AWC 安らぐ[11]/有松乃栄


        
#2317/5495 長編
★タイトル (WMH     )  93/ 8/26   4: 5  ( 62)
安らぐ[11]/有松乃栄
★内容


  11

 翌日。
 紀美子がウガマ商店に出勤すると、辺りはなんとも煙っぽく、店の前を人が取
り囲み、警官の姿も見えた。
 社長は店の前で、憤慨したような顔で、
 「なんちゅうこっちゃ。年の瀬の、こんクソ忙しい時に!」
 と、歩き回っていた。
 人の壁を押し退けて、紀美子が現れると、社長はいきなり紀美子の両肩をつか
み、
 「ああ、面倒なこっちゃがな。ぼや起こしよってな、店の裏、壁あらへんがな」
 と、まくし立てる。
 「火事ですか? いつ?」
 「今朝方や。たまたま、煙出たんすぐ見つかったからええもんの、うちみたい
な木造のぼろい建物、もう少しでえらいことんなるとこやったがな」
 社長に腕を引っ張られ、店の裏へ行くと、色は真黒く、溶け出したように大き
な穴が開いた壁の奥に、柱がむき出しになっている。
 まるで、今にも崩れ落ちそうに、柱の一部分だけが、ボロボロになっていた。
 「店の壁や。みっとものうて、開けられん。なおしてもらわんならん。きみちゃ
ん、今日のところは帰って」
 「はあ。何か出来ることは」
 そう言う紀美子の背中を、社長は押し、警官を店の中へ招き入れる。
 店の戸の前に、呆然と立ち尽くしていた紀美子だったが、遊代が目の前にいて、
微笑んでいることに気づいた。
 「メリークリスマス」
 照れたように、上目使いに紀美子の顔を見上げ、遊代がぼそっとつぶやいた。
 紀美子はバッグの中から、きれいにラッピングされた箱を取り出し、遊代の目
の高さにかがんで、渡した。
 前から約束していた、腕時計である。
 遊代は小声で、うつむきながら「ありがとう」を言い、いたずらっぽい笑顔を
見せた。
 「あんたも、大変やね」
 遊代と並んで歩きながら、紀美子は、独り言のようにつぶやいた。
 「ついといで。なんか、飲ませたげる」
 「本当? プレゼントもらったのに」
 「……あんたは、いい娘やねえ」
 紀美子は、向こうの方から歩いてくる、まるまると肥えた婦人の姿がやけに気
になって、何度も振り返った。
 (あのねえ。あたし、誰が店に火をつけたのか、わかってるの。でも、その人、
今ちょっとかわいそうだったから、言わないの。おじいちゃんは、まだ責任をとっ
ていないから、これから反省しないといけないの)
 遊代は小声でつぶやき続けた。紀美子にはぶつぶつとしか聞き取れなかった。
 「え、なんて? なあ、なんて言うたん?」
 遊代は、笑いながら手を振った。あまりに明るく、大きな声で笑うことに、紀
美子は驚いた。
 普段は無口で、殻にこもりがちな遊代が、たまに晴れやかな顔をして、自分に
報告してくるその姿を見ると、紀美子の心は必要以上に浮かれる。
 だが、紀美子は同時に、こうも思った。
 彼女はおそらく、人を信じることが苦手になるだろう。今はまだ気がついてい
ないけれど、いつかきっと、自分を見る周りの目が、弱者にそそがれたものであ
ると思い込むに違いない。
 けれど。
 幸せになってほしい………………。
 ……遊代は、紀美子の掌に黄色い包みを入れた。
 何かと問う紀美子に、遊代は、
 「責任」
 とだけ、言った。

                                (つづく)





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 有松乃栄の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE