長編 #2434の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
君は幸せそうに見えた。 地上の僕よりも、 車椅子の上の君の方が、 何倍も、 何万倍も、 幸せそうに見えた。 ----そして僕は再び力尽きたようになって海面に浮かんでいた。本当に何故自分たち だけこんなに苦しまなければならないのだろう、と思いながらも僕は水の上で苦しん でいた。 僕は力尽きかけていた。でも僕は今度は海の中に沈むことなく再び杏子さんの方へ と必死に泳ぎ始めた。 …僕は妥協しかけていた。自分の心に。水の中に沈んでゆきながら僕は自分の心に 妥協して、そうしてもう疲れ切っていて、泳ぐのをやめていた。まっ暗な水の中に沈 んでいきながら意識が薄れてゆくのを僕は感じていた。 でも僕は水の中に沈んでゆきながらも君の幸せを祈っていた。君はたぶんもう死ん でいるんだろうけど、でもそれだから僕は泳ぐのをやめ海の中へ沈んでいっている。 君と一緒に死んでいこうと思っているのかもしれない。少なくとももう君は助けられ ないから僕は泳ぐのをやめているんだと思う。 僕らはそうして結局結ばれないまま死んでゆこうとしているようだ。海の中では喋 らなくてもいいから僕はせめて杏子さんと一緒に死にたかった。でも僕は疲れ果てて いた。それに暗くて杏子さんが何処なのか解らなかった。 もしも明るかったら、月夜だったなら、僕はまっすぐに杏子さんの所へ辿り着いて いたと思う。でもまっ暗だったから、僕は杏子さんが何処なのかよく解らなかった。 …… 一度、水の中に沈みかけた僕は再び蘇み返り海面を必死に杏子さんの方へ向かって 泳ぎ始めました。ゴメンネ、杏子さん。僕は激しい罪悪感に責めさいなまれていまし た。再び倒れ伏して杏子さんを救おう、間に合わないかもしれないけど今のものすご い身の苦しさに耐えて泳ぎ続けよう、と僕は再び思って泳ぎ始めました。 僕は罪悪感の故に泳いでいるのでした。可哀想な杏子さんの好意を避け続けてきた (それはすべて自分の利己心のためでした)罪の償いのため僕は海面を叩きつけるよ うにして肺が破れ裂けるような苦しさとともに泳いでいるのでした。 僕の目からは涙が流れていました。死の苦しみとはこういうものをいうのだろうと 思ってきていました。罪滅ぼしなんだ。そうだ。罪滅ぼしなんだ。 僕は身じろぎもせず浮かんでいる杏子さんのもとへ再び一生懸命泳ぎ始めました。 やっぱり僕はもう死んだのだと思うようにしました。そしていつの間にか水泳大会の ときのようにスムーズに泳ぎ始めました。黒い海水がなめらかに僕の体側を後方に流 れていっています。 (僕は孤島に辿り着いたロビンソン・クルーソー) 杏子さん、寂しかったろ。 僕だよ。やっと僕が来たんだよ。遅れてごめんね。僕、やっと来たんだよ。遅れて ごめんね。 僕はやっと孤島に辿り着いたロビンソン・クルーソー。 僕、ここまで辿り着くのに死ぬかと思ったよ。 『杏子さん。杏子さん。』 僕が呼びかけるのにちっとも反応してくれない杏子さん。 杏子さん。やっぱり孤島になってもう死んぢゃってるのかな? 『杏子さん。杏子さん。』 でも杏子さん、ちっとも反応してくれません。 『杏子さん。杏子さん。』 僕は拳を造り杏子さんの胸を叩いた。 『杏子さん。杏子さん。』 杏子さんはいま魂が抜けて天界へ上昇していこうとしているのかな? 『杏子さん。杏子さん。』…僕はなおも杏子さんの胸を叩き続けました。 僕は孤島に辿り着いたばっかりで息が苦しくって。それに杏子さん、僕にしどけな くもたれかかってくるから、僕、息できなくて、苦しいんだよ。とてもとても息が苦 しいんだよ。 でも杏子さん、全然動いてくれません。やっぱり杏子さん、もう死んでしまってい るのかな? 僕はハッと『あっ、ボク、杏子さんに触れてる!』と気づきびっくりしました。今 まで気づかなかったのが不思議なくらいボクは杏子さんに触れていたのでした。 杏子さん、おかしいな。なぜ僕がいまこうやって杏子さんに触れているんだろうな あって思って僕、不思議だな。僕、なぜ触れているのかな。 僕は杏子さんの胸をひっ張り杏子さんを覚醒させようと必死だった。でも杏子さん からはさっき魂が抜け出ていったのを、そしてそれがマリアさまの姿として僕らを見 降ろしたのを感じていたから、僕はやっぱり覚醒させるのをやめたのでした。つねっ たり、ひっぱったりしてごめんネ、杏子さん。 