長編 #2512の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
(1) 「ふぁぁぁっ、やっと着いたか」 始発からずっと、生野隆志はこの列車の中でイビキを嗅いでいた。 小豆色の特急列車が速度を徐々に緩め、新開地に到着した。 くたびれた様子の乗客がばらばらと、狭いホームへとはきだされる。乗 客の殆どは西出口の方へ向かう。西出口は神戸電鉄の連絡口となっており、 新開地はその乗継駅であった。 隆志はその降車客の流れとは逆に、東出口の方に足を向けていた。こち らの出口は、人の気配には乏しい。実際のところ、この時間はまだ新開地 が機能する頃合いではなかった。隆志の時計は午後三時を少し過ぎた程度 である。 しかし隆志は、人気のあまりないこの時間を選んでこの街を訪れたので ある。隆志の小脇には、風俗関係の情報誌「夜の風俗百科」があった。人 前で読むべき雑誌ではなかったが、有頂天になっていた隆志にとって、人 目なんてものはどうでもいいものだったにちがいない。 地下駅の新開地から地上に出て、「夜の風俗百科」のページ「福原」の ところを開いた。福原とは、新開地の東にある歓楽街であり、戦前にはこ こに遊廓があった。 今ここは、雄琴と並ぶ関西のソープランド街として夜は沢山の助平を吸 い込んでいた。雄琴と福原では福原の方が入浴料が安い、というよりか店 の格の幅が広い。二流大学の三回生である隆志にとって、遊ぶ金は安いに 越したことはない。韓国製の薄い革ジャンに裸のままぶち込まれた一万円 札三枚で遊べるお店は数店程である。 隆志が雑誌で選んだ店は「ハレルヤ」という大衆店であった。「夜の風 俗百科」に載っている「ハレルヤ」の料金は、80分で総額二万五千円。 学生の隆志にも遊べる十分な額であった。 しかし誘惑の手は、初な隆志に容赦無く襲いかかってくる。 「ちよっと、お兄ちゃんお兄ちゃん! 」 思わず振り向いた。 パンチパーマの、トミーズ雅に似た感じの呼び込みのニイチャン、所謂 ポン引きである。 「いらっしゃい、一名様! どうぞどうぞ」 危なかった。もう数秒躊躇していたら、間違いなくその店に入っていた。 目的地にたどり着くまでに、数えきれない程のポン引きや遣り手婆の声を 耳にしたが、絶対に顔は見なかった。心根の弱い隆志は、中学校の頃から そうであり、引き受けたくない学級委員のお鉢や掃除当番の尻拭いはみな 隆志のところに回っていた。隆志はそんな自分を知っているだけに、声を 掛けられるのが嫌であった。自分のことくらい自分で決めたかったのであっ た。 地図で位置を確認し、福原柳筋の五つ目の角を右にまがり、「ハレルヤ」 という店の看板を捜した。 「ハレルヤ」は、一番奥手の所にあった。 「お客様、いらっしゃいませ。お一人様ですね! 」 例外なく、このポン引きも威勢が良かった。 「はい」 少し派手な、というよりソープは何処でもそうなのだが、店内に隆志は 足を踏み入れ、80分の料金二万五千円をフロントに払った。 店の奥から店長らしき男が姿を現し、待合室へ隆志を案内した。 「お客様、ラッキィですねぇ。親バレが怖いんでこういう雑誌には出て こないんですけどね、当店ナンバー1の子が待機してるんですよ。夜は予 約一杯で、滅多に遊べないんすよ」 店長の言葉に、隆志は興味をあまり示していなかったが、ナンバー1の 女の子だったら、上手に自分を導いてくれるに違いない。昔からオクテの 隆志は、やってもらう方がどちらかと言うと気が楽ではあった。 店長に勧められるままに、隆志はナンバー1のマコちゃんという女の子 を指名した。 マコちゃん・・・、テーブルの上のホットオレンジに少し口をつけ、隆 志が呟く。 「どうしてんだろな」 隆志には実を言うと、この「マコ」という名前にまつわる思い出があっ た。