長編 #2522の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
何度と無く茉莉華の家の周りを歩いてみたが、少女の姿も、そして憎たらしい葉崎 の姿も見掛けることは無かった。 もとより茉莉華の両親は全くと言っていいほど、近所付き合いの無かったため、茉 莉華のその後についての情報は皆無であった。 そして時間が経つにつれ、司の記憶の中から葉崎の事も、あれほど真剣に思ってい た筈の茉莉華の事さえ薄れていった。 そして三ヶ月が過ぎた。 小学校は夏休みに入り、司はヴィーナスを初めてのレースに出場させるための調整 に夢中だった。 その日は父の知人から特製の餌をもらい、帰りを急いでいた。 その人の言うことには、レースの二週間前からこの餌を鳩に与えれば、成績が著し く向上するのだと言う。 残念ながら、作り方までは教えてもらえなかったが、初めてレースに出場するヴィー ナスの為に門外不出と言う餌を特別に分けてくれたのだ。 その帰り道、久しぶりに茉莉華の家の前を通りがかった。 「茉莉華ちゃん………」 忘れかけていた少女の名をふと思い出す。 あれから既に三ヶ月、茉莉華の手術はどうなったのだろう。 もしかすると茉莉華はもう、この世にはいないのかも知れない。 そう思うと、司の心の中には言葉にしがたい悲しみが満ち溢れてきた。 「忘れかけていた………茉莉華ちゃんのこと」 司は自分が自分の思っていたいたより、遥かに薄情な人間なのかも知れないと感じ、 恥ずかしく思った。 だか、塀の向こうから聞こえてきた声に、司の心臓は張り裂けそうなほど大きく鼓 動を始めた。 「やだあ、くすぐったいよぉ」 少女のはしゃぐ声、そして笑う声。 とても懐かしい、茉莉華の声。 生きていたのだ、しかも家にいると言うことは手術が成功したと言うことに違いな い。 司はいても立ってもいられなくなり、例の電柱の所まで駆け出した。 最初に登った時から色々と補強して登りやすくしてはあったが、もう長い間使って いない。 どうやら、もともとは葉崎が茉莉華の家の様子を探るために巻いた針金だった様だ が、葉崎もそれを使ってはいないようだった。 もしかするともう、誰かに針金は外されているかも知れない。 だが幸いなことに針金は、最後に司が登った時の状態そのままに、電柱に巻き付け られていた。 茉莉華の声を耳にした司は、中に他の人がいるかどうかも確認さえせず急いで電柱 を登った。 そして家の中へ入った司の目は懐かしい少女の姿を捕らえた。 それは見慣れたパジャマ姿では無く、レモン・イエローのワンピースに身を包み、 白い子犬とじゃれあっていた。 司はそれので、その子犬を見た憶えは無い。 きっと、無事に退院出来たお祝いに買って貰ったものだろう。 「茉莉華ちゃん!」 不意に名を呼ばれた少女は、子犬を抱きかかえて怪訝そうに走り寄ってくる司を見 つめた。 「手術、成功したんだね、良かった」 司は茉莉華が自分の姿を見て、微笑んでくれるものだと信じていた。 しかし、茉莉華はハッキリと顔が見て取れる距離まで近づいた司を、なおも怪訝そ うに見ている。 「お兄ちゃん、だれ?」 その言葉に、司は愕然とした。 僅か三ヶ月の間に、茉莉華は自分の顔を忘れてしまったと言うのだろうか? だが、思えば司だって茉莉華の事を忘れかけていたのだ。おあいこ様では無いか。 「茉莉華ちゃん、僕を忘れちゃったの? ほら、司だよ」 気を取り直して、司はなんとか茉莉華に自分のことを思い出させようとした。 茉莉華はしばらく司の顔を見つめていたが、すぐに素気ない返事を返して来た。 「わたし、お兄ちゃんとあうの、いまがはじめてよ」 初めは冗談なのかと思った。 