#345/598 ●長編 *** コメント #344 ***
★タイトル (CWM ) 09/08/11 01:32 (407)
ホテル・カリフォルニア 2 つきかげ
★内容 09/08/11 01:41 修正 第2版
僕は水無元さんの手を掴むと。
走った、走った。
足が痛いけれど。
叫びながら走る。水無元さんのあえぎが耳元で。少し心が痛い。
おん、と。
無言の叫びが。
恐怖の津波が。
背後から押し寄せる。
僕は肩越しに後ろを少し見た。
鬼火のように。
目が月明かりに輝いて。
ぎこちない舞踏のように身を揺らせながら。ひとびとは僕らに向かって迫ってくる。
それは具現化した恐怖の波だった。
僕はそれに戦慄を感じながらも、魅了される。あれは僕の世界。僕の属する場所。
そっちじゃあない。
おまえのいる場所は、こちら側だと。
呼ばれている。
「振り向かないで」
君は彼は、そう叫ぶと。
僕らの頭越しになにかを放り投げる。
一瞬、背中が真昼のような光に照らされた。
そして、轟音が落ちてくる。
僕らはようやく君の彼のそばへ着く。
「僕の後ろへ、スタングレネードで一瞬は動きがとまるけど、ほんの少しの時間稼ぎ
だ」
「あの、君って僕?」
僕のへんな質問にゴーグルの君は頷く。
「量産型N2シリーズだ、僕は」
君、量産型N2は真っ白な拳銃をぬく。
そう、それは。
エレファントキラー。
猛獣狩りのライフル弾を撃つ拳銃。
光と轟音が消えると。
彼らはまたぎこちなく走りだす。
君は撃った。
落雷のような、ほとんど物理的な力で頭をぶん殴られるくらいの轟音が。
鳴り響く。
その圧倒的パワーは死神の振るう鎌のように。
殺戮の天使が薙ぐ剣のように。
ゾンビたちを打倒した。
僕はその力に陶酔し。
知らないうちに勃起していた。
量産型N2は、トリッガーガードのレバーを操作して、銃身を折り空薬莢を捨てる。
同時にスピードロッダーを使って375H&H彈を5発装填し、銃身を戻す。
それを、君はコンマ数秒でやってのける。フィルムの早回しみたいだし、手品のよう
だ。
再び、エレファントキラーは象をも殺すという凶悪な銃弾を吐き出す。
5発を撃ったはずなのに、銃声はひとつにしか聞こえない。一度だけの獰猛な雷鳴。
エレファントキラーは凄まじい力をゾンビたちに振るう。
銃弾は身体の一部を鷲掴みにしてもぎとっていくかのようだ。
頭にあたれば、頭ごと消失し、胸にあたれば、胸が吹き飛ぶ。胴にあたれば、胴が引
きちぎれ、手足にあたれば、手足がもがれる。
君は、立て続けにエレファントキラーを撃ち、装填する。
マシンガンを撃っているように銃弾が途切れることはない。
おそらく、エレファントキラーの反動は凄まじいものがあるはずなのに。
量産型N2は、僕と同じ華奢な手で恐竜のようなパワーを持つ銃を操っている。
エレファントキラーは、君の手の中で死の歌をうたい、破滅の舞踏を踊っていた。
君はただ。
そのサイクロンのように暴れ狂う力の中心にいて。
死の矢を放ち続けるだけだ。
僕も。水無元さんも。
ただ呆然とつったって、その異様な殺戮を眺めていた。
ゾンビと化した街のひとたちは。
身体をめちゃくちゃに蹂躙されたというのに。
動き続ける。
頭を失っても。
這い回る。
彼らは死者であって死者ではなく、生者であって生者ではない。
動く恐怖。
僕と同類。
あるいは僕の一部。
あっという間に。
夜の街路は、破壊された動く死体で埋めつくされる。
やがて、二本足で立っているものはいなくなった。
「行こうか」
君は。
量産型N2は。
僕等を促し歩き始める。
「ねえ、量産型N2」
僕は君を追いながら、尋ねる。
「何があったんだよ、一体」
「2300時にT.ウィルスが月見ヶ原一体に散布された」
「何そのT.ウィルスって」
君は。
天気の話をするみたいに穏やかに語る。
「ひとをゾンビ化するウィルスだよ」
げっ。
げげっ。
「じゃあ、僕もゾンビになっちゃうの」
