#2537/5495 長編
★タイトル (HHF ) 94/ 3/22 14:55 (160)
「家族になりたい2」 ( 3/10) ■ 榊 ■
★内容
悟が水香に告白すべきかどうか悩んでいる間に、海はいともあっさりと彼女を連
れてきた。
その時の家族の衝撃と言ったらなかった。友達一人いるかどうか疑わしい海が、
いきなり「彼女」をつれてきたのだから、家族はしばらく目を白黒させてしまった。
「こんにちは。初めまして、浜野玲です」
冬服のブレザーに身をつつみ、きれいな長い髪をした女の子は、悟の予想をこえ
てとても明るい。
「あっ……悟です。はじめまして」
「きゃあっ! やっぱり! 話には聞いていたんですけど、本当に大きい!」
「あっ、まぁ、そうですか」
小さな女の子の迫力に、思わず悟は後ずさった。
「大きくて、優しいお兄さんがいる、って海くんから聞いていたんです」
まずいっと言わんばかりに、海はすぐさま玲の口をふさいだ。
「海、そういうことは、ぜひとも本人に言ってくれ」
「言えるか」
海は顔を真っ赤にしていた。こんなに慌てる海を、悟はあまり見たことがなかっ
た。
予想とは違っていたが、いい組み合わせなのかも知れない。
居間に座った海と玲を囲み、家族が集まった。
精神年齢が合うのか、他の兄弟達ともすぐに馴染んでいた。
特に果菜と華歩と気が合うようで、海はずっと黙ってその様子を見ていた。
「いいですね、兄弟が多いって」
玲は、生後1年になろうとしている真希を抱いた。
「ひとりっ子?」
お茶を出しながら弥生がたずねた。
「そうなんです。せめてもう一人欲しいなぁって」
「ねぇねぇ、玲さん。海兄のどこが気に入ったの?」
「華歩っ!」
海が怒る。玲はかまわず話し始めた。
「こんないい男、そうはいない」
どうどうと言い放って、胸まで反らす。自慢げな様子に、海は恥ずかしそうに顔
をかくした。
玲の言葉にふかく共感する悟は、うんうんとうなずいた。
「お勧め品だと、俺も思うよ」
「さぁとぉるぅ」
「まあまあ。ところで、二人の出会いは」
「私がクラスの不良にからまれたんです。帰り道に」
話をとめようとする海を、兄弟一致ではがいじめにする横で、玲はゆっくりと悟
に話しかけた。
「川縁で4人に囲まれて、『気に入らない』っていって殴られて……持っていた鞄
を川に落とされて。その時に偶然、海君が現れたんです。みんな海くんを知ってい
て、動けなくなって」
「海が助けてくれたと」
「いえ、間を通り過ぎて、そのまま川に降りていったんです」
「……」
「足元水に濡らして、鞄をとってくれて……気まずくなった不良も逃げてしまいま
した」
「海、優しいじゃん」
「ふごふごっ!」
口を押さえられている海に、反撃する余裕などなかった。
「川にあがってきたら、鞄をあけて教科書を乾かし始めちゃんうです。何もいわず
に。近寄りがたい人だったから、私もどうしていいか分からずに立っていたんです。
そうしたら、そのまま帰ってしまって」
悟は笑った。学校ではきっとこんな調子で、一言も口を開いていない海の様子が
目に浮かんだ。
「それ以来気になって、つきまとい始めて、海君がはじめて口を開いたのが『うる
さい』だから嫌になっちゃう」
家族で笑った。海は観念したようで、静かになった。
「それで」
「次に口を開いてくれたのは、家族のことを聞いたときで、それまでに一週間かか
りました」
「それからだね」
「はい」
海が両手をあげた。
「浜野には負ける」
「ごめん、許してくれる?」
急に弱気になる玲。
海はお茶を飲みながら、ゆっくりとうなずいて許した。
海の知らない一面を見ているような気がして、悟は微笑んだ。
「もぉ、兄ちゃんやけるぅ!」
「華歩。お前が大きくなったら、仕返ししてやる」
「その時は、私が守ってあげるからねぇ、華歩ちゃん」
手を取り合う玲と華歩。海はあきらめたように頭上を仰ぎ、悟と弥生はクスクス
と笑った。
ふと悟は、水香がまだ一度も口を開いていないことに気づいた。
「水香、どうした。元気がないな」
「えっ、いや、大丈夫……それより浜野さん、夕食たべていきなよ」
「いいんですか?」