しかし茉莉華にはふざけている様な様子は微塵も感じられない。 本当に茉莉華の記憶の中に、司の事が無いのだ。 茉莉華にとって、司との出会いはそれほどまでに些細な事だったと言うのか。 「本当に僕が分からないの? ねえ………そうだ、ヴィーナスは………鳩のヴィーナ スの事なら覚えているだろう」 司はなんとか自分と茉莉華のつながりを見つけだそうと必死になった。 「しらないって、いってるでしょ。ひとのおうちに、かってにはいってくるなんて、 いけないことなのよ。はやく出ていかないと、ママをよぶわよ」 余りにも頑なに自分を拒む茉莉華に、司はただその言葉に従いその場を後にするし か無かった。 結局、自分と茉莉華との出会いはなんだったのだろう。 これまでに茉莉華の為に司の中を駆けていった様々な思いはなんだったのだろう。 もう、忘れてしまう。 あんな子のために真剣になった自分が馬鹿だったのだ。 茉莉華のことも葉崎のこともどうでもいい。 いつまでも覚えていたところで、悔しい思いをするだけだ。 茉莉華と別れて、司はそんな事を思いながら家路についていた。 うつむき加減に歩いていた司は、不意に人の気配を感じて顔を上げた。 司の目の前にはあの男、葉崎が立っていた。 騙されたと思ったときには、あれ程憎く感じた葉崎だったが、いまの司にはもうど うでもいい事だった。 今更、葉崎に恨み言を言ったところで、どうにもなるものでは無い。 司は葉崎を無視してそのまま通り過ぎようとした。 「まちな、坊主」 司を呼び止める葉崎の声には、いままで聞いたことのない凄みがあった。 完全に葉崎を無視しようと思っていた司だったが、その声の迫力に足を止めて振り 返ってしまった。 「あの子に会ったか」 「さっき………茉莉華ちゃんは僕を忘れていた。いいんだ、もうどうでも」 「ちっ、馬鹿野郎だなお前は」 葉崎は大きく舌打ちをした。 「そうじゃない、手術の前の茉莉華ちゃんにだ」 「会えるわけないだろう! 美浜大学病院に茉莉華ちゃんは入院してなかったんだか ら」 葉崎に騙されたと思っていた司は、思わず大声で叫んだ。 「大馬鹿野郎」 しかし葉崎にそう一喝され、司の怒りは吹き飛ばされ、逆に萎縮してしまった。 「いや………すまん、俺が迂闊だったんだ」 怒鳴った葉崎もすぐに冷静になった。 「入院の事自体を秘密にするとは思わなかったんだ。その方が入れ替えやすいだろう からな。だから、俺自信もあの子を探し出すのに手間取ってしまった。 まして、子供にそれが分かる筈もない」 「えっ?」 司はその葉崎の言葉に、得体の知れない恐怖を感じた。 「俺と一緒に来い」 もう、家に帰らないと叱られてしまう時間だったが、司は躊躇することなく葉崎の 後を追った。 二人はすぐ近くに停めてあった葉崎の車に乗り込んだ。 車が走り出してもしばらくの間、二人は互いに無言のままだった。 「どこに行くんですか」 沈黙を破ったのは後部座席に座った司だった。 だが葉崎は何も答えず、煙草をくわえると車に装備されたライターをカチリと押し 込む。 「この間のサテンでは、ずいぶんお喋りをし過ぎたもんだ」 煙草に火を着けるため、片手ハンドルになりながら葉崎が言った。 「誰にも話したことのない、特別のネタだったんだがな。十数年間、ひたすら追い続 けて来た特ダネだ。これをモノに出来れば、俺の名も上がる」 幸い、帰宅ラッシュで混み合う方角とは反対側の車線だったために車は順調に国道 を走り続けた。 「あの家も、随分長い間探りを入れていたんだ。そんなある日に、一人の男の子があ の家の中に入り込み、茉莉華と言う女の子と仲良くなって行った」 「その男の子って僕の事ですか」 司の質問には答えずに、葉崎は話し続ける。 「その坊主と女の子を見ていたら、なんだか微笑ましい気持ちになってなあ。ついつ い、あの子の秘密を知っている俺にはその微笑ましさが辛く感じたんだ。 ネタをばらしちまったのも、その後に待っているであろう不幸な結末を避けさせた くなっちまったんだな。 まあ、そうなってしまったら俺の十数年は、まるで無駄になったかも知れないが。 しかしどうも俺は喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか………物語はハッピーエンド には進んで行かない様だ」 突然葉崎は速度を落とし、車を道路の脇に寄せて停車させた。 そいて、煙草をもみ消しながら言った。 「やっぱり坊主には辛すぎる………引き返そう。家まで送ってやる」 「坊主じゃありません、秋山司です」 「あ、ああ………そうだったな。じゃあ帰ろうか、司君」 「いいえ。このまま行って下さい」 その答えに葉崎は振り返り真剣な眼差しで司を見つめる。 「つらいぞ」 「知りたいんです。本当のことを、茉莉華ちゃんのことを。このまま、茉莉華ちゃん とのことが終わってしまったら、きっと後悔すると思うんです」 「いい答えだ」 葉崎はニッと笑い、再び車を走り出させた。 行き先はやはり美浜大学病院だった。 車を停車させると、葉崎は念を押すように司に言った。 「さっき司君は、あの子と話をしたな?」 「ええ………でも茉莉華ちゃんは僕のことを、全然知らないって言った………」「だ ろうな。あの子は別に司君の事を忘れちまったんじゃない。初めから知らないんだ」 葉崎の言おうとしていることを察し、司は唾を飲み込む。 「たぶん、最悪の事態だ。俺がサテンで話した二人の茉莉華は既に入れ替わってしまっ たんだろう」 「じゃあ、僕の茉莉華ちゃんは!!!」 もう死んでしまっているのか。そう思った司は胸が引き裂かれる様な感覚を覚えた。 「分からない。それをこれから確認に行く」 二人は暫く車の中で時間を潰した。 それは司にとって、一分が数時間に感じられるほど辛い時間だった。 「ああ、またヴィーナスに悪いことしちゃったな」 また訓練と手入れがおろそかになってしまった。 こんな調子では、今度のレースは無理かも知れないと司は思った。 辺りが完全に暗くなってから、二人は病院に潜入した。 潜入とは言っても、別に塀を乗り越えたり、鍵をこじ開けたりする必要は無かった。 裏手の門は常に開かれた状態であったし、売店横の入り口は緊急患者に備えていつで も出入りが可能な状態になっている。 さしずめ辺りは入院患者の家族と言うような顔でもしていれば、特に咎められる様 な事は無いだろう。 「どうやって茉莉華ちゃんを探すんですか」 緊張した面もちのまま、入り口近くに差し掛かった司は葉崎に訊ねる。 「さあて。どうしたもんかな」 葉崎の返事は頼りの無いものだった。 こんな事で大丈夫なのか、司の不安は増すばかりだった。 「あれ?」 ふと病院の建物を見上げた司は、窓の下に白い物を見つけた。 「ん、何かあったのか」 「あれは………ヴィーナス」 「ああん? なんだ、それは」 「僕の鳩だ」 暗くてハッキリとは見て取れないが、六階の窓の下にちょこんととまっている小さ な白い物。 それは紛れもなくヴィーナスだ。 しかしなぜヴィーナスがこんな所に。 「見間違いだろ、その辺のドバトじゃ無いのか」 「ちがう、あれは確かに僕のヴィーナスです」 少し考えてから葉崎は言った。 「確かあの辺りは立ち入り禁止になっていた筈だな。案外、これは………。 よし、行ってみよう」
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