AWC 魔女の微熱 ー1ー  作 うさぎ猫


        
#2266/5495 長編
★タイトル (CWJ     )  93/ 8/ 4  12: 6  (176)
魔女の微熱 ー1ー  作 うさぎ猫
★内容
  sapaシリーズ1

  鈴の音は狂ったソプラノだった。
 あるいは、それは神の声かもしれない。
ねっとりとした漆黒の闇の中、天までつらなる階段。赤いジュウタンの
それは血の色を思わせるに充分だ。
 その横にどっしりと構える祭壇では祭司が気がふれたように一心に祈
る。それを取り囲む幹部信者たち。ひれふし、祈る。ただ一心に。
 おおぉっ!
 歓声は読経のように響き、宮殿の空気を震わせる。祭司やその側近で
ある神官たちも同調し、憑かれたように大声を張り上げ、まるで自らの
喉から血でも吹き出さんばかりに、大きく、大きく声を上げる。
 女神アフロディテ!
 祭司は女神の名を叫ぶ。美と愛と豊穣の神。金色に輝くまばゆいばか
りのヴィーナス。大宇宙に散らばる人類と人類類似系の心の支え。
 神官のひとりがマントにくるまれた女性を、赤いジュウタンの階段を
昇らせる。女性は天に向かって一歩づつ、ゆっくり登る。マントは黒。
漆黒の闇にかき消されるように、ねっとりした闇に飲まれたように、そ
れは女性の身体にフィットしている。
 おおぉっ!おぉぉぉ!!
 人々の陶酔は最高潮に達している。白目をむき出し奇声を発する者。
やたら手足を振り回し、狂ったように踊る者。頭を押さえ、ただひたす
ら泣き叫ぶ者。憑かれたようにケラケラ笑う者。
 宮殿の空気は狂気そのものだった。そのなか祭司は女神にすがりつく
ように祈る。
 女性は、その黒いマントをバッサリと脱ぎ捨てた。闇のなかで、白い
生まれたままの姿が浮かび上がる。瞳は焦点が定まらず、口もとは半開
状態で唾液が流れ落ちる。ただ、白く艶めかしい肌の上に玉になって浮
かぶ汗だけが、女性の恐怖心をあらわしていた。
  階段の先、天が輝く。女神の降臨か、と集った幹部信者たちは急に静
かになる。動の狂気から静の狂気へ。宮殿は静粛なムードに包まれる。
 おぉっ、アフロディテ!
 天の輝きはさらに増し、人々はまぶしさに目を覆った。
 ズズーン!!
 激震が宮殿を襲う。輝きは炎に変わり、宮殿の生ける者すべてを焼き
殺さんと暴れまわった。
 ルシファーか!
 堕天使ルシファー。大天使ミカエルに戦いを挑み、地に落ちた神。憎
悪と殺戮の神サタン。
 祭司は始め、誤ってルシファーを降臨させたのかと後悔した。しかし、
それは堕天使ルシファーではなく、小型核融合爆弾が破裂した音だった。
 「父上、テロリストです!」
 祭司ルドルフ皇を呼んだのは息子のイデルフ・カイだ。宮殿を守る神
宮府の神官。カイ一族の長男だ。
 ズズーン!!
 再び、宮殿を激震が襲う。いけにえの白い肌の女性は、トマトケチャ
プのように真っ赤になって転がっていた。集った幹部信者たちはパニッ
クに取り込まれ、恐怖で顔面が醜くゆがんでいる。
 「父上、兄上、こちらへ!」
 非常扉を開けた次男、ザンルフ・カイ神官が呼ぶ。ルドルフとイデル
フはザンルフに導かれ、非常扉をくぐった。

