AWC 「家族になりたい2」 ( 7/10) ■ 榊 ■


        
#2541/5495 長編
★タイトル (HHF     )  94/ 3/22  15:11  (141)
「家族になりたい2」 ( 7/10)  ■ 榊 ■
★内容

 二人はけっきょくいたっていつも通りの姿で、家を出た。やはりデートという雰
囲気よりは、仲のよい兄妹のお出かけという感じになった。
 悟は苦笑したが、それでも今日は精いっぱい楽しんでやるつもりだった。
 あまり外に出ることのない水香も楽しみなようで、ただ一つのおしゃれであるバ
ックルが背に光っていた。
 最初の店は、腹ごしらえ。悟の大学御用達である安さと味自慢の飲み屋で、いつ
も人混みで賑わっていた。
 明るい店内に、響く人の声。
 水香は珍しそうにきょろきょろと辺りを見渡しながら、二人席に腰を下ろした。
 悟がいつものように注文をすますと、すぐにビールとおつまみは机に運ばれ、二
人はお互いのコップを満たした。
「改めて、大学合格おめでとう」
「悟も、就職おめでとう」
 二人が笑って乾杯すると、ガラスのコップは静かな高い音を出した。一気にあお
ってビールを喉に通すと、炭酸の小さな刺激がした。
 悟は大学にはいるまでは、それほど酒が好きではなかった。ある晩、友達の家に
招かれて鍋を囲み、最初に飲み干したビールがうまいと思ったのが始めだった。こ
ごえるような道を歩き、すかした腹に流れ込んだ苦い液体は、なぜかふしぎに心地
よかった。
「水香のお酒の飲み始めは?」
「オレは、飲み屋の娘だからな。店の手伝いをするようになってから、晩酌につき
あわされた」
「うまいと思ったのは?」
「よく憶えていない。気づいたら、酒を選ぶようになっていた」
 ビールの入ったコップを水香は両手でおおい、じっと見つめた。もう一度、半分
だけ飲み干して、嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見て、悟は誘って良かった、と思った。
 水香の笑顔が見えるのが、今はとても嬉しかった。
 妹なのにいとしい。
 いつでも一緒にいたい。
 言葉などなくても。
 店員が次々と料理の載った皿をもってくると、二人はたわいもない会話を交わし
ながら、楽しく料理に手をつけていった。
 鶏の唐揚げ、大盛りの野菜、巨大コロッケ、魚の煮付け、焼き鳥、モツ煮。
「家の方がおいしいけど、こういう雰囲気もいいな」
 水香はざわめく店内を見渡す。学生や社会人が、隣を気にせずに話し合っている。
そう言った雑音はむしろ温かさを伴っていて、水香も悟もいつもより多く笑ってい
た。
 腹一杯になり満足した二人が会計に向かうと、入り口のところで大学仲間とばっ
たり会ってしまった。その中には、菜実や尾崎もいた。
「橋本やんか。どうしたの女連れて」
 水香の表情が変わるのを見て、悟は失敗したと思った。水香が警戒している。
 そんなことも知らず、尾崎は水香を見ると勢いよく声をかけてきた。
「すごい美人や! どこで見つけてきたん、紹介しろよ!」
「尾崎くん、やめなよ」
 事情をいち早く理解したのは、やっぱり菜実だった。悟の顔を見て、すぐに水香
の気持ちを察してくれたらしい。
「何や、菜実。知ってんのか」
「橋本君の妹さん。せっかくの二人なんだから、じゃましちゃ悪いって」
「なんだ、妹ならいいやんか」
 尾崎はもう前の話を忘れているらしい。大事な話も軽く受け忘れてしまう男であ
ることに、悟は今更ながら気づき慌ててしまった。
「妹さん、一緒に飲もうや。おごるから」
 尾崎がさらに近寄ってくると、水香の表情がきつくなった。
 水香は店でも客が執拗にからみだすと、容赦なく平手をかますのを、悟は思いだ
した。
 やばい、そう思った瞬間、店内にぱんっと頬を叩く音がした。
 一瞬店内が静かになり、出入口に視線が集中する。
 尾崎の頬を叩いたのは菜実だった。
「いい加減にしろ。ほら、来なさい」
「いってぇなぁ、何すんや」
「いいから」
 菜実は振り返り、ご免ね、と悟に目で謝った。
 悟は、有り難う、と苦笑いで答えると、水香の肩に手をおいた。
「ご免な」
 水香はびっくりしたように悟の顔を見上げ、顔を横に振った。
「お前が悪いわけじゃない、謝るな。……オレこそ悪い。もっといい顔をすべきな
のに、出来なかった」
「気にしないでいいって。次の店に行くか」
 水香はうなずいた。
 再びざわめきを取り戻した店内を出て、二人は次の店に向かった。


 菜実に叩かれた頬をおしぼりで冷やし、尾崎はひとり納得いかないようだった。
「あんな美人、滅多に見かけんのに」
「うまくいくかなぁ」
 尾崎の言葉を風のように流し、菜実はグラスを片手に二人のことを思った。
「なんでや、兄妹なんだろ」
「血はつながってないの」
 尾崎は首を傾げ、しばらくしてようやく二人の事情を思い出した。
「そうか、そうだった! あの子がそうか」
「気づくのが遅いって」
「すっかり忘れとったわ」
「女ばっかり追わずに、もっと友達も大事にしなさいよ」
「大事にしとるつもりやけど、上手くいかへんなぁ」
 振り返り尾崎を見て、これがなければいい奴なのに、と菜実はため息をついた。


 悟が次に連れていったのは、ジャズ・バーだった。
 黒と茶に統一された落ちついた店内に、静かにピアノを主体としたジャズが流れ
ている。まばらな人の会話もここでは小さな声で行われていた。
 水香はこういったところはまったく初めてで、ただひたすら緊張していた。悟を
笑わせたのは、水香がメニューを開いたとき。
「まったくわからん」
 という素直な感想を聞いて、悟は吹き出してしまった。
 顔を真っ赤にしてすねる水香をなだめ、スクリュードライバーとジントニックを
頼んだ。出てきた透明な炭酸と、オレンジジュースのような液体を眺め、水香はお
そるおそる飲んだ。
「ジュースみたいだ」
「その通り。ジュースにお酒を混ぜたようなものだからね」
 ウィスキーとブランデーをロックで頼み、二人は静かに酒の味を楽しんだ。
 ロックに使われている氷はひとつの結晶のようにすんでいて、グラスを回すとき
れいな高い音がする。酒をひとくち口に含み、舌でまわし、飲み込む。
 酒に強い水香もようやくほんのり頬を淡紅にし、大事そうにひとくちを含んでい
た。
「さっきの女の人、すこし声を聞いたことがある。いつも電話をかけてくれる桜井
っていう人じゃないか?」
「よく解るな」
「あの人のこと好き?」
 突然の言葉に、悟は声をつまらせた。
 その様子を見て、水香は自分でも解らない胸の痛みを憶えた。刺すように、苦し
い。
「いや、友達だよ」
「別に隠さなくてもいいのに」
「そうじゃなくて、なんていっていいのか」
 水香の誤解を解きたい悟はめいっぱい言葉を探したが、どう説明していいか解ら
なかった。彼女に告白されたのは事実だし、つき合っていると思われても仕方のな
いような間でもある。
 それを誤解なく水香に理解してもらう自信が、悟にはなかった。
「また今度、ゆっくり説明するよ」
「そうか、ご免。へんなことを聞いたみたいだ」
 視線を落とした水香を見て、悟はよけい慌てずにはいられなかった。
「その、何ていっていいのか……仲のいい友達なんだ。親友の女の子。好きなわけ
じゃない」
「じゃあ、好きな女の子って誰?」
 その時の悟の顔を見て、水香は玲の言葉を思い出した。
「それに、悟さんは水香さんのこと好きみたい」
 悟の困ったような真剣な表情を見て、水香は言葉をつまらせ顔を赤くした。悟の
気持ちを確かめたわけではないのに、水香は心臓がはげしく拍動するのを感じた。
「きっ、聞かなかったことにしてくれ」
 水香が顔を伏せる。
「……ああ」
 困っていたはずの悟の方が苦笑いをせざるおえなかった。水香の方がすっかり慌
ててしまっているのだから。
 下を向いて緊張している水香の頭をなでてやった悟は、
「電車がなくなる前に、もう一軒いこう」
 そう優しく声をかけた。
 こくん、と水香はうなずいた。
 そんな水香の姿を見て、前途多難だなぁ、と悟は一人ため息をついた。





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