AWC あこがれ(2)              正木 章


        
#2513/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 2/17   6:43  (174)
あこがれ(2)              正木 章
★内容
                (2)
 「ハレルヤ」ナンバー1の売れっ子にしては、マコちゃんの舌技はどこか
ぎこちなく隆志には感じられた。
 「いててっ」 時々前歯と隆志の亀頭が引っ掛かる。
 「ごめんね、隆志君」
 謝るとき、チラッと顔は見るが、すぐ背ける。意識的に、マコちゃんの視
線は隆志の男根の方に向いていた。
 「はぁぁっ、・・・・・・・・」
 舌がじっとりと隆志を包み込んでいる。先端をくすぐると、隆志の表情も
一変した。
 マコちゃんの口の中は、膨らみきった隆志で、かなりの密度塞がれていた。
 ただ、長年の勘というやつか、マコちゃんはここらへんで口を放した。
 マコちゃんは知っていた。ここで隆志の面子を潰すわけにはいかなかった
のである。
 唾液の引く細い糸を人指し指で断ち切ると、湯船から出て、マコちゃんは
マットを敷きはじめた。
 マットをシャワーで洗うと、その次はマットにローションをまき散らした。
ソープランドで行う行為というのは最初、ゴムボートのようなマットの上で
行われる。ベッドは再戦の時になって始めて使われるのだ。
 「隆志君、湯船から上がって、ここにゴロンとなって」
 いよいよ本番である。しかし隆志は不安であった。
 もしここにいるのが、単なるソープ嬢であるなら何の恐れもなかったはずだ。
失敗しても掻き捨てにすれば済む。だが目の前にいるのは、隆志にとっては真
子であった。失敗は隆志の心にまた傷を刻むことに成りうるのである。
 ゆっくりと湯船から隆志の体が浮き上がり、その体はマットの上に置かれた。
あとはマコちゃんのなすがままである。
 しかしここでマコちゃんは、いつもとは違う行動に移ったのである。彼女の
マニュアルからすれば、次は女体で男の体を洗う「ボディ洗い」というプレィ
に入る予定であった。
 マコちゃんの細い呟きが隆志の遙かな想い出を刺激した。
 「隆志君、キスしたことある?・・・・・・の 」
  「ん、いや・・・・・・  」
 マコちゃんの表情が、少し落ち込んだ。
 「うそつき・・・・・・・・  」
 マコちゃんの唇が、静かに隆志の唇へと近づき、触れた。
 「ん、・・・・・・おもい出しなさい」
  唇を一度放しマコちゃんの一言放った。もう一度、唇を塞いだ。しかし、そ
れはセックスの小道具ではなかった。
 マコちゃんの涙が、隆志の頬を濡らした。実は、気づいてほしかった。本
当の自分を見てほしかった。
 唇を静かに放した。じっと隆志を見た。目線は語りかけている。
 「真子ちゃん・・・・・・  」
 その言葉をすぐ訂正しようとした。しかし、マコちゃんに正直なところは
言えなかった。
 隆志は、ここにいる女の子を如月真子と思い込み、自分と如月真子以外の
女の子のことについて口を開いた。
 「真子さん、実を言うと僕はキスしたこと・・・・  」少しの沈黙の後に、隆
志は正直なところを告白した。「僕は、その子のことも好きだった。嫌いだっ
たのにいつか好きになっていたんだ」
 隆志は、目に見えるものとその本来の姿を混同することはなかった。もう
分かっていた。
 「僕が本当に好きだったのは飯島昭子だったかもしれない。なのに、真子
さんの方ばかり向いていた。あのときの昭子ちゃんは怖かったから、逆らえ
ず、ずるずるいってしまったけど、けど、昭子ちゃんが好きだったこと、よ
