AWC 「SPAER」(6)     悠歩


        
#2521/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/ 3/10   0: 1  (175)
「SPAER」(6)     悠歩
★内容

「えっ? それじゃ茉莉華ちゃんは………」
 既に死んでしまったと言う子が、最初で最後であるのならば、茉莉華はその夫婦の
子供では無いと言うことになる。
「うむ、君が疑問に思うのももっともだ。これが事実だとしたら、一度出産を済ませ
た婦人は、君の知っている茉莉華という子を産めないはずだ。
 ところが戸籍上、茉莉華と言う子は岡崎医師の正式な次女となっている。これは血
液型からみても問題は無いし、戸籍に手を加えた痕跡も無い」
 話を聞けば聞くほど、次第に現実離れしてきて、葉崎の言わんとする事が判らなく
なってくる。
 そして、更に葉崎の口にした言葉は話をSF世界の物語へとするものだった。
「君は『クローン人間』と言うのは知っているかい?」
「知ってるよ、漫画とかにも出てくるもん。人の細胞の一部を使って、その人と同じ
人間を造ることでしょう」
「ほう、こりゃあ参ったな。今日びの小学生は侮れんな………」
 それは葉崎独特の、少し相手を馬鹿にした様な言い方ではなく、本当に関心して言っ
た様だった。
「まさか、おじさん………葉崎さんは、茉莉華ちゃんがその子のクローン人間だなん
て言うんじゃないでしょうね」
「ビンゴ!! 大正解だ」
 司はそれまで真面目に話を聞いていたことが、ばかばかしく思えて来た。
 この葉崎と言う男は、ただの妄想家なのではないか?
「こらこら、その目は俺の話を疑っているな。ちょっとこれを見てみろ」
 そう言って葉崎はテーブルの上に、何か小さな紙切れを置いた。
 言われるまま司はそれを手に取って見た。
 それは古い新聞の切り抜きだった。
『受精卵人工分離に成功』
 切り抜きの見出しにはそう書かれていた。
「受精卵ってのは何だか判るか?」
「うん………」
「そうか、今の小学生は進んでるそうだからな。まあ、話が早くていい。
 つまりその記事には本来一人で生まれてくる筈の受精卵を、人工的に双子にする事
に成功したと書かれてるわけだ。
 もっともその受精卵は実験の後破棄されて、それが無事に個々の人間に成長するか
どうか、確認されていないがな。
 だがそれが無事に育つとしたら、これは紛れもなく同じ人間の『クローン』となる
訳だな。どっちがオリジナルになるのかは知らんが」
「こ、これって………いつの記事なんですか?」
「岡崎夫妻に最初の子が生まれる少し前だ」

「うそだ………そんな事、絶対にうそに決まってる」
 葉崎の言おうといている事を察した司はそれを否定した。
「うそだって、何がだ? 俺はまだ何も言っていない」
 葉崎の表情は、それまでの何処かふざけている様なものでは無く、真剣な大人の物
となっている。
「葉崎さんは、茉莉華ちゃんがそのクローンだと思っているんだ」
 しばらくの沈黙。
 司は葉崎がその事を否定してくれる事を期待していた。だが、葉崎は何も言わず、
険しい目で司を見つめていた。
 やがて………
「もちろん、そのことを証明する確実な物はない」
「ほら………やっぱりそうだ。葉崎さんは、きっと漫画の読みすぎなんだ」
 しかしまだハッキリと否定されていない事に、司の不安は消えはしない。
 さらに追い打ちをかける様に葉崎は続けた。
「俺はこのネタに命をかけている。だからこそ十年もの間、ひたすら岡崎医師を追い
続けたんだ………。
 いいか? さっきも言った様に茉莉華と言う子は心臓の病気なんかじゃない。それ
なのに何故病気だと思いこまされているのか? 何故君が近づく事を岡崎医師は拒ん
だのか?
 それは茉莉華と言う子が入れ替わった時、それに気付く人物がいては困るからだ」
 葉崎はなおも続ける。
「最初の子は死んだと言う事になっているが、どうもそれはうさん臭い。実はな、罰
当たりとは思いながら、その子の墓を調べたんだよ。
 墓の中には何が有ったと思う? 何もない、空っぽの骨壷が一つ納められているだ
けだった………。
 おそらくその子は当時岡崎医師の開発した装置の中で、今もなお眠っているに違い
ない。
 それでは何故、その子が死んだ事になっているんだ?
 それは将来、臓器の提供者とその子が入れ替わるのに支障が無い様にするためだ」
「うそだ………うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ!!! だって、茉莉華ちゃ
んもその子も、同じその人の子供じゃないか。それを、そんなふうに出来る訳ない。
葉崎さんだってさっき、証拠は無いって言った。全部葉崎さんの勝手な想像なんだ」
 興奮した司が大声で叫んだ為に、何時の間にか増えてきた店中の客の視線が二人に
集まった。
 それを葉崎が左手を軽く挙げ、「なんでもない」と言う事を知らせた。
 それから人々が、各々の会話に戻るのを待ってから葉崎は話し始めた。
「ああ………そうだな。どうもお喋りが過ぎた様だ。フフッ………こんな事だから何
年も特ダネを物に出来ないでいるのかも知れないな。
 君と茉莉華ちゃんの仲があんまりいいんで、焼き餅でも焼いたのかな。こいつぁ大
人げ無かったなあ………ハハハハハッ」
 それはもう、いつもの少し陽気なおじさんと言う感じの葉崎に戻っていた。
 そして伝票を手に取り立ち上がった。
「さあ、そろそろ帰らないとお母さんに叱られるぞ」
 まだ興奮冷めやらずにいる司を促して、レジに向かった。
 それから二三歩歩いたところでふと立ち止まって振り返り、話し忘れていた事を司
につげる。
「ああ、あの子の入院先は美浜大学病院だ」
 そして聞こえるか聞こえないかの声でつけ加えた。
「後のことは自分で確かめてみるんだな………」

 美浜大学病院は、司の街から電車で三駅乗った先にあった。
 司は、母親からヴィーナスに長距離の訓練をさせるからと言って電車代をもらった。
 朝、司が出かけようとすると、家にいた父親が一緒に訓練に行くと言い出したのを
「友達が一緒に来るから」と何とかごまかした。
 駅から病院までは三十分ほど掛かってしまった。
 途中で道行く人に場所を訊ねたのだが、曲がる道を一つ間違えてしまった為だった。
 多少遠回りはしてしまったものの、病院には十時を少し過ぎた頃に到着した。
 幸いな事に、病院のすぐ近くが公園になっていたため、司はそこでヴィーナスを篭
から出して空に放った。
 ヴィーナスは司の上で数回旋回をしたのちに、家の方角をつみけ出して飛んで行っ
た。
 そう言えば、このところ茉莉華の事に気を取られていてヴィーナスの訓練は休みが
ちになっていた。
「心配はないと思うけど………」
 少しずつ伸ばして行かなければならない訓練の距離なのだが、昨日も訓練をサボっ
た上に、今日は今までの最長距離の倍以上はある。
 僅かに不安を覚えた司だったが、茉莉華の事が気になりヴィーナスの事を考えるの
はそれまでになった。

「うわっ、どこを探せばいいんだろう」
 病院は司が思っていた以上に大きかった。
 とりあえず入院患者のいる東病棟の入り口にまでは来たものの、そこに掲示された
案内板を見て司は閉口してしまった。
 案内板によれば東館の二階から六階まで病棟になっている。
 ざっと数えて、大部屋、個室を一緒にしても一階に二十室。さらに西にも同程度の
病棟がある様だ。
「看護婦さんに聞いた方がいいかなあ」
 そう思ったが、案内板に面会時間が午後二時からとなっていた事で、こんなに早い
時間に来たのが知られたら追い返されてしまうのでは無いだろうかと不安になってし
まった。
 それにあの葉崎の言った事が本当なら、茉莉華の事は教えてもらえないかも知れな
い。
 いや、それどころか看護婦も茉莉華の事を知らされていないのでは無いだろうか。
 とにかく看護婦に聞くのは止めた方がいいだろうと司は思った。
 となると仕方ない。片っ端から病室を調べていくしかないだろう。
 司は二階の端から一部屋ずつ、病室に掲げられたネームプレートを頼りに、茉莉華
の病室を探して行った。
 休日の面会時間の前でも、病棟の廊下には思ったより人通りがあった。
 入院患者や付き添いの人、掃除婦に看護婦。
 最初に看護婦の姿を見たときには、咎められるのでは無いかと思い、ハラハラした
が、看護婦は別に司のことを気にする様子も示さなかった。
 それに思ったよりも、時間前に面会に来ている人も少なくない様だった。
 しかし、やはり茉莉華の病室を看護婦に聞くのは何か不都合の様に思えた司は、そ
のまま自分で部屋を探した。
 二階、三階と茉莉華の名前を見つけることは出来なかった。
 どうもこれまで見て来た病室は、比較的軽い患者が殆どの様だった。
 殆どの病室はドアが開かれていて、入院患者達はそれぞれ雑談をしたり読書に耽っ
たり、何かのゲームに夢中になったりしていた。
 また休日と言うこともあってか、どこかに外出しているらしく、六人部屋などでは
プレートに書かれている人数より、部屋にいる人は少なかった。
「ほんとうに、ここに茉莉華ちゃんがいるのかなあ」
 まだ病室の半分も調べていなかったのだが、司は疑わしく感じ始めていた。
 葉崎に聞いただけで、それが本当のことかどうか確認を取った訳ではない。(だか
らこそ、こうして探しているのだが)
「坊や、誰か探しているの?」
 司が一部屋一部屋、ネームプレートを確認しているのを不信に思ったのか、車椅子
に乗った老婆が声を掛けてきた。
「あっ、いえ………べつに……なんでもないんです」
 慌てた司はしどろもどろに答えると、急いでその場を立ち去ろうとした。
 だが、ふと思い直して足を止める。
「あ、あの………おばあさん、茉莉華ちゃんって女の子が、この病院に入院している
はずなんですけど」
「茉莉華ちゃん? さあ………私は入院が長いから、ここにいる患者は大抵知ってい
るけどねぇ。幾つくらいの子なの?」
「えーっと、十歳になるかならないくらいなんですけど」
「そのくらいの歳の女の子は、確か三人入院してたけれど、そんな名前じゃなかった
ねぇ」
 老婆は少し何かを思い出すような表情を見せてからそう答えた。
「岡崎先生の娘さんなんですけど」
「おや………岡崎先生の。そんな子が入院していたら私が知らない筈はないね。ここ
には入院していないよ」
 そして老婆は近くを通り掛かった看護婦に確認を取るために声を掛けた。
「看護婦さん、岡崎先生の娘さんが入院したなんて話、聞いてるかい?」
「いいえ、聞いてませんよ」
 しかしこの会話を司は最後まで聞いていなかった。

 帰りの電車の中で、司は涙がこぼれそうになるのをじっと堪えていた。
 やはり葉崎にからかわれていたのだ。
 他の事なら我慢も出来る。
 だが、茉莉華のことは許しがかった。もしかするともう二度と会うことが出来ない
かも知れない少女の事をからかいの材料にした葉崎が憎かった。
 クローン云々などと言う話も、所詮葉崎の作り話だったのか。
 そのことを真剣に悩んだ自分はなんだったのか。
 今度葉崎を見掛けたら、絶対に許さない。司は誓った。





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