AWC 「滅亡と復活の狭間」(2)  井上 仁


        
#2526/5495 長編
★タイトル (VHM     )  94/ 3/13   3: 8  (188)
「滅亡と復活の狭間」(2)  井上 仁
★内容

            「滅亡と復活の狭間」(2)

                井上 仁


          「渡し守は、彼らに道を指し示す。」

「ばかっ、ミィ、静かに!」
 ラストのその言葉は、少々遅かったようです。
 その鳥はミィ達に気がついたのか、銀色の瞳を二人のほうへ向けました。
 しかし、それだけでした。
 金色の鳥はバロックの巨体をその小さなくちばしだけで軽々と持ち上げると、もう
二人には見向きもせずに、ばさり、とひとつはばたきました。
「あっ……」
 ラストがあわてて何か言おうとする前に、鳥は飛び去っていきました。地面すれす
れのところを、巧みに木々を避けながら。
 あとには、鳥が地面に残した銀色の軌跡と、ミィと、ラストが残りました。
 しばらく呆然としていたラストでしたが、しげみから飛び出して、ミィに言いまし
た。
「行こう!」

 追跡は、簡単でした。金色の筋は、きらきら光っていて、暗くなった森でもはっき
りそれとわかったからです。
 ですが、それも長くは続きませんでした。
「海だ……」
 そうです、島の端まできてしまったのです。金の糸は、水面の上を、地平線までま
っすぐに延びていました。
「ねぇ……ラスト、帰ろう。あたし、なんだか恐い……」
 黒く光る水面に銀の波を立てる海の彼方を見つめたまま、ミィが小さな声で呟きま
した。すこし、震えていました。この夜の海に、何か感じたのでしょうか。
「だめだよ。バロックのおじさんはどうするんだ。このまま放っておくのか?」
「あの鳥を見て帰ってきた人はいないのよ。もう遅いわ。きっとおじさんはあの鳥に
……あれは聖なる鳥なんかじゃなかったのよ。ただ人間を食べに、この島にきている
だけなのよ、きっと。だからもう……帰ろうよ、ラスト」
 終わりのほうは、涙声でした。
 それもあって、ラストは何も言えなくなってしまいました。けれど、引き返そうと
は思いません。かといって、ミィをこんなところに置いていくわけには……

「どうしたね、お若いの」

 その、かすれてしゃがれた声は、ぎぃ……ぎぃ……という音と共に、海から聞
こえてきました。陸の、すぐ近くでした。
 二人がはっとして声のした方を見ると、そこには一人の背の小さな老人が、人の良
さそうな笑顔を浮かべて、小さな船の上で櫂を持って立っていました。
 船は、岸に到着しました。ざん、という音がします。
「え、あの……あなたは?」
 ラストがそう言うと、老人はおお、というように手をひとつ打って、
「そうであったな。自己紹介をせねばなるまい。儂の名前は、プレマ。お若いの、そ
なたら、聖なる鳥を追っていると聞いたが?」
 聖なる鳥、というのを聞いて、ミィがやや表情を歪めます。
「行くのだ、二人とも。行ってバロックがどうなるのかその目で確かめるのだ」
 プレマは毅然としてそう言い放ったのでした。質問の答えも待たずに。
「聞いた、って、誰も知らないはずなのに、どうやって聞いたんだ?」
 ラストの問いに、老人は答えませんでした。答えないかわりに、ラストに櫂を手渡
して、逆にこう聞いたのです。
「まあ聞け、お若いの。聖なる鳥は人を食ったりなどせん。あれはこの先の島にいる。
だがな、お前たち、そこに行ったら、もうここには、あの村には帰ることはできない
……かもしれん。それでも行くか?それでも行けるのか?これが、考え直す最後のチャ
ンスだ。さあ、どうか?」
 彼の言っている事に矛盾が含まれていることを、ラストは指摘します。
「……さっき、あんなにはっきり、行け、って言ったはずだろ?言ってることがお
かしいぞ、じいさん」
「……確かにな。だが、一つ一つのことは正しいことだぞ。二つのつながりがおか
しいのはな、お前達が心配ではあるが、なにがなんでも行かせたい、という気持ちが
あるからじゃよ。……さて、ここまで正直に心中を語ったのだから、お前達も儂に
正直なところを教えてくれるのだろうな?」
 慣れている人が聞けば、それこそ論点ずらし以外のなにものでもありません。しか
し、平和すぎる環境で、まっすぐな言葉しか聞いた事のないラストやミィには、その
点を発見することはできず、ただただ受に徹するのみです。
「え、そうだな……」
「あたしは行く」
 思案顔のラストとは対称的に、ミィは瞬時に解答を出しました。そのまま今度はラ
ストに向かって続けます。
「ね?」
 ……小さいときから、ミィはよくこの言葉を使っていたものでした。ラスト16
年の人生の中、これを断ったことはありません。この二人は、お互いに相手が主導権
を持っていると思っているようです。
「ま、まあ、それもそうだな……」
 今回もやっぱり、断れません。
「……どのように『それもそう』なのかは知らんが、まあとにかく、方針は決定し
たわけだな?うんうんそうか、行くとてか。よかったよかった……
 ……ふん、そこまで言うのならばしかたがない。後悔するぞ、少年たちよ」
「なんだこのじいさん……」
「あたし、真面目な人だと思ったのにー……」
 小声で呟き合う二人を見て、歳不相応なほど派手な笑い声を立てる老人。
「はぁっはっは。面白い子供達だ。冗談だ冗、談」
「行こう、頭痛い」
「そりゃ気持ちは分かるけど、このおじいちゃん面白いと思うよ」
「わかったわかった。じいさん、この船借りるよ」
 もうすでに船に飛び乗っています。ミィが続きます。
「ああ、もってけもってけ。転覆させるなよ」
「大丈夫。俺のおやじに会ったらよろしく言っといてくれ。じゃ!」
 そう言って、二人は海へと漕ぎだしていきました。ですから、老人が今までとはまっ
たく違った、真面目な表情をしているのには気がつきません。
「……よろしく……宜しく、か。そうもいかんのだよ……」
 そして、手の中に光る銀色の筒に目を落とし、使ってしまった、とため息。