 テラ。
 はるか有史以前に地球と呼ばれた、太陽系第3惑星だ。水と大気に覆
われた生命を育む街。マースやムーンシティのように人工的に建造され
た都市ではなく、自然のなかでゆっくり水や大気が出来上がった。
 人々のなかにはヴィーナスレノアの神々のもとで人類は誕生したと信
じる者がいるが、事実とは時に残酷なものなのだ。
 テラの特別保護区は自然愛護の見地、というより女神アフロディテの
考えにより、人類を排除している。巨大な針葉樹が立ち並ぶ、壮大な密
林が出来上がっていた。
 そんな密林のなか、人類はすべて排除してあるはずの場所に、ログハ
ウス風の建物がある。神宮府直属の神の組織、sapaのラミー・クラ
イムの別荘だ。
 「食べないの?」
 本物の木造家具。桐の壁。樫の木で出来たテーブル。そのテーブルの
上にはガラス製の大皿にサラダが盛られている。
 それをじっと、震える瞳で見る女性。年は24くらい。長い黒髪に透
けるような白い肌。ブラウンの瞳。
 めずらしい純粋血統であり、整形もしていないようだ。ラミーのお好
みタイプ。
 「あなたの名前聞いてなかったな」
 震える子ヒツジのような彼女。ラミーは唇をペロリと軽くなめる。
 「・・・チェイミー・・・ チェイミー・キュロット」
 チェイミーは震えながら名を名乗った。
 「そう、かわいらしい名前ね。あなたにぴったり」
 ラミーは釣り上がった目をしてはいるが、美しい容姿をしている。そ
れも並みの美人ではない。この世のものとは思えない絶世の美女。そん
な美女が黒っぽいスーツに身をつつみ、股下ギリギリまで上げたミニス
カートをはいている。
 一方、チェイミーはグリーンのワンピース。ミニスカートになってい
るため、やわらかそうな白い股がむき出しになっている。
 それがラミーの感心をひいたのだ。べつに森林警備隊じゃないのだか
ら、チェイミーが保護区に入ったからと捕まえる理由はない。
 ラミーはただ、暇をもてあましていただけだ。
 「あのぉ、あたしを逮捕するんですか」
 震える唇で聞くチェイミー。
 「そうね、尋問しちゃおうかなぁ」
 ラミーはそう言うと、チェイミーの肩に手をまわし頬にキスをした。
 「なにをされるんですか!」
 チェイミーはびっくりして椅子から飛び上がった。ラミー、クスクス
笑っている。
 チェイミーにしてみれば女性からキスされるとは思わなかったのだろ
う。
 「ふざけないでください」
 「あら、ふざけてないわよ。フフッ、赤くなって、かわいいのね」
 ラミーはゆっくりとチェイミーに近づく。それはまるで、震える子ヒ
ツジににじり寄るオオカミのようにみえる。ラミーはクスクス笑いなが
らついにチェイミーの胸元に飛び込んだ。
 「フフッ」
 ペロリとチェイミーの鼻先をなめる。
 「おいしそうな子ヒツジちゃんネ」
 チェイミーは動けない。ラミーの瞳に取り憑かれたように、じっと時
が過ぎるのを待っている。
 「食べちゃおうかなぁ」
 ラミーは口を開いた。その口のなかに、異様に長く鋭く伸びたキリ状
の歯が2本。キバだ。チェイミーの喉元にゆっくり伸びる。
 プルルル・・・
 部屋に設置してある端末の呼び出し音が鳴った。 ラミーはキッと表
情を変えると端末に振り向いた。
 「ムードぶち壊しネ」
 くるりとチェイミーから離れると、端末のスタンバイを解除する。チェ
イミーは気絶してその場に倒れこんだ。
 「ハイ」
 端末に出たのはファラル・ケイム主任だ。sapaの実務責任者。ラ
ミーの上司だ。
 「ハイ、ファラル主任」
 「お休み中ごくろうさまだけど、ちょっとマースまでお出かけしてく
れるかな」
 ぴっちりとスーツを着込んだキャリアウーマンは、笑顔で言った。
 「いいとこだったのになぁ」
 「ごめんね、今度あたしが相手してあげるから」
 「冗談、同業とは遊ばないわ」
 「あら、つれないわね」
 そう言ってファラルはケラケラ笑った。ほんとに、こうしていると普
通の女性に見える。年は28か9のキャリアウーマンといったところだ。
 しかし、ファラルの本当の年齢はラミー同様知られていない。

 sapa。
 宮殿を守る神宮府直属の治安維持組織。人々が目にするのは、sap
aの両陣営である神宮警察庁と神宮保安庁という、宇宙全体に広がる巨
大組織だ。
 しかしながら、その実態はほとんど知られていない。ましてラミー・
クライムらが所属するコア部隊については、その存在そのものが謎に包
まれているのだ。
 sapaにカリスマ性を持たせるためのデマだとか、小説のネタに作
家がでっち上げたものだとする意見が大半を占めている。

  「あいかわらずゴミゴミした街ね」
 厚い人工雲を抜け、マースのメトロポリスに進入する。人類がその力
を注ぎこんだ超都市。乱立する数百階建てのビルディング。スポットラ
イトと夜光灯だけがやたら光輝く、薄暗い街。人工雲のセッティングミ
スによる雨雲の異常増殖。とりおり降る酸性雨。
 「下等動物たちが一生懸命生きてら」
 ラミーの隣のシートに座るラジアンがぼそりとしゃべる。オリオン星
雲方面に生活する知的生命体。その姿は有史以前のテラにいた4足歩行
哺乳類の猫に似ている。
 ただし、猫にくらべてかなり大きい。毛むくじゃらの身体でうんと伸
びをしたときの身長は100センチにもなる。
 「このあいだみたいに殺しちゃだめよ」
 そうだ。ラジアンはこのまえの事件でムーンシティに乗り込んだとき、
ホバーから降りたそうそう無差別殺人を始めたのだ。
 「家畜の一匹や二匹、どうってことないじゃんか」
 ラジアンからすれば、太陽系人は下等動物。家畜ぐらいの価値しかな
い。
 「どんな生き物でも、命は大切にしなきゃいけないの。あんたの星で
の道徳教育はどうなってんの」
 ホバーはゆっくり市街地に降りてゆく。
 セールスロボットが金切り声を上げている。電光掲示板に流れる無意
味な文字。巨大スクリーンに投影される垂れ流しの映像。
 「うまそうだな」
 ラジアンが、高架道路下に建ち並ぶ露天商を見ながらよだれを流す。
マースに住む人類や人類類似系がむさぼるように集まっている。
 「あんたも趣味悪いわね」
 ラミーはあんなところで食事をとろうとは思わない。
 「病気になりそう」
 「病気? ラミーが? ここ2000年ほど病気なんてしたことない
んだろ?」
 「あんたと話してると病気になりそうね」
ラミーはそういってプイッとそっぽを向いた。それを見てラジアン、ケ
タケタ笑う。
 ホバーは薄暗い都市のなかを疾走していく。sapaの情報班からも
らったデータシートの場所。革命旅団赤い星の総本部へ。


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