AWC 祭 6      永山


        
#2487/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 2/ 6  10: 9  (200)
祭 6      永山
★内容
連載第二回 江戸川乱歩殺人事件     香田利磨
*登場人物              氏木強蔵(うじきごうぞう)
明智小五郎(あけちこごろう)     地獄王子(じごくおうじ)
越後薫子(えちごかおるこ)      越後一丸(えちごかずまる)
山村記子(やまむらきこ)       朝霧順(あさきりじゅん)
峰科金十造(みねしなきんじゅうぞう) 峰科千代子(みねしなちよこ)
峰科万作(みねしなまんさく)     峰科百代(みねしなももよ)
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これまでのお話・・・越後一丸は妹の薫子と共に、親友の峰科万作の別荘に招
待された。別荘に行ってみると、万作の父・金十造の元に、地獄王子と名乗る
者から殺人予告の手紙が。金十造は明智小五郎に依頼したから心配ないとして
いた。が、探偵到着前に、妻の千代子と共に車椅子で庭を散策していたところ
を怪人物に襲われる。彼は目に香辛料などを振りかけられ、一時的な失明状態
となってしまった。これは単なる序曲に過ぎないのか?
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「あの、その怪人物の顔は、お面だったとは考えられませんか?」
 ぶしつけに、薫子が聞いた。
「そうねえ、冷静になってみると、そうだったかもしれないわ。でも、さっき
は、いきなり襲われて、何が何だか分からなかったから」
 千代子夫人が答える。
「それでしたら、どうしてその人物が、男だったと言えたんでしょうか?」
「え? そんなこと、言いましたか、私?」
 きょとんとする夫人。全く、覚えがないようだ。
「ええ。確かにおっしゃいましたわ。『黒い帽子に黒い服を着た男が』と。ど
こで判断されたんですか?」
「……分からないわ。感じだけなのよ。突き飛ばされた感触も、ひどく暴力的
だったし」
「分かりました」
 薫子が満足そうにうなずいたところで、部屋に金十造氏が入って来た。開け
放たれたままの扉から、車椅子を自分で動かして来たのだ。包帯のせいで目は
見えていないはずだが、どうやら、屋敷内の間取りは、だいたいの感覚で記憶
しているようだ。
「お父さん! そんな無理をしなくても」
 万作が叫んだが、それを手で制した氏は、
「やはり、説明をせねばならんな」
 と、重たい声で言った。
 千代子さんが車椅子の後ろに回り、ゆっくりと部屋の中ほどまでに運ぶ。
「家族ばかりか、客人達にも迷惑をかけて、すまんと思う。さっき、わしを襲
ったのは、脅迫状を送りつけて来よった奴と同じに違いないのだ」
「地獄王子ですか」
「その通り。わしはあの後、この寝巻の懐に違和感を覚えた。探ってみたら、
これが出て来おったんだ」
 氏は、一枚の便箋を取り出した。おどろおどろしいまでに絡み合った蔦の模
様が、周囲を縁どっている。
<峰科金十造よ、貴様を苦しめぬいて、命を奪ってやろう。すぐには殺しはせ
ぬ。まずは貴様に、この世の地獄を味わってもらおう。その後には、真の地獄
が待っていよう。これは運命なのだ。明智小五郎なんぞに守ってもらおうとも、
その行き着く先は同じなのだ。我が名は地獄王子>
「以前に来た手紙と、同じ字ですか?」
 文章に目を走らせてから、薫子が聞いた。
「同じだ。分量は、これよりも多かったがね」
「最初の手紙は、どこにあるんでしょうか? 見せていただけたら……」
「いや、残念ながら、処分してしまったのだ。気分が悪くなってな。しばらく
しまっておいたのだが、それから悪夢にうなされて、たまらず手紙を処分して
しまったのだ」
 吐き捨てるように、金十造氏は言った。
「それからは、悪夢は見なくなったということですか?」
「そう。まあ、明智探偵に依頼したせいもあったのだろうが、何とか精神の安
寧を見ていたのだが」
「この文章からすると、地獄王子と名乗っている人物は、明智小五郎に探偵依
頼をしたことを知っているみたいですわね」
 薫子がつぶやいた。それから、彼女は髪をわずかにいじってから続けた。
「明智探偵へ依頼した事実を知っているのは、ここにいる私達の他に、どなた
かいますか?」
「うむ……。いや、誰も知らんはずだが」
「そうですか」
 薫子は、やや考える仕草を見せたが、それもすぐにやめた。
「明智探偵の他に、近い内に、このお屋敷を訪ねることになっている人物は、
いますでしょうか?」
「ああ、それなら、いるとも」
 答えたのは、万作だった。
「薫子君達とは面識がないんだが、僕の友達がね。朝霧順というんだが」
「私も、大学で知り合った、山村記子さんが来る予定になっているけれど、そ
れがどうかしたかしら?」
 と、今度は、百代さんが言った。
「他にはいませんか?」
 薫子は念押しをした。
「いらっしゃらないんですね。それでは、さっきの方達はお泊まりに?」
「そうよ、前々から決まっていたことなの」
「ということは、そのお二人のどちらかが、地獄王子を名乗る人物だと考えら
れません?」
 薫子の話している途中で、私は彼女の言いたいことが分かったが、それを止
めることはできなかった。ああ、とっぴもないことを言ってくれたものだ!
「ははは! これはいいね。明智探偵が来るまでは、薫子君に探偵役を任せて
よさそうですよ、お父さん」
 万作の言葉に、先ほどから難しい顔をしていた金十造氏も、苦笑いを浮かべ
ている。目の痛みも忘れてしまったかのようだ。
「そうだな。いいかね、薫子さん。実は、山村記子さんと朝霧順君は、許嫁の
間柄なのだ」
「え?」
「二人の両親と、わしは旧知でな。両家とも自分の子に相手を見つけようとし
ていたから、わしが間に入って、縁を取り持った。そういう二人が、どうして
地獄王子などと名乗って、わしを脅かさねばならないのかな?」
「そうでしたの……。あの、少しも知らなかったこととは言え、とんだ失礼な
ことを口にしてしまって」
 妹は、恥ずかしそうに謝った。
「構わんよ。だが、明智探偵が来たら、混乱させるようなことは進言しないで
くれることを願うかな」
 冗談めかして、金十造氏は言った。ようやく、屋敷内に明るさが戻りつつあ
った。

