長編 #2457の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
インタールード 「うう」 闇の中、夢を見ているような状態で、『彼』はうめいていた。眠れない夜は いつもこうである。いや、うめくのを止められないから眠れなくなるのだろう か。 彼は、連続幼女殺人の犯人である。 連続幼女殺害犯は自分の内から湧き出て来る欲求を、何とかして抑えようと 苦慮していた。欲求とは、精神の均衡を保つための、彼にとっての最良の精神 安定剤−−小さな女の子を殺すことである。 これまで彼は、欲求を抑えつけることなく、それが鎌首をもたげたときに被 害者を物色し、好きなように殺してきた。 「あの締め殺すときの感覚……それに、徐々に小さく小さくなる子供の息の音 が何とも言えず、耳に心地よく響く。それもとうとう聞こえなくなると、一つ の生命を征服してやったんだという満足感が得られる。あれは、何物にも代え 難い、素晴らしい、貴重な体験だ」 うめきを中断し、彼はほくそ笑んだ。かつての感触を思い起こしているのだ ろうか。その表情は嫌らしく、目は光ってさえいるかのようだ。 彼はかつて、鼠や蛙、昆虫等の小動物を捕まえた上、溺れさせたり破裂させ たり、あるいは焼き殺したりした。その行為について、彼は何の疑問も持たず、 ただ快楽にも似た喜びを得ていたのだった。 それは、子供ならほとんど誰もが持つであろう、一時的な残虐趣味に過ぎな かったのかもしれない。その時点では、という条件付きだが。 そんな残酷な行為をすることを、やがては彼も忘れ、しばらくはやらないで 過ごしていた。しかし、十五年以上経った今年になってから、彼の精神が不安 定になることが多くなった。 精神の不安定要因を取り除くために、と彼が考えたのかどうかは分からない。 恐らく、無意識の内にであろう。彼は、小動物を殺すことを欲した。それは、 ある程度は彼の欲求を満たしたのではあるが、何かが足りなかった。それに、 小動物はもう、それほどたくさんはいなくなっていたのだ。彼が行為を重ねる ことは、難しくなっていった。 そんな折、彼は街中で小さな女の子を見かけた。彼は、けたたましく笑い、 遊んでいたその子を、ただの騒がしい生き物−−かつて自分が捕まえて殺して いた小動物に重なって見えた。 彼は、こうして女の子を殺した。 誰にも見られないような場所に連れ込み、締め殺した上、小動物の観察・解 剖のつもりで、服を脱がしたのだった。もし、最初に狙いをつけた子供が、彼 と同じ性別であれば、彼は興味を失っていたかもしれない。所詮、それは希望 的観測、結果論ではあるのだが。 ともかく、この行為は、彼に今までにない悦びをもたらした。新しい発見だ った。彼は、これを繰り返さずにはおられなくなった。 「あれはいい。あれをなし終えた瞬間からしばらくは、自分が神にでもなった かのような気分に浸れる。自分のいらいらしていた精神も、安らいでいく。あ んな素晴らしいことを、どうして今まで試そうとしなかったんだ。気付かなか ったんだ。もう、誰にも教えてやるものか。これは自分だけの密やかな楽しみ なのだ。自分だけが、好きなときに好きな場所で、好きな相手に対して、これ を楽しむ権利を持っている……」 しかし、今は彼の思うままには行っていない。連続幼女殺害四つ目の事件と して、彼の全く関係していない犯行が起きたからである。これのおかげで、好 き勝手に動くことができなくなりつつある。 ここ何日かの間、彼は欲求を他の方法で抑えることができないか、模索を続 けた。だが、うまい案は思い浮かばなかった。 しかも、つい最近、欲求を抑制することができなくなりかけてしまい、ある 場所で、女の子に声をかけたのである。が、他の人に見られそうになったこと もあり、何とか途中で欲求をとどめることができた。 「あのときは冷静な思考能力を見失っていた。気を付けねば……」 彼は決心を固めるかのようにつぶやく。 「冷静でいれば、何とかなる。それにしても、誰なんだ。自分だけの楽しみだ ったのに、それを取るなんて、ひどい奴だ。自分のやったことを自分で責任を 取るつもりもないらしい、意気地のない奴のくせに。臆病者が身に余ることを して、何を考えているんだ。分からない分からない分からない」 そしてまた、彼はうめき始めた。内なる苦悩を表すかのように。どうしよう もない欲求を、それでも押さえつけようとするかのように。 「ううっ」 第四章 声をかけてきたのはアラシンこと、荒川真一だった。 「まっちゃん、どうなっている?」 夏期休暇に入る直前、そろそろ卒業論文の資料を決めようと思い立ち、僕は 大学の図書館に来ていた。 荒川の服装は、今期に入ってからよく着ていたスーツ姿ではなく、それ以前 から見慣れたポロシャツに変わっていた。 「まだ、決まったとこはないよ」 僕は、相手をうらやましく思いながら、答えた。 「あれ? 普段着だったから、もう決まったのかと思ったんだけれど、違った かい? 悪かったなあ」 わざとらしく聞こえるのは、ひがみだろうか。僕は、しゃあしゃあと喋って いる荒川が恨めしく思えてきた。 