長編 #2445の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第一章 「じゃあ、自分の短所を挙げてみて」 眼前の面接官に言われ、松澤敏之は用意してきた文章を口にした。無論、そ う悟られないように、少し間を取ってから喋り出す。 「そうですね。物事を早飲み込みしてしまって、深く考えずに、次に進んでし まうことがあります。これは改めなければいけないと思っています」 「おっちょこちょいということかな? そういう風には見えないけれど……」 「はい。よく、『外見に似合わず、おっちょこちょいだな』と言われることが あります。高校生のとき、既婚の女性の先生が街中で男の人と並んで歩いてい るのを見て、『不倫をしている』と思い込んでしまい、みんなにも言い触らし てしまったんです。ところが実際は、先生とその弟さんだったんです。それ以 来、この性格は直そうと努めてきたつもりです」 「なるほどね。じゃあ、わが社を志望したのは、深い考えがあってのことだと 言うんだね?」 「そうです。種々の資料を調べ、熟考した結果、御社を第一志望と心に決め、 活動に臨んでいます」 少しユーモアを漂わせた口調で、敏之は答えた。はしゃぎ過ぎず、固くなら ず……。 「そう。では、そろそろ時間ですから、終わりにしましょうか。何か、質問は ないですか?」 「一つ、あります。御社の新規事業の……」 再び、用意しておいた質問。会社案内等には載っていない事項で、熱意の度 合を示すにぴったりの質問を用意したつもりである。 「よく調べてあるね。それについては……」 感心した様子で、面接官は対応をした。 「どうだったんだい、敏之」 バス停から歩いて十分。カッターシャツの背中に汗を感じながら家にたどり 着いた敏之は、母親からそんな質問を受けた。 「手ごたえばっちりさ」 家に帰っても質問責めか、と思いつつ、敏之は答える。 「もう二次面接で慣れたせいか、そんなに緊張しなかったし、面接官とも相性 がよかったみたい。スムースに話が進んだと思っているよ」 「そう。よかったわね。これに受かってたら、次はどうなるの?」 母親は嬉しそうに笑いながら、敏之のために夕食を温めている。 「何度も言ってるだろ。次は、もう最終面接さ。次に受かれば、内定のはずな んだ」 「だったら、お偉いさん方とのご対面ね。スーツ、ちゃんとクリーニングしと かなきゃ」 「分かってるよ。明日、学校に行く途中で出すから。それより早く、飯」 「はいはい。今日の面接の結果は、いつ分かるの?」 「今週の金曜までに、速達が行くとかいう話だった」 テーブルの上に並んだおかずを、どれから口にしようかと目を走らせている ため、答がぞんざいになった。 「さあ、食べなさい。で、合格通知が来たらいいわね」 「来るよ。今日の分なら間違いない」 「自信満々だ」 「そうでも思っとかないと、他のことしてても気になって、滅入るんだ」 白身魚のフライを口にくわえて、敏之は笑った。母親も笑っていたので、何 だかとても嬉しくなった。 やっぱり、お母さんが笑ってくれると自分も嬉しくなる。松澤敏之は、そう 思っていた。 彼は母親と二人暮し。以前は、東京で一家三人の生活を送っていたのだが、 父親は、敏之が年端も行かぬ頃に、母と離婚してしまった。父は東京に残り、 母は敏之を連れて実家に近い静岡に移り住んだのである。 父について、母はほとんど話してくれない。だから一方的に過ぎるかもしれ ないが、敏之は父親に対してあまりいいイメージは持っていない。反対に、こ こまで育ててくれ、大学にまで行かせてくれた母に対する敏之の感謝の気持ち は揺るぎないものがあった。 「ありがと、お母さん」 「え? 何て言ったのよ?」 「何でもない。ウースターソース、持って来てよ。もう少し、味、辛いのがい いから」 母親は、息子がごまかしたことに気付きもしない様子で、ソースを取りに立 った。そうして戻って来ると、ソースをテーブルの上に置いた。 「あ、悪いけど、ちょっと、皿や何かを、そっちに寄せてくれない? 日記を 書いておきたいから」 「いいけど」 敏之は、皿や椀、湯呑にソースを手元に引き寄せた。その空いたところを、 母親は布巾でよくぬぐったかと思うと、ブックエンドにたてかけてあった日記 帳を手に取り、置いた。 「見ちゃだめよ」 「分かってるって。でも、どうせ、俺が二次面接を受けたことを一番に書くん だろう?」 「それはそう。決まってるじゃない。通ったって書いてあげようか?」 「冗談! 予言書じゃないんだから、あったことだけを書きなよ」 「そうね。じゃあ、金曜日のページに、合格の通知が届いたって書いておこう かしら」 「気楽だなあ。他人ごとだと思ってら」 そう言って敏之が苦笑すると、母親もつられたかのように笑った。その笑顔 がまた、敏之には嬉しく、幸せに感じられた。 ゼミが始まるまでには、まだ時間があったので、学生食堂で暇つぶしをして いると、背中から声をかけられた。 「よう、まっちゃん」 「あ、アラシンにキーチか」 振り向くと、知っている顔が二つ。背の高い方は荒川真一、略してアラシン。 丸顔の方は宮沢玲太、何もしないことで有名になった某党党首と名字が同じと いうだけで、キーチなんてあだ名を持っている。 「どう?」 正面の席に座るか座らないかの内に、荒川が尋ねてきた。唐突に、「どう?」 ってだけでは分かりにくいのが普通だが、今の自分達にとっては、これで充分。 「就職活動、どうなっている?」の意味だ。 「ぼちぼち。昨日の日曜、トーカルの二次を受けて来たんだけど、割と感触、 よかったし」 トーカルというのは、トータルカルチャーカンパニーの愛称で、文化の発展 に貢献するような事業ばかりを手掛けている会社だ。映像メディアへの進出ぶ りが気に入って、第一志望とした。 それなりに自信はあるのだけれども、ただ一つ気になる噂があった。うちの 大学からは毎年一人しか採用しないという噂である。一昨年までは、三人から 四人を採ってくれていたのが、不況の煽りか、昨年は一人しか採用してもらえ なかった厳然たる事実がある。去年よりも就職戦線はさらに厳しいとされる今 年、うちの大学からの枠が一人だとしても、不思議ではない。悪くすればゼロ ということも考えられる。 「へえ、東京まで行った甲斐があるってもんだな」 「まだ、分からんぜ。通ってるかどうか」 折角、宮沢が好意的に言ってくれたのを、荒川の奴、遮ってくれたな。 「いいんだよ。通ったも同然だって考えてるよ。そうでもしてないと、いらつ くから」 「第一志望に対して、よくそれだけ自信が持てるなあ。俺なんかこの間、EX オールに行ったんだけど、緊張した上に、厳しい質問浴びせられてさ、もうア ウト」 宮沢は両の手の平を上に、お手上げの格好をした。 「アラシンこそ、どうなってるんだ?」 「俺は銀行関係から一つ、内定をもらってるよ」 ふふん、と鼻を鳴らすような表情で、荒川は言った。これを言いたいがため に、声をかけてきたんじゃないだろうな。 「え? どこの銀行?」 「まだだめ。名前、明かすと、協定に引っかかてるのがばれるってさ」 「そうか。七月一日まで」 「まあ、どうせ自分の第一志望は新聞関係だから、どうでもいいんだけどね。 親が滑りどめに取っておけとうるさくて」 「はいはい、分かった分かった」 僕と宮沢が、呆れたそぶりを見せると、荒川もようやく口を閉じた。 「そうだ、栗本さん、見なかったかな? あの人もトーカルを受けてるはずな んだけど」 「愛ちゃん? いや、見てない」 首を横に振る友人二人。「愛ちゃん」なんて呼んでいることが向こうに知ら れたら、お目玉くらいかねないのに、気楽なものだ。 「どうなったのかな、二次面接。栗本さんは土曜だったらしいんだ」 「知らないよ。他にも受けてる奴、いるのに、どうして栗本さんだけを言うん だよ? あ、そろそろ三限目始まるぜ。終わって暇あったら、うちの部室に来 ないか。麻雀、めんつが足りないんだ」 荒川は一つの内定で余裕ができたか、そんなことを言ってきた。まあ、自分 も嫌いな方ではないから、答は決まっている。 「うん、今日は別に何もないけど」 本当は、そろそろ卒論の参考図書を図書館で漁ろうと思っていたのだが。 「じゃ、来てくれよ」 そうして二人と別れ、僕はゼミ室に向かった。 金曜日まで待つことなく、二次面接を通ったという知らせは、水曜日の昼過 ぎに敏之の手元に届いた。 「やったわね!」 興奮した口調になっているのは、母親の方だった。こういう場合、当事者よ りも周りが騒ぐものであろう。 「ああ。言った通りだろ」 いくぶん、そっけなく、敏之は返事した。 もちろん、興奮しているのは敏之も同じである。ただ、それが外に出るかで ないかの違いなのだ。それに、今、ここで騒いで、次の最終面接で落とされて は、という心理も働くのかもしれない。 「次はいつ?」 「ちょっと待ってよ……。六月二十日の午後三時に本社にいらしてください、 だってさ。成績証明書と健康診断書を持って」 「二十日っていうと」 母親は、壁にかかったカレンダーに目を走らせた。 「次の日曜みたいね。それにしても、知らせが今日着いてよかったわね。だっ て、ぎりぎりの金曜日に受け取って、日曜日に来いなんて言われても、困るじ ゃないの。ねえ」 「そういうもんじゃないのさ。本当に金曜日までかかるはず、ないじゃないか。 通った奴にはさっさと速達で出すから、たいていは水曜ぐらいに受け取ってる んだよ」 「そういうものなの」 「そういうもの」 若干、茶化す調子であるが、諭してやるように言う敏之。 普通の母と子の関係に比べて、この二人のそれはやや、特殊であろうか。 やはり、母子家庭ということもあるのだろう、母と子の間で交わされる会話 が多いのだ。それは、母が敏之のことを思うせいであり、敏之の方でも、母子 二人だけの家庭を明るくしようとして、半ば必死になってよく喋るように心が けるからだ。 それともう一つ、多分、母親と息子ということも一因があるのだろう。これ がもし、母親と娘、あるいは父親と息子であったならば、ここまで気の利いた 会話は交わせないかもしれない。異性の親子だからこそ、ちょっとした恋人の ような感覚をも交えつつ、二人の世界、家庭を築けるのだ。 「そうだ、スーツ、取って来ないと。もうできてるはずだよね」 「そうよね。でも、あとで買物に出るついでがあるから、取りに行かなくてい いわよ。今日ぐらい、家でゆっくりしてなさい」 「ありがとう。そうする」 敏之はそう言ってから、通知の封筒を握りしめ、自分の部屋にこもった。こ れから、喜びを噛みしめるのだ。 −続く−
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