 呼び鈴が鳴った。百代さんが玄関に出向くと、じきに二言三言、交わすのが
窺えた。我々が集まっていた広間に、彼女は客人を連れて来た。
 訪問者は中年の男性で、どうしたことか天気が悪いにも関わらず、サングラ
スをしていた。痩身で中背、髪はやや白くなりつつある。
「お父さん、明智小五郎さんが来られたわ」
 百代さんが、目が見えないままでいる金十造氏に伝えた。
「おお! よく、来て下さいました」
「明智小五郎です」
 と言って、探偵は金十造氏から順に、頭を軽く下げていった。
「ところで、峰科さん。その目はどうされました?」
 明智探偵の質問に対し、金十造氏自らが、先ほどの恐怖を語って聞かせる。
「それは……。私がもっと早く来ていれば、そんな目に遭わせることもなかっ
たでしょうに」
 申し訳なさそうに、明智探偵は言った。
「いや、そんな謙遜せんで下さい。幸い、目をやられただけで、これももう少
しで治るはずですからな」
 それから金十造氏は、娘である百代さんに、「皆さんを紹介して差し上げな
さい」と命じた。百代さんの方は、簡潔にしかも的確に、紹介を進めていく。
家族、私、薫子の順で紹介した。自分は、名探偵を目の前にして、きっちりと
した挨拶をしようと緊張してしまった。声がかすれるのが恥ずかしい。
 薫子は逆に、面白がっている風に見受けられる。私のように緊張した様子は
微塵も見せず、何というか実に優雅な動きで、頭を下げて礼をした。
「お会いできて光栄です。明智さんのご活躍は全て、読ませていただきました。
特に『蜘蛛男』と『幻人幻戯』には感心させられたものですわ」
 薫子の言葉に、明智探偵は面食らったようになった。どうも、薫子のような
娘が探偵小説好きとはにわかに信じ難いようだ。
「それはうれしいですね」
「私自身、探偵のように推理を働かせることが大好きですの。今後もし、私で
力になれることがありましたら、ぜひ協力させてください」
 調子に乗る薫子に対し、曖昧に笑う探偵。
 私はそろそろ辞めさせないと、と思い、薫子の袖を引っ張った。
「こらこら。あまり無茶を言うもんじゃない。ほら、明智さんも困っていらっ
しゃるじゃないか」
 途端に薫子は不満そうな顔になった。すかさず、明智探偵が口を開く。
「そんなことないのですがね。私としてはとにもかくにも、先に皆さんの紹介
を聞いてしまいたい気分なのですよ。確かに、ここにおられる方は全員、紹介
いただきましたが、百代さんはまだ何か言いたそうですからな」
 これには薫子も引っ込まざるを得なかったのだろう、口やかましい妹はチャ
ックをしたように唇を合わせた。明智探偵を尊敬しているからこそ、こうなる
のだと思う。
 百代さんはこれまでと同じ調子で紹介を再開した。
「他に、まだお見えでないのですが、私の友人の山村記子さんと、兄のご学友
である朝霧順という方が来ることになっています。このお二人は、許嫁ですの」
 と、先ほどの説明を繰り返し、明智探偵に聞かせる。
「分かりました。早速ですが、私の使命は金十造氏の身を守ることです。部屋
の方に伺いたいのですが」
 明智探偵は言葉を決めていたらしく、百代さんの説明の後、すぐに言った。
「それは頼もしい限りだが……。何はさておき、明智さん、あなた自身を部屋
に案内せねばなりますまい。そこへ落ち着いてから、護衛の話ということに」
 金十造氏はそう言うと、百代さんに明智探偵を部屋まで案内させた。
「さあ、こちらは退散としよう」
 私は未練がましくしている薫子を促し、部屋に戻ることにした。
「夕食の頃、呼ぶよ」
 万作の、そんな快活な声が背後からした。

