AWC 「家族になりたい2」 ( 1/10) ■ 榊 ■


        
#2535/5495 長編
★タイトル (HHF     )  94/ 3/22  14:50  (176)
「家族になりたい2」 ( 1/10)  ■ 榊 ■
★内容


 三月はじめの日本大陸は、例年どおり春の暖かな風に包まれつつあった。
 商店街を抜けた先にある神社には、いく本もの梅が枝を伸ばしており、ちいさな
白い花はすでに咲いている。ここにはもう春が来ている。近道にあたるその境内を、
悟と水香のふたりは歩幅を合わせてゆっくりと歩いていた。
 二人の両手には、口元から醤油や柑橘類、ネギなど日用品がのぞいたままのビニ
ール袋がぶらさがっている。食料はあわせて八つの袋にもなるが、食べ盛りばかり
の家族にかかってはおそらく三日と持たないだろう。
 長男長女であるふたりはその度にこうして買い出しにいき、お腹を空かした兄弟
の待つ家へと、重い荷物を運んでいくのだった。
「十人分の重みを感じるぞ」
 右手にジュース類をひとつ、左手に野菜類の袋を二つもつ水香は、そう呟やかず
にはいられなかった。
 高校を卒業した彼女だが、体は華奢で身長も155cmのまま伸びていない。濃い
眉ときつい感じのする目つきを持ち、総じて整った顔立ちをしている。
「少し持ってやろうか?」
 両手に合計五つの袋を持ちながら、悟はそれほど重そうな様子を見せず水香に声
をかける。身長は190cm近く、体重も90kgある。水香と並ぶと、その大きさは
さらに際だって見えた。
 悟の申し出を、水香は首を横に振って断った。
「いや、いい。この重みが幸せなんだ」
 その重みを確かめるように、水香は手を握りなおす。
「わかる気がする」
「だんだんオレを理解してきたね」
「七人の兄弟が急にできればね」
 悟の言葉に、水香は声をたてずに笑う。
「手間がかかるわ、うるさいわ」
「かわいいし、明るいし、優しいしね」
「そうだね。それに較べれば、この重みなんて嬉しいくらいだよな」
 何かを得たいのなら、その引き替えに何かを失うのは当然のことである。沢山の
楽しい兄弟のためなら、おもい荷物をもつ苦労を厭う気にはならない。
 そうはいっても、手が痺れてしょうがない。二人はため息とともに袋を置き、ぱ
たぱたと手を振る。大きな影と小さな影が、砂利道に寄り添っていた。
 見上げると空は夜と昼との狭間で、2つ3つ星が見えた。金星と、そしてシリウ
ス。
「手は痛いけど、家族が増えたことに感謝」
 今の家族を作ってくれた「星」に、水香はかしわを打ち祈る。目の前の神様はき
っと笑っているだろうが、水香は気にしていなかった。悟も軽く会釈だけした。そ
して、そっと水香の荷物を1つ奪い取る。
「兄ちゃん、本当にいいってばよう」
「幸せをひとつ、分けてもらおうかと思ってね」
「あはっ、なるほど」
 二人はふたたび歩きだした。
 悟は父親の経営する会社とは系列の違う、子会社に就職が決まっていた。しばら
くそこで修行してから、親のあとをつごうと思っていた。
 父親は文房具の開発をおこなっており、この業界では最大手である。もし、大学
卒業後、そのまま親の会社に就職してしまっては、上層部のことしか知らずに社長
となってしまう。それが悟には嫌だった。
 なるべく末端の方でこき使われてから、それから親のあとを継いでもきっと遅く
はないと思ったのだ。
 そして水香は、あれだけうるさい環境の中でしっかり大学に合格し、四月から通
うことになっていた。
 ただ、彼女はとつぜん家を出て下宿すると言い出した。
「出なくてもいいのに」
 水香の入る大学は、家から決して遠くない。遠くないどころか、悟がげんに今の
家から通っていた大学なのだから、家を出る必要は全くなかった。
「上からどんどん抜けていかないと、下が困るんだよ」
「部屋は足りているぞ」
「いや、そういう問題じゃなくて……自立かな。双方の」
「なら俺が出なくちゃ」
「親父さんがなげくぞ。それに個人の問題だから、オレは出たいんだ」
 悟の父親と水香の母親が再婚してできた今の家族も、そのことに対するこだわり
は全くない。それでも、唯一の息子として二十年も暮らしてきた悟が出ていってし
まっては、父親も元気をなくすだろう。
 悟はなんと言ってよいか解らなかった。
 平気だよ、と笑う妹の顔を見おろす、悟の胸が少し痛くなった。
 血のつながっていない妹のことを、いつしか悟は好きになっていた。
 水香がどうか家を出ないように、と悟はシリウスに祈ったが、星はただ輝くだけ
でなにも応えてはくれない。
 2年前、親が再婚してできた新しい家族は、焼失した場所に新居を構え、もうひ
とりの子を迎え、あらたに出発した。
 総勢10名の家族はただもう賑やかで楽しくて、この時がずっと続くものだと悟
は思っていた。それが早くも終わりをつげる。
 水香が出ていく。そしてやがて、家族は兄弟はみな、散らばっていく。
 そう思うと悟は、何かやたらと悲しかった。
 妹として、愛する人として、悟は水香を手放したくなかった。
 それを、言葉にすることはできないのだが。


「気にせず、告白すればいいじゃないか」
 悟は飲んでいたビールを吹き出しかけたが、向かえに座る海はいたって真面目な
顔をしていた。
 高校二年になる次男の海だが、身長はのび男前になり、そして相変わらず笑顔ひ
とつ浮かべない。すかしているわけでもなく、ユーモアが欠落しているわけでもな
い、そんな海を理解するのに悟もだいぶ時を要した。
 本当の海はむしろ誰よりもあたたかく、しかも熱い男であることを知ってからは、
悟はよくこうして海の部屋をたずね、酒を飲むようになった。
 しかし、だいたいは悟が悩みを持ちかけ、海がお兄さん役となっているのだが。
「真面目な顔をして」
「本気だよ」
「そう言われて告白できりゃあ楽なんだが……水香にとって俺はどうせ『いいお兄
さん』だぜ」
「実際、そうじゃないか」
「いや、確かにお兄さんなんだが……」
 悟は口ごもった。海は表情もかえず、悟のコップにビールをそそぐ。1年もかか
ってようやく、それが海の優しさであることに気づいた。ゆっくりとふえゆく泡が
今では、「まぁまぁ、頑張れよ」と呟いているように聞こえる。
 こんな不器用な表現しかできない海を、ときおり悟はとてもいとしく思う。
「水香が気づいていないだけだよ」
「何に?」
「水香が好きになるとしたら、悟だけなんだ」
 首をかしげる悟。海はビールを飲み干した。
「水香姉は、ほら、家族以外とはほとんど話さないじゃないか」
「うん、ポーズとっているというか、恥ずかしがっているというか」
「そうそう。で、特に学校では誰一人とも話していないんだ」
「……」
 悟は口に含んだビールをゆっくり飲み干す。胃袋に落ちて、じわっと広がった。
「まぁ、俺も似たようなもんだけど、素直になりたくなくてな」
「素直になれない、じゃなくて」
「そう、素直になりたくない。うわべだけの会話はしたくなくて」
「家族は?」
「家族の間でつっぱっていたら疲れちゃうよ。まぁ、俺を良く理解してくれる奴に
は、素直になれるのかな」
 一拍だけ、沈黙が広がった。
「それで素直なのか」
「……その話はおいておこう」
 悟はうなずいた。
「つまり水香の選択支は家族にしかない、というのか」
「水香姉を良く理解していて、なおかつ愛している人だよ」
 海の少し茶色の瞳と出会う。人を信頼させる目であるし、実際に海のいったこと
で間違いはほとんどなかった。
「じゃあ、水香が気づくのを待ってろというのか?」
「恋の駆け引きは、俺もよくわからん。好運を祈る」
「かぁいぃぃ」
 思わず悟がうなると、海は苦々しく顔をうつむけた。
「……それどころじゃないんだ」
「何が?」
 珍しく海が、手で口を押さえる。心なしか顔が赤くなったのを、悟は見逃さなか
った。
「何が、『それどころじゃないんだ』?」
「さぁとぉるぅ、勘弁してくれ。口がすべっただけだ。忘れろ」
「海」
 悟はきわめて真面目な顔をして、海の肩に手を置いた。
「一度ぐらいは、お兄さんの役をやらせてくれよ」
 六才年上の兄はきわめて真剣に、そう頼んだ。
「まぁ、その……黙っててくれな」
「いいとも」
「付き合っている子がいるんだ」
 沈黙が広がった。
「……普通の女の子か?」
「は?」
「いや、実は相手は犬とか」
「同級生だよ」
「男か?」
「相談した俺が悪かった」
「わっ、悪い。海っ! ちょっとお兄さんは信じられなかったんだ」
 海はばつが悪そうにビールを飲み、怒った顔を窓に向けた。
 恥ずかしいらしい。
 悟は初めて、海が年相応の少年に見え、ほっとため息をついた。
 そうなると、むくれる姿の海はむしろ可愛く、悟は「まぁ、頑張れよ」とビール
をついでやった。これでこそ、お兄さんだ。
「どうやって知り合ったんだ?」
「いじめられていたのを、助けたことになるのかな? それから付きまとわれた」
「付きまとわれているだけなのか?」
「俺は好きではない。でも、嫌じゃないんだ」
 それは人嫌いの海にとって、大きな進歩だった。悟は、うんうんと嬉しそうにう
なずいた。
「どうしたらいいのかな」
「そうだなぁ。まあ、なるべくその時の素直な気持ちを話しておくことだな。へん
な期待は持たせない方がいい」
「俺もそう思う」
「でも、嫌じゃない、とつけ加えてな」
「……悟、嬉しそうだぞ」
「分かるか?」
「分かる。目が笑っている」
「嬉しくて」
「他人のことにそんな喜ぶな」
 悟はそれでも、笑っていた。窓の外には、すっとのびた梅の枝と、星が見えた。
こうして家族が増えていくといいなぁ、と悟は心の中で呟いた。
「海、連れてこいよ。その子を」
「分かった」
「近いうちにだぞ」
「……よかろう」
 海はゆっくりとうなずいた。





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