長編 #2533の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
水香はその頃、悟の寝泊まりしていた自分の部屋にこもっていた。 やっぱり金持ちや、頭のいい奴はいけすかない。人を平気で騙す。 水香は枕でおもいっきり壁をぶったたいた。 頭のいい奴と思われた悟は、それを聞いたらきっと「それは大きな誤解だ。誰 よりも思慮がない」と広い肩をすくめてこたえただろう。 しかし、その声はけっして水香の耳に届かなかった。 あんな奴に騙されたのが悔しかった。信用したのが愚かだった。相談したのが 間違いだった。 しかもお袋までグルだったなんてっ! 水香は枕で床を叩いた。 隣部屋の子供達はその音を聞くたびに、身をすくめた。 「水香姉、どうしたのかな」 華歩が不安そうに海によりかかる。 いつものように真剣な表情の海は立ち上がり、隣部屋の水香をたずねた。 扉を開けると、水香が振り返り睨んだ。 「怒ってるな」 「怒ってるよ。あいつが誰だったか、あんたもしってんの?!」 「途中で気づいた」 それを聞いた水香は、それこそ噛みつかんばかり表情をした。 「じゃあ知らなかったのは、オレだけなのかよ!」 「いや、気づいたのはきっと俺だけだよ」 「お袋も知っていたぞ」 「あぁ、そりゃあきっとボロでもだしてばれたんだろう。あいつ、嘘をつけるほ どの思慮と度胸は、あまりないぜ」 「何いってんの、嘘ばっかりじゃない! あんな奴が兄になってもいいっていう の?!」 海はあきれるほどしっかりとうなずいた。 「いいよ。いい兄さんだ」 「どこがっ!」 「きっと今ごろ、自分の思慮と勇気のなさに、どん底まで落ち込んでるぜ」 「嘘っ!」 「姉貴には分からないのか?」 海の真剣な表情に、さすがの水香もたじろんだ。 「わっ、わからないよ!」 「なら、よく考えな」 そういって、海は出ていった。 水香は少なくとも、ちょっとは落ちついた。そして、悟の全行動を思い出そう とした。 二時間も外に立っていた悟。 店から逃げだした悟。 兄弟達になつかれた悟。 一緒に働いた悟。 お風呂にいった悟。 そして、相談にのってくれた悟。 水香は窓を見上げた。そこには、シリウスが光っていた。 二人で見上げた星は、凍りついた湖面のような空にただ一つ、強く輝いていた。 その星を悟も見上げていた。 自分の部屋の窓から見える星が、水香の部屋から見えたシリウスであることを 知り、悟は驚きながら、いつまでも見つめ続けていた。 たった三日。ほんの五十時間の間の家族。 彼らを傷つけてしまった、自分の愚かな行動を悔いた。 そして、なにより、彼らともう二度と家族になれないかも知れないことが、辛 かった。 弥生、水香、海、華歩、果菜、加羅、火斗。 古い家、やかましい客、夜通った寒い道、銭湯、星。 胸のなかが苦しくて、くぅくぅ、言う。 「あれはシリウス。全天一明るい恒星」 水香の言葉が、心をよぎった。 「泊まっていけよ。どうせ帰るところもないんだろ」 あたたかな水香の笑顔。 水香に謝りたい、強くそう願ったとき、もう一つの水香の言葉を思い出した。 「何にも考えずに、強く心から念じたことを吐き出す瞬間って、良くないか? 『お腹が空いたっ』とか」 悟は部屋を飛び出した。 「親父、車を貸してくれ」 居間で新聞を読んでいた親父は、用意していたように車のキー投げた。 「道は分かるな。気をつけて」 「ありがとう」 悟は家を出て、車に乗り込み、走り去ってしまった。 その音を聞きながら、父親は満足そうにうなずいた。 道中、悟はずっと考えていた。 自分の強く念じていることを、どうやって言葉にしたらよいかを。 ずっと、ずっと考え続け、そして一言だけ、どうしてもいいたい言葉を見つけ た。 「家族になりたい」 その言葉を思いついた瞬間から、悟の心なかでその言葉が連呼し始めた。 謝るのが先かも知れない、弁解をするのが先かも知れない。でも、それよりも、 その言葉を伝えたかった。 なによりも。 誰よりも、水香に。 十二時を過ぎて、ようやく悟は水香の家の近くにまで到達した。 その時、妙な胸騒ぎがした。 何となく、いつもと空気が違うような気がする。 水香達の家に何かあった、なんて何万分の一だとは分かっているのに、悟は急 がずにはいられなかった。 角を曲がる、店のある通りに出る。 そして、悟は店が燃えているのを見た。 車を乗り捨てて、走り出す。 店が燃えている。 近所の人が消火活動をしている。 人だかりが増える。 その中で、火の中に飛び込もうとしている水香を、まわり必死にとめる姿があ った。 「水香ぁ!」 悟が叫ぶ。水香の顔がこちらをむいた。 泣いている。 水香は小さな体で、力いっぱい叫んだ。 「海達が家の中に!」 悟はもう何も考えることができなかった。 ただ、燃えさかる家の中へつっこんでいった。 悟は中に入った瞬間から、意識がふっとんだ。 熱いというのを、とおりこしている。 それでも、走り続けた。 階段をかけ上がる。 子供部屋の前に飛び出す。 力いっぱい扉を開けようとしたが、まったく動かない。 「うぉぉぉっ!」 悟は熱さと、力をこめて、声をあげた。 水香は火の勢いの増す店を見つめて、足がふるえた。 何もできない。 ようやく消防車がついても、足も声も何もでなかった。 野次馬から事情を聞いた消防員が、火の中に飛び込んでいくのを見て、水香は ようやくぺったりと座り込んだ。 弥生はすでに意識を失い、介抱されていた。 ただ一人、水香だけが、店をいつまでも見続けた。 火事の原因は、万分の一の可能性しかなかった、磐田さんの投げ煙草。 数百回の試行を経て、可能性は現実となった。 磐田さんは、そんなことなど気づきもせずに、飲み続けていることだろう。 悟の意識は途中からまったくなかった。 憶えているのは、消防員に助けられながら家から飛び出し、冷たい夜風に吹か れた瞬間からだった。 服が黒く焦げている。 髪が焼けたのがわかる。 そして、肌がヒリヒリと痛い。 火に照らしあげられた、商店街。 溢れるほどの野次馬。 動きまわる、消防員。 そして、その中、座り込む水香の姿が見えた。 肩にかついでいた海を、救助員に手渡す。 一歩、また一歩。 水香に近付いていく。 立ち上がる水香。 そして、駆けてきた。 走っている水香が、ゆっくりに見える。 髪をなびかせ、泣きながら、悟に向かって走ってくる。 その時の、炎に照らされる水香の顔を、忘れることができない。 水香がぶつかるようにつっこんで来て、立ちすくむ悟を抱きしめた。 みぞおちの辺りで、小さな妹は激しく泣き始めた。 何もいわず、悟は包み込むように、水香を抱きしめた。
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