AWC            幻の美少女(第3稿)      敏郎


        
#2328/5495 長編
★タイトル (MMM     )  93/ 8/28   5:38  ( 89)
            幻の美少女(第3稿)      敏郎
★内容


 あの日のことを僕は今でも憶えている。26になった今も。そうしてもうすぐ27
になろうとしているのに。
 あれは僕が高校3年生の高総体のときのことだった。僕は松山の国際体育館にバス
ケットボールの応援に行っていた。僕は友達と蛍茶屋の電停で会い、その友だちが松
山でのバスケットボールを見に行こうというのでついていった。
 たしか第一日目のことだったと思う。僕は高総体のときも学生帽子を被らなければ
いけないのかなと思ってその日学生帽を持ってきてなかった。それで体育館の前で出
席カードを出すときちょうど僕の一年のときの担任だった生物の馬場先生からゲンコ
ツをもらったことを憶えている。
 26になった今もあのときのゲンコツの痛さは憶えている。とても優しい先生だっ
たけどゲンコツだけはとても痛い先生だった。
 僕はそうしてゲンコツをもらったあと友人と国際体育館のなかへ入っていった。
 僕らは西側の空いている所に腰をかけた。みんなからちょっと離れて。その友人も
僕と同じようにちょっぴり孤独癖のある奴だった。高校を卒業してNTTに入ったけ
どもう何年会ってないだろうか。あの頃の高校の同級生でまだ大学に通っているのは
僕を含めて数人ぐらいじゃないだろうか。そして僕はあと少なくとも一年半は大学に
通わなければならない。
 もう遠い遠い昔のことなのに孤独な僕には昨日のことのように想い出されてくる。
もう9年半も前のことになるのだろうか。8年半だろうか。やはり僕の頭は腐れ始め
ていてこういう計算もできなくなったのだろうか。あの高校時代の元気だったそして
とっても頭の冴えていた僕はもういないのだろうか。今の僕はもう別人で、ただ同じ
過去を、淋しくて辛い過去の思い出ばかりだけれども、持っている全く別の人間にな
っているのではないだろうか。そしてその思い出も本当の僕の、それとも別の僕の思
い出に過ぎないのではなかろうか。本当に僕の、本当に僕の思い出なんだろうか。
 もう僕は結婚適齢期を迎えていて、そしてあのコも…見合いの話も来ているという
のに。そしてあのコはもう結婚しているかもしれないのに。もう、もうあまりにも遅
すぎるのかもしれない。僕のこの手記はもう、あまりにも遅過ぎるのかもしれない。
でも僕は書いている。一縷の希望を抱いて僕は書いている。明日死のうか今日死のう
かという日々が一と月ほど前まで一年近く続いていた。たび重なる留年に僕は生きる
意欲を喪くしかけ、苦労して働いている僕の両親への罪悪感のため押し潰されようと
していた僕だった。でも一と月ほど前からだろう。僕に不思議な生きる意欲が湧いて
きたのは。真夏の太陽が僕に何かを語り伝えたようだった。

 コートでは北側のコートで僕らの東高の試合が始まっていた。河野(僕と一緒に来
た友人)は友だちが試合に出ているので北側の長崎東の(たしか川棚高校だったと思
うけど)試合を熱心に見ていたけれど、僕は南側の方のコートの試合を見たりしてい
た。僕らの座っている所はガラ空きで僕らは2人ポツンと座っていた。そのときだっ
た。僕のななめ前方5mぐらいの所にとても可愛いとても目の大きい少女が僕を見つ
めて立っているのに気づいたのは…。ちょっとポッチャリした感じでそして今まで見
たこともないほど目が大きくて…。そして今までに見たことがないほど美しい少女だ
った。
 彼女は始め横顔を見せて立っていた。でも大きな目で僕を見つめて…。今思うけど
彼女はそっち側の顔の方が自信があったからだろうと思う。そうして横目で…大きな
大きな目で…僕を見つめて立っていた。4分ぐらいそうしていただろう。でも僕は俯
いたりコートの方を見たりして知らないフリをし続けた。僕は中学2年の頃から大き
な声がでないというノドの病気に罹っていて静かな所以外では女の子と恥づかしくて
口がきけなかったから…
 彼女はそして今度は真っすぐに僕を見つめ始めた。横顔で見つめていては駄目なの
だろうと思ったのだろう。でも僕は依然として無視し続けていた。でも無視し続ける
ことはとても辛いことだった。彼女より僕の方がきっと何倍も何倍も苦しかったと思
う。僕はもし喋りかけられたらどうしようと思って苦しくて苦しくてたまらなかった
。
 僕は苦しみながらも彼女を僕の記憶のうちの女性の誰かと照らしあわせていた。川
崎さん… 僕が中三の秋ごろ一目惚れしてラブレターを書いたけど出さなかった川崎
さんによく似ている。目の大きさといい顔の輪郭といいよく似ている。川崎さんなの
だろうか。僕の胸に三年近くになる思い出が蘇み返ってきていた。また高校二年の後
半、昼休みに誰もいない運動場で突然川崎さんへの愛慕の念に駆られて駆け出したあ
の青春の発作みたいな光景も思い返されてきていた。一度も口をきいたこともなかっ
たけど僕は彼女の青白い肌とちょっとポッチャリとした肉体を体育発表会の予行練習
のとき砂場の横に淋しげに立っていた体操着姿のあの光景のままに思い出していた。
 再び彼女に付き添っていた小さい2人の少女が彼女に帰ろうと催促したようだった
。でも彼女は『もうちょっと待ってね』とでも言ったようだった。彼女は依然として
微笑みつづけていた。
 やがて彼女は僕に背を向けて歩き始めていた。なんだか僕からすべての幸せが去っ
てゆくような気がしていた。またこれからの苦しみに満ちた年月が始まろうとしてい
るような気もした。彼女が去ってゆくのは僕の少年期が去ってゆきそして僕の青年期
が…苦しみに満ちた青年期が…始まるような気がしていた。
 彼女は途中で一回フッと振り向いた。でも僕は試合を見ているフリをするだけだっ
た。寂しげに試合を見ているフリをするだけだった。
 彼女たちは歩いて行っていた。僕からどんどん遠去かっていっていた。
 僕はいつの間にか目を潰っていた。そして目を開けたとき彼女の姿はもうほとんど
なかった。ノドの病気が追いやったのだ。彼女のちょっと太めの悲し気な背中が行き
先を喪ってオロオロと入口の方で動いているのが見えただけだった。

 それから3日間、ボクは狂ったようになって勉強した。将来きっと耳鼻科の医者に
なると思っていたのだ。

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p.s.
 これは僕が高三の頃、昭和55年ぐらいのこと、今からもう十二年も前のことにな
る。きっとあのコも今頃は28か9ぐらいになっていると思う。
  自分はこれを病院のベットの上で書いている。もう12年も前のことになるけれど、
懐かしくて出すことにしました。この小説は大学に入った頃に書いたと思う。バイク
で事故って今病院に入院しています。頭蓋骨骨折で2ヶ月の予定だけど頭がポーッ、
となります。でも…
                                        平成3年10月
/E




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