長編 #2453の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第三章 幼い娘が夜になっても家に戻らないことを心配した北村家では、父親が近く の公園や空き地、おもちゃ屋や書店を回って、我が子を捜し歩いていた。 母親の方は、もしや誘拐ということも、と考え、自宅の電話の前で息を飲ん で待っていた。 父親は、めぼしい場所を回っても、何の成果も得られなかったことに焦燥感 を覚えながら、家に戻った。そして夫婦で相談の上、警察に通報することに決 めた。このとき、彼ら夫婦の頭の中には、あの連続幼女殺害事件のことは、み じんもなかった。それはその時点で、精神の負担を和らげる意味では、よかっ たのかもしれない。 「誘拐かもしれない」と電話で告げたためか、刑事はパトカーでなく、普通 乗用車に乗ってやって来た。しかし、逆探知をするような道具機械を持って来 た様子もなかった。 「お子さんがいなくなったと気付かれたのは、いつですか?」 警察手帳を示しながら、小出優仁と名乗った比較的若い刑事は、静かな口調 で夫婦に尋ねてきた。 「はっきりしないんです。おかしい、いつもより遅いなと思ったのは、七時を 回った頃でしたが」 父親の方が答える。母親は、泣き顔になっていた。 「それから、すぐに捜しに行かれたと?」 「はい。一応、妻を残して、自分が捜しに出たんです。公園とか本屋とかおも ちゃ屋とか駄菓子屋を覗いてみたのですが、見つかりませんでした」 あまり深くは考えずに巻くし立ててしまっているので、言葉を選んでいる暇 は父親にはなかった。 「通報は九時五分に受けたことになってるんですが、それまで捜しておられた んですか?」 「はい。いえ、八時三十分ぐらいまで捜して見つからなくて……。家で二人で 話し合ってから、そちらへ通報することに決めたのです」 「お聞きしますが、誘拐を匂わせるような電話はなかったでしょうかね?」 「ありません」 はっきりと答えたのは、家で待っていた母親の声。これだけは自信を持って 言える、といった感じだ。 「お子さん、えーっと、雅子ちゃんは五才ですね? お宅の電話番号を知って いますか? と言うか、聞かれたら口で答えられますかね?」 「それはもう、答えられます。しっかりと覚えさせてますから」 夫婦のこの答に、刑事はふむとうなずくと、 「まあ、もうしばらく様子を見ましょうか。今のところ、ここいら周辺を捜す ことに全力を注ぎましょう」 と、張りのある声で言った。自らに気合いを入れるばかりでなく、夫婦を元 気づける意味もあるようだ。 「お願いします」 夫婦は頭を深く、長く下げた。 しかし、夜、始められた捜索は空振りに終わった。近所への聞込みも一向に 手ごたえはなく、派出所への迷子の届けもなかった。一時中断し、範囲を広げ てから後、創作は早朝に再開された。が、それでも北村雅子は発見されなかっ た。 結局、通報のあった日から三日目の昼、ようやく子供は見つかった。北村家 から約七キロほど北方にある、山の麓の林の中で。 そして、そこで北村夫婦は対面したのだった。一番見つけたかった娘を、一 番見つけたくなかった姿で。 北村雅子の遺体は、すぐに司法解剖に回された。 死亡推定時刻は、姿が見えなくなった日−−六月二十五日の午後五時から八 時までの間と断定された。死因が窒息死だったので、これがそのまま、犯行推 定時刻となる。 窒息の原因は、鼻と口を塞がれたためと推測された。首に絞め痕が認められ なかったせいである。 遺体の状態は、六月下旬から七月上旬の気候にさらされていたにしては腐乱 が進んでいなかった。今年の涼夏が影響しているのだ。他には、額の右前面に 軽い打撲の痕があった。これは被害者の死後、付いた物と判断された。 遺体の衣服は、上半身はほとんど乱れが見られなかったが、下の方は、スカ ートと下着をずらされていた。 警察の見解としては、とりあえずは、変質者の線で調べを進めようとしてい る。言うまでもなく、連続幼女殺害事件の四件目として捜査を開始することを 意味する。すぐにでも、合同捜査に切り替わるであろう。 