僕は動かないちっちゃな孤島のようになった杏子さんを引っ張って桟橋へと戻り始 めました。僕は息が苦しくて、本当なら杏子さんの首に左肘を回して、杏子さんの顎 を上げてから戻らなければいけないことを解っているのに、僕は息が苦しくてそんな 余裕なんてなくて、杏子さんの服の端を掴んで必死に平泳ぎをしていました。僕は息 が苦しくて、気が遠くなってきていました。僕は息が苦しくって、このまま死んでい くような気がしていました。 僕はブクブクと杏子さんを抱きしめたまま海中を沈みつつあるらしかった。杏子さ んは無言だった。黒い海の中に沈み込んでいこうとしている僕を見ても無言だった。 僕はもう一息そしてもう一息と海水を飲み込んだ。 僕が泳ぎ着いたとき、 もう君の胸のなかに君は居なかった。 僕は始めて抱く君の胸を思いっきり叩いたけど もう君の胸のなかには君はいなかった。 僕が泳ぎ着く前に、 君はもう天国へ旅立っていったらしかった。 僕が泳ぎ着いたとき、春の月が悲しみに沈む僕をそっと照らしていた。 海の中で僕らは始めて一緒になり、僕らは抱き合いながら黒い海の底へと沈んでい った。ブクブクと僕の口から漏れ出ている空気の泡と杏子さんの柔らかな頬が僕と杏 子さんの間にあった。 僕らはお互い悲しい運命を持って生まれてきたけれど、そうして僕らはこうして幼 くして死んでゆくのかもしれないけど、僕らは幸せだったのかもしれない。 僕らはきっと幸せなんだ。こうしてお互い抱き合いながら死んでゆける僕らはきっ とこの世の誰よりも幸せなんだ。 僕らはあの夜では一緒に暮らせるんだろ。もう文通だけでなくってちゃんとした恋 人同士としてつきあえるんだろ。 僕は沈みかけていた。杏子さんを抱きながら僕はただ泣いていた。もう疲れ果てて いた。杏子さんを連れて岸辺まで戻ってゆく力がもう僕には湧いてこないでいた。 僕も杏子さんも一人っ子で親に苦労ばかりかけてきた。そうしてこのまま死んでゆ くことを思うと。 杏子さんは早く岡に上げて人工呼吸をしたらまだ助かるかもしれなかった。もうあ きらめてまっ暗な海の底に沈みかけていた僕はふたたび必死になって泳ぎ始めた。再 び心の中で必死に題目を唱えていた。 僕は生き返ったように激しく岡へ向かって泳ぎ始めた。口の中に水を入れては吐い たりしながら必死になって泳いでいた。 僕には姉が居る。それに僕の親は僕の小さい頃から生活苦との戦いで僕のことをあ まり構ってやれないほど忙しかった。毎日毎日仕事と借金に追われていて僕のことを あまり構ってくれなかった。でもそれだけ僕の親も苦労してきた。忙しい仕事の中、 僕のことを懸命になって世話をしてきた。やはり僕も死ねなかった。 杏子さんは小さい頃から足が悪くて杏子さんの両親は杏子さんに構いっきりだった 。 僕も杏子さんも死ねないのに、僕と杏子さんは今こうやって死にかけていた。悪魔 の仕業のようにも僕には思えた。 僕は一時あきらめて泳ぐのをやめていた自分をとても恥づかしく思っていた。この まま杏子さんと一緒に死んでいこうと思った自分の弱い心をとても責めていた。僕は 親のためにどうしてでも死ぬ訳にはいかなかった。 薄れゆく意識はボクを 遠い昔へと連れていっていた ボクらが出会った4年前のペロポネソスの浜辺の光景や 夜遅く2時や3時ぐらいまでかかって書いていた手紙のことを ボクは悲しく思い出していた (海の中で。僕が思う。) 君は人一倍頑張ってきた。それなのに今こうやって君が負けてゆくなんて、死んで ゆくなんて、 おかしいな。僕には解らないな。 君は誰よりも負けずに明るく生きてきたのに。 僕の差し伸べた手は 君の所には届かなかった。君はもう暗い海の底へと沈んでゆきつつあった。 僕が走ってきたとき、もう遅かった。 ----君は僕が来ないのを羨ましげに思ったのかもしれない。でも僕は、君の電話を貰 ってから、自分の体力の許す限りに一生懸命走ったんだ。僕はここまで一生懸命走っ て来たんだ。 冷たい暗い海の中から君を救い出すのは僕には辛かった。 僕は疲れ果てていた。 またもう息を止めている君を陸に上げて、 そうして大声を挙げて(僕には大声が、人を呼ぶことのできる声が、)助けに来て くれる人を呼ぶことができるか、僕は迷った。 僕は君を抱きながらもう体力も気力も喪せていた。
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