#2539/5495 長編
★タイトル (HHF ) 94/ 3/22 15: 5 (139)
「家族になりたい2」 ( 5/10) ■ 榊 ■
★内容
家に帰る途中、駅の近くでアクセサリーを広げる露店があった。
ふと悟が足をとめ、何かを選んでいるかと思うと、髪を結わえるためのバレッタ
を買った。ほんの少し模様のはいった、金属板のものだった。
「水香、プレゼント」
横に立っていた、水香に手渡す。
「えっ」
水香は両手でその金属片を受け取り、なぜか顔を赤くした。
「あっ、有り難う」
それだけ言って、水香は固まってしまった。
どうしたのかと悟が首をかしげていると、海が耳打ちしてきた。
「水香姉はこういうの疎いんだ。つけてやりな」
悟はびっくりした。
大学生になろうとしている水香が、バレッタひとつ知らないとは思ってもみなか
った。そういえば、水香の部屋に化粧品をみたことはないし、着飾った姿も見たこ
とがなかった。
いや、両親の小さな結婚式の時に、母親の服を着たことがある。似合っていたの
に、性に合わない、といって二度と着ることはなかったのだが。
バレッタを手に持ち固まる水香を見て、悟はすこし笑った。
水香の両手からバレッタを受け取り、後ろにまわって髪の毛を集める。
「……」
動かない水香の髪に、バレッタをとりつける。
「似合うよ」
水香は照れて、でも、取り外さなかった。
いい雰囲気になり、悟は心の中で「よしよし」と思っていたが、それはあまかっ
た。華歩が割り込んできた。
「水香にばっかりずるいっ! 私にも買ってよ!」
「えっ?」
「華歩っ、駄目だって。悟兄さんは『水香姉のために』買ってあげたんだから」
「うっ……」
賢しい果菜はすべてを見きっている。果菜は華歩の手をつかんでとめに入ったが、
それでおさまる華歩ではなかった。
「水香姉に買ってあげたんなら、私のために買ってくれてもいいじゃない。ねぇ?」
「あっ、いや」
「ねっ!!」
「そっ、そうだな」
つい悟は言ってしまった。
後ろで海のため息が聞こえた。
「やった。果菜も選ぼうよ、ほら」
逆に華歩に引っ張られる果菜。
「ご免なさい」と片目をつぶって果菜に謝られては、悟もどうしようもなかった。
妹のために、もう一肌脱ぐことにした。ため息とともに。
少し離れたところで見ていた玲は、海の方を振り向いて尋ねた。
「海くん。水香さんと悟さんって、好きあっているの?」
海は思わず唸った。
「解るか?」
「何となく。確か、血はつながってないんでしょ」
「そうだな。でも、水香はまだ気づいていないと思うんだ」
玲は水香を見つめ、うなずいた。
そして海を見つめ直す。
この唐変木、他人をよく見つめているのに、まだまだ私を解っていないなぁ……
と玲は心の中だけで呟いた。
玲も、髪飾りが欲しかった。
そうやって気を使わないのが、嬉しいやら悲しいやらで、玲も思わずため息をつ
いてしまった。
「まあいいや。私、ここで帰ります!」
「あら、大丈夫なの?」
声をかける弥生。
「気にしないで下さい。近いんです。今日は本当に楽しかったです。有り難うござ
いました」
「また遊びにきてね!」
華歩の言葉に、嬉しそうに手を振って玲は走るように帰っていった。
「海くん、また明日っ!」
海が手を振ると、玲も振りかえし、そして見えなくなった。来たときもあっさり
としていたが、帰るときも風のようだった。
「いい子だな、海。ちゃんとつかまえておけよ」
悟の言葉に、海はこう答えた。
「悟、お前もな」
二人は同時にため息をついた。
水香は星を眺めていた。
屋上のコンクリートはひんやりとしていて、座り込むとちょっとお尻が冷くなる。
風は暖かさを含んではいても、夜はまだ寒さが勝っている。それでも、水香の屋
上にいる時間は日ましに長くなっていた。
寒いときは、自分の部屋から毛布をひきずり、くるまって空を見上げる。
雲が出ていても、月が明るくて星が見えなくても、水香は屋上に出る。
ここは家族と独りの狭間だった。
足元には家族がいて、空には人はいない。その狭間にいる。
「少し、寂しいなぁ」
つい呟いて、水香は毛布に顔をつっこんだ。
こんこんっと後ろで音がした。振り向くと、悟がひょっこり顔をだしていた。
「兄ちゃん」
「飲まないか?」
その手には熱燗が用意されていて、思わず水香は笑ってしまった。
「いいよ。今日は海と飲まないのか?」
「実はすこし飲んできた」
大きな悟の体があらわれ、水香の隣に腰掛けた。
「ほら、あたたまるぞ」
お猪口を手渡し、そこに熱い日本酒をついだ。寒くて、湯気がいろこく空に舞い
上がる。
「ありがとう。ほら、あたたまるぞ」
口調をまねながら、水香は毛布の半分を悟にかけた。
「悪いな」
一枚の毛布にくるまり、二人はお猪口で乾杯した。
水香はようやく心も体もあたたかくなるのを感じて、ほっとため息をついた。
つい嬉しくなって、頭を悟にすりよせる。
「昔からお兄ちゃんが欲しかったんだ。でも、弟や妹はできても、お兄ちゃんは無
理だとあきらめてた」
「そりゃあ、そうだな。俺も母親が年くっているのを見て、もう妹や弟は持てない
なって思っていたよ」
「二人とも願いがかなったな」
水香は嬉しそうに笑って、腕にからみついてきた。
悟の鼓動がすこし早くなった。
なさけない、これぐらいで、と心の中で呟く。
「海とはいつもどんな話をするんだ?」
「浜野さんのこととか、昔話とかかな」
水香についての話の方が多いが、そのことについては省いた。
「あれはびっくりしたぞ。知っていたのか?」
「うん」
「やっぱりそういうことは、男同士で相談するものなんだ」
「水香にはそういう悩みはないのか?」
悟はちょっと話をふってみると、水香は軽い調子で否定した。
「ないない。お店でからまれるのが関の山だ」
「そうか」
ほっとした。
「兄ちゃんは?」
「おっ、俺?」
「うん」
話をふったら、ふりかえされるのは当然のことなのに、悟は目一杯あわてた。
言うべきか。言うべきじゃないのか。
頭の中でめいっぱい二つの考えが回転していると、水香が先を制して話し始めた。
「沈黙するっていうことは、いるんだ」
「まっ、まぁ……」
水香は目を輝かせてにじりよってきた。
「なぁ、その人は美人?」
「……そうだな」
「性格は?」
「いい子だよ」
「今度、連れてこいよ」
「いや、それは」
「もしかして、片思いなのか」
悟は苦笑いをしながら、うなずいた。この二人の様子はどう見たって、明らかな
片思いの関係だろう。
事情を知っている月が、笑っているように二人を見つめていた。
「そうか、気づいてくれるといいな」
「そうだな」
心から、そう思う。