#22/598 ●長編 *** コメント #21 ***
★タイトル (NKG ) 01/12/11 23:33 (204)
CROSS TALK【改訂版】(6/13) らいと・ひる
★内容
その日の帰り道、葵は美凪の後ろ姿を見つける。
声をかけようか躊躇って目を離したすきに、彼女を見失ってしまった。どうや
ら、どこかで曲がったらしい。
葵は小走りに彼女が歩いていったと思われる角を曲がろうとして、
「こんにちは、御陵さん」
「わ、わわわ」
葵は驚いて立ち止まる。
美凪は、こちらを向いて笑顔で立ち止まっていた。
「びっくりさせるつもりはなかったんだけどね。御陵さんってびっくりしたらど
んな感じになるんだろうって興味があって」
もしかして、美凪と恵美香というのは基本的な性格は似ているかもしれないな、
と葵は思う。
「もう、ひどいなぁ」
「お節介ばかりしてるとバチがあたるんだよ」
「そんなにわたし、お節介ばかりしているわけじゃないんだけどな」
葵が真面目な顔で言うものだから、美凪はくすくすと笑い出す。
「わかった。驚かせて悪かった。お詫びにいい店教えてあげるから」
「え?」
「紅茶好き?」
「あ、うん」
「おいしい紅茶を飲ませてくれるお店があるの」
「あ、なんかうれしいなぁ。わたし、この街来たばかりで、あんまりお店とか詳
しくないの」
「そう、よかった。多分、気に入ってくれると思うよ」
葵は、美凪に連れられて歩いていく。その間、美凪はくだけた口調でいろいろ
と話してくれた。学校での冷たさを感じさせないほど。
しばらく歩くと、商店街の手前あたりに洒落た感じのお店が見える。
「喫茶店?」
「正確には紅茶の専門店。海外からリーフを直輸入して販売してるの。業者の人
とかよく来るけどね、奥の方にきちんと紅茶を飲ませてくれる喫茶店もあるのよ」
「ふーん」
紅茶は嫌いじゃなかったので、葵は興味深めに店の造りを見回す。
美凪がドアを開けるとカランコロンとドアベルが鳴り響く。店内は少し暗めな
感じである。わざと照明を落としてあるのだろうか。
「いらっしゃい」
レジにいた二十代後半ぐらいの美人の女性に挨拶をされる。店内は木箱にガラ
スの蓋がついたものがいくつか並んでいた。ケースには様々な名前が書かれてい
る。
その中には葵の知っているものもいくつかあった。
「こっちだよ」
葵は美凪に連れられ奥の方へと行く。
奥の扉を開けると、ぱっと明るくなる。ここは照明だけではなく、天窓からの
日の光もあるようだ。
テーブルも椅子も店内のほとんどは木を全面に出して造られているようだ。ロ
グハウスのような木の暖かみが感じられる。
「いらっしゃいませ」
若々しいどこかで聞いたことのある声が聞こえてくる。
「ああ、美凪ちゃん。あれ? 葵ちゃん?」
そこには制服にエプロンをつけた見覚えのある少女が立っていた。
「あれ?」
葵も首を傾げる。彼女の記憶が間違っていなければそれは柳沼以外の誰でもな
かった。
「ねえ、二人とも知り合い?」
美凪も葵と柳沼を交互に見比べ首を傾げる。
「うん。葵ちゃん、最近文芸部に見学しに来てくれてるから」
「あ、えーと、そうなんですよね」
「ああ、そういえばあの人といるところを一度見たかもしれない。その時は御陵
さんだっていう認識はなかったかも」
美凪はその時のことを思い出したようだ。
「今お茶入れてあげるから、座って座って」
柳沼はそう言って、奥の方の席を勧める。
二人は窓際のテーブル席に座り一息つく。
「ところで、西原さんって」
葵がそう言いかけたところで彼女が口を挟む。
「あ、ごめん」
「え?」
「美凪でいいよ。私、苗字あんまり好きじゃないから」