随分昔のことではあったが、隆志はマコという名の女の子に恋してた 頃があった。 た風な、大して興奮もしないようなAVが流れている。 「お客様、準備が整いました」 店長が隆志をエスコートし、ソープ嬢の所まで案内する。 隆志の緊張の度合いはかなりのものであった。そんなとき、店長がニッ コリと、肩に入った力を取ってくれようとした。彼もこの業界は長い様子、 言わなくとも隆志の事情は判っていたようだ。 数歩歩いたところで店長の足が止まった。彼は自慢げな笑みを浮かべて いる。ここで隆志は「マコちゃん」に初対面を果たした。 しかし、この「マコちゃん」を裸眼で見た一瞬、隆志はその目を疑った。 一歩腰を引き、これ以上進むことをためらうように店長には見えたのでは ないか。 しかし、店長が最も違和感を持った反応は、ソープ嬢の「マコちゃん」 の方に見られたのである。 極端に反応こそはしなかったが、その顔は、ソープ嬢が親御さんと店内 で対面するような、そんな風に店長には感じられたのかもしれない。 「マコちゃん」の顔は強張っていた。 しかし事情なんて、店長にとってはどうでもいいことである。かなりの 不安感を抱いているのかもしれないが、平静さを装い、それ以上は何も言 わずにその場から離れた。 「ど、どうして・・・ 」 余りにも都合のよすぎる、いや衝撃的な場面であった。 隆志は、どうしてもこの「マコちゃん」のことを知りたかった。彼女の 自分を見た時の表情、それが隆志にそう思わせたのだ。 「絶対、この子は真子ちゃんに違いない! 」 隆志の幼い瞳は、目の前のお嬢さん風の「マコちゃん」を睨んでいた。 一方の「マコちゃん」は、そのお嬢さん風の少し細めの瞳に驚きを浮か べていたが、これは仕事である。私情に、これ以上かられている場合でな かった。 「お客様、こちらの方へどうぞ」 ゆっくり、話でもして聞き出そう。実を言うと、「マコちゃん」は隆志 の事を知っていた。こんな所で出会うのも思いがけないことではあったが、 久しぶりであった、隆志と話するのは。 二人は、互いの存在を意識し、部屋へと入った。照度の低い部屋ではあっ たが、まさしく二人の今の雰囲気にはピッタリであった。 隆志の初恋は、中学三年生の春であった。 どちらかというと気が弱く、クラスでも遣い走り的な存在であった隆志 であったが、そんな隆志が恋をしたのであった。 如月真子、出席番号27番。このころから特別に彼女は美しかった。カ メラ雑誌の被写体には可愛い子が結構載っていたが、真子に並ぶ程の子な んて、雑誌なんかでお目にかかったことなんてなかった。一度デート出来 たらと、隆志が思うのも無理はなかった。 しかし、この世代の男子は、早熟な奴もたまにはいたが、往々にしてウ ブである。彼女みたいなどことなく品格を漂わせる女の子に声を掛ける男 子なんぞいるわけがなかった。 そして真子は、クラスの中では浮いた存在であった。同性が嫉妬を抱く ような容姿を彼女が持っていたせいかもしれないし、昼休みにもみんなと 遊ばずに、独り図書館で読書に耽っていたからかもしれない。 常に隆志の意識は、真子に向けられていた。 しかし、隆志は真子の深層に迫ることはなく卒業した。そういう意味で も今日の出会いは、隆志の過去を清算するための絶好の機会であった。 目の前のマコちゃんは、どう考えても如月真子に違いない。たまに駅前 で会うことだってある。隆志は、彼女がいる湯船の方を見ながらそう断定 していた。 その湯船を満たし、隆志の横にマコちゃんが腰掛けた。胸はまだタオル で覆われているが、豊満な、90前後のその乳房は、男を膨張させるのに 十分であった。 マコちゃんは少し意地の悪い表情をその顔に浮かべていた。その顔を隆 志の頬に近づける。 