「この人数じゃ、一人増えようとあまり関係ないからな」
玲はあたりを見渡して、兄弟の数をかぞえる。
九人。
「本当によろしいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
弥生の言葉を聞いて、玲は「それじゃあ、お世話になります」と決心した。
言うが早いか、華歩達に手を引かれ、玲は店の方に連れて行かれた。
今日は休店日で、店にお客はいない。みんな一列にカウンターに並ぶ。
弥生と水香が料理を作り始め、それまでの間は、みんなで備えつきのカラオケセ
ットで歌うことにした。
「1番、橋本華歩。小泉今日子の『優しい雨』を歌います!」
こう言ったとき一番物怖じしないのは、やっぱり華歩だった。家族のムードメイ
カーをかってでているのか、それとも単なる派手好きなのかは定かではない。
「華歩姉、がんばれぇ」
「かっこいいぞ、華歩ちゃん!」
この曲を毎日のように練習していた成果を存分に発揮し、華歩は2番までしっか
り振り付けを加えて歌いきってくれた。
盛大な拍手に、華歩は笑顔と優雅な一礼でこたえ、マイクを玲に手渡した。
しばらく戸惑った玲だが、のりはけっして悪い女の子ではない。
「2番、浜野玲。『津軽海峡冬景色』いかせてもらいます」
「おぉっ!」
意外な選曲に、どよめきが広がる。
玲は握りこぶしをつくり、眉間にしわをよせて歌いだした。
さらに、こぶしをおもいっきり転がされ、海の口はあきっぱなしだった。
悟はくすくす笑い、華歩と果菜が手拍子をうつ。
拍手とともに歌い終わり、以下、果菜の今井美樹『 Piece of my wish 』、加羅
の『時の扉』、悟がなぜか『365歩のマーチ』で、海は『イエスタディ』を英語
で歌うと、ようやく食事ができあがった。
「水香さんも何か歌って欲しい!」
次々と食事ののった皿を出す水香は、玲の言葉にちょっとうろたえた。
「水香姉、歌え!」
「たまには歌えば?」
華歩と海の言葉。
「俺も聞いてみたい」
の悟の言葉で決心したように、カラオケの前にたった。
「ちょっと恥ずかしいけど、『会いたい』を歌おう」
みんなの拍手と声援が飛ぶ。カラオケがかかるまでのしばらくの沈黙のあと、水
香が歌いだすと、あたりが静かになった。
食事をする手がとまり、海は口に含んだご飯を噛むのを忘れた。
水香の澄んだ、ちょっと高い声が店に広がる。
耳に、体に、声が通り抜けていく。
水香がこんなきれいな声をしていたのを、悟は初めて知った。
この曲はもともと本当にあった話を歌にしたもので、思いと技術との両方がそろ
わなければ、決して聞かせる歌にはならない。それを水香は別の形で、きれいに歌
いきっていた。
静かに、
ただ気持ちを伝えるように。
ふいに、水香の声が途切れた。
どうしたのかと水香を見ると、困ったような顔をして誰かを見ていた。
その視線の先を見るとそこには、涙をこぼす玲がいた。
「あっ……ご免なさい。すっごい感動しちゃって」
自分のそでで涙をぬぐう。
海はすこし困ったように、でも優しく玲の頭をなでると、玲も笑顔をつくった。
「涙もろくて、やんなっちゃう。でも水香さん、うまいっ! もっと歌って!」
「俺ももっと聞きたい。知らなかったぞ、こんなに上手いなんて」
悟の言葉に、水香はすこし顔を赤くして、手を振った。
「だめだよ、性に合わない」
もったいないなぁと誰かが呟いたが、結局は食事が再開された。
いっぱい話し、いっぱい笑い、いっぱい食べる。
世帯主である一郎が帰ってきたのは、食事も終わりに近づいてきた頃だった。
「帰ったぞぉ」
「あっ、お父さん。お帰りなさい」
妻の弥生は笑顔で迎え、子供達はまず叫んだ。
「この人、海兄ぃの彼女!」
玲が苦笑いしながら、頭を下げる。
「お邪魔しています」
「えっ、本当か?」
一郎は信じられず、目をしばたいた。
「浜野玲といいます。初めまして」
「あっ、橋本一郎です……初めまして」
あわてて会釈し、海を見た。
海はいつもの顔で、一郎を見つめていた。
「海」
「なんだ」
「父さんは嬉しい」
海はその言葉に、耳まで真っ赤にした。
「親子そろって同じことを言いやがる」
ふくれてあらぬ方を向く海を見て、一郎は笑った。