントキラー。
それを。
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
無数の手が無数の銃弾を発射する。
(やあ、ようやく開かれたようだね)
その声は、人力コンピュータ。
(トレパネーションの手術は成功したようだね)
なんだよ、そのトレパネーションていうのは。
(頭蓋骨に孔を穿つ手術さ。紀元前から行われていたことだよ。脳の血流量を飛躍的
に増大させ、意識を拡大する。君の中に今まで眠っていた情報が一度に動き出した。
もう暫くすれば、落ち着くよ)
僕は。
今まで、眠っていたのか。
(まあ、いうなればそうだね)
そうか。
僕はようやく、目覚めたわけだ。
世界は。
今までどおりに、恐怖と不安と絶望に満ちている。
目覚めることによって。
それらは蒼い焔となって、僕の身体を内側から焼き尽くしてゆく。
それはみょうに陶酔的ですらあって。
僕は身体を震わせて、ゆっくりと立ち上がる。初めて地上に産み落とされた小鹿みた
いに。ゆらゆらと揺れながら。
手にはまだ。
大きな拳銃がある。
そう、空に向かって。蒼い、蒼い、哀しいまでに美しく愛おしい。君がいる空に向か
って。
銃を向けた。
ああ。
震えるような喜びと。
こころを焼き尽くすような恐怖が重なり。
銃を向けた空が割れる。
ここは、大きな河のようだ。水が流れていないけれど、河の中に僕はいる。多分、こ
こに流れているのは無数の思い出と記憶。
あなたが。彼女が。地下奥深くの部屋から顕れて、僕の前に立つ。
どくんと、僕の手が震えて。その震えは銃の先にとどき。銃口が震えている。
あなたが手を広げて。こう囁く。
(ここで。一緒に。永遠を。永遠があるの。全てがあるの。完全があるの、ここに、
ここに、ここに!)
ホテル・カリフォルニア。
永遠の場所。
ここは、天国なのか。地獄なのか。
あなたが、彼女が、手を伸ばし。僕にその吐息が触れる。
恐怖が。
稲妻のように僕の頭から下半身までを貫いて、蒼い焔が暴龍みたいに荒れ狂い内臓を
食い荒らした。
「がああぁぁぁっ」
僕は絶叫して。
銃声が轟く。
空が炸裂した。蒼い輝きが無数の欠片になって、きらきら、きらきらと。ガラスの雨
みたいに降ってくる。
その向こうは大きな闇があった。
僕の恐怖。僕の不安。僕の絶望。僕の呪い。
それが果てしなき闇となって。
世界を覆う。

僕は歩いていた。
蒼い空の下を。
蒼い海を貫く、白い道を。
灰色のマントを纏って。
分厚いゴーグルで目を隠し。
歩いてゆく。
その先にあるのは。
天国なのか地獄なのか。
未だに僕には、判らない。




元文書 #346 ホテル・カリフォルニア 3     つきかげ
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