長編 #2495の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
平日のまだ夕方近く、店も開店したばかりだったので待ち時間もなくわたしたち は部屋へと入れた。もちろん、ミリィの提案した通り歌唱力によって点数がつくバ トルシステムのある部屋だった。 中に入ってミリィたち三人はわいわいがやがやとドリンクがどうとか、歌う順番 とか話し合っている。だけど、わたしはそんな中に入り込める雰囲気ではない。 わたしの隣に静かに座る園生女史が気になってしょうがないのだ。 彼女がそんなに好奇心が旺盛とは思えない。 なぜ、素直にわたしたちの誘いにのったのだろうか。 考えれば考えるほど園生女史のことが不思議に思えてくる。 そうこう考えているうちに、照明が暗くなり1曲目が始まろうとしていた。 マイクを持ったミリィが真面目な顔になり、いつものごとく台詞から入る。 「演歌一筋十五年、日本の心を楢崎美鈴が伝えます。唄うは『雪月花』」 本人は真面目なつもりだろうが、はたから見れば『笑い』を取る以外なにものに も聞こえない。しかもいきなりの演歌とは掟破り。 「ミリィ、いきなり十八番<オハコ> を歌うんじゃないってば」 当然のごとく、アンコのブーイングが入る。 「ひょっとしてミリィちゃん、勝ちを焦ってるのでは??」 そして、ノンコが笑いをこらえながら呟く。 園生女史は怖いくらいの笑みをミリィに向けていた。 その場の違和感に気づいたのはわたしだけではないはず。 だが、とうのミリィは何食わぬ顔で歌へと入り込む。いったん歌が始まれば、地 震が起きよう火災報知器が鳴ろうが歌い終わるまでこの場をうごかないだろう。 それから、ミリィはけして音痴ではない。むしろ、コーラス部にいてもおかしく ないほどの美声の持ち主だ。ただ、完全に趣味と割り切っている為、音楽への興味 は歌う事以外はないに等しい。 感情のこもった素直な声が室内に響きわたる。声の大きさも感情の豊かさに比例 して大きくなっていく。マイクなんかいらないのではないかというくらい『通る』 声。声楽に関しては、本気なったこの子にはかなわないだろうと思っている。 十八番というだけあって、力の入れ方が違う。しかも、完全に自分に酔っている。 たしかにうまいんだけど、少し過剰すぎるのが玉に瑕だ。 だけど、やっぱりミリィの歌には素直に感動できる。余計なことを考えない、邪 心のない歌声は『好き』である。 歌が終わりみんなからの拍手をもらうミリィ。力の入れ過ぎなのか、感情の込め すぎなのか、瞳にはうっすら涙の膜が揺れている。 ふと、気になっていた隣の園生女史をちらりと見る。 彼女は関心したような顔で拍手を贈っていた。 曲が完全に切れたところで、照明が真っ暗になりドラムロールが聞こえてきた。 そして、機械的なファンファーレとともに、点数が表示される。 【91点】 すかさず両手を挙げて決めのポーズを取るミリィ。 だてに歌姫を名乗ってないね、この子は。 「楢崎さん」 ふいをついて、園生女史がミリィを呼ぶ。 「なに?」 歌い終わった後のミリィはとても機嫌が良いから、少々の事では動じない。 「あなたもしかして、歌手志望?」 「うんにゃ、あたしはただの歌好き。カラオケ界の歌姫よ」 ミリィのおどけと、園生女史のマイペースな言動、どちらが強いのだろう。 「惜しいわね。きちんと声楽やれば、伸びるのに」 「あたしゃ、これでプロになる気はないもん」 ひょうひょうとミリィは答える。 そんなミリィにわたしはちょっとだけ嫉妬した。普段なら、そんなことは考えも しないというのに。いや、考えるのをやめてしまってるだけなのかもしれない。 「さあ、今度は園生さんの番よ」 ミリィは自分の握っていたマイクを園生女史に差し出す。 「私は遠慮するわ。知ってる曲がないもの」 「学校で習ったような童謡だってあるし、それに園生さんプロ志望でしょ。一回聞 けば歌えるはずよ」 「じゃあ、他の人から歌って。私は最後でいいわ。それならいいんでしょ?」 園生女史はやんわりとミリィにマイクを返す。 というわけで、次はアンコ、その次がノンコ、そしてわたし、園生女史の順番と なっていった。 2人とも歌に関しては上手い方ではなく、わたしも自信があるわけではない。 結果はアンコ【72点】ノンコ【68点】、そしてわたしの番が回ってくる。 少し照れながらマイクを握る。あまり音域が広くないわたしのアルトヴォイスは、 歌うことにはあまり適していないようだ。だが、いきがかり上歌わぬわけにはいか ない。 勝負をあきらめているわたしは、今自分が気に入っているニューミュージック系 の、まだ歌ったことのない曲を選んだ。音域はかなり広い。おまけに、ヴォーカル は透き通るようなソプラノヴォイス。 歌を聞いて感動した憧れは、それを自分のものにしたくなる。わたしみたいな人 間、いや、ほとんどの人間が聞き手のままで満足できるわけがない。だからこそ、 カラオケなんてものが世の中に蔓延しているのだろう。 わたしは心の中から邪気を追い払った。憧れを結晶にさせて『声』としておもて に出す。 高音域の旋律は、わたしにはかなりしんどい。それでも、しぼり出すように心の 底から歌った。音楽というものに含まれる『魔法』のようなものに身をまかせて。 サビの最高潮の部分を繰り返し、フェードアウトしていく。 わたしはにわかに汗をかいていた。 室内には『お約束』の拍手。 点数はファンファーレこそ鳴らなかったが健闘して【88点】。 「ひゅーひゅー、サイコー」 「うまいぞ、ユミ!」 親友たちの盛り上がりをよそに、園生女史は感想も述べずわたしに呟く。 「私もその曲歌う」 一瞬のその場の沈黙の後、アンコはおちゃらけたようにノンコに言う。 「これは本格的なデスマッチとなりましたね、解説の坂上さん」 「比較的不利である新しい曲に挑戦したユミ選手に対して、園生選手もまったく歌っ たことのない曲。五分に見えるこの勝負。しかし、曲をよく知っていたユミ選手の ほうが優勢ではないでしょうか」 いきなりプロレスの解説のような漫才を繰り広げるアンコとノンコ。 人が真剣になってるのを茶化しやがって。 「さて、お手並み拝見といきましょうか」 さすが、ミリィは落ちついた口調でそうこぼす。 みんなそれなりに反応を示したが、わたしだけは何も言えずにいた。 歌い終わるまでは反応のしようがない。 照明が暗くなり、もう一度あのイントロが始まる。 そして第一声。 透き通ったきれいな声。 普段、話している時のような低い声ではない。 さすがにプロを目指しているだけのことはある。ジャンルは違えど、基本は忠実 にクリアしている。一音一音、噛みしめるかのように確実に声をはめ込んでいく。 それも、自然な感じでだ。 やはり『才能』なのか。 音感という天性の『才能』を、またもや見せつけられる。 曲は終わり、みんなの感心した声で我に返るわたし。 「初めてにしちゃ、けっこう上手いじゃん」 ミリィは手放しで誉める。 だが、わたしはまた何も言えない。 点数が出る。 【88点】 わたしと同じ。とはいえ、所詮、機械が決めるものだ。あまりあてにはできない。 しかも、園生女史にはかなりのハンディキャップがあったはず。 点数を見た園生女史からため息がこぼれる。 「所詮、機械だからね。点数なんてお遊び程度の基準でしかないのよ。わかってる と思うけど」 そう園生女史に、慰めにも聞こえない言葉を言ったのは、あんなにも彼女を敵対 していたミリィだった。 園生女史は急に立ち上がる。 「もう帰るの?」 とアンコが聞く。 「ちょっとお手洗い行って来る」 そういって、出ていく彼女。 わたしは追いかけるように席をたった。 「わたしも行って来るわ」
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