AWC 一遍房智真 魔退治遊行 元寇   西方 狗梓


        
#2399/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  93/11/25   4:43  (173)
一遍房智真 魔退治遊行 元寇      西方 狗梓
★内容

一遍房智真 魔退治遊行−元寇− 西方 狗梓:Q-Saku/Mode of Fantasy

 伊予に帰った一遍は写愚の寺を訪れていた。弘安四年七月。写愚はニコニコと
一遍の話を聞いていた。が、話が終わると途端に真顔になって、
「実は一遍殿、博多に行って欲しいのだ」
「博多?」
「うむ。元寇のことは聞いておろう」元寇とは、モンゴル民族の中華帝国・元が
日本を侵略しようとした事件だ。従来の王朝と同様に朝貢を求めてきたのだが、
執権・北条時宗は強硬姿勢をとった。時宗は度重なる元の朝貢要求に業を煮やし
使者を刑場で斬った。事実上の宣戦布告である。二度目の元寇が行われようとし
ていた。御家人は九州に召集され防備に当たっていた。
「何故、私が?」
「今度は大規模な軍勢が攻めてくるという。儂は朝廷から元軍を呪法により破る
 よう命じられた。前の元寇では成功したが……。占えば元軍は非常に強力な魔
 力に守護されておる。我等が探し求めていた日本国の大魔縁にな」
「何故、元に日本の魔が? 大魔縁は帝の血を引く者にしか憑かない筈」
「妙な噂が流れておる。元軍の将軍は義経公の子孫だというのだ」源義経は平氏
追討の功労者だが、兄の頼朝に攻め滅ぼされた。しかし巷間では義経は平泉を脱
出、中国大陸に渡って元の臣下になったとされた。怨念を継承した子孫が日本を
滅ぼそうと元皇帝に日本侵攻を進言したという。義経は源の姓から明らかなよう
に、天皇の血をひいている。

 一遍は独り博多へ発った。勝利の自信はなかった。力が欲しかった。己の分身
が欲しかった。脳裏に屈託のない通有の笑顔が脳裏に浮かんだ。眩しいほどの天
真爛漫だ。内攻する一遍を陰とすれば、通有は陽であった。一遍は通有が異国警
護番役として九州防備に当たっていることを思い出した。一度で良い、通有と一
緒に魔と闘いたかった。危険だ。法力を持たぬ通有を巻き込むべきではない。し
かし共に闘いたかった。一つになりたかった。一遍は悩みながら、博多へ向かっ
ていた。

          ●

 博多湾を見おろす小高い丘。そよ吹く風も暑い秋の初め。一遍は、湾を埋め尽
くす元の大艦隊を険しい表情で見おろしていた。人の気配が近付いてくる。
「七郎様ぁ」通有が現れた。通有は子犬のように人なつっこい笑顔で近付いてき
た。
「六郎、無事だったか」一遍は目を細め、通有の日に焼けた精悍な顔を見つめる。
数年前、最後に会った時よりも格段に逞しくなっている。
「えぇ、なんとか」はにかんで俯く癖は昔の侭だった。
「海岸に築いた防壁の外に陣を敷いておるそうじゃな。皆、河野の後築地と剛胆
 さを噂しておったぞ」
「いや、あれは……、防壁の中は風が通らず暑いのです。だから……」
「ははは、うむ。だが、無理はするなよ」一遍は深い瞳で通有を覗き込む。
「はい。……で、至急の用と仰るのは?」
「うむ、そのことよ。六郎、儂と一緒に魔と闘ってくれ」
「は? 魔?」通有はキョトンとする。
「驚くのも無理はない」一遍は阿弥陀仏のお告げ、今までの全国遊行で遭遇した
事どもを話した。通有は考え考え、
「では、この度の元寇も魔が操っていると……」
「そうじゃ。魔が将軍の一人に憑いて元軍を操っておるのだ。ほれ、あそこに一
 隻、陰の気を立ち昇らせておる船があろう。あれに乗っておるのだ」
「そうと解れば話は早い。切り込みましょう」。勢い付く通有を制して一遍は、
「簡単に倒せる相手ではない。それで、お前の力を借りたいのだ。儂は此処から
 力の限り真言を唱えて闘う。お前は、この太刀で切り込め」一遍は破魔の太刀
を通有に手渡す。
「この太刀で?」
「龍王の破魔の太刀だ。これでないと、魔は切れぬ」
「しかし何の修行もしてない私が使って威力が出るとは……」
「いや、お前も龍王の末裔なのだ。必ず使える」
「しかし……」
「時間が無い。奴等が陸に上がり陣を構えたら容易に近付けん。いつ攻め寄せて
 来るかも解らぬ。今しかないのだ。さあ」
「解りました。はは、実は前から、七郎様の家に伝わるこの太刀には目を付けて
 いたんです。龍王の太刀とは知りませんでしたが、この見事な太刀を一度、使
 ってみたかった」三十二歳にしては、あどけない顔になって、屈託なく通有は
笑う。一遍も釣られて笑った。通有は笑顔の侭で通有は丘を降りていく。一遍は
陽炎に揺れる通有の後ろ姿を見送る。弘安四年閏七月一日。残暑厳しい晴天は、
あくまでも高く澄み切っていた。

 一遍は身固して結界の後、陰気立ち昇る船に向かって座る。まずは防御の真言
を唱える。
「オンバザラギニハラチハタヤソワカ」これで鎧を身に着けたことになる。続い
て心に龍王の姿を浮かばせる。龍王は仏法守護神の代表である。アシュラ、カロ
ーラ、天、夜叉など八種の守護神を総称して、龍神八部と呼ぶ。また龍神にも八
種ある。難陀、跋難陀、沙伽羅などで、うち沙伽羅が海龍王。海の龍神・三島明
神を奉戴する河野一族は沙伽羅の流れであり、一遍/通尚は、正しく末裔である。
観想/心に像を結ぶことは、一体になること。今、一遍は沙伽羅と同体になろう
としていた。水を統べる者にして北方守護神、海龍王・沙伽羅が、一遍の心裡に
現れた。クワッと目を見開き、一遍が絶叫する。
「ナァムンッマクサンマンダボォダナンッ シャガラッ ソワカッ」一遍の意識
は弧を描いて空に飛び出す。放物線を描いて海へと向かっていく。が、死点辺り
で突然、衝撃とともに飛行は停止した。何かに阻まれている。かなり強力な結界
が張られているらしい。海に入らなければ龍としての実体を得られない。海龍王
/一遍は歯軋りした。
「真言を唱え続けなさい」西の天上から穏やかな声が降ってくる。
「唱え続ける? 唱え続ければ、この強力な結界が破れると言うのですか」
「唱え続けなさい。門は開かれます。唱え続けなさい」語尾はたなびき、消え失
せていく。
「あ、阿弥陀仏、阿弥陀仏っ、何故、あなたは何時も……。すべてを教えて下さ
 い。阿弥陀仏、阿弥陀仏っ」返事はない。己より法力の強い者が張った結界を
破ることは不可能だ。実体同士の闘いでは、龍王は最強ともいえる。しかし、法
力は強くない。結界に阻まれては、手も足も出ない。絶望して天空を見上げ、海
上を見おろす。小舟が一艘、魔の船に近付いていく。一遍は目を凝らす。角を切
り落とした正方形に漢数字の三が大書されている。「隅切り三」、河野の旗印だ。
三島明神の神紋でもある。通有が切り込みをかけようとしているのだ。破魔の剣
を持つとはいえ、法力の援護無くして闘えば、結果は目に見えている。犬死にだ。
一遍は一心不乱に真言を唱え始める。
「ナァムンマクサンマンダボダナン、シャガラソワカ。ナァムンマクサンマンダ
 ボダナン、シャガラソワカッ……」

