#2880/3775 ◇フレッシュボイス2
★タイトル (sab ) 23/12/10 13:27 ( 56)
楽しくなければ書けないのか 朝霧三郎
★内容 23/12/10 14:12 修正 第3版
漫画やアニメを楽しむには、オタク遺伝子が必要で、これが無い人は、
漫画を見て萌える事も出来ないし、
アウラ(オーラ。臨場感)を感じる事も出来ないし、物語を楽しむ事も出来ない
(だから、漫画は書けなくても原作なら書けるという事もなく)という説があるが。
私は漫画は読まないし、この世に面白い漫画は存在しないし(私にとって)、
私が漫画を描こうと思っても面白いものは描けないし
(かつて「コミpo!」で描こうとしたが)。
漫画に関してはそれでもいいのだが。
つまり、自分は漫画の門外漢だ、という事で。
本格ミステリーやSFに関してもそういう事が言えるんじゃないのか。
更には、東野圭吾や宮部みゆきの様な中間小説的なミステリーに関しても
同じ事が言えるのか。
或いは、オタク遺伝子が必要なのは、漫画、アニメ、SF、本格ミステリーまでで、
中間小説的ミステリーにはそういうものはいらないのか。
あと思ったのは、書く事が苦痛だというのは、オタク遺伝子が足りないからなのか。
漫画、アニメ、本格ミステリー、SFに関して言えば、オタク遺伝子十分な人は、
売れる売れないに関わらず書いている事自体で萌えるのか。
あと、漫画、アニメ、本格ミステリー、SFは勿論、
東野圭吾にしろ宮部みゆきにしろ、面白いものがない、
勿論自分の書くものも面白くない、というのであれば、
もはや創作文芸全体からの門外漢という事なのか。
或いは、漫画、アニメ、本格ミステリー、SFはともかくとして、
中間小説的な作品に関しては、面白いネタを思い付けば楽しいと思えるのか。
永山さんが継続的にドラマを楽しんでいるのを見ると、
自分はそんなに楽しめないなあ、つまり門外漢だなあ、と思うのであって。
楽しくなければ絶対に書けない、という人もいる。
樺沢紫苑とか。
https://www.youtube.com/watch?v=0Hx4rpMFI-k&t=65s
漫画、SF、本格ミステリーに関しては、好きじゃないと出来ないし、
良さも分からないし、
好きならば、売れようが売れまいが描くのが楽しい、という事は言えると思うのだが、
中間小説的な作品に関しては、そういう遺伝子は必要ないとも思うのですが、
どうですかねえ。
もし全てのジャンル、SFや本格ミステリーのみならず、中間小説や純文学まで、
楽しくなければ書けない、というのであれば、
諦めるしかないのですが。
つまり、この世に面白い本が一冊も無い、というのは、
だから自分の方が能力がある、という事にはならず、
ただ単に、あらゆる創作文芸の門外漢だからであると。
書ける人は、過去の作品も楽しいし、自分が書いていても楽しいものだ、と。
この世に面白い小説が一冊もないと思った段階で、もう諦めた方がいい、と。
そんな事言ったって、
どんなに音楽が好きでも才能がなければいい曲は作れないだろうし。
或いは創作文芸に関していえば、
自分でハードルを上げすぎちゃって面白いと感じられないという事もあるだろうし。
ハードルが超低い人は低レベルなものでも、
楽しいと感じるという事も言えるかも知れないし。