「思っていたより、ずっと若々しいわ」
 部屋に入り、扉を閉じるなり、薫子は私に言った。訳が分からず、
「何のことだい?」
 と、私は妹に聞き返す。
「当然、明智小五郎のことですわ。あ、やはり、フルネームで呼び捨てにする
のが、名探偵には似合っている感じがする」
「若いって、薫子、おまえは明智探偵の年齢を知っているのか?」
「もちろんですわ、お兄さん。明智小五郎が生まれたのは一九〇五年のことと
されているんですの。ですから、計算すると五十九才のはずでしょう? それ
なのに、目の当たりにした探偵は、とてもそんな年齢の人には見受けられなか
った。そうは思いません?」
「それはそうだが……」
 私は明智探偵の風貌を思い浮かべながら、続けて答える。
「きっと、得意の変装術を用いて、若々しく見せているんじゃないのかな。昔
のイメージを守るために」
「そんな、見た目を気にする方ではないと思いますけど……」
「薫子がそう思いたいのも分かるけどね」
 うろうろ歩き回る薫子を見つめながら、私はいささか得意になって喋る。
「考えようだよ。依頼者を安心させるため、昔のイメージを大切にしているの
だとしたら、いかにも名探偵らしいじゃないか」
「それもそうですわ」
 ようやく納得したようにうなずいて、薫子は椅子に腰を落ち着けた。そして、
急に話題を転換する。
「朝霧さんとか山村さんとは、お兄さん、お知り合いなんですの?」
「朝霧順とは少しだけだが、面識があるよ」
「それでしたら、朝霧さんがいらしたときに、本人かどうか、はっきり確かめ
られますわね」
「何だ。まだおまえ、地獄王子のことを考えているのか? 考えるのをよせと
は言わないが、朝霧や山村さんのことを疑うのはやめるんだな」
「お兄さんの言うことも分かります。親友の親友であれば、ご自身にとっても
親友も同じでしょうから、疑ってほしくないのでしょう」
 薫子は笑って言った。彼女の言う通り、私は朝霧順や山村記子さんを疑うこ
とはためらわれる。万作や百代さんを疑われているような気分にさえなってし
まいかねない。
「でも、探偵方法の原則として、私情を差し挟んではならない、というのがあ
りますわ。だから」
「全てを疑うというのは、悲しいことだ」
「全てを疑っているんじゃありません」
 薫子はにっこりと笑った。何だと思って、説明を求めて妹を見つめ返す。す
ると薫子は、
「お兄さんは疑っておりません、私」
 と笑みを崩さぬまま、さらりと言ってのけた。

−続く




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