#2530/5495 長編
★タイトル (HHF ) 94/ 3/22 14:15 (172)
「家族になりたい」 (3/7) ■ 榊 ■
★内容
「水香とかはね、ほらぶっきらぼうだけど優しい子でね」
弥生さんは片付けをしながら、いろいろと話をしてくれた。まずは兄弟のこと
について。
「子犬と同じ気分で、あなたを誘ったと思うの。だから未だにあなたが誰だかは
知らないはず」
「こっ、子犬」
「そういう子なの。知っている人には強がって反発するけど、根は優しい子」
悟は深くうなずいた。
「海は、あのままね。普通の人から見れば、ひねくれ者」
「ははは……」
「でも、長男という意識からできた性格だと思うの。小さくてもみんなを守らな
くちゃいけない、っていう。だから子供達には公明正大で、面倒はいまほとんど
一人で見ている。水香と海が私にとっての初めての旦那さんの子供。真面目なサ
ラリーマンだった」
かちゃかちゃ、と瀬戸物の触れあう音がする。悟はお茶を少し飲んだ。
「華歩と果菜は一卵生の双生児だけど、性格はほぼ両極端。華歩が海に似てきて
活発、果菜は何しろ静かね。加羅は、やっと分別がついた頃。ちょっと泣き虫。
火斗は、みんなの宝物。みんなが落ち込むとつられて泣いて、励ましてくれる。
ただし、父親はそれぞれ違うの」
「聞いていいですか?」
「なぜ、父親が違うかでしょ」
「はい」
「私ね、普通の家庭が持ちたいの」
「……」
「ちょうど私って水香と同じ境遇だったんだけど、沢山の兄弟に囲まれて育って、
そして幸せな家庭を夢見ていたの。夢は現実になって、真面目ないい人と結婚で
きて、二人の子を産んだ」
テレビで面白いシーンでもあったのか、隣から笑い声が聞こえた。悟には、そ
の笑い声がとても遠いもののように感じられた。
「ところが、体に染み着いた働き癖が抜けなくて、どうしても母親と同じように
店を持ちたかったの。まだ人生長いのにあきらめるのが癪で、とうとう離婚まで
して店をたてたの。その時にお世話になった人との間に子供が産まれたんだけど、
結婚したい、っていったら、次の日にいなくなった」
歯車がきしむ音が聞こえる。ごく普通の人生を送るはずだった彼女の、人生の
歯車がずれはじめた音を、悟はなぜか聞いたような気がした。
「店のお客で結婚を迫ってきた人との間に、一人。この人はもう結婚していた人
で、私から別れた。そして、若い男との間に一人。この人はここで人生を狂わせ
てはいけないような気がして、やっぱり別れたの」
弥生さんは、ぱあっと笑顔になった。
「いくら子供好きっていったって、肉体関係持った人との間にぜんぶ子供が産ま
なくてもいいのにねっ! ……でも、全部ひきとっちゃった。好きだから」
「はい」
「軽蔑する?」
悟は大きく首を振った。
「こんな母親じゃ、嫌でしょう?」
「そんなことありませんっ! その、うまく口ではいえないけど……その……父
があなたを好きになったのが、何となく分かる気がするんです。同情ではなく」
弥生さんは、優しげに微笑んでくれた。
「……あなたのあなたのお父様はね、最初の人に似ているの。私の本当に好きな
タイプ。そして、最初の人よりもっと、私は好きなの」
あの親父が、という気持ちがあるが、人はそれぞれなのだろう、と悟は思った。
「ただ、やっぱりどうしてもこの店を捨てることができないの。かといって、あ
なたの家を捨ててもらうわけにもいけないし……大きいんでしょ?」
確かに、ちょっとした一軒家ではあった。
「離れて暮らすんじゃ、結婚する意味もあまりないし。それと水香が反対してい
るの」
「水香さんが?」
「うん。あの子も今の生活が好きらしくて、結婚することで店をたたまなくちゃ
いけなくなるかも知れないのが、嫌らしいのよ」
まさか、結婚を嫌がられる口実が、むしろ自分達の方にあったことを悟は知ら
され、自分は乗り込んだ当初は、断る口実を見つけようとしていたことが、ふい
に恥ずかしくなった。
「結婚したい、といっても急ぐことはないから、ゆっくり待ってみることにした
の。ここまできたらね。悟さんも関係者なんだから、ちゃんと見て、結婚に賛成
か反対かしっきりみきわめてちょうだい」
「はい」
しっかりと頷いた。
水香をのぞいた子供達は、近くの神社に集まっていた。
家を出るときに悟が、
「水香さんは?」
と聞くと、
「オレは親の手伝い。一人部屋を持つ者は、それなりの仕事をしなけりゃな」
水香は自分のことを、オレ、というらしい。それが不思議と似合っていた。
「じゃあ、俺の方こそ手伝わなくちゃ。昨日は俺が一人部屋を使わせてもらった
んだから」
「安心しな。あいつらの相手をするのも、りっぱな仕事だから。ほら、いってら
っしゃい」
悟を含めた子供達は、寒い外へと追い出された。
神社は小さく、寂れた雰囲気があった。氏神さまの前にちょっとした広場があ
り、子供達はいつもそこで遊んでいるのだという。
「缶蹴りするか」
言い出したのは、海だった。