うやくこんなときになってわかったのかもしんない」
 隆志は、隠していたことを心の中に留めていた疑問と一緒に吐き出した。
配慮なんて何処かに行ってしまった。この相手には正直な所をズバリと言っ
てしまった方がいいと判断したのだ。湯冷めをさけるため、隆志はもう一度
湯船に入り直した。さっきよりは温めだ。
 「真子さんは頭よかったけど、昭子ちゃんはキワドイところだったから、
府立のいいところを受けようか、私学に行こうか迷ってたんだ。そんとき、
昭子ちゃんは、いつも僕を張り倒していた昭子ちゃんが僕に尋ねてきたんだ。
驚いた」
 マコちゃんは無言hj。少し裸でいた時間が長かったせいか鳥肌も立ってい
る。
 隆志の拳は固く握られていた。過去を積み重ねていた分、想いも深かった。
 「僕は、昭子ちゃんが弱気なところ見せたのハジメテだったから驚いた。
僕は、そんとき私学の女子校勧めたんだ。府立、大学の浪人率高かったから」
 マコちゃんは顔を伏せた。精神的な防御本能が、隆志の言葉とともに顕在化
したのだろう。
 「そんとき昭子ちゃん、僕にありったけの文句ぶちまけたよね。「私、可愛
くないの? 」とか、「私がいなくなったら如月さんといくとこまでいくんで
しょ」とか言って。その後、驚いた。僕に昭子ちゃんがキスしてくれた。僕、
いっつも昭子ちゃんにからかわれて、バカにされて、なじられたりしてたのに。
よく考えれば、心の中の時間は真子さんと一緒のことが多かったのに、実際の
学校での時間は、昭子ちゃんと一緒の方が長かったよね」
 隆志は天井を仰ぎ、マコちゃんに視線を向けた。
 「あこがれなんて、自分から動かなけりゃ実現しないんだ。僕は、自分の側
で、自分のことを思ってくれた女の子のことを大切にしなきゃいけなかったん
だなぁ。本当に昭子ちゃんには申し訳なかったと、思う」
 これで、隆志の全ては清算された。ソープランドで初恋について語るなんて
こと考えられないことであったが、隆志の心はそうすることを自然に選んだ。
 マコちゃんの心は、先程まで激しく揺れていた。しかし、ここは職人である
ことをマコちゃんは選んだ。
 マコちゃんは、身動きにしなをつくった。彼女が決めたことは、ここでは如
月真子を演ずることであった。
 「真子は、思うんだけど、隆志君が私にあこがれをもっていたから、こうし
て心は届いたんだと思う。私、隆志君に会えてよかった。だって、私も隆志君
とこんなことしたかったせいか、こんな仕事やってんだと思う。私だって、恥
ずかしかったもん、えっちな本買うのって・・・・・・ 」
 マコちゃんは知っていた。如月真子が、そういう本をこっそりと読みふけっ
ていたことを。
 「プレィの時間、あと40分ね。けど、隆志君とはこんなケバいところじゃ
やりたくない」
 マコちゃんは、同窓会の約束を思い出した。
 「1か月後の同窓会、隆志君の童貞を私に頂戴。あらためて、好きだって言っ
てくれたから、そのお礼」
 ソープで本番をやらないことは詐欺である。しかし、隆志は自然にそれを了
承した。不服ではなかった。お金を払ってセックスするのも、実際のところ気
が引けたのであった。
 「マコちゃん、高校んときなにしてたの? 」
 「そうねぇ、吹奏楽部でフルート吹いていた」
 「へぇ、そうだったんだ・・・・・・  」
 隆志は、大人になって始めて、恋の次の段階を踏むことが出来た。話をする
くらいの時間は十分あった。コーラを二人で一つ飲み合って、隆志はマコちゃ
んというあこがれと一緒に話し合う時間を過ごしたのであった。
 しかし、同窓会の三日前、二人はある事実に縛られることになったのであっ
た。辛いことであったが、二人の関係に大きな影響を与えた。


 遺影には、長い髪の日本人形のような清楚な女性の姿があった。彼女の姿は
思い詰めたような、深刻な形相を参列者に向けていた。
 黒い背広に身をつつんだ隆志が、線香を捧げ、手を合わせ一礼した。そして、
これには他の参列者が「生き写しだ」と驚いた様子であったが、中学校時代の
クラスメート飯島昭子が焼香したのであった。喪服のなかには、元気だったら
あんな風になってたかもな、という声無き声も聞かれたかもしれない。
 それほど、如月真子と飯島昭子は血色を除いたら酷似していたという事であっ
たのだ。
 生野隆志、飯島昭子、この二人の青春時代に係わってきた女の子、如月真子
はこの世から姿を消した。心筋梗塞、享年21歳の最期であった。


 昭子は元来、やや太めの女の子であった。しかし隆志を恋し、卒業の別れに
よってその初恋が破れたこと、それが彼女の高校生活に大きな影響を与えた。
 高校時代、昭子は髪を伸ばし、そしてダイエットに励んだ。その成果は、容
になって現れた。そしてその姿は、奇しくも如月真子と酷似していたのであっ
た。
 しかし、昭子は高校時代に恋することはなかった。隆志とのことはトラウマ
になっていたのだ。あこがれを持つことが怖かったのだ。あこがれを持つこと
は、高すぎる望みだと弱気になっていたのだ。
 短大に入学はした。しかし、思春期の頃から蓄えていた興味は、もう制御す
ることが困難になっていた。
 昭子はソープ嬢を選択し、いつのまにか「パピヨン」のナンバー1になって
いた。愛の無いセックスは、昭子の望んでいたもの全てであった。好都合だっ
た。相手を想わないことは気楽だった。
 しかし今は、そんな昭子ではなかった。
 真子の死で少し醒めた感のある同窓会であったが、色々な境遇の連中が集まっ
て、それは結構楽しい物であった。
 昔のクラスメートに会えたことは、昭子にとって楽しい事であった。昭子の
変貌振りには男どもが目を丸くしたほどであった。
 しかし、昭子の同窓会は、これからが本番であった。
 誰も見て居ないところで生野隆志と待ち合わせ、そしてミナミを見下ろすホ
テルに二人は足を踏み入れた。


 「髪の毛切ったんだね。どうしたん? 」
 コートを脱いで、昭子はソファに腰掛けた。隆志にすすめられたドライビー
ルを口にして、ため息を一つ見せた。
 「だって、恋してるもん。隆志君、仕事やめちゃった。仕事してるときも切
なくて、胸が痛くって」
 「恋をすると髪を切る? 逆じゃないの、昭子ちゃん」
 今までの如月真子風のロングヘアから、髪を少し切ってソバージュにしてい
る昭子の姿が隆志の側にあった。
 「真子ちゃんが死んだことでふっきれた。いくら外面だけ真子ちゃんしてて
も、飯島昭子は隠せないの。隆志君に見てほしかったんだ。飯島昭子も結構イ
ケるってこと」
 「あのねぇ、それじゃイケイケだよ」
 「あーっ、言っちゃったねー! 隆志、どつかれたい? 」
 手を合わせ失言を詫びる隆志、しかし今の隆志は、昔のおどおどしていた隆
志ではなかった。
 「昭子・・・・  ちゃん・・・・  」
 少しずつ言葉を刻み、そっと髪に触れた。
 服には、煙草の匂いが少し染みついていた。その体を両手で握りしめ、じっ
と昭子の方を見つめた。
 隆志の顔が立派になっていることに昭子は興奮していた。もう構わない。委
ねることに不安はなかった。
 隆志の体が昭子に急スピードで迫ってきた。
 「昭子ぉぉぉっ!! 」
 ベッドの上に重なる二人、表現は濃厚かつ野性的であった。絡む唇は、昭子
に対する想いの全てであった。全身が重なりあい、伝え合う。

 あこがれは夢のままでは終わらなかった。運命の悪戯が隆志を此処に導いた。

                               FIN




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