長編 #2493の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「テンサイは忘れた頃にやってくる」 誰でも考えそうなギャグを言って無理矢理ウケをねらおうとするミリィを無視し てわたしたちは話を進める。 昨日、わたしが思った事を放課後の今、仲の良いみんなに聞いてもらっているの だ。 「天才とか才能の定義とか言われても、人間なんて定規で計れないよ」 ノンコはうーんと唸りながら窓の外を見つめる。 「『天才とは、99パーセントの汗と1パーセントの霊感より成る』ってエジソン だっけ?」 アンコの人なつっこい口調と優しい笑顔がこちらを向く。 「その1パーセントが大切じゃない?まったく0と1とは天と地との差よ」 霊感イコール才能と考えても、あるにこしたことはない。ゼロと1は近似値では なく、まったく相反するものだ。 「そんなに才能が欲しいの?」 素直すぎるノンコの問い。 わたしは一瞬答えに戸惑う。深く考えるのを無理に心がとめているようだ。 「わからない……」 ふと、真正面にいるミリィと目が合う。なにか、わざとらしい媚びるような目に 思わず笑ってしまった。 「うぇーん、ユミちゃん許してよぉ」 ミリィはさすがに反省したらしく、やっと真面目に話しに加わる気になったよう だ。わたしは、ノンコの問いへのごまかしついでに、わざとふざけてみせる。 「よしよし、ほれ『お手』」 「クゥーンクゥーン……」 ノリのいいミリィはすぐにそれに反応するが「なつかせてどないする!」と、わ たしの手をぴしゃりと叩く。 「ごめんよぉ。……で、ミリィちゃんのご意見は?」 わたしはすぐにミリィに話を振る。何か言いたげな視線が気になったのだ。 「あたしさ、思うんだ。天才ってのはその人がやったことに対しての評価で、才能っ てのはその人の初期値だと思うの。ただ、その才能の形にもいろいろあってさ、ノ ンコが言ったみたいに定規じゃ計れないかもしれない。だけど、普通の人が努力し てやっとできる、或いはまったくできない事をまるで呼吸をするみたいにいとも簡 単にできてしまうことを、たぶんそれを才能というのだと思うの。だけど、才能は 初期値だから、その人ができることは中途半端でしかないわけ。そうすると、下手 に才能がある人は現在の状態に満足できないはず。だから、それ以上を望んで努力 をするのよ。そうしているうちに普通の人との能力の差があまりにも開いてきて、 結果『天才』と呼ばれてしまうのだと思う」 今まで溜まっていたものを吐き出すかのように一気に語るミリィ。そういえば、 この子も天才とか言われてた時期があったって聞いたことがある。数学に関しては 他の教科を飛び抜けて良くて、それに期待した御両親が無理に難しい所への進学を すすめていたのだ。それで、自分の興味以外の事もやらなきゃならないはめになっ て息がつまると落ち込んでいた時期もあったのだ。今はなんとか御両親を説得して、 自分のペースを守れるようになったけど……。わたしがこの話をした時、あまり乗 り気ではなかったのはそのせいなんだ。なんか、悪いことしちゃったな。 「ミリィ。ごめんね、変な話に加わらせちゃって」 わたしは素直に謝る。自分の感情をそのまま人に話してしまうのが、良くも悪く もわたしの癖なのだから。 「なに謝ってるのよ。最初に茶化したのはあたしなんだからさ」 ミリィは気にしてるそぶりを見せずにわたしに向き直る。 「ユミはさ、自分のやってることに疑問を感じちゃったんでしょ?」 鋭いノンコの質問は、そのままずばり図星である。 「わたしね、音楽が好きよ。楽器が好きよ。ホルンが好きよ。始めたきっかけは、 『見ず知らずの他人をこれだけ感動させられるなんてすごい』っていう憧れなんだ けどね。実際、奏者の側に立つと嫌なところも見えてくるわけ。それを素直に『嫌 い』と思っている自分になんか疑問を抱いてしまったの。才能があれば、もうちょっ と楽できたのに…なんてとんでもない考えも最近でてしまう。嫌々やってるならや めればいいかもしれないけど、どこかに『好き』という気持ちが残ってるんだと思 うの」 わたしは、頭の中を整理できないまま想いをそのまま言葉にする。 「どうしたらいいかわからないわけね」 ノンコは自分のことのように難しい顔をする。 「しばらく離れてみれば?音楽から」 そう言ったのはアンコだった。気持ちの整理がつかないまま練習をしていても上 達はしないだろう。鳥居ちゃんには悪いが、来週は部活を休ませてもらおう。 だが、それが根本的な答えにはならないのはわかっていた。 「才能ってあるにこしたことはないと思うけどさ、あればあったでまた面倒なもの よ。才能なんてなくたって、楽しく生きられるのが一番の幸せなんだからさ」 ミリィの意見はもっともだが、才能への憧れが一番強いのは才能のない人間なの かもしれない。わたしがこうまでこだわるのはその為だろう。 でも、そう決めつけている自分になぜか悲しいものを感じた。 『ゼロと決めつけたくない』ともう一人のわたしが叫んでいる。 木曜日の放課後、わたしは部活を休もうと鳥居ちゃんのクラスへと急いで行った。 「鳥居ちゃん。あのさ、今日用事があるから悪いけど部活休ませてもらうね」 嘘をつくのはしのびない。だけど、迷ったまま練習を続けていても何もいいことな んてないのだ。 「えー!そうなんだ。うーん、今日はさびしいな」 鳥居ちゃんはちょっとだけ悲しそうな顔をしながら、ちょっとおどけてみせた。 「ごめんね」 かなり後ろめたさを感じながら、その場を去っていく。 そのまま家に帰るのもさびしく、駅方面へと歩いてみることにした。 あてもなくぶらぶらとしていたわたしの足は、いつのまにかなじみの楽器店へと向 かっていた。 それは、4階建ての中規模な楽器専門店で、1階は鍵盤楽器、2階は弦楽器、3階 は吹奏楽器、4階は譜面や音楽書などがおいてあるところだ。わたしはいつものごと く3階へと向かっていた。バルブオイルもラッカーポリッシュも買い置きはあるから、 買い物の必要はないのだが、そこに飾られている楽器を見るのが一つの楽しみでもあ る。憧れの結晶が目の前にきらびやかに飾られているのだから。 黄金色に輝くホルンたちはわたしの目にきらきらと映っていた。 −「お待たせいたしましたソノウさま」 ふいにわたしの耳に入ってくる聞き覚えのある名字。条件反射的に振り返って視界 に入ったのは、やはりあの園生女史であった。 そして、店員から彼女に小さめの楽器ケースが渡される。 一瞬、思考回路が混乱した。なぜ、こんな所に彼女がいるのだろう。 疑問を解決すべく、とっさにわたしは彼女の名を呼んだ。 「園生さん」 園生女史は振り返り、わたしに気づいた。だが、それほど驚いた表情はなかった。 「三浦さんもここを利用していたのね」 彼女は落ちついた表情で言葉を返す。 「園生さん、なんでここ?」 「そんなにめずらしいことじゃないと思うけどね。たまたまかち合っただけじゃない」 わたしは彼女の手元に目がいく。そこには、細長い小さな楽器ケースがある。あれ は確かフルートケースだ。 「フルートもやるの?」 「いちおう金管楽器以外なら、なんでもやるわよ。今はピアノとフルートが専門だけ ど」 「初耳だな。園生さんがフルートやってたなんて」 「もし知ってたら、部活に誘った?」 「もちろん。あ、でもうちの部じゃ満足できないわね」 ちょっとした皮肉をこめてそう言うが、園生女史じゃなくても満足できないぐらい 部の状態は、かえって自分を落ち込ませる。 「私はもともとソリストだからね。ブラバンは肌にあわないのよ」 今日の彼女はなぜか温厚である。おかしいくらい普通の人だ。 「それ自分の楽器?」 わたしは手元の楽器へ目がいく。 「そうよ。ちょっとオクターブキイの調子が悪くてねリペア(修理)に出してたの」 「いいよね。わたしも自分の楽器が欲しくてね」 「そういや、三浦さん。今日の部活は?」 「ちょっとしたサボリよ」 わたしのその何気ない言葉が気に障ったのか、園生女史はまたもとのきつい表情 に戻ってしまった。 「あなただけは少しはマシだと思ってたけど、所詮シロウトね」 園生女史はそのまま去っていった。 ぐさりとなにかが心に刺さる。 「待って!」 わたしは叫ぶ。 「待ってよ!園生さん」 追いかけて彼女の腕をつかむ。 「なによ?」 そう言われてわたしは言葉に戸惑った。彼女に自分の想いを伝えていいものかと。 バカにされるかもしれない、そんな感情が心に制御をかける。 「なんなのよ!?」 せかされて、わたしの中の想いが凝縮する。 「教えてよ。才能ってなんなの?それがない人間は音楽をやっちゃいけないの?」 涙が一粒地面へと落ちる。本当はこんなところを園生女史にみせたくない。くや しさが心の中で暴れ出す。 「三浦さん、落ちついて。感情的になってたんじゃ議論はできないわよ」 彼女は困ったように辺りを見回す。 「だってさ……」 それ以上何も言えない。何か言わなければいけないのに。 「おいで。知り合いのリサイタルに連れていってあげる」 きりっとした声がわたしの耳にこだまする。
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