「俺はさ、結局、最初に内定もらった銀行に決めたよ。もう、新聞関係はすっ ぱりとあきらめてさ」 こちらが聞いてもいないのに、荒川の奴、得意顔になって話してくる。黙ら せたくて、僕は相手を遮った。 「図書館なんだから、静かにしなきゃ」 「そうだな」 意外にあっさりと静かになった荒川。どうせ、言いたいことを言い終わった からだろう。一呼吸おいて、小さな声で聞いてきた。 「何をしているんだ?」 「多分、そっちと同じ」 「俺は、卒論の資料漁りだけど」 「そうだよ、こっちも」 うるさく感じて、短めに答えながら、僕は書棚に目を走らせる。高いところ にあるのは、天井の蛍光灯に照らされて、書名が読み取りにくい。ようやく、 何冊かのめぼしい本を見つけることができた。 それらを持って席のある方へ移動すると、荒川もついて来た。彼の手には、 何の書物もない。 「どうしたの? 自分の本探しは」 「いいっていいって。こちとら、就職も決って、ある程度は気楽な身なんだか ら、焦ることはないんだよ。ちょっと、話がしたくてさ」 荒川は、僕と真向いになるように、椅子に座った。 「何だよ。からかうつもりな訳?」 「怒るなって、まっちゃん。怒るとただでさえ平凡な顔が、見られたもんじゃ なくなってしまう。鏡、見てる?」 鏡と聞いて、僕はびくっとした。鏡を見るときに感じる、あの微妙な違和感 ……。あれは、「あいつ」のせいなんだ……。 そうだ、荒川から見れば、僕の顔は変化したように見えるんだろうか? 「アラシン、この顔、どう見えてる?」 「は?」 驚いた表情になる荒川。確かに、今のは突拍子もない質問だったかもしれな い。言い直そう。 「だから、前と比べて、どこか変わって見えるかってこと」 「ああ。そうだなあ……」 荒川は、僕の顔を斜めから見るようにした。しばし、沈黙。 「少し、お肌がきれいになったかな」 真面目な顔から一転、荒川はにやっと笑って、茶化した口調でこう答えた。 全く、馬鹿にしている。 「冗談を聞きたいんじゃないんだったら」 「何でそんなことを聞くんだい? いつもと違うみたいだぜ」 「もういい!」 腹が立った僕は、相手を無視して、本に没頭することにした。 しかし、そうするつもりだったが、荒川が手を替え品を替え、話題を転じな がらしきりに話しかけてくるので、仲々集中できない。 「……そうそう、栗本さんがさあ」 ここで、本のページをめくる僕の手が、ぴたりと止まった。栗本さんの名前 を聞くと、これは気になってしまう。あまり集中できていなかったことだし、 荒川の話に耳を傾けることにする。 「栗本さんがどうしたって?」 「乗ってきたな」 荒川は笑いながら、こちらを見た。 「『愛ちゃん』だと聞き逃すかもしれないと思って、名字を使ったんだぜ。あ りがたく思いなさい」 「どうでもいいだろ。それで、どうしたって?」 「なに、大したことじゃないんだ」 じらすかのように、言葉を区切った荒川。いらいらさせてくれる。 「聞いただけなんだけど、栗本さん、ある男と親しくしている」 それがどうしたっていうんだ。単なる友達付き合いじゃないのか。 「その男ってのが、うちの大学から例のトーカルの最終面接に進んだ、三人衆 の一人みたいなんだ」 「え?」 僕は絶句してしまう。その男とは、取りも直さず、通知を受け取るのを僕が 邪魔した相手ということになる。何事だろうと、僕は警戒する。 「どうして、栗本さんがあいつと……」 「いや、別にどうしてって程じゃないらしいね。俺は知らなかったんだけど、 元から知り合いだったらしいから」 「何だ……」 僕は心の底から安堵したかった。ひょっとしたら僕のしたことに気付いて、 向こうから接近して来たのかとも勘ぐったが、そうではなかったらしい。今、 言って来られても、もう一つの「僕」である「あいつ」のせいだと証明するこ とは不可能だ。 「まっちゃんがしてもらってるように、衛星放送の映画を代録してもらったり、 就職のことで情報交換したりしているようだよ」 「それぐらいのことなら、何も」 わざわざ話す必要はないじゃないかと僕が言おうとしたら、荒川はこちらに 構わずに言葉を続けた。 「向こうだってまだ就職が決まっていないらしいから、ここは一つ、三人寄れ ば何とやらで、まっちゃんも就職の情報交換の輪に加わればどうだい?」 何だ、そんなことか。荒川としたら、さっきの自慢口調をすまなく思って、 言ってくれたのだろう。 「ご忠言、いたみいります」 「何のこっちゃ?」 荒川らしくない、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。いつもの気取っ た感じがなくなって、愛嬌のある顔になるじゃないか。 「あーあ、もう帰ろうかな。さっさと借りて、さっさと帰って、家でゆっくり と読む方がよさそうだからねえ」 と言いながら、僕は本を抱えて立ち上がった。そして貸し出しの手続きをし てもらうために、カウンターに向かう。目の端で、慌てて立ち上がる荒川の姿 が捉えられた。 −続く−
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