 きぃ……きぃ……きぃ……
 夜の海です。
 海に聞こえるのは、ラストが櫂を動かす音だけ。
 ラストだけに聞こえる音がもうひとつ。ミィの、規則的な寝息。
 もう、真夜中になってからかなり時間がたっています。
(けっこう、遠いな……)
 すっかり目が醒めたはずの彼女は、漕ぎだしてすぐに眠ってしまいました。
 だから、ラストはそれからずっと片方の膝を動かせないでいます。船には当然、枕
なんてありませんから。
(それにしても……)
 足がしびれてきました。早く島に着きたいです。
 けれど。
 いくら進んでも、島の影などいっこうに現れません。
 陸から見渡したときは、あんなに近くにあったのに……
 まるであの島が蜃気楼だったかのようです。
 もう、出発した島も見えなくなってしまいました。
 もしかしたら、自分達の住んでいた島も、蜃気楼だったのかもしれない。
 単調な作業を繰り返しながら、ラストはそんなことを考えていました。
(だとしたら、俺も、ただのまぼろしなのかもな……)
 そこまで考えて、ふと、海に向けていた視線を下に落としました。
 ミィは、そこで気持ちよさそうに眠っています。まだ、起きる気配はありません。
(ミィ……)
 ラストは櫂から片手を離し、何度かためらいながら、そっと、彼女の頬に触れてみ
ました。暖かい感触が、てのひらを通じて伝わってきます。
 ……よかった。
 なぜかほっとして、彼はまた視線を海に向けます。

 あれ?

 ラストはそこで、妙なことに気がつきました。
 あの、まっすぐよりちょっと右に寄った前方の海の色が、よく見るとかなり広い範
囲で、他の場所とすこし違っています。
(なんだろ、あれ)
 ラストは船を近づけます。
 船の舳先が、色の変わる境界にさしかかりました。
 こつん。
 その境界の上にある見えない壁にぶつかって、乾いた音がしました。
 ラストは船を戻し、さっきより勢いをつけてぶつかってみます。
 ごつん。
 ……うーん……
 ミィを起こして相談でもしようか、などと彼が考えていた、その矢先でした。

 ばさささっ ばさささっ

 初めはかすかに、そしてしだいにはっきりと、鳥の羽音が聞こえてきました。ラス
トははっとして振り返ります。
 そこには、金の羽を輝かせ、一条の光の筋となって天を飛来する「「「
 聖なる鳥!
 まっすぐに、まっすぐに、透明な壁に、一直線に、向かって。
 もうすぐ壁と衝突する、というときに、鳥が鋭い鳴き声を一つ、放ちました。
 すると。
 色の変わる境界が、鳥の体と同じ金の光を放ち始めました。それは一本の曲線で、
海を大きな円形に切りとっています。
 次の瞬間、そこから金の光の壁が吹き上がりました。
 それは二瞬ほどでまた海面に沈んでしまいます。
「あれは……」
 そして、その円形の中に現れたものは。
「島だ!」
 ラスト達の住む島の半分ぐらい、直径が2キロ強ぐらいの円形の島でした。
 黄金鳥はそのまま境界の中に、いえ島に向かって飛んでいきます。
 少年の第六感が、突然、警告を発します。それに従って、全力で櫂を動かすラスト。
もちろん、あの島に向かって。
 同時に、島の輪郭が、少しずつ歪み始めました。何となく色も薄れていくような「
「「消えています!空気に溶けるように、少しずつ、でも確実に!
「ど、うな、ってる、んだ!」
 直進する小船、消える島。
 先手必勝、でしょうか。
 なんとか、島がその形を保っているうちに、境界線の上まできた「「「瞬間。
 境界の金の光が、まばゆく光を放ちました。
「やば!」
 まだ船は半分しか進入していません。ラストはミィを抱いて前の方に飛び移ります。
 二人は間に合いましたが、船はだめでした。

 ばぁっぁぁっぁぁぁぁぁん…………ぁぁん……ん……

 水面から上がった光の壁が、小船を両断してしまいます。その影響で、壁全体がう
なり声に似た音を出しながら震えます。
 問題は、別のことです。
 ラストは、運動はできるのですが……泳ぎだけは……
 ミィは泳ぎをしたことがありません。

   (ミィ……!)

        意識が「「「


                  つづく。






前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 井上仁の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE