AWC 「SPAER」(3)     悠歩


        
#2518/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/ 3/ 9  23:22  (192)
「SPAER」(3)     悠歩
★内容


 僅か一週間、茉莉華の家の周りをうろうろとしていただけで、調査と言うのにはあ
まりにも稚拙過ぎる内容である。
 しかし司にとっては念入りな調査のつもりだった。
 後は実行有るのみである。
 決行は火曜日。
 その日は市内の小中学校の先生たちの集まりが有るために、学校は午前中の授業の
みで、後は給食を済ませて終わりである。
 そして先週のその日、茉莉華の母親はどこかへ出かけている。
 もしかすると今週も出かけるかも知れない。そうだとすると、家に忍び込んで茉莉
華と会うのには絶好のチャンスだ。
 学校が終わると新しいゲームを買ったと言う友達の誘いを断り、帰宅もせずに茉莉
華の家に向かった。
「今日はヴィーナスの訓練はお休みだな………」
 本当は毎日の訓練を一日でも休んでしまうことは、決していいことでは無い。
 ヴィーナスを飼うときに毎日の訓練は絶対に欠かさないと言うのが、父親との約束
だった。
「でも、仕方ないよな。あの子のためなんだから」
 少し後ろめたい気持ちに、司はそう自分に言い訳した。
 茉莉華の家の前に着いたのは二時半を少しまわった頃だった。
「ちょっと早いかなあ」
 まだ家の中に茉莉華の母親がいるかも知れない。それどころか、今日も出かけると
言う保証は無い。
 今頃になって司はその事に気がついた。
 暫く門の前を行ったり来たりして、なんとか中の様子を伺おうとしたがさっぱり分
からない。
 そんな事をしている間にも時間は無駄に過ぎていく。
「えーい、イチかバチかだ」
 司は中への進入を決めた。
 所が今度はその進入の手段が見つからない。
 前回は幸いな事に、塀の近くに停車していた軽トラックを踏み台にすることが出来
たが、今日はそれがない。
 門は堅く閉ざされ、塀も乗り越えるのには高すぎた。
「チクショウ!! 何かないかなあ………」
 進入手段を求めて司は塀の周りを探し歩いた。
 しかし容易に中へ入るための方法は見つからなかった。
「あれ、何とかなるかなあ」
 司が目をつけたのは塀のそばに建つ、一本の電柱だった。
 他の教科と比べて、体育は得意中の得意であった司だが電柱登りなどはやった事が
ない。
 しかし他に何も無い以上、それをやるしか塀を越えて茉莉華に会うことは出来ない。
「絶対に茉莉華ちゃんに会わなくちゃいけないんだ」
 そう思いこんでいた司は電柱に歩み寄って行った。
「なんだこれ?」
 近づいて見ると電柱には間隔を置いて、何本かの針金が巻かれていた。
「看板でもあったのかな」
 司はそう思ったが、捨て看板の為にしてはかなり高い位置にまでその針金は巻いて
あった。
 しかし司にとって、その針金の用途などはどうでもいいことだった。
 少々難はあるが、足場にはなりそうだ。
 電柱にしがみつき、爪先に注意を払いながら針金を足場に、司はそろそろと登り始
めた。
 もともと運動神経には自信のあった司だが、頼りないながらも足場のあった事で電
柱を上るのは思ったよりも簡単だった。
「おっ、ラッキーかも知れない」
 塀の高さまで電柱を上った司は呟いた。
 ちょうど塀の向こうは見覚えのある、茉莉華の部屋の前だったのだ。
「よいしょ」
 電柱から右手を離し、塀の天辺を掴む。続いて左手。
 後は電柱から飛ぶようにして足を持って来る。
 司は塀の上で懸垂をしている様な格好になった。その足を塀の上に上げると、今度
は蛙の格好になる。
 登るのはやっかいだったが、身軽な少年にとって飛び降りるのにはそれほど危険な
高さではない。それにもう一度、前回の進入時に経験済みだ。
 司は躊躇無く一気に塀の上から飛び降りた。
 さて何とか上手く中には入れたが、どうやって茉莉華と会えばいいだろうか。
 司のすぐ頭の上に、茉莉華の部屋の窓がある。
 窓は閉められているが、大きな声で呼べば聞こえるだろう。
 だが家に他に誰かがいるかも知れない。はやる司は茉莉華の母が出かけたのかどう
かさえ、確認をしていなかったのだから。
 暫く植え込みに隠れて、司は家の中に茉莉華以外の人間の気配がないかどうかを探っ
た。
 どうやら司にとって幸いなことに、人の気配はない。
 茉莉華の母親も留守のようだ。
「ばっちり、調査通りだな」
 単に偶然ではあったが、司は自分の調査の成果を誇らしく感じた。だが、この成功
は友達に自慢する事は出来ない。
 自慢をすれば、自分の不法侵入の事も知られてしまうからだ。
 植え込みからそろそろと出て、司は茉莉華の部屋の窓の真下に立った。
「茉莉華ちゃん………茉莉華ちゃん」
 人の気配はなかったがそれでも警戒して、司は小さな声で茉莉華の名を呼んだ。
が、茉莉華が窓から顔を出す様子は無い。
 司の声が聞こえないのだろうか。
「まさか、もう入院しちゃったんじゃ………」
 いままで考えもしなかったが、それは充分考えられる事だった。
 茉莉華の母が出かけている(らしい)のも、そのためかも知れない。
「どうしよう………」
 どうやって茉莉華の病院を探し出せばいいのだろう。
 病院が分かっても茉莉華に会うことは、家に忍び込むよりも更に困難に思える。
「まだ入院したと決まった訳じゃない」
 司は茉莉華の部屋の窓の近くにまで枝を伸ばした木に目をやった。
 烏に襲われたヴィーナスが羽を休めていたと言う木だ。
「よし、この木に登ってみよう」
 茉莉華は部屋で眠っているだけかも知れない。
 少なくとも、それを確認するまでは帰る訳にはいかない。

 電柱をよじ登るのに比べれば、表面におうとつのある木を登ることはさして難しい
事ではなかった。
 窓の高さまでは一分ほどで登り着いた。
「ここからじゃ、よくわかんないなあ」
 窓にはカーテンが閉められていて、部屋の中の様子は窺い知れない。
「大丈夫かな、これ」
 司は真っすぐと窓まで伸びている枝を足で押してみる。
 さすがにこの枝を伝って茉莉華の部屋にたどり着く事は無理であるが、ある程度は
近づく事が出来そうだ。
 四つん這いになって司は、その枝をゆっくりと茉莉華の部屋に向かって進み出した。
「茉莉華ちゃん、茉莉華ちゃん」
 これ以上は限界と思われる位置まで来て、司は少女の名を呼んでみた。
 待つことなく、カーテン越しに誰かが窓に近づいて来るのが見えた。
 子供の様だ。茉莉華に違いないと分かった。
「だれ?」
 窓を開けて司の顔を見た茉莉華の目に驚きの色が浮かぶ。
「あなたは! たしかつかさ………おにいちゃん」
「へへへっ、憶えててくれたんだね。会いに来ちゃった」
「そんなところにいたんじゃ、危ないよお」
「お家の人がいたら、まずいからね」
「いまはパパもママもいないわ。危ないから早くおりてよ、まりかも下にいくから」
 茉莉華は泣きそうな声で言った。
 そして司の返事も聞かず、窓の向こうの扉に姿を消した。
 茉莉華に「早く降りて」とは言われたものの、これは大変な事だった。
 まず枝から幹の方に戻るのにも、四つん這いにつかまった状態では方向転換する訳
にも行かず、司は後ろ向きのままでゆっくりと後戻りをした。
 ようやく木の幹まで来て、今度はどうやって身体を起こし幹を降りて行けばいいの
か困ってしまった。
「助けを呼ぶ訳にはいかないよなあ、やっぱり」
 どうにもならない状態で、司は泣きたくなったが茉莉華が自分の姿を見ているかも
知れないと思い、涙を堪えた。
 いつまでもここでじっとしていたら、もう下で待っている筈の茉莉華が心配するだ
ろう。
 女の子の前で弱い姿は見せたくない。
 そんなプライドが司に次の行動を起こさせた。
 枝を挟み込むようにしたいた足を枝の上に上げる。
 そして一か八か、一気に身体を起こす。
「うわっ」
 思わず声が出る。
 バランスを崩し、木から落ちそうになるがどうにか手が木の幹に触れしがみつく。
 全身から冷たい汗が吹き出ているのが感じられた。
「あーっ、やべぇ」
 どうにか立ち上がって、木から降りられそうだと感じられると少し余裕が出てきた。
「さっきの叫び、聞かれちゃったかな」
 そんなに大きな声では無かった筈だと、司は思った。
 まだ少し心臓の鼓動が落ち着くまでじっとしていたかったが、茉莉華に余計な心配
はかけたくなかったし、何よりも女の子の前で格好の悪い所は見せたくない。
 小さく深呼吸をし司は急いで、そして慎重に木を降り始めた。
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
 下で待っていた茉莉華は、司が完全に木を降りきるのを待って心配そうな声を掛け
てきた。
「へへっ、このくらい何でもないさ」
 茉莉華の前で、司は精一杯強がって見せた。
「ねえ、どうしてあんなところにのぼっていたの。きょうはヴィーナスちゃんはいな
いの」
「う、うん。茉莉華ちゃん元気にしているかなあ、って思って。ヴィーナスの訓練は
今日はお休み」
「つかさおにちゃん、わたしにあいにきてくれたの」
「あ、ああ」
 一度ならず二度までも不法侵入してきた司に茉莉華は嬉しそうに微笑んでくれた。
「あのね、おにちゃん」
「ん? なに」
 ふいに茉莉華は改まった様子になる。
「おにいちゃん、わたしとおともだちになってくれる?」
「なんだ、そんなことたら僕たちはもう、この前から友達じゃないか。だからこうやっ
て会いに来たんだぜ」
「ほんとう。よかった」
 司の言葉に喜ぶ茉莉華の表情は、本当に嬉しそうだった。
 そんな茉莉華の笑顔を見ると、司もなんだか幸せな気分になった。
「だけど、あいにきてくれるんなら、ちゃんとげんかんからくればいいのに」
 どうやら茉莉華は父親が司の家を訪ねて来た一件は知らないらしい。
「うん………それがさ……」
 司はどう言ったらいいものかと思案にくれながら、茉莉華の顔を見つめた。
 きょとんとした可愛らしい瞳が、司を見つめ返してくる。
「茉莉華ちゃん………あのさ」
「なあに?」
 今日の茉莉華のパジャマは、いかにも女の子らしいピンク色の可愛らしいものだっ
た。しかしパジャマを着てはいるものの、茉莉華には病人の待つ陰りのの様なものは
感じられない。
 ただ長いこと、陽の光に当たったことがないのだろう。肌の白さが目立っていた。
「茉莉華ちゃん………入院するんだって?」
「あれぇ、わたしこのまえ、おはなししたっけ? そうだよ、まりか、しゅじゅつす
るんだよ」
 司の予想に反して、茉莉華の答えはあっけらかんとしていた。もしかすると、茉莉
華はその手術に伴う危険性については知らされていないのかも知れない。
「う、うん。茉莉華ちゃんのお父さんに聞いたんだ」
「パパから」
「この間、茉莉華ちゃんのお父さんが僕の家に来たんだ。それでその時に、茉莉華ちゃ
んが手術をするって」
「パパったら、まりかにはなんにも言ってなかったのに」
「それでね………、その時に、もう茉莉華ちゃんには会わないでくれって言われて…
……でも、そんなの僕はいやだから、こうやってまた家の人のいないときを狙って忍
び込んで来たんだ」
「……………」





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