長編 #2492の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
甘くせつない音色。 どこか頼りげがなく、はかなげな感じをもつ細い旋律。 忘れかけていた想いがよみがえるような……そんな気がしてくる。 オルゴールの音に耳を澄まし、わたしはその心地良い感覚を楽しんでいた。 「G<ゲー >の音が半音低いよ。あとEb<エス>の和音のバランスが悪い」 無表情でそう呟いたのは、教室の入り口でこちらの様子を窺っていた園生紗智子 だった。 わたしのクラスメイトであり親友の一人であるミリィこと楢崎美鈴が、家の物置 から発掘してきたオルゴールは、その色あせた外見からしてかなり年期の入ったも のであった。そして、頼りなく回転する小さなドラムにはディズニーの名曲『星に 願いを』の旋律が刻まれている。 放課後の静かな教室で、その古ぼけたオルゴールに聞き惚れていたわたしたちを おもいきりしらけさせたのは、クラスでも有名な堅物女史だった。 まずはじめに、わたしの横でうっとりと聞き入っていたアンコこと朝倉杏子は、 頬をついていた手を滑らせコメディアンのようにおおげさにコケて苦笑し、次にオ ルゴールの持ち主であるミリィは握り拳を目の前で震わせながら無言で園生女史を 睨み、ノンコこと坂上紀子はただただ唖然として口をぱくぱく開け、わたし、三浦 有魅は大きな大きな溜め息を一つついたのだった。 「私そういうのだめなのよね。音感だけはすごくデリケートなのよ」 睨みつけていたミリィの目をかわし、園生女史はぽつりと呟いた。 「オルゴールってそういうものでしょ。音程さえ合ってればいいものじゃないはず よ。わずかに外れた音<キイ>もそれなりに味が出るんじゃないの?」 ミリィは胸に溜めていた想いを一気にぶつける。しかし、園生女史がたじろぐは ずもなく、ただ自分の正しいと思う答えを返すだけであった。 「1/4音程度なら許容範囲だし、それぐらいなら確かに味もでるわ。だけど、半 音も違えば、不協和音になるだけのこと。聞いていて耳が変になるのはあたりまえ でしょ。まあ、あなたたちとは耳の感覚が違うのかもしれないけど」 わたしはもう一度大きな溜め息をついた。どうして、この子はこういう言い方し かできないのだろうか。自分の感覚を他人に押し付けるような、誰も自分をわかっ てくれないというような態度を。 「園生さん。理にかなったお答えだけど、最後の言葉は余計よ」 わたしは、こみあげる怒りを静めながらそう忠告した。 「別に好き好んで音感をよくしてもらったわけじゃないのよ。不快なものを不快と 言ってなにが悪いの?」 園生女史は相変わらずの口調で言い返す。 「聞きたくないならば出ていけばいいでしょ!」 ミリィの怒りが爆発し、今にも脳天から蒸気でも吹き出しそうな口調で園生女史を 怒鳴りつける。……が、そんなものが彼女に通用するわけがない。 「あら、私は担任の先生に頼まれて出席簿を取りに来たのよ。あなたたちのように用 もないのに必然性もなく居残っているわけじゃないの。『出てけ』と言う前に自分た ちが別の場所へ移動するのが筋というものじゃない?」 完全にわたしたちに手の負える人ではない。もちろん、クラスの誰一人として彼女 を扱える者などいない。 変わり者として、誰も彼女に近づかないのである。 だが、わたしは変わり者だからといって彼女を疎ましく思う考えは好きではない。 みんなの真似をして、みんなと同じことを考え、それに加われない者を排除するク ラスのほとんどの者より、他人に呑まれない園生女史の方が偉いと思う。 ただ、彼女のように一人よがりで自分以外の誰も信じないという生き方には、共感 が持てないのだ。 みんなに睨まれながらも平然とした態度で机の上にあった出席簿を取り、さっそう とした態度で教室を出ていく園生女史に微かな怒りを覚えた。 他人を見下す態度にだけは許せなかったのだ。 だが、その怒りをぶちまけられるほどの場所もパワーも残っていない。 雰囲気を壊されたわたしたちは、その場でお開きとなった。 今日は火曜日。ミリィ以外は部活が待っているのだ。 わたしの所属する吹奏楽部は総勢30名ほどで、他の学校に比べればかなり人数 の少ないアットホーム的な部である。それだけに、人間関係のいざこざがない分、 人不足による楽器の厚みが薄いという最悪の弱点を抱えていた。 そんなわけで、コンクールなんてものは、金賞どころか参加の希望さえ持てない のであった。 だから、部の雰囲気も穏やかだが、悪く言えば少しだらけ気味なのである。当然 小学校でバリバリに活躍していた部員は、その落差に落胆し定着するはずもなく、 あとに残るは幽霊部員やお茶会感覚で部活をやる者のみとなった。 とはいえ、この雰囲気、わたしは嫌いではない。『音楽』とは音を楽しむものだ から、本人たちが楽しめればそれでいいんだ、と昔の先輩に言いくるめられて入部 したわたしは、最近ではそのだらけた雰囲気に少し好感を持っている。 現在、わたしのパートはホルン。あのずんぐりと丸い愛嬌のある形が気に入って いる。音色も、初めはこもった変な音しか出せなかったが、今はこの楽器特有の甘 い豊かな音が出せるようになった。付き合い始めて3年にもなるが、まだまだ奥の 深い楽器である。 高校に行って本格的に吹奏楽を始めたら、バイトしてでも絶対に自分専用の楽器 を買おうと密かな野望を抱いている。 そんなこんなで、今は楽しい一時を過ごしながら地道に楽器の基礎練習を行って いた。 弱小クラブの弱味か、練習場所は空き教室である。空調の効いた音楽室での練習 など週に一回できればいい方である。だから、夏や冬など、暑さ寒さでますます練 習に出てこない幽霊部員が増すのだ。 「三浦ちゃんさぁ。今年も第九のコンサート行くの」 わたしの斜め前の席でアルト・サックスをやっている一応部長である鳥居ちゃん が、楽器のリード部分(吹き口についている竹べらのような物)を指でぺんぺんと 叩きながらそう聞いてきた。 「なによ、いきなり」 わたしは基礎練習用の譜面から目を離し、鳥居ちゃんの顔を見る。 「年末さぁ、ディズニーランドに行って年を越そうよっていう話が3年の部員の中 であるのよ。ほらぁ、今年中学最後でしょ。受験勉強の気晴らしにさ」 鳥居ちゃんの人なつっこい目がわたしを誘っている。 「うーん……年末の第九には行かないんだけど、先約があるのよ」 わたしはすまなそうにそう答える。 「え!三浦ちゃん、いつの間に彼氏できたの?」 少しあわて者の鳥居ちゃんは完全に勘違いしている。彼氏なんて、できる気配さ えないってのに。 「違うわよ。クラスのミリィたちと初日の出見に行くんだ」 「そうなの。それは残念ね」 「ごめんね。鳥居ちゃん」 わたしは片手で鳥居ちゃんを拝みながら謝る。 「いいってば」 鳥居ちゃんはそう言って少し寂しそうに練習を続ける。 現在、この教室で練習を行っているのは、わたしと鳥居ちゃんだけ。 わたしも別な意味でちょっと寂しかったりする。 あーあ……。 次の日、水曜日は久々の音楽室での練習。 どれだけ部員が集まっているのやらと、中を覗けば片手で数えられるほど。 わたしを除けば、ちょうど5人。ちょっぴり虚しい。 ああ、大人数での合奏に憧れる。思わず音楽室の入り口の所から客引きでもした くなるよ。『さあ、さあ、今ならお好きな楽器が吹けて美人でかわいい講師もつい ちゃう。これであなたもミュージシャンよ!』……なんて、虚しい発想したわたし が馬鹿だったわ。 しょうがない。初心忘れるべからず。今日も基礎練習を地道にやるしかないよう ね。 でも、でも、こんなに長いこと合奏ができないとストレスが溜まりそう。最後に やったのはいつだったかな?ああ、シェルドンがバーンズがホルストがジェイガー がスウェアリンジェンがわたしの譜面帳の中で眠っている。ごめんね、みんな。も う少しだけ待ってね。春はもうすぐそこよ……って、何考えてるんだか。 いかん、最近妄想癖がついてきたな。気をつけねば。 と、お馬鹿なことを考えていると、防音設備の効いた室内にピアノの音が微かに 音がもれてきた。単調な旋律だが、軽やかな指運びは聴いていて心地が良い。何か の練習曲だろうか。 防音の音楽室ではあるが、一カ所だけ防音処理のされていないところがある。そ れは、音楽準備室との境の扉だ。普段は、音楽の教師がいて奥の狭い所に補助のピ アノが置いてある。だが、放課後ともなれば完全に閉め切られる。 誰が弾いているのだろう、そうわたしは思った。今日は音楽の教師はいないはず なのだが。 まあ、合唱部のピアノ担当の子が密かに練習している場合もあるので、わたしは そこで考えることをやめ自分の練習に専念する。 ロングトーンと呼ばれる、各音階をある一定の時間吹き鳴らして、音質に安定を 保たせる練習はかなり辛い。その後は、歯切れの良いタンギング。これは、舌を使っ て音を短く切るもので、スタッカートのついた八分音符以上の音をきれいに響かせ るもの。 とても退屈な基礎練習は、楽器演奏だけではなく他でも大切にされているはずだ。 だが、上手になる為にこなさなければならないハードルはいくらでもある。およ そ、気の遠くなるような練習をプロはつんでいるのだろう。だけど、わたしはまだ それにも及ばない。強制されるわけでもないし、好きで吹いているのだからという 理由でたまに手を抜くこともある。どうせ、プロになれないのだからという情けな い考えが心の奥に引っかかっているからだろう。 とにかく、上手になりたいとは思ってはいても、どこかでほどほどにしておいた 方がいいという自制が効いているからなのかもしれない。 もともとわたしが音楽をやっている理由なんて、たんなる憧れでしかなかった。 自分がお気に入りの曲を自分で演奏してみたいだけなのだから。 たしかに甘い。 深く考えると気分が滅入ってくるようだ。 気分転換にと、周りを見回し教本のページをペラペラめくる。 「橋本君。パート練やろう」 わたしは、同じホルンパートの比較的真面目タイプの後輩を呼ぶ。 「レベル4のエチュードですか?」 橋本君は即座に教本を取り出しページをめくる。 「そうよ。橋本君チューニング終わった?」 「はい」と、元気な返事が返ってくる。これで、出席率さえよければかわいい後 輩なのだが。 メトロノームを鳴らして練習を開始する。 その時、ふいに音楽準備室の扉が開き中から、あの園生女史が出てきた。 一瞬、わたしと目が合うが、すぐにそらし部長の鳥居ちゃんの所へと歩いていく。 「準備室のカギ、ありがと」 鳥居ちゃんに準備室のカギを渡すと、園生女史はそのまま無表情で去っていった。 ふと、先ほどのピアノの音を思い出す。 あの練習曲を弾いていたのは園生女史だったのだ。普段の態度からは人間味が感 じられないくらい天才色の強い彼女だが、やはりそれなりの努力はしてるのだと関 心してしまう。 天才……。 思わず考えてしまう。 天才の定義、才能の定義。どこまでが努力でどこまでが天性なのか? 「三浦先輩。どうしたんですか?」 我を忘れて考え込んでいた頭に橋本君の声が聞こえてくる。 「あ、ごめんごめん」 わたしはそうごまかして、頭の中の考えを一時タンスにしまい込む。あとで忘れ なきゃいいけど……。
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