#2529/5495 長編
★タイトル (HHF ) 94/ 3/22 14:10 (130)
「家族になりたい」 (2/7) ■ 榊 ■
★内容
むかし、星を見にいったことがある。
雲ひとつない夕焼けを見て、今日はきっと満天の星をみれるに違いないと確信
し、自転車をかって外に出た。
こんな街中では、星は見えない。もっともっと田舎にいかなければ……ただそ
れだけを思い、ひたすら北へ進んだ。
こぎだしたペダルは軽かった。都市を抜け、家並みがまばらになるとワクワク
した。
知らない道を抜け、知らない街を抜ける。
まだ見ぬ世界が広がっている。静かな街が広がっている。自転車は歩道を駆け
抜けた。
しかし、少年はやっぱり馬鹿だった。
国道は、街から街をつなぐ動脈。いつまでたっても、人里離れたところにつく
わけがない。
そして、天気はしだいに暗転し、雲が張り出していた。
天気予報を見ていない、月が明るいときは星は見えない、その時の星座を知ら
なくては面白くない……だというのに、思慮の足りない少年は、星が見たい一心
で家を飛び出した。
人通りがなくなっていく。車が少なくなっていく。あたりは寝静まった頃だっ
た。
心寂しくなった少年は、それでも引き返すに引き返せなかった。まだ星を見て
いない。
雲はどんどん敷き詰められていく。はては小雨さえぱらついている。
でも少年はペダルをこぎ続けた。
自転車は山間に入った。
もう星を見ることは絶対にできないのに、まだ同じ長さのある道を帰らなくて
はいけないのに、それでも北へ向かった。
坂道はつらかった。ペダルはようよう重くなり、少年は歯を食いしばって力を
いれなくてはならなかった。
横をトラックが通り抜けて行く、電灯のあかりだけが足元を照らす。
寂しかった。
鼻がじんじんして、気を抜くと涙が出そうだった。
長い坂道を抜け、少年は山を登りつめた。
そこで少年は、眼下に広がる街の灯をみた。
「……」
少年は少しだけ泣いた。
灯篭流しのような、平野いっぱいの灯。
星以上にしきつめられた光の粒は、強く明るかった。
あの光ひとつひとつが人が生きている証明だと思うと、少年は心がほっとする
のを感じた。
涙を袖でぬぐい、少年はようやく帰る決心をした。
星を見たのだから。
悟は水香の部屋に寝ることになった。
浴衣を借り、布団の中にはいると、ふと隣部屋のやかましい子供達の声を聞い
て、そんな昔の話を思いだした。
この部屋は静かだった。机とタンスと本箱と布団以外なにもない部屋は、ぽっ
かりと大きめの窓を持っていた。
そこに明るい星がひとつ、見えた。
寒空に、青白い光を煌々とはなっていた。
悟は何とはなく、その星に感謝した。
この家族と一緒になれることに、そして今日の出来事に。
水香の言葉は、あの街の灯のように、心の中を温かくしてくれた。
明日、朝一番にここを出よう。
そして、今度は兄として何気なく表れよう。
悟はそう決心して、布団にもぐりこんだ。
寒い部屋で、布団の中だけは何よりも温かかった。
襖がそぉっと開き、十才になる次女の華歩<カホ>の小さな頭がぴょっこりと飛び
出した。
「寝てるよ」
「何だ、本当に泥棒じゃなかったんだ」
襖が大きく開き、十四才になる長男の海<カイ>がぶっきらぼうに呟いた。
「居候のくせに堂々と寝ていやがるな」
「お兄ちゃん、朝だよぉ」
華歩が巨体を揺り動かして起こそうとしたが、山はビクともしなかった。
「華歩、あまい。お前ぐらいの体重なら、フライディング・ボディアタックぐら
いしなくちゃ効果はない」
「はぁーい」
「じゃあ、俺は肘打ちでいくから、同時にな」
「りょうかい、海兄」
「いくぜ、せーの……」
「あら、良く眠ってましたね」
食堂代わりの店へ行くと、昼ご飯を用意し終えた女将さん−−弥生さんという
らしい−−が声をかけてくれた。
「はい、お陰さまで。起こし方も最高でした」
首をさする悟を見て、弥生さんは愉快そうに笑った。
「この子達の起こし方は強烈だからね」
当の本人、海は何事もなかったかのように、さっさと席についた。
「はいはい、みんな座れぇ!」
水香の声が響くと、どたどたとあらわれた他の兄弟達が席についた。
その数の多さに、悟はさすがに少しばかり面食らった。
長女の水香が十六才。
長男の海は十四才で、性格は前述の通り。
次女が一卵生の双生児で、華歩と果菜<カナ>で十才。見た目ではよく分からない
が、海になついているのが、さきほどの華歩に違いない。
そして、次男の加羅<カラ>六才と、三男の火斗<カト>二才。
合計六人の子供達。
「いただきまぁす」
という声と共に、争うように食事が始まった。
ご飯と味噌汁と、昨日の残りらしい品々がたくさん並んでいたが、あっという
間に無くなっていった。
やばいっと思った悟もその戦いに参戦したが、どうも慣れが必要なようで敵に
一日の長があった。
食い終わった子供達は、我先に「ごちそうさま」というと、また部屋へと戻っ
ていった。
うぅ、食いのがした……悟は箸を加えたまま、悔しがった。ピラニアの方がま
だしも食べ方はゆっくりだと、悟には思われた。
「私達のをどうぞ」
弥生さんが笑いながら、台所で食べていた弥生さんと水香の分の食べ物を、机
の上においてくれた。
「いえ、大丈夫です。ごちそうさまでした」
「そうですか」
弥生さんは、それでも魚を半分わけてくれた。
かたじけない、と心の中で呟き、悟は最後の一杯を茶漬けにして有り難くいた
だくことにした。
水香も「ごちそうさま」というと、すべての食器を簡単に片づけて、部屋へ戻
っていった。どうも、みんなで楽しみにしているテレビがあるらしい。
店の中は、そうして二人だけが残された。
「今日はどうするんですか? 悟さん」
忘れていた。朝一番で家を抜けるはずだったのが、すっかり昼間で寝ていたの
だから、しょうがない。それでも早々に家を出るしかなかった。
「出ます。これ以上は迷惑はかけられませんから」
弥生さんはクスクスと笑っていた。
「悟さん」
「はい?」
そして、やっぱり笑う。
「えっ、何か?」
違和感がある。そして悟は、弥生さんが自分の名前を知っていることに気づき、
顔からさぁっと血の気がひくのを感じた。
「……」
「確信は無かったんだけど。うまく引っかかってくれたわ」
悟はやっぱり、おっちょこちょいだった。
「良かったら、もう少しゆっくりしていって。私もあなたを見ていたいから」
「……はい」