そして、隆志の気にしていることを、知ってるかのように、その口から 思わせぶりな声を立てた。 少しかすれた声が隆志に届く。 「隆志君、こんな出会い、したくなかったわね」 「真子さ・・・・ん・・ 」 隆志は後悔した。奪われたような想い、それが心の中を支配した。 「卒業して6年が経ったかな。マコは、風俗の子になっちゃった。変わ れば変わるものね。大学がつまんなくなっちゃったから、ここに勤めてい るの」 隆志は聞きたくはなかった。耳を塞ぎたかった。 「真子さん、どう言っていいのか・・・ 」 俯き、現実の厳しさに頭を垂れる隆志に、マコちゃんは容赦無く言葉を 投げた。 「私、ずっと隆志君のこと意識してた。だって、授業中や休み時間、ずっ と私の方ばかり見てたじゃない。意識するなってほうが無理よ。私だって ・・・ 年頃だったし。」 隆志は赤面して何も言えない。自分のことを観察していたのだと思うと、 自分のしたことが恥ずかしく思えてならない。 「けど隆志君、結局あなたは私に心を開いてくれなかった。私、待って たのに・・・ 本当よ、そのこと」 ウエットな言葉が隆志を包み込んだ。真子のほのかな期待を裏切ったこと、 それに対する後悔が霧となって隆志の良心を湿らせた。 「けど、昭子ちゃんから隆志君を奪うなんて出来なかったし。あーあ、 昭子ちゃんくらい明るかったら、私も恋することが出来たかも」 昭子ちゃん、これも懐かしい固有名詞だった。隆志の口から久しぶりに 言葉が漏れた。 「飯島は、友達だよ。別に特別な関係じゃ、ないよ」 「そ・・そう」 隆志はマコちゃんの目の前で、過去の人間関係の一つを否定してみた。 「真子さんには、僕が飯島と付き合っているように見えたんだね。確か に飯島も、元気で気のいい子だったけど・・ 」 飯島昭子に関しては、なんとなく消極的であった。特に真子の前では、 そうするように努めたのであろう。 だが、隆志が話をしているうちに、マコちゃんは湯船のお湯の温度を確 かめていたのであった。湯を張って五分位が過ぎていた。 「隆志君、いい頃合いよ。さっ、入って」 隆志は話の雰囲気に酔っていたが、マコちゃんはやはり職人であった。 風呂を勧められた隆志は、そのとおりに風呂に体を浸した。 「ここは、ソープだったんだな」 ちよっとした同窓会気分であったが、隆志はここでは客である。それな りの振る舞いも必要だった。 「たっかしくーん」 マコちゃんがここで、胸と秘部を覆っていた布を取り外し、ベッドの上 に置いた。彼女の普段見えないところが露になった。 こりゃ・・まぁ・・・ 何人もの男どもを手玉にとったその肢体は、隆志の寸前まで達していた 欲望を瞬時に爆発させるくらいであった。 「隆志君、立派ね。卑屈になることなんてないじゃない」 立派にそびえ立っている隆志を見て、それをじっと見るマコちゃんの顔 には、少し赤みも見える。 隆志には分かっていた。彼女は本当に自分のことが好きだったことが。 しかし、風俗の世界に染まったせいだろうか、マコちゃんの顔には、昔、 如月真子に感じたような神々しさは見受けられなかった。その分、手元に 近づいた感はあったが、そんなこと、望んでなかったかも、しれない。 「隆志君。あの頃、好きだって言ってほしかった・・ 」 ちらりと見たマコちゃんの表情には・・・ マコちゃんが、隆志をくわえはじめた。柔らかく、しっとりと包むよう に味わっている。 「う、うっ、はぁぁっ、出ちゃうよ・・・ はぁ・・ 」 隆志は、心の底から湧き出していた微かな疑問をその恍惚の中で忘れ去 ろうとしていた。疑問を抱くこと、それが彼女にとって望まれる事だった のだが。 つづく
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