AWC 『Angel & Geart Tale』(4) スティール


        
#2129/5495 長編
★タイトル (RJM     )  93/ 6/16   0:59  (121)
『Angel & Geart Tale』(4) スティール
★内容

         『漆黒の闇』 第4章


 目を閉じると、いつも、漆黒の闇が、私を包んだ。目を閉じるだけで、恐怖、焦
り、絶望、死の匂いを感じることができた。人は、誰しも、目を閉じずに眠ること
はできない。私も、また、例外ではなかった。
 私は、目を閉じるだけで、『魔』を感じることができた。霊感や、呪いなどでは
なく、ただただ、実感として、ネガティブな、マイナスのエネルギーを感じた。な
ぜ、ここまで、成功しながら、消えないのだろう。漆黒の闇が。
 成功して、精神的に充実すれば、すべての恐怖から逃れ、魔が消えて、問題はこ
とごとく、すべて解決すると、思っていた。だが、いつまでたっても、何も変わら
なかった。漆黒の闇は消えなかった。

  漆黒の闇は、いまだに消えない。いったい、いつから、それは存在したのだろう
か。なぜ、消えないのだろうか。そう、まるで、子供の頃、私が、よく苦しんだ、
魚アレルギーのように。
  子供の頃、よく、魚アレルギーになって、苦しんだ。魚を、ほんの少しでも食べ
ると、顔や体が腫れた。喉の中も腫れているらしく、息をするだけでも、苦しくなっ
た。喉がひどく腫れると、食べ物が、喉に引っ掛かって、通らなくなった。どう解
釈してみても、あまり気持ちの良いものではなかった。
 顔の部分の腫れが、一番気になった。ジンマシンで腫れあがった自分の顔を、鏡
でよく見た。腫れがひいたか、それとも腫れているか、確かめるために、見ざるを
えなかったのだ。醜いと、思った。ぶくぶくに膨れ上がった、水ぶくれの自分の顔
を見て、あまりに醜いので、目をそむけた。子供心にも、自分自身の中にある醜い
何かが、形を変えて、顕れているのだと、私は、思ったのだ。
 自分自身の顔が醜く、変貌する恐怖に、私はおびえていたのだろうか? それと
も、本当に心の中の醜さが現れていると思ったのだろうか?

 大人になれば、魚アレルギーは、自然に治癒するものと、私は、思っていた。小
学校三年の時、担任の先生も、私と同じ魚アレルギーだということを知った。その
担任の先生は『自分の場合は、大人になって、酒を飲むようになったら、なおった』
と言っていた。私のアレルギーも、きっと、そうであればよいと、私は願っていた。
だが、現実は、私の期待に添わず、いまだに、私のアレルギーは治らない。今でも、
魚を口に入れた瞬間に、私の口の中には、痺れのような不快感が走る。魚の、ほん
のひとかけらでも、喉を通ると、すぐさま、私の喉の、その触れた部分が、軽く腫
れる。そのうち、学校と無縁になり、給食も無くなった。今は、私も大人になった
ので、さすがに、アレルギーになって、顔がむくんだり、体中が腫れたりすること
はなくなった。だが、気分が悪くなって、吐くことは、年に二、三回はコンスタン
トにある。
 アレルギーは、精神的なものだというふうに、直接、または間接的に、たまに聞
いた。『いったい、なにが、精神的なものなのか?』ということは、昔も、今も、
私には、理解できない。
 私のアレルギー症状は、魚に触発されて、出るだけではなく、ナイロンにも触発
されて、起こった。幼稚園のころは、ナイロンのものを着て、汗をかくほど、運動
すると、必ずといっていいほど、具合が悪くなった。はたして、アレルギーは、本
当に精神的なものなのだろうか?
 私は、精神に影響を受け、アレルギー症状を起こし、そして、苦しんだことによっ
て、精神に、いくらかの影響を受けた。私の、たびたびの、一日間の、あるいは、
ほんの数日間かのアレルギーが、私の心に何かを残したのだろうか?



 私の精神の正体とは、いったい、なんなのだろうか?
 今までの過去、たったいまの現在、そして、これからの未来。いま、香港から、
ウラジオストックに向かう飛行機の中でも、目を閉じると、漆黒の闇が、私のもと
を訪れる。この、なんとも言えない、恐怖のような、しかし、恐怖ではない感情は、
いったい、何なのだろうか?
 苦悩や恐怖や鬱屈した感情やその他のものを、すべて書けば、私のすべてのいや
な気分や想いが、体の外に出て、消えてしまうのだろうか?
 私の、理想自我は、どのように存在し、そして、いったい、何処にあり、どのよ
うなものなのだろうか?