「ちょっと待て。お前達はいいが、俺の隠れる場所がないんだが」
ラグビー選手のような巨体にもこもこしたダウンを着た悟は、もはや雪だるま
の状態だった。この狭い境内に隠れる場所は皆無と言っていい。
「それは、お前が悪いのであって、缶蹴りが悪いわけじゃない」
「……そりゃあ、そうだが」
「よし分かった。お前に鬼をやらせてやる。それなら問題はなかろう」
「よかろう」
返事をしたあと、悟はうまい具合に鬼にされたような気がしてならなかったが、
何はともあれ位置についた。
華歩が缶を蹴る。それにつれて、みんなが散らばっていく。缶をとり終えた悟
は、もとの場所に缶を置くとあたりを見渡した。
あたりは静かだった。
「さすが慣れてる」
まだ歩くのもあまりままならない火斗すら、見あたらなかった。きっと海あた
りがひっぱりこんだのだろう。
隠れていそうな社の方へ向かう。それにつれてガサガサと逆の方で音がする。
振り返ると、今度は社の方で音がする。
悟はいきなり走り込み、石垣に隠れていた華歩か果菜かを見つけた。
「見つけっ!」
「きゃっ!」
どうやら果菜ちゃんらしい。缶を踏みにいこうとした瞬間、カーンという高い
音が響いた。
缶は憎らしい海によって、遠くへ飛ばされていた。同時に、果菜も走り出す。
缶をようやく取り戻したとき、あたりは振り出しに戻っていた。
「なめられんなぁ」
海が一番の問題であることが分かった。
海の逃げた方向へいくと、ざざざっと走り抜ける音がする。それに合わせて反
対側も音がする。
こいつら、忍者か……悟は愚痴りたい気分になった。
問題は海と華歩で、その二人が捕まったらあとは楽だった。それでも、そこに
至るまでには十分以上かかり、悟は冬だと言うのに汗をかいたのだった。
「やっぱり素人に鬼はきつかったか」
「かぁいぃぃ」
達磨さんが転んだ、あや飛び、たかたか坊やと遊びは続いたが、住職さんが焚
火を始めたので、みんなで火をかこんで座り込んみ、悟はようやく落ちつくこと
ができた。
悟の膝うえには火斗が座り、あたたかな火の前で眠たそうにしていた。
「子供は元気だな。いまイモを焼いてやるからな」
住職は五十過ぎの痩せた人だった。坊主というよりは用務員のおじさんといっ
た容貌をしていたが、海とは気が合うようだった。
「いつも悪いな」
「気にするな。ときに、その大きな方は?」
「あぁ、記憶喪失なんだって。うちで預かっている」
住職さんは驚いたように口を開け、悟をゆっくりと見回した。悟はすこしだけ
苦笑した。
「それは大変なことで。まあ、焦らないことです」
「どうも」
アルミホイルに包まれたサツマイモが投げ込まれていく。風が吹いて、ばちば
ち ぱちぱち、と火がはぜた。背中の向こうで、常緑樹の大木が寂しげな音をた
て、悟はふとあたりが冬であることを思いだした。
ざざざっ ざっ ざざざぁ
ざっざざ ざざぁ
静かなる林の音に耳を傾け、目は火のゆらめきを見つめる。しばらく子供達も
何も語らなかった。
「……いつもここで遊んでいるのか?」
「いや、いつもじゃない。週に3回ぐらいかな」
海がこたえた。
「他に友達は?」
「混ざることもあるけど、だいたいは兄弟だけだな。勉強が忙しい奴がおおくて
な」
悟の昔もたしか、多くて5人ぐらいで遊んでいたことを思いだした。兄弟だけ
でも、けっこうこと足りてしまうのだろう。
「昔はよくいたものだけど、最近はこいつらだけだな」
住職はしわのある無骨な手で、華歩と果菜の頭をなでた。
悟は炎をかこむ子供達を見渡した。海、華歩、果菜、加羅、火斗、半分ずつ血
のつながった兄弟達は、しっかりとした絆と愛情で結ばれているように悟には感
じられる。彼らのあつい焼き芋をほおばる表情がまた、何ともいえず幸せそうだ
った。悟も火斗と半分にして、いただくことにした。
「そういえば、ジイさん。今度、もしかしたら兄弟が増えるかも知れないらしい
んだ」
海の突然の言葉に、悟は口にいれた芋を吹き出しそうになった。
「ほう。お母さん、また子供を産みなさるのかね」
「いや、結婚するらしい。向こう側が子持ちでね」
住職が目を細め、孫娘が結婚でもしたような温かい笑顔を浮かべた。
「それはめでたい。今度こそ、長くいくといいな」
「俺もそう思う。ジイさんも、幸せになれるように毎日祈ってくれよ」
「もちろんだとも。今度は、その新しい兄弟を連れて、遊びに来てくれや」
「ああ、でも金持ちのボンボンの息子だからな、俺達とは合わないかもな」
悟の大きな胸板の下の、小さな心がきゅうと傷んだ。
「お前達なら大丈夫だと思うが、もしいじめられたらここに来い。お前達がどれ
だけいい子か、ちゃんと言ってやるよ」
「その時は、さっさと追い出すさ。でも、有り難な」
違う人生を歩んできた、悟の知らない人達がやがて、自分の人生と重なる。不
安を感じていたのは、向こうも同じだった。再び会うとき、彼らは自分を受けと
めてくれるかどうか。悟は無意識に、火斗を抱きしめた。
風は蕭々と吹いていた。