AWC けさの朝刊   久作


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#2307/9229 ◇フレッシュボイス過去ログ
★タイトル (gon     )  04/09/03  10:27  ( 66)
けさの朝刊   久作
★内容
いや地方紙のローカルな話なので、皆さんは読んでいないと思うのだけれども。

読者が投降する面に、奇妙な話が載っていた。教育勅語の話題である。愛媛県松山市は
司馬遼太郎の「坂の上の雲」が松山藩士の息子で天才的軍人であった秋山兄弟(兄が陸
軍、弟が海軍。弟は日露戦争の日本海海戦で作戦立案の実務を担い「本日天気晴朗なれ
ども波高し」の電文を作った人物)やら俳人・正岡子規やらを主人公にしている点に目
を付け、【まちづくり】に利用しているのだけれども、まぁ結局、明治って近代国家が
確立に向かう時期に於ける人々の威勢の良さやら青雲の志やらを市民に求める運動なん
だろうけれども、シンポジウムで主体が関係者が、教育勅語を持ち出し、「良いことも
書いている」とやらかしたらしい。
それに対し読者が投稿で、「松山市は教育勅語を用いてマチヅクリするんかぁぁっ」と
怒った。で、この投稿に対して、云った側が「いや話の前後で教育勅語体制はキチンと
否定したし、ただお母さんお父さんを大切にし兄弟夫婦友達同士仲良くしてとか書いて
ある所を評価しただけで、教育勅語を用いてマチヅクリなんて、そりゃ全くの誤解」と
反論というかイーワケしていた。教育勅語ってなぁ、まぁ、以下の様なもんである。

朕惟フニ、我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ、徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ。我カ臣民、
克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ、此レ我カ國體ノ精華ニシテ
教育ノ淵源、亦實ニ此ニ存ス。爾臣民、父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭
儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シコ噐ヲ成就シ進テ公益
ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ジ、以テ天壤無
窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ。是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス、又以テ爾祖先
ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン。斯ノ道ハ、實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ
遵守スヘキ所。之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス。朕、爾臣民ト倶ニ拳
拳服膺シテ、咸其コヲ一ニセンコトヲ庶幾フ。

確かに、「兄弟夫婦友達同士仲良くして」とかも書いてある。間違いない。此だけとれ
ば、素晴らしいことだ。みんな仲良くしなければならない。でも、如何に読んでも、こ
ういう様々な御立派な行為は、「天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼」することを目的としている。

しかし例えば、盗人でも殺し屋でも、窃盗・殺人の目的のために一所懸命に努力し勉励
し仲間同士協力し合い信じ合うだろうけれども、其の「一所懸命に努力し勉励し仲間同
士協力し合い信じ合う」所を見て、「あぁ素晴らしい」と感心するとしたら、とんでも
ないトーヘンボクだろうし、「見習おう」と思うならば、そりゃ止めた方がいい。盗人
にでもなる気か。

仲良くしよう、なんて別に教育勅語なんざ持ち出さなくとも他に書いてるものはヤマほ
どあろう。何故に教育勅語を持ち出すか。

勿論、司馬遼太郎は創作作家であり決して史家ではないワケだから、創作小説ならば殺
人犯にも一分の理があり五分の魂があって、結果的行為だけからは論じられない人間と
しての輝きがあると小人の説を展開しても別に構わないし、其の様な逆説は或いは魅力
的でもあろうから、飽くまで創作小説の上での話としては、否定する気はない。勝手に
しろよ。どうせ(悪い)冗談の類だ。私だって冗談を全く解さぬわけではない。

しかし、苟も(卑しくも?)税金を遣う行政のキャンペーンの中で、教育勅語を持ち上
げるかぁ??? こゆのは社会教育の一環でもあり、何も知らぬ子供たちが「あぁ教育
勅語って、いいもんなんだ」なんて全くの誤解をしたら如何する気だろうかなぁ。どっ
かの広告代理店に「どーせ、田舎者たちだ。テキトーなこと云ってたらイーだろ」ぐら
いに、あしらわれてるんじゃないか。青雲の志を抱き、彼等なりに熱い愛国心を以て勉
励し国に尽くそうとしたであろう秋山兄弟やら何やらの、其の熱誠自体を見習えという
なら、んなもん日本人なら元から持っとるぞな、と答えるしかないし、【彼等なりの良
心】は元より認めている。が、其の彼等の時代を制約した体制自体は前提として否定し
ておかねばならぬ。「五族協和」「八紘一宇」(←これらも「仲良くしよぉねぇ」だ)
とか云いつつ戦争した前科もある。そして、其の「体制」の根幹にあったとされるもの
が教育勅語だ。まぁ諸悪の根元ってヤツで、其の諸悪の根元の途中部分に「みんな仲良
くしよぉねぇ」って書いてあるからって、肯定的評価をして如何する??? 「否定」
してるならば例えば、「秋山は死ぬ間際に教育勅語と般若心経を口ずさむほどの信奉者
だった。これは時代の制約であり、いくら教育勅語に個々の語句としては現在にも通用
する美辞麗句が並んでいたとしても目的とする所が『皇運の扶翼』である以上は全面的
に否定されねばならない。しかし秋山の心のダイナミズムの根源たるエネルギーをこそ
我々は見習うべきだ。現在の日本人もしくは松山市民には、此のエネルギーもしくは熱
誠と謂うべきものが欠けているのではないか」ぐらいにしておくべきだっただろねぇ。

ま、余りにも稚拙なイーワケを朝っぱらから読まされた身ににもなってみろって。はぁ
ぁ、今日も良い日ではなさそうだな。





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