先ほど、とりあえずと付加した理由としては、被害者の衣服の乱れが中途半 端であること、換言すると殺害した後に衣服を脱がせたような印象があったこ とがある。もし、犯人が、いたずらをしてから少女を殺したのだとすれば、衣 服の乱れ方が若干、不自然であった。 殺した後にいたずらに及ぼうとしたのなら、被害者の身体の性器周辺に傷が あったため、話が合う。しかし、これでは今までの連続幼女殺害事件と比べ、 相違点が出て来てしまう。つまり、これまで被害者となった幼女らは、生きて いる内にいたずらをされ、その途中で声を上げようとしたためか、それとも犯 人が最初から殺すことを決めていたかは知らないが、その後で殺されているの だ。このことは、性器にあった傷から明らかにされている。 さらに違うのは、その殺害方法である。今までは手で締め殺していたのに、 今回は口と鼻を押さえつけて窒息させたらしい。 これらのことから、同一犯人による一連の犯行だと、完全には断定しかねて いるのであった。 その他、重要な手がかりと思われる事項としては、被害者・北村雅子の右手 の平にあった逆文字である。何かの印刷文字が写ったと思われるそれは、うっ すらとではあったが、何とか読める代物であった。 それは−−「澤敏」という文字に読めた。 「さて、自己紹介が終わったところで、本題だ」 平成治明は相手が学生、それも就職を目前に控えた四回生ということを考慮 して、なるべく穏やかに尋ねたつもりだった。 しかし、それは無意味だったらしく、正面の学生は緊張し切っている。それ ほど気が弱そうな顔には見えないが。 見た目も性格も内向的な青年を事件の犯人像として描いている平成警部は、 そんなことを考えながら、また呼びかけた。 「松澤君、松澤敏之君」 「は、はい」 「聞こえているかい?」 「は、はあ……」 松澤は、頼りない声を返してくるだけだ。 「今やっているこれはだね、単に話を聞くってだけだ。だから、そう緊張しな いで、リラックスして答えてくれよ」 「……分かりました」 「よし、聞いているかもしれないが、君に詳しい話を聞きたいと思ったのは、 あの殺されていた女の子の」 名前を確認する意味で、平成は手元のファイルをちらりと見た。 「えっと、北村雅子ちゃんの手に、文字が逆写りしていたからなんだ。どうや ら、ダイレクトメールか何かのだね、宛名の印刷文字が、写ったみたいなんだ。 それが『澤敏』と読めたものだから、何だろうと思ってね。とりあえず、被害 にあった北村さん宅の隣近所を調べてみたところ、君の名前が浮かび上がった という訳なんだ。君の名前、松澤敏之のまん中二文字を取ったら、『澤敏』だ」 「……知りません」 そう答えた切り、松澤が押し黙ってしまったので、平成は弱ってしまった。 「そう言われてもだね。こっちとしても困る訳だ。分かるだろ? 何かしらの、 筋道の通った話を聞かせてもらわないと」 「……」 同じことの繰り返しだった。頭を抱えたくなる平成警部。 「じゃあ、話を換えよう。君は六月二十五日の夕刻、そうだな、午後五時から 八時までの三時間、どこで何をしていたかな?」 「アリバイですか? 僕は何の関係もありません!」 松澤は、必死の形相で叫んだ。どうやらテレビドラマの見過ぎなのか、アリ バイを聞かれることが即、犯人扱いされることにつながると思っているらしい。 「参考までに、だよ。できればその日の朝から話してほしいんだ」 刑事は穏やかに繰り返した。 「……あの日は……。最終面接まで進んでいた会社の通知が届く期限だったん ですが、家で待っていると息が詰まりそうだったので、朝から大学に行きまし た。まず、バスで最寄りの駅まで行って、今度は私鉄に乗って、三十分。それ でまた、市営バスに二十分ほど乗って、学校に着いたのが十時半ぐらいで、す ぐに図書館に向かいました」 「図書館というのは、大学構内にある図書館だね?」 「そうです」 そう答えた切り、松澤は、ここで話を途切れさせてしまった。どうしたのか と思いつつ、平成警部は促す。 「続けて」 すると、松澤は弾かれたように、また喋り始めた。どうやら、質問を挟まれ ると、次に指図されるまで話を中断してしまうらしい。 「図書館には十二時半ちょうどまでいて、それから学生食堂に昼食を取りに行 きました。……あの、何を食べたか、メニューも言わなければいけないんでし ょうか?」 「あ? ああ、後で確認したから、一応、聞いておこう」 「カツカレーを注文しました。『カツ』を『勝つ』にかけたつもりでしたから、 よく覚えています。食べ終わって、また図書館に戻ったのが、一時過ぎだった と思います。それから午後三時までいて、二冊、本を借りました」 それから、松澤は難しげな本のタイトルを二つ、列挙したが、すぐには聞き 取れず、平成警部は二度三度、聞き返さねばならなかった。 「それから……。疲れてきましたので、大学を出て」 「ちょっと待った。誰か知ってる教授とか、親しい友達とかに出会わなかった のか、大学の中で?」 「はあ。あまり、友人は多くありませんし、広いキャンパスですから。それに、 親しい四回生の友達は、あの日は講義がなかったんだと思います」 「なるほどね。それから?」 警部は内心、すらすらと話すようになった相手を好ましく思いながら、しか し疑いを弱めることなく、続けて尋ねた。 「大学の近くにある『文星堂』という書店に入りました。最初、専門書を見て いたんですが、すぐに気乗りしなくなってやめて、漫画の立ち読みをしました。 何も買わなかったし、大きい店ですから、誰かが記憶してくれていることはな いと思いますが……。それが確か、四時ぐらいまでで、次は……」 ここで、松澤は思い出そうと努める格好になった。額の右側に手を当て、軽 く目を閉じている様子だ。 「市営バスで帰りました。と言っても、私鉄の駅で、また書店に入って時間を つぶしたんですが」 松澤は、再び書店の名前を口にした。 「そこで漫画週刊誌を買ってから、『パラダイン』という喫茶店に入りました」 「一人でかね?」 「はい」 「よく、その店には一人で行くの?」 「そうです。その店、名前の割には、落ち着いた雰囲気なんで、気に入ってい るんです。単に流行っていないだけかもしれませんが」 「それが何時のことだ?」 「えー、五時二十分ぐらいだと思います。それで、喫茶店を出たのは確か、六 時前だったと。六時十分の列車に乗ろうと思った覚えがありますから。それか らは家に直行しました。帰り着いたのは、七時前でした」 「それを証言してくれる人は?」 「いません。帰ったとき、母は出かけていたものですから」 そのことは、すでに平成警部も聞いていた。しかし、そのとき仮にこの学生 の母親が家にいたとしても、身内の証言では役に立たない。 「それからは、三十分ほどごたごたした後、母が置いといてくれたお金で、近 くのコンビニに弁当を買いに行きました。そうして、帰って来て、お湯を沸か そうとしていたら、母から電話がありました。八時になっていたかどうか、よ く覚えていません。しばらく話した後、電話を切って、夕食を食べました」 これから後も、松澤はこれこれこんなテレビを見ていただの、風呂に入った だのと、色々と申し立てた。 「うん、だいたい、分かった。……ここらで、はっきりさせておきたいんだが」 平成は、こればかりは甘い顔をしてられんとばかり、ぐっと松澤を見据えた。 目の前の若者は、はっきりと分かるほどに強く意識し、背筋を伸ばした。 「ポスト、じゃないな。郵便受けだ。大学から帰ってから、郵便受けを見なか ったのかね、君は」 「あ……。そうでした。帰ってから、すぐ。いえ、最初は、おじい……祖父の 交通事故をメモで知らされたので、それに関わっていましたけど、その後、就 職のことで気になっていたから、すぐに郵便受けを覗きました」 「で、いくつか郵便物があって、それは今、こちらで預からせてもらっている 訳だ」 北村雅子の指紋なり掌紋なりを発見できれば、と考えてのことである。当然 のことながら、被害者や松澤敏之以外の第三者の指紋が発見できればいいのだ が、郵便局員や差出人の指紋を辿ることは不可能とまでは行かなくとも、かな りの困難を伴うため、難しいと思われた。 「ようく思い出してほしんだが、絶対に、北村さんところの娘さんが、君の家 の郵便物を触るようなことはないね?」 「……考えられません」 松澤の答は、小さな声だった。 −続く−
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