「君はN2シリーズのオリジナルだ。抗体を持っている」
「じゃあさ、じゃあさ」
水無元さんを見る。
水無元さんは月の光の下。妖精みたいに可憐だけれど。
死体みたいに蒼褪めていた。
「水無元さんはどうなの」
「彼女のことは知らない。でもたまにT.ウィルスに感染しないひともいるみたいだ」
そんな偶然ありかよ。
とか思う。
でも、考えてみたってしかたない。
現実を、
それがどんなにでたらめであっても。
とりあえず、受け入れるしか。
「ついた、ここだ」
君は、月見ヶ原にある地下鉄の入口を指さす。
月見ヶ原の街は閉ざされている。
南側は大きな川が流れており、歩いて渡れる橋はない。
北側にはとても23区内とは思えないような、大きく昏い森がある。
そして、東と西には大きな工場の後地があって、ずっと工事していた。
東西南北、どちらへ行っても歩いて街から出るのはとも難しい。
街から出たければ。
車で南側の橋を渡るか。
この地下鉄を使って出るかだった。
僕の家には車がないので、外に出るのはいつも地下鉄だ。
年に何回かは地下鉄を使ってもっと大きな街へゆくことがある。
月見ヶ原の外に出たときの記憶はとても曖昧だ。
何より僕ひとりでは出たことがないので、行き方もよく覚えていない。
その地下鉄の駅は。
もう深夜を過ぎており、間違いなく終電は出てしまっているのだろうけれど。
地下へと続く階段にはシャッターが降りておらず。
心許ない照明がまだついていた。
「さあ、行くよ」
量産型N2は、僕と水無元さんを促して。
地の底へと向かうような階段を下ってゆく。
やがて。
僕等は洞窟のように薄暗く開けた空間にでる。
地下鉄のホーム。
それは闇の大海に浮かぶ小島のように。
暗闇の中に白く照らされていた。
ホームの壁にある時計は午前三時を示している。
「そろそろ、くるころだ」
え、と僕は量産型N2に問いかける。
「何がくるっていうの」
君は。
量産型N2は。
漆黒に塗りつぶされたような、暗いトンネルを指さす。
その奥に、光が灯る。真冬の夜空に輝くポーラスターみたいに冷たく冴えている光。
それは次第に大きくなってゆき。
やがて、流線型の汽車が姿を顕した。
それは、獰猛で凶悪な爬虫類を思わせる。
奇妙に滑らかで流線型をした姿で。
ため息をつくように、静かな音を立ててホームに止まった。
ごとんと。
扉が開く。
「乗るよ」
僕等は量産型N2に促されて電車にのる。
四人がけのボックスシートに僕等は座った。君と迎えあわせて。水無元さんと僕が隣
り合わせに。
そして、またこどりと音を立てて扉は閉まり。
汽車は走り出した。
真夜中の地下鉄。どこに向かうのか判らない、その汽車は。
暗闇を切り裂き彗星のように地下を駆け抜けてゆく。
僕はその汽車の中で君に問いかける。
「ねえ、聞いていいかな」
君、量産型N2は首を傾げる。
「なんだい」
「君は僕なんだよね」
その奇妙な問いに。
君は薔薇の花びらみたいな唇を綻ばせると、そっと笑った。
「そうだよ。君は僕。僕は君だ」
「そうなんだ。じゃあさ。あのホテル・カリフォルニアに行った君も僕で君で、量産
型N2なの?」
君はそっと首を振る。
「彼は量産型ではないよ。特殊仕様でプロトタイプ一号だ。プロトワンと呼ばれてい
る」
「へえ」
僕は感心して目を丸くした。
「プロトワンと君はどう違うの」
「恐怖の質さ」
君は即答する。
「プロトワンの恐怖は、オリジナルである君に限りなく近い。深くて昏く。絶望より
無惨で。望みを根こそぎ刈り取るような。真っ暗な恐怖」
水無元さんが、あきれて微笑む。
「野火くんは、そんなに怖がりなの?」
僕はえへへと笑ってみせる。
「まあね。恐いよ」
僕は量産型N2を見るとさらに問を投げる。
「どうして僕が三人もいるの? それに君は量産型だということは。もっと沢山僕が
いるということなんだ」
「ああ、僕等はオリジナルである君をコピーして造られた」
げっ、コピーだって?
