長編 #2540の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それから何日かは、海も交えて屋上で飲んだ。 話はたいがい玲についてであったり、悟や海の昔話だった。水香は恥ずかしがっ て、昔のことについて多くは語らない。母親の手伝いばかりで特に話すことはない というのが、水香の言い分だった。 本当にそうなのだろう。 悟が見るかぎり、水香の生活はいつも変わることはない。家の手伝いか勉強か弟 妹の面倒で、一日が過ぎゆく。水香はそれで十分に幸せそうだった。 狭い世界かも知れないが、苦労もあるし、笑いもあるし、やりがいもある。暇な 学生生活をおくる他の高校生よりも、充実しているようにさえ見える。 しかし、それももう終わろうとしている。 最近の水香はそれを知ってか、ふと寂しげな表情を浮かべるようになり、兄弟に 妙に優しかった。 華歩や加羅が手伝いの邪魔をしていても、笑ってそれを許している。 真希の世話もよくみているし、愚痴もいわない。 「言いたいことは言えばいいのに」 水香の姿を見て、海はぽつりとそう呟いた。 少し寂しいと言えば、きっともっとみんなが構ってくれるし、その中で甘えたい だけ甘えることができる。そうしてはじめて、家を飛び出す決心がつくだろうにと、 悟は思わずにはいられなかった。 そして、海も悟も素直に、水香と騒ぎつくすことはできなかった。 なぜかそうした非日常的な行動は、水香が出ていくことに現実感を与えるような 気がするのだった。 そうしている間に三月も半ばを過ぎ、悟は社会人になる前に騒ごうという仲間達 からのお誘いを受け、家を出ている時間の方が長くなっていた。 代わりに玲がよく遊びに来る。 自分の家よりも気に入ったという彼女の言葉通り、眠る時間と学校の時間をのぞ けば、ここにいる時間の方が長い。子供たちの遊び相手になってくれるため、水香 の居場所はますますなくなっていた。 悟がいなくなり、海が玲にとられ、水香は一人でいることが多くなった。 それでいいと、水香は思う。 こうして自然に、一人ずつ離れていくものだと思う。 先ずは、自分が。 そして、海、華歩、果菜と。 悟もいつかは旅立つ。 家族はもう、もとに戻らない。 「はぁ……」 「何だ、橋本。溜息なんかついて」 所属していたテニスサークルの最後の飲み会で、悟はずっと溜息のつきどおしだ った。 「尾崎、気にしないでくれ。恋の悩みだ」 「そういう話はぜひとも聞きたいな」 「尾崎君、よしなよ。橋本君、けっこう真剣なんだから」 悟の前の席に、女の子が座った。ウェーブのかかった短い髪を揺らし、少し派手 な赤の服を着た彼女は、尾崎の頭をぽんっと叩いた。 彼女は一度、悟に告白をしたことがある。しかし、恋愛に関してまったくの子供 だった悟と、それを知った彼女は結局ただの仲の良い「友達」をずっと続け、悩み を一番よく知る間柄になっていた。 「菜実ちゃん」 「ほらほら。もうあまり会えなくないのに、そんな辛気くさい顔をしないで」 悟の頬を軽くはたいて笑う。悟もつられてすこし笑った。 「そうだよ、橋本。何はともあれ飲め、ほらほら。……ところで、その彼女って」 悟は苦笑した。尾崎は昔から他人の世話が好きで、それは変わることがなかった。 少々おせっかいな所もあるが、人の良さがそれをカバーしていて、笑って許すこ とができる。 「好きな人が、もうすぐ引っ越しちゃうんだ」 「そうかぁ。もうすぐ就職だしな。いろいろな別れがあるさ」 「いや……まだ告白していないんだけど」 「なんだお前、体はでかいけど、相変わらず気は小さいな」 菜実はからからと高い声で笑い、悟は肩をすくめた。 「考えていいことはあっても、悩んでいいことなんかありゃせん。いったい、なに 悩んでんだ?」 「血はつながっていなくても、相手が妹だというところかな」 事情を知らない尾崎はがたっと体勢を崩す。菜実はうんっとうなずいた。 「禁断の恋やな。どんな子?」 「これがもお、すっごい美人」 答えたのは菜実だった。 「菜実ちゃんショックや」 「そうなの、橋本君が単なる面食いだったなんて。まだ愛しているのに」 泣くまねをして、菜実は尾崎の肩に手をおく。冗談なのは分かっているが、本音 もちらほら見えかくれしていて、悟は困った。 「俺もショックや。