 飛行機が滑走路に着いたショックで、私は目覚めた。そのとき、今の季節が冬で、
そして、シベリアの冬が寒いということを、私は初めて、気づいた。ウラジオストッ
クかハバロフスクで、分厚い防寒具を買わねばならないかもしれない。
 飛行機から、出た。タラップから、一歩足を踏み出したとたんに、風を感じた。
冷たい風だ。シベリアの風は、やはり日本のそれより、冷たい。冬のロシアは、人
に、希望を失わせるものかもしれない。だが、いまの私にとっては、励ましのよう
な気がした。
  シベリアは、ヨーロッパ寄りのロシアの人々にとっては、ただの流刑地というイ
メージしか湧かないのかもしれない。でも、私は、夏のシベリアは好きだ。ロシア
の大地は、なんとなく、歴史を感じさせる。これからは、日本や、その他の国の人
々も、シベリアを訪れることだろう。
 情緒に浸る余裕もなく、私は寒さを逃れ、ウラジオストックの空港のロビーに入っ
て、暖をとった。ロビーでは、ロシア人のほかには、日本人らしき人々が目につい
た。国際空港とはいえ、まだまだ、外人の数は少ないように、私の目には写った。


  空港のロビーで、ふと、私の目に入ったものがあった。電話ボックスだ。
『そうだ、そういえば、母は、本当に死んだのだろうか?』
 もしかしたら、私を騙すための狂言かもしれないという疑いが、私の心をかすめ
た。電話ボックスに入り、私は、受話器を握った。国際電話の掛け方は、ボックス
の中の壁に書いてあった。私はそれを見ながら、国際電話の番号を、たとたどしく、
たどり、その次に、実家のダイヤルを廻した。

 ほかの外国から、日本にかけたのと同じように、数秒で、電話はつながり、実家
の電話のベルが鳴ったようだ。私は、疲れていて、馴れないロシアの土地に少しば
かり、緊張していた。それらに負けないために、私は、そういう疲れたときや、怖
れているときにいつも、唱えている呪文のような、つぶやきを、いつのまにか、何
度も口の中で唱え始めた。

 電話に、誰かが出た。電話の向こうから、お経が聞こえてきた。まさか、こんな
手の込んだ騙し方はしないだろう。(これは、ほんとうの葬式だ!)と、私は思っ
た。私は、無言のまま、電話を切った。

 急に気が変わった。ウラジオストックから、日本に翔ぶ気になったのだ。まだ、
実家に残してきたものがある。過去の痕跡、そして、何か、もやもやした、やり残
してきたものが実家や日本にあったような想いの閃きが、私の背中を走った。

 私は、電話ボックスから出ると、すぐに、日本行きのファースト・クラスのチケッ
トを取り、そのまま飛行機に飛び乗った。ファースト・クラスのシートに座った私
は、スチュワーデスを呼び付け、ウィスキーを頼んだ。私が酔うのには、さほど、
時間はかからなかった。きっと、私は、恐怖から逃れようとしていたのだろう。

 そう、過去の私の生と死を司るなにか。行く手を遮ってきたなにか。生き残るた
めに、打ち破らなければならない、なにか。私は、また、日本へ戻る。まさか、こ
んな状況で、日本に戻るとは、思わなかったが。

 真の闇が、夜が更けると同時に、訪れるように、死の影は、私が独りになると同
時に、いつも、心の中や周囲の雰囲気として、現れた。むしろ、これは、他の人に、
誇るべきことかもしれない。死の影は、いつも、私の後を、ひたひたと、ついてき
た。これは、怪奇小説ではなく、現実だ。死の影、そして、心の中の幻想と恐怖は、
決して、幻影ではなかった。ほんとうの現実は、創作のフィクションよりも、トリッ
キーで、複雑で、残酷で、生々しい。ただの幻、それとも、現実の幻か。私は気づ
いた。そして、心の中で、つぶやいた、『いま、この瞬間が、夢や幻でないと、いっ
たい、だれに証明できるだろうか?』と。








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