「それってコピー機でコピーとるみたいに複製したってことなの?」
量産型N2は、くすりと笑う。
「今僕等はそれを説明してくれるひとのところに向かっている。説明は彼に任すよ」
「え、誰?」
量産型N2は穏やかに笑って言った。
「彼もまた、君であり僕である。その名は。人力コンピュータ」
「ええっ?!」
突然。
がくんと。
汽車が停止する。
「着いたの?」
「いや、真空チューブの中に入った。これからリニアモーターシステムに駆動される」
君は相変わらず、穏やかに笑っている。
「すぐに超音速に達する。そうすれば、じき目的地につく」
汽車は。
ジェットコースターみたいに加速したけれど。
音もなく揺れもなく。宇宙空間を飛ぶように静かだった。
そして、やがて。
汽車は音もなく減速して、線路の上を走り出す。
ようやく。
目的地についたようだ。
「さあ、ついたよ」
僕等は汽車を降りる。
そこは地下の建築現場みたいなところだった。
フェンスで囲まれ、その向こうには向きだしの鉄骨に鉄パイプが組まれており。
そして、そこが巨大な自然の地下ドームであることは窺い知れた。
僕等はその地下ドームの中を歩く。
通路の両脇はフェンスで囲まれていた。
そして。その建物が姿を顕す。
それは。
石でできた寺院のような建物。
灰色で陰鬱で物凄く歴史を感じさせる、ある意味廃墟みたいな。
その建物の前に僕等は立ち止まった。
「さて」
量産型N2はその建物を指し示す。
「あそこの中に人力コンピュータがいる。彼が全てを説明してくれるよ」
進もうとする僕等に、君は声をかける。
「ああ、人力コンピュータにはひとりで会いたまえ。水無元さんは、僕とここで待と
う」
「どうして?」
「僕たち以外が知る必要の無い秘密があるからさ」
水無元さんは、肩をすくめる。
「行ってらっしゃい、野火くん」
僕はため息をついて、水無元さんに手を振ると。
重い石の扉に手をかけた。
ホテルは夜に覆われた。
夜空はとてもとても。深い藍となった。それは深海の青さ。その無限に近い深みを持
つ藍の空に。
ダイアモンドの欠片みたいな星々が瞬いている。
君は。
石柱の並ぶ中庭を抜け。
食堂のある棟へと向かった。
君は。
食堂のある広間へと入る。
そこは目が眩むように豪華な場所であった。
天井には天使が智天使舞い飛ぶ壁画が描かれている。
そして、光の宮殿みたいなシャンデリアが吊るされていた。
広間の中心では。
優雅な真紅のドレスを着た女たちと。
漆黒の獣みたいに黒衣の男たちが。
くるり、くるりと。
輪を描きダンスを踊っていた。
「よお、遅いじゃないか」
昼間に会ったあの女が。
君に声をかける。
女はくすくす笑いながら、傍らのテーブルを指し示す。
広間の周囲には、食卓が並べられている。
そこには。
正装した男女が腰を降ろしていた。
皆ホテルの客である。着飾っており端正な顔立ちをしたひとたちは。
まるで告別式に出席したひとたちみたいに無表情だ。
そう。
彼らはこれから、何がおこるか知っている。
「ディナーで食卓にあがるのはひとりだけさ」
女はライオンみたいに獰猛な笑みを見せた。
君は。
困ったようにうつむく。
「止めてください」
君は呟くように言った。
「怖いじゃあないですか」
女は楽しげに笑う。
「ああ。でもそのひとりが君かもしれないよ。どうするね」
君は。
憂鬱な笑みを、その薔薇色の唇に浮かべた。
「その時は仕方ないので、撃ちます」
「で、君は何を待っている?」
「オリジナルを」
女は驚いたように、眉をあげる。
「オリジナルがここにくるのか」
「ええ。ついさっき月見ヶ原にT.ウィルスが散布されました。もうすぐです」
女は頷いた。
「なるほど。それで、量産型ではなくプロトワンである君がきたということか」
女の言葉に。
君は困ったように顔をあげる。
「何者なんですか、あなた」
「言ったはずだよ。君と同じホテルの客だと。では待とう。ディナーの主役が登場す
るのをね」
わたしは、部屋にいた。
そこは、どことも知れない建物の地下みたいだ。
その部屋には。窓は無く、置かれている家具といえば病院に置くような鉄パイプのベ
ッドだけ。
蛍光灯の照明があるが、とても薄暗い部屋。
朝なのか。
昼なのか。
夜なのか。
わたしには、何も判らない。
わたしに辛うじて判るのは。自分がおんなであるということだけだ。
自分の身体を見る。若くて美しい。熟れた果実のような、そして野生の獣みたいにし
なやかな。美しい身体をしている。
この部屋で、わたしはいつも夜空に輝く月のように全裸だ。
ただ。
わたしは日に一度だけ。
食事のためにこの部屋からつれだされる。
その時の記憶はひどく曖昧で。いつも夢の中のできごとみたいで。でも。
まぎれもなく、それは背徳的で陶酔的で。残酷な欲望の支配する時間。
わたしは。
その時間を経ることによって間違いなく満たされるのだけれど。
そのあとには、恐怖と嫌悪に見舞われる。
それは。わたしのこころを引き裂いてゆく。欲望の囁きと、わたしのこころが二つに
割れてその葛藤がわたしを責めさいなむ。
でも。
いつもその時が近づいているのが判る。
飢えが。
わたしを犯しはじめる。
わたしは飢えの中で少しずつ狂ってゆく。
わたしは毎日。
泣き続けていた。
耐えがたい日々。
耐えがたい寂しさ。
わたしには何もない。何もない。誰もいない。
檻の中にいる獣と同じ。
そして。ゆめの中でそのおとこの子と出会う。
小鹿のように粒らな瞳。薔薇の花びらみたいに繊細な唇。少女のように優しい顎の線
。さらさらとゆれる髪。
そのおとこの子をわたしは知っていた。
そして、多分そのおとこの子もわたしのことを知っていた。おとこの子は、わたしに
囁きかける。
そんなに泣くことはないのに。
きっと悪いことばかりじゃないよ。
いいことって。記憶に無いけれど。まあ、大丈夫さ。
わたしは。きっと。もうすぐ。そのおとこの子に出会うのだろう。
僕は。
その重い石の扉の向こうへ入る。
そこは、完全な暗闇。果ての無い宇宙みたいに真っ黒に塗りつぶされた闇に向かって。
僕は歩み出す。
背後でごとりと、扉が閉まった。
僕は完全な闇の中に堕ちる。前後も左右も上下もない。宇宙の闇みたいな空間を。
僕はいつも共にある恐怖だけを共として。
前へ進んだ。
突然。
光が溢れた。
「ああ」
僕は感動のあまり、涙ぐむ。
そこは、人力コンピュータの部屋であった。
四角いその部屋は格子状の枠で壁が覆われており。
その四角い枠の中には大小の回転する円盤があった。
その無数に散りばめられた回転する円盤にはきらきら光を反射する鉱石が埋め込まれ
ている。
それは色とりどりの銀河を泳ぐ星々のようであった。
無数の回転する円盤に満たされた部屋を、虹のように様々な色を見せて輝く鉱石が星
のように巡り、回転する。
僕は。
それを曼陀羅のようだと思った。
そしてその曼陀羅の中心には。
君が。
そして僕であり、彼である。
人力コンピュータがいた。
人力コンピュータは僕とそっくりの顔をして。けれども、全くの無表情で。
自分の回りにある無数のハンドルを回転させていた。
そのハンドルの回転によって。
無数の円盤が連動して回ってゆく。
(やあ、ようやくきたね)
人力コンピュータは、僕の頭の中へ語りかけてくる。
僕は直感的に理解した。
君の肉体はここのコンピュータの部品であり。
人力コンピュータとしての意識はこの部屋全体の、円盤の回転運動によって生み出さ
れているのだと。
つまり君は。
人力コンピュータの入出力装置なんだろうと。
(さて、僕はこれから全てを説明してあげようと思うのだけれど)
君は、僕は。全くの無表情で。きらきら光る鉱石が。シノプシスの発火みたいに、思
考を創出している。
(まず、君の質問を聞こうかな)
僕の頭の中には。
無数の疑問があるはずなんだけれど。
でも、いざ質問するとなると何を聞いていいのかが判らない。
でも、黙っているわけにもいかないのでとりあえず、質問する。
「あのさ、ここは一体何なの。工事現場みたいなんだけれど、寺院みたいな建物があ
ってさ」
(ああ、そうだね。まずここが何かを説明しよう)
君の頭に響く声は。
あくまでも落ち着いていて、とても自然だ。
(ここは、採掘場だよ)
僕は意外な言葉に、びっくりする。
「採掘場って。何を採掘するんだよ」
(お経さ)
僕は。
さらにびっくりして目がくるくる回る。
「お経って。一体なんだってそんなものを」
(チベットには埋蔵経典がいっぱいあるんだよ)
「いやあのね」
僕はくらくらする頭を押さえて言った。
「チベットに埋蔵経典があるとして。でもここはチベットじゃないだろ。いくら超音
速で移動したと言っても。練馬区からチベットまでは、数時間でこれないでしょ」
(残念ながら、ここはチベットなんだ)
僕は。
それが真実だという前提に立って。
いや、それは真実なんだと理解していたのだけれど。
よく考えてみた。
「つまり、月見ヶ原は日本の中に無かったということ?」
(正解)
人力コンピュータの声が厳かに僕の頭の中に響き渡る。
(君がいたのは本物の月見ヶ原ではなくてね。月見ヶ原をコピーして大陸の中に作っ
た模造都市。チベットから、そう遠くないあたりにあるんだ)
ほう。
ほほうと。
つまり、僕はきっと正しかったんだ。全部が偽物みたいに感じていたのは。つまり、
偽物の作り物の街に住んでいたからなんだ。
ほよよ。
びっくりこいたよ、そりゃあ。