菜実ちゃん好きだったのに」 尾崎がそういうと、菜実はさっさと手を離し、 「私、軽い人ダメなの」 と答える。尾崎はぼやかずにはいられなかった。 「あっさり言うなぁ」 悟は笑った。 もっとしばらく、こうしてじゃれあっていたいなぁと、ウイスキーを一気に飲み 干した悟は、ほろ酔いかげんの頭の中でそう思った。 それがもうすぐ無くなるんだ、と思うと、ふと寂しくなった。 その時、水香の姿が頭の中をよぎった。 水香の寂しそうな表情の意味が、悟はいまやっと分かってやれるような気がして いた。 菜実が飲み干した悟のグラスを取り、ウィスキーと水をつぎ足す。 「橋本君、これからもずっと会おうね」 「うん」 「私にとっては未だに橋本君が一番だから」 悟は沈黙の後に、うなずいた。 「俺も菜実ちゃんが一番だから、これからも……」 「はいはい、あんたはどいてなさい」 悟に対する態度とは対照的に、菜実の言葉には一欠片の容赦もこもっていない。 菜実は概してこういったさばさばしたところがあり、悟はそんな彼女が気に入って いた。 「つれないなぁ」 そう言って尾崎はため息をつき、悟と菜実は顔をあわせ、笑った。 それと時間を同じにして、家の屋上では水香と玲が向かい合い、腰を落としてい た。 あたりはだいぶ暖かくなり、ときおり吹く風はもう春のにおいを十分にさせてい て、屋上に座る二人はくんくんとその空気を吸い込みながら、一面まっくろな空を 眺めていた。 水香はずっと静かで、二人の間の空気は姉妹のようにわだかまりが感じられなか った。 こんなに自然でいられるのは、水香にとって不思議なことだった。 家族と同様だからなのか、それとも玲の持っている気質のせいなのか……とにか く、玲の存在は、水香にとって負担ではなくなっていた。 しずかな時間が流れたのち、玲は少しだけ遠慮がちに水香に質問した。 「水香さん。悟さんのこと好きですか?」 「……え?」 玲の一番聞きたかった質問は、水香を一番驚かせた。 「そう見えるんだけど、違うんですか?」 「違うよ、そんなの。あいつのこと好きなわけない。兄としてだけだよ」 「私は海君のことが好きなんです」 「……」 「でも、いつも不安なんです。海君が私のことを好きなのか」 「好きだよ、あいつは。もっとも通常人のそれとはちょっと違うだろうけど」 二人は、ふふふ、と笑った。 「そう思います。でも、本人から言ってもらえないのって、やっぱり恐いんです」 「うん」 「それに、悟さんは水香さんのこと好きみたい」 水香の目がまん丸に開いて、玲を見る。玲の真面目なまなざしと出会い、二人は しばらく見つめあった。 「そんな、別に、妹としてだよ」 玲は横に首を振る。 水香は言葉につまり、黙ってしまった。 胸がどきどきしてちょっと苦しくて、水香は空を見上げた。玲も空を見上げた。 いつもよりちょっと多くの星が見える。 まっくろな空のしたに、同じように二人は座り込んでいる。それは一人で座って いるよりはずっとあたたかな光景だった。 「星、きれいですね」 「うん」 「あまり空って、見上げたことがなかったんだけど、ここでもけっこう見えるんで すね」 それ以上、玲も水香も口を開かなかった。 大きな天体ドームの中心で二人は寄り添いあい、空を見上げつづけた。 悟は勇気を振り絞って、水香をデートに誘うことにした。 水香はお酒が好きなので、大学4年の間に知ったいい店を二人で全部まわってみ ようと、悟は考えた。 「いい考えだが、どうもデートっぽくないなぁ」 と言うのが、海の意見。 「悟さんらしくていい。話もはずむし、いいんじゃない」 これが玲の意見。 水香の答えは、ちょっと困ったような表情の後の、 「うん、いく」 だった。 なぜ困ったような表情をしたのかを海に聞いてみてはじめて、悟の気持ちはすで に水香に伝わっていることを聞かされ、びっくりした。 それじゃあ困るのもしかたないなぁ、と一人ごちる悟の表情はすこし寂しそうだ った。 水香はまだ悟を兄としてしか意識していないことを、さすがの悟も認識せざるお えない。 「まあでも、デートできるだからいいじゃないか」 海は慰めてくれるが、悟はより多くなる溜息をとめることができなかった。 愛することは難しい。
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