          ●

 京郊外の、とある山寺。閑散としている筈の境内はざわめき、修行僧たちがせ
わしく行き交っている。高僧と思しき立派な袈裟を纏った僧侶が、堂に出入りし
ている。元寇に当たって朝廷は内裏にある祈祷場は勿論、諸国の名刹、古寺に「異国降
伏(こうぶく)」を祈らせた。仏教の呪力によって元の軍勢を打ち砕こ
うとしているのだ。当時、呪法は実在のエネルギーだった。そのため私的に呪詛
を行った者は法によって裁かれた。呪法は国家が独占管理すべき強力な実効力を
持つテクノロジーだった。平将門や、他の朝廷に対する敵対行為には、軍の派遣
と同時に呪法も行われた。元寇の時が多分、古代から近代にかけて最大の呪法が
動員された国家の危機であったろう。この寺堂の中でも、呪法による戦闘が行わ
れようとしていた。
  堂内には五つの壇が並んでいる。壇は方形で一辺六尺。青、黄、赤、白、黒、
五色の紐を張り巡る。中央の壇には激しい怒りの表情をみせる不動明王像を安置
する。青黒く逞しい奴隷の姿、グロテスクな姿は、密教本尊・大日如来が垂れる
慈悲の一面を表している、という。右手に剣、左手に 羂索(つな)を持ち、ヒ
マラヤを象徴する岩を踏みしめる。不動の姿。最強の明王と云われる。降三世、
軍荼利、大威徳、金剛夜叉の四明王を率いて南面し、魔を降伏する。五壇法では
僧侶が、それぞれの明王に祈りを捧げ一体化する。明王の力で異国の軍勢を操る
魔を降伏しようとしているのだ。中央の不動明王を祀る壇の前に写愚が座る。助
手の僧侶が八人、侍う。他の四壇にも伴僧を率いた行僧が、それぞれ配置される。
「オン、サラバタタァギャタ、ハンナ、マンナナウゥ、キャロミッ」印を結びな
がら行僧たちが壇前普礼の真言を唱える。ダンッ。一斉に僧侶達が立ち上がり小
刻みに六歩、前進する。深く息を吸い込み歯を十二回噛み鳴らす。急に身を翻し
真言を唱える。形も声も一糸乱れぬ連動で、縦横交互に、等間隔にずらしながら
手刀を切る。臨兵闘者皆陣列在前。袈裟が舞い、袂が躍る。堂内に風が起こり、
ぶつかり合い、渦となる。身固め/護身の呪法である。精神を浄化することによ
り、小規模な結界を張って魔を防ぐのだ。
 角材を組んだ炉に火を点ける。油を注ぐ。躍り上がり怒りの表情を見せる炎。
その中へ、小さい勺を使って次々に供物を投じていく。粥、飯、五穀、塩。ここ
で花を供える。そして、芥子を燃やす。白煙が上がり、僧侶たちを包む。たなび
く芥子の香に僧侶達の意識は、法悦の次元へと舞い上がる。明王たちと一体とな
る瞬間だ。揺れる炎が舐める如くに明王像たちへと立ち上っていく。明王たちは
炎の揺らめきに連れ忿怒の表情を、なおさらに歪め、動かす。
 僧侶たちは、明王として魔と闘っていた。仮想現実ではない。彼らは実際に法
力/精神波で闘っているのだ。彼らの発する真言は堂内に満ち、一つとなって、
雄叫びとなる。明王たちの能力は、行僧の法力に依存する。明王は僧の法力に比
例した力を与えるに過ぎない。僧の法力/精神波を増幅すると言ってもよい。よ
って、相手の法力が此方を遥かに凌げば、精神戦(サイキック・ウォー)に敗れ
る。明王は退散し行僧は死ぬ。
 「ぐあああっっ」金剛夜叉の行僧が血ヘドを口から噴き出しながら、壇から転
落する。大威徳、軍荼利、降三世の行僧も次々に床に叩き付けられ、ドス黒い血
を吐き出す。ビクビクと痙攣しながら、事絶えていく。
 「ナゥマクサマンダバザラダンカンッ」静脈を浮き上がらせ、不動明王そのま
まの忿怒形となった写愚が、喘ぎながら真言を唱え続ける。
 「ナマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソハタヤウンタラタカンマン」
伴僧たちも決死の形相で守護の真言を唱え続ける。すでに絶叫に近い。

 写愚の意識の中に、戦場はあった。剣を振るい、羂索を唸らせ魔に打ち懸かっ
ていった。しかし、魔はビクともしない。破魔の太刀で切りかかる通有も苦戦し
ている。写愚は捨て身で魔の懐に飛び込んだ。剣は深く、魔の胸を貫いた、筈だ
った。が、痺れた手に残ったのは三鈷の柄のみ。剣は根本から折れていた。魔が
不動明王/写愚に初めて濁った目を向ける。写愚は敗北を覚った。法力が違い過
ぎる。
 「ナァムゥマクサマンダッバザラダンカンンッ」すでに消耗しきった力を振り
絞り、羂索を魔の首に巻き付け、締め上げる。
 「くあっ」魔は声をあげ、写愚に腕を伸ばし首を締め付けてくる。そこに一瞬
の隙ができた。通有が破魔の太刀を手に殺到する。
 「ごぶっ」写愚の喉が握り潰され胴と首が離れるのと、破魔の太刀が魔の腕を
切り落とすのとは、同時だった。

 「ぐっぎゃあああおおおおおっっっ」凄まじい咆哮が海に轟く。この時、一遍
の呪法を防いでいた魔の結界が破れた。凝縮された精神波が一気に海へと流れ込
み、塊となる。塊の影がユラユラと浮かび上がってくる、と見る間に水柱が一直
線に立ち上がる。水柱はうねり、魔と通有の乗る船へと落ち懸かっていく。龍だ。
 水龍が二間ばかりにも裂けた口で魔に食らいつく。魔はモガきながら邪悪の呪
文を唱える。青白い電光が水龍を包む。水龍はノタウつ。海が暴れ、白く泡立つ。
元の軍船が翻弄される。兵を振り落としながら、次々と波間に消える。水龍と魔
が巴となって天空に昇っていく。
 静寂に戻る。無人の海が広がっている。

(つづく)




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