最後の「あんまり好きじゃないから」は少し不機嫌そうな口調であった。
「じゃあ、美凪ちゃん」
葵は親しみを込めてそう呼ぶ。
「うん。それでいいよ。御陵さん」
「あ、だったらわたしも葵って呼んで。その方がしっくりくる」
「んじゃあ、葵」
「うんOK」
「そうだ、ごめん話の途中だったね」
「あ、うん。美凪ちゃんってよくこのお店来るのかなって、なんか常連みたいだ
から」
制服姿なのに気後れもなく入ってきた美凪を見て、葵はそう思っていたのだ。
「常連ってほどでもないよ。来るのはごくたまにだけだ。ここの店長さんね、私
の母親の知り合いだったの……あ、そういえば知らないんだよね? 柳沼先輩の
お姉さんがここの店長なんだよ。それで、たまーに今日みたいに先輩もお店を手
伝うことがあるらしい」
「あ、そっか。中学生なのにバイトして大丈夫なのかなって思ってたんだ」
葵は納得する。それと同時に葵は思った。部活でいれてくれる紅茶があんなに
もおいしいのは、店を手伝っているせいなのだと。
「あの人なら他でもバイトやってそうだけどね」
美凪は声をひそめて笑う。
葵もつられて笑った。
人懐っこいその表情に葵は安心する。
「はい、おまたせ」
柳沼が二人のテーブルにティーカップを置く。
「もちろんおごりですよね?」
美凪のその言葉に柳沼は、軽く彼女のオデコを小突く。
「いっつもおごってあげてるでしょ」
「……ははは」
楽しそうな美凪の笑い声。この二人の組み合わせは、なんとなく予想がつきそ
うな感じ。多分、気が合うんだろうな、と葵は思う。
「じゃあ、ごゆっくり」
柳沼はカウンターへ戻っていく。
しばらく二人でとりとめのない話をしていた。
ふいに美凪の瞳が葵をじっと捕らえる。そのままそらさずじぃーっと彼女を見
つめる。
「ねえ、そういえばこの間さ、自分は育ちが普通じゃないって言ってたけどあれ
ってどういう意味なの?」
聞かれて葵の頬がかぁーと熱くなる。そういえばそんなことを思わず口走って
しまったなぁと彼女は反省するが、もう今さらの話でもある。
「あの、えーと…」
葵が言いよどんでいると、美凪は気を遣ってくれた。
「いいよ。言いたくなければ言わなくていいんだよ。ただちょっと気になったか
らね。……実はさ、私も育ちは普通じゃないかもしれないからさ」
「……」
葵はどう反応してよいものかと困惑する。
「ついでだから話してあげるよ。ねぇ、私たちの兄妹仲が悪いのはあの人から聞
いてる?」
「あ、うん。ちょこっとだけ」
「喧嘩したとか、いじわるされたとかそういうんじゃないの。私はあの人を家族
と認めたくないの。もちろん、父親も」
「え?」
あたりまえのようにそう告げる美凪に葵は少しだけ驚いた。
「そうだね。家庭の事情から話した方がいいかな。私の母親は昔、父親の愛人だ
ったの。父親には別に奥さんがいて、子供もいたの。だから、私はいわゆる母子
家庭で育ったわけ。まあ、多少気にはしてたけど、しょうがないかなぁってのも
あって、それほど素行不良にならずに成長してきた。ま、ちょっとひねくれちゃ
ったけどね」
うふふと自嘲気味に彼女は言う。
「で、何年か経って、父親の奥さんが亡くなって、うちの母との再婚話がいつの
間にか持ち上がったの。それが3年前。ひどい男でしょ。そりゃ母は喜んだのか
もしれない……けど、私にとっては父親なんて今さらだったんだ。血は繋がって
いても、私には父親なんていらなかったから。結局、結婚話を止めるわけにもい
かず、私はおとなしくあいつの家へ行った。せっかく気に入っていた母親の姓の
……速見って苗字も捨ててね」
美凪の口調がだんだんとトゲトゲしくなってくる。
「その頃からかなぁ。愛人の隠し子だってことで、ただでさえいろいろ言われて
いたのが、苗字が変わってさらにいろいろ言われてね。父親もあの人もそれなり
に優しくはしてくれたんだけど、それまで母親と二人で暮らしてきたわけだから、
生活がどうも鬱陶しくてさ……でも、まあそれぐらいなら別に良かった。その時
は、父やあの人をそれほど意識しなくてもよかったからね」
そこまで言うと、美凪は首を落として下を向く。様子が少しおかしい。
「どうしたの?」
「ごめん。話してる最中なのに」
「いいよ。無理に話さなくても……」
「いいの。言ったほうがすっきりするから。あのね。わたしの母さん、1年前に
亡くなったの。それで、あの家でわたしはひとりぼっちになってしまったの」
「そんなぁ、でもお父さんは本当のお父さんだし、お兄さんだって半分でも血は
繋がっているんしょ? 西原先輩って、そんなに悪い人じゃないと思うし」
「そんなのはわかってる。でもね、あの二人は私の小さい頃の事を知らない。私
が育ってきたところにあの二人はいなかった。こんな気持ち葵にはわからないか
もしれないけどね。私は本能的にあの二人を家族と認めたくないの」
認めたくないこと。葵はその想いにうっすらと覚えがある。ただ、今はそれが
何であるかを考えることを葵自身が拒んでいた。
「あははは。葵まで暗くならなくてもいいのに……ほんとたいした話じゃないん
だって」
美凪は、顔を上げて陽気に笑おうとする。
「美凪ちゃん……」
「私だってわかってるよ。こんな気持ちはただ意地を張っているだけだって事を。
だからね、時間が解決してくれるのを待つしかないって事もわかってるつもり」
「こんにちは」
葵は数日ぶりに放課後の視聴覚室のドアを開けた。
「あら、いらっしゃい」
ちょうど目の前にいた柳沼が彼女の顔を見て、少しだけ驚いたような表情であ
いさつをしてくる。
「お茶いただけますか?」
ひさしぶりの部活なので葵は控えめに彼女へお願いした。
「そこ座って。今いれるから」
そういって柳沼は奥への扉へ行く。
葵が久しぶりのいつもの席へと座ると、立脇先輩が申し訳なさそうな顔をして
彼女の前に立つ。
「なあ、もしかしてオレの煎れたコーヒー、ものすごくまずかった?」
葵はその時のことを思い出し、彼の態度に納得する。そして、それは誤解であ
ることを説明するために笑顔で答える。
「そんなことありません。先輩の煎れてくれたカフェオレ、おいしかったですよ」
「それお世辞じゃないよな」
「ほんとですよ。また煎れてください」
「それならいいんだが。実はな、あの日以来葵ちゃんが見学に来なくなったもん
だからオレが原因じゃないかって散々言れれてな。ちょっと困っていたところだ
ったんだよ」
たぶん、立脇先輩は本当に困っていたのだろう。その様子を想像すると葵は笑
いをこらえるのが大変だった。
「ご、ごめんなさい」
「いいさ。誤解は解けたんだからな」
「本当にどうもすみませんでした」
葵が深々と頭を下げたところにちょうど柳沼が戻ってくる。
「コラ! 立脇! 葵ちゃんに何してるの!」
立脇先輩もつくづく運の悪い男であった。
部活はいつも通り、いつもの雰囲気で行われた。会話に加わる者、創作に熱中
する者、鍛錬に励む者。
西原も飄々としたいつもの彼であった。
そして、葵は決心をする。
「西原先輩。わたし、入部したいんですけど」
その言葉に彼はにこやかに微笑む。
「文芸部は歓迎するよ」
「ありがとうございます」
「みんな、聞いてくれ」
立ち上がって西原がみんなを呼ぶ。
「新入部員だ」
そう紹介されて、葵は照れながら頭をかく。
「えへへ、今